明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

芸術についての一考察(3)芭蕉の俳句を味わう

2021-11-10 22:36:32 | 芸術・読書・外国語

テレビでは「プレパト」で火が付いた俳句だが、芸能人が本業と違う分野でも意外と能力を発揮するんだな、と言う「才能発掘番組」でもある。テレビだからどこまで先生役の人の言っていることに説得力があるのかはさておいて、私の考えている事がどこまで通用するか、試してみようと思う。

さて、今や俳句に限らず文学一般や絵画や音楽に「料理」までもが、何でもかんでも「芸術」と褒めたたえて評判を取る時代である。世をあげての芸術ブームだと言えよう。では街中にそれ程芸術が溢れているかと言うと、「本物」と呼べるものは大して無い、と言うのが私の見立てである。何だか皆んな、芸術を勘違いして「大盤振る舞い」しているみたいにも思う。良い作品や面白い作品は数多く出回っているが、本当に芸術と言えるのは「滅多に無い」のじゃないだろうか。では普通の作品と芸術作品とで、「何がどう」違っているのか、それを調べていこう。

まず前提として、「作品」とは人が何らかの「メッセージを伝えよう」として作ったものだ、としよう。これには異論もあるかと思うが、議論の都合上、一応前提として認めていただきたい。メッセージの無い単なる機能性のみの作品は、私は「道具」と呼ぶことにしている。これは私の考えた「作品の定義」である。

人が何かの作品、絵画や音楽や「俳句」を作ったとする。それは必ず「何らかの鑑賞者を想定して」作られているはずである。実際に目の前にいる人の場合もあれば、想像上の鑑賞者の場合もあるだろう。何れにしても、全く鑑賞者の存在を想定しないで「作者と作品だけ」が向き合っているような場合は、そのような「閉ざされた作品」から何かのメッセージを感じとるのは難しい。というか、作者が鑑賞者とのコミュニケーションを意図していないのだから、ある意味「当然」だと言えよう。

それぞれの分野において、作品の出来が一過性の「状況・機会・役割」を超えてもなお、繰り返し何度も鑑賞されるほどに「秀逸かつ見事」なものの場合、それを初めて「芸術」と呼ぶ。芸術と言っても、その他大勢の「作品の一つ」であることに変わりは無い、というのが私の芸術論である。例えばモーツァルトの時代は音楽は、王侯貴族が食事する時に「美味しく食べるためのBGM」だったと言う。また平安時代では和歌は、日常の用件を伝える手紙のようなものが大半だったらしい(勿論、機知とウィットを利かせるのが目的)。だから作品は、芸術である前に「必要な機能をもった道具」なのだ。

で、まず芸術というのは山ほどある普通の作品のうちの「一握り」がそう呼ばれるのであり、本質的には「他のものと何ら変わりは無い」ということだけ確認しておきたい。芸術は決して「一般と別の、特殊な作品」を言うのではない。雑多なガラクタの中でキラッと光るものがあって、それが一定のレベルを超えたと判断されて初めて「芸術」と呼ばれるのだ、と私は考えている。最初は目的や用途で作っていた「道具」が、そこに機能だけではない「作者の何か」が加えられ、そして「メッセージ」として鑑賞者に伝えらる。そしてそれらの中でも特に素晴らしい出来の作品だけが「芸術」として称揚される。

◯ 芸術とは何か特殊なジャンルの作品を言うのではなく、作品の「一種の褒め言葉、評価」を言う。

ここまで長々と芸術論を書いてきたが、これは別に目新しいものではなく、ある意味で「常識」だと言える。そこで、世の中では作品として流布してはいるが、芸術と呼ぶには完成度が低い普通の作品は「どう言う位置付け」なんだろうか?、と言う疑問が湧いてくる。

「プレパト」では評価の前に、最初に自分の作品を作者(芸能人)が詳しく内容を説明しているが、そもそも自分の俳句を「こういうつもりで作りました」と解説するという事自体、「間違っている」と私は思う。良い作品なら解説を聞いて「頭で理解する」のではなく、説明なしに「心でメッセージを感じ取る」ことが出来なくてはいけない。まあ、それでは番組は成り立たないのだろうから、文句をつけるのは「お門違い」だという指摘も納得はするが・・・。そうこう考えている時、ちょうど上手い具合に「CS旅チャンネル」で奥の細道を取り上げた番組をやっていた。芭蕉の足跡を訪ねて沖の細道を歩いて回る番組である。まだ2回目なので自動予約に入れておいたが、なかなかに楽しめる「旅番組」である。そもそも芭蕉は良く知られた俳句の名人だが、その作品は素晴らしいかと言うと、私が思うに「やや難解」ではないだろうか。そこで芸術論の題材に芭蕉を選んでみた。芭蕉なら格好の芸術家である。

私の芸術論の本質は、「作者が鑑賞者とコミュニケーションする」ところにある。和歌で言うならば、贈歌や相聞歌や挽歌・哀傷歌などのシチュエーションごとに作者の立場と意識が変化して、同時に作品の内容も変化してくるわけだ。例えば貞信公の小倉山の歌は、峰の紅葉の美しさを愛でているようだがさにあらず、作者の意図は、用事があってこの宴に来ていない醍醐天皇に、この美しさを是非見せてあげたいという「宇多法皇の気持ち」を、さりげなく汲み取って詠んで見せた「主上の心を推し量り代弁する」貞信公の、臣下としての能力の高さを示すことにある。純粋に紅葉の美を歌った歌なら、これほどの感動は生まれてはいなかったと私は思うのだ。大勢の廷臣が居並ぶ園遊の場において、その場にたまたま居合わせなかった天皇を「思いやる宇多法皇の心持ち」を見事に歌にして見せた貞信公の腕前には、景色の美がどうのこうのという以前に「臣下の鏡とも言える忖度の極み」が感じられ、場の一同の間に「やんやの喝采」が湧き起こった、と言うのも無理はない。ここには何よりも増して「想いを伝える」という和歌の本質が、ものの見事に現れていると言えよう。こういう「意図したメッセージ」というものを和歌は大切にしていたからこそ、日常生活の中で「コミュニケーションツールとして有用だった」のである。古代においては、美はメッセージを飾る「装飾」なのだ。これが芸術の本質だと私は思っている。芸術は決して美を競うだけのものではなく、例えば贈り物を包む「包装紙」のように、伝えたいことを「美しく飾る外箱」だと私は思う。大事なのは外側の美ではなく「内容」なのである。

◯ 作品は、中身のメッセージが99パーセント

では芭蕉の俳句はどのようなものなのか。2、3例を出して考えてみる。

◯ 行く春や 鳥啼き魚の 目に泪

これから奥の細道に旅立とうという芭蕉が、「行く春」つまり江戸の気楽な生活を惜しんでしばらく立ち止まっていたら、ふと見ると人間でもない鳥や魚までも「目に泪」を溜めて別れを悲しんでいることよ、と感傷に浸っている句だと解釈されている。しかし芭蕉は最果ての奥州に出かける決心をして家まで売り払って準備しているのだから、気持ちの上で「後ろ髪を引かれるような」ものは無いはずである。むしろこれから訪ねる奥州の旅に「ワクワクしていた」に違いないのだ。だから、これは門人や仲間たちを「鳥や魚」に喩えて、軽く「笑い」をとっている句だと解釈したい。出発に当たって別れを惜しんでくれる人達への「ありがとう」と言う感謝の気持ちを表現したものであろうか。芭蕉はもう四十を過ぎての大旅行であるから生きて帰ってこれる保証はどこにも無い、と言う状況だとしてもそれでもなお「何か得るものがある、と思ったからこそ」長くなる旅であっても出かける事に決めたのだ。だから決して「涙ながらの別れ」と言う気持ちは「サラサラ無かった」だろうと思う(勿論、これは単なる私の感想でしか無いが)。門人知人への「別れの挨拶」代わりに、ちょっと気を利かせて詠んだ句、と解釈したい。

・・・伝えたいメッセージは、「じゃあ行ってくるよ!」である。

◯ 夏草や 兵どもが 夢の跡

これは杜甫の「城破れて山河有り」の翻案である。翻案と言うのはちょっと言い過ぎかもしれないが、奥州藤原氏の館跡の高台に登った芭蕉の胸に去来するものは何だろうかと考えると、人々が相争い戦うことの虚しさや「無常感」と言ったものをこの句に表現したという解釈が多いようだ。だが俳句は17文字しかないので、そこまで深い感情を表すにはちょっと短か過ぎるのでは無いか、と私は思う。もし作者が無常感まで表現しようとするなら、文学形式として俳句は選ばないのではないか。確かに「夢の跡」である。しかし、昔ここに「栄華を誇った氏族」がいた、という事実だけが提示されていて、作者が「それをどう思っているか」までは描かれていないとも言える。だから旅日記としての奥の細道を考えると、藤原氏館跡という歴史的場所に立ち、「夢を求めて争い合った兵士達」と夏草しげる屈託のない自然との対比を思いやって、過去のものとなってしまった歴史の一コマに「滅びゆくものへの哀悼の辞」を伝えた、ということでは無いだろうか。

・・・伝えたいメッセージは、「大変だったよね、お疲れ様でした。どうぞ心置き無く、ゆっくり眠って下さい」である。

◯ 古池や 蛙飛び込む 水の音

究極の静けさを表現したものと言われていて、俳諧の奥深い世界の「頂点」とも言われているようだ。しかし古い池に「蛙の飛び込む音がする」だけでは、読んで字の如しで「だから何なの?」と言われかねない。この作品は明らかに「中途半端」、尻切れトンボなのである。本来はこの後に「何かの言葉が続かないと」意味を成さない。勿論、それを聞く人がそれぞれに補って、芭蕉の言わんとすることを「言外に受け止めて」鑑賞することも可能である。中には禅の精神を感じ取って、己の煩悩を戒める句とする人もいるだろう。当然、正解は無い。だが芭蕉自身にとってこの句の意味は、そんなに深くて「宇宙の神秘に到達する程の叡智を表現」しているとは思えないのである。芭蕉はこのころ毎日神田上水の工事に携わっていて、忙しい合間のひと時にふと見た蛙の無心な営みに「癒し」を感じ、見た通りそのままの句を詠んだ。私はそう解釈している。あえて言うならば、このような何気ない自然に対する着眼点は、面白いといえよう。ただ繰り返しになるが、それだけである。

・・・伝えたいメッセージは、「蛙はいいよな、苦労知らずで・・・」といったところか。

勿論、もっと意味を見つけようとすれば、無限に広げることも可能である。そこが芭蕉の凄さだ、と言えば確かにそうだが、そこまで広げるのは「やり過ぎ」かも。以上いくつか例を挙げて解釈してみたが、特別に捻った解釈をしない限り内容は読んで字の如しで、いずれも分かりやすい内容である。つまり意味は分かるが「それでどうなの?」と聞きたくなるような、鑑賞者が求めたくなる「作者の言いたい事」が句には欠けているのだ。何かが足りない。これはなんだろう?。・・・つまり受け取る側に「創造意欲を掻き立てる」ところがミソなのだ。

要するに、芭蕉の俳句は「次に何かを書き足したくなるように」出来ているのである。そう、芭蕉の句は、それ単体では一見「未完成」の作品なのだ。・・・だから「発句」である。俳諧を楽しむ俳人達が集まって50吟・百吟と句を連ねていく「人々の交流の場」の発句として作られたのが、何を隠そう芭蕉の作品群なのである。これが私の結論だ。そうであれば、一様に尻切れトンボで終わっているのが理解できる。

俳句というのは集団芸術である。多数の人が集まって、それぞれに個性を発揮しながら「他人に唱和していく面白さ」を楽しむのだ。だから、芭蕉の発句に他の人が下の句を付けたとすると、その時点で「芭蕉の句は内容が変化して」新しい命を吹き込まれるわけである。その次の人が新たに上5句を付けると、また内容が変化する。内容が変わっていくというよりは、内容の変われるような余地を残して「わざと全部を表現しないで」中途半端なままにしてあるのだ、と私は思う。ある意味でどうとも取れるような曖昧な表現で次の人にバトンを渡すのが、俳諧・連歌の決まりだと思いたい。というか、17文字ではいくら名人でも、全部を言い切るのは無理だろう。31文字の和歌から派生して17文字に切り詰めたというのは、その辺に「目的」があるのでは、と思う。つまり、個人ではなく「集団で完成させる文学」が、俳諧の魅力である。

ちなみに、芭蕉の句では「木曾義仲」を詠んだ一句が私は大好きだ。

◯ 木曽殿と 背中合わせの 寒さかな

これは・・・、まあ、つまらない余計な解釈はしないことにしよう。

芭蕉の木曾義仲に対する愛おしいまでの愛着と、夢の途中で不本意にも終わらねばならなかった命の無念さと、そして孤立無縁の「孤独」・・・。まあ、そんなところだろうか。「背中合わせの」という句が素晴らしく秀逸である。背中合わせという表現は「八方塞がりの義仲の状況」を表すのにピッタリではないだろうか。義仲の墓は大津市の義仲寺にあり、毎年冬に「義仲忌」が行われるという。義仲もまた栄耀栄華の極みと没落の「ジェットコースター人生」に翻弄された一人である。

本題に戻る。芸術とは「心を伝える」ものである。そのメッセージがハッキリとしていればいる程、また直接的に感情に訴えるものであればある程、鑑賞者は感動する。批評家が内容を如何に詳しく説明して、頭で理解されたとしてもそれは感動とは無縁のものである。例えばベートーベンの第九交響曲が「歓喜」を歌い上げた最高の芸術だ、と説明されても「はぁ、そうですか」としか思えないのと一緒である。何か「心が」伝わってこないのだ。ベートーベンにはもっと素晴らしい曲が一杯ある。なのに第九なんて・・・。とまあ、ベートーベンの悪口は止めにしよう。とにかく芸術とは、作者の心を伝えるものである。その心を伝える方法、つまりコミュニケーションのツールとして音楽や絵画や文学がある。論理明晰な言葉では決して伝わらないもの、それが「ある種の感情」、つまり「心」である。

以上、私の芸術論でした。まあ、芸術論としては余りに内容に乏しいのじゃないか、と批判されるのは仕方ないと思っている。何しろ芸術が「言葉で言い表せない感情」を扱うものだから、説明するにもそもそも無理があるのである。言葉にできなくても本物を見れば一瞬で伝わって、見る者聞く者に感動を起こさずにいられないのが「芸術」というわけだ。勿論、芸術は鑑賞する人「それぞれに」存在する。ある人にとって芸術であっても別の人にとっては「ただのガラクタ」という場合も、当然あり得る。芸術は、伝えようとする者とそれを受け取る者との「二人の間」に起こる、一瞬のコミュニケーションなのだ。じゃあ、ベートーベンとバッハと、どっちがより「芸術家と呼ぶのに相応しいか」と言うと、結論から言えば「どちらでも無い」と言える。優劣があるのは作家ではなく、作り出した「作品の方」である。だが、人間が人それぞれと言っても、そんなに違いがあるわけでは無い。ベートーベンもシューベルトもワーグナーも、違っているとは言っても「理解できる範囲内」にある(シベリウスは範囲外だが)。あっても「あいつ、変わってんな」と言う程度であろう。だから、ベートーベンの熱狂的信者が「ベートーベンは最高だ!」と言っても、それはそれで「その通りです」と受け取っておくのがベターである。

結論:我々が作品を見て「何かを感じる」と思ったなら、それはその作品の「心を感じている」のである。勿論、感じたとしてもそれが「ありきたりで、つまらない」ものだったら、「こんなものか」と打ち捨てて良い。美術館でも展覧会でも大規模のロックコンサート会場でも、普通は「その程度」の作品で溢れ返っているものである。そうそう「芸術」に出会うことは、「無い」と思った方が良いだろう。で、もし何も感じないとすれば・・・、「なんだかなぁ、よく分かんない作品だね」で、通り過ぎて終わりである。

そして稀に本物の芸術と巡り合った時は、躊躇なく「こりゃあ最高だぜ!」と叫ぼう!。理由とか説明なんか、なくて良い。心とは、説明するのではなく「感じるもの」であるからだ!。

以上。


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