フィールドワーク通信

広島を拠点にフィールドワーク。カンボジア、インドネシア、市民まちづくり

トゥルニャンと金0826

2006-01-22 21:44:14 | インドネシア通信
 なかなか調査のテーマが決まらない。今日は、トゥルニャン村とプンリプラン村、それとバンリの王宮に行った。後半の本調査のための視察である。午前中、アピアピに泊まる秋本さんにお会いしたり、警察に宿泊の許可を取りにいったりしたために、出発は11時になった。トゥルニャンに到着したのは1時であった。

 一人30ドルといわれたが、4人で70万ルピアまで値切った。おそらくそれでもかなり高い。まず驚いたのは、あまりの観光客の少なさである。今回が3度目のトゥルニャンになるが、前回はものすごい人の数だった。2000年の年末だったが、時期が時期だけに、多くの観光客がバリに訪れていたためか、トゥルニャン行きのボート乗り場は人でごった返していた。一つのボートに10名近くの観光客が乗り、行程はすべて先方に決められ、十分に村を見る時間が取れなかったのを記憶していた。値段が高い上に、十分な時間も与えられず不快に思った。強引なやり方が観光客からの悪評となり、トゥルニャンを訪れる観光客が減ったのなら、逆にそれはいいことではないかと思った。実際は、ただの時期的な問題だと思う。また年末になれば、多くの観光客でごったがえし、観光客から金を巻き上げるバリ人たちが跋扈するに違いない。

 トゥルニャンでも、不快感はさらに募った。10人近い人々が我々を案内してくれたが、お金をせびられた。10万ルピアである。お金で解決するのは気がすすまなかったが、泊り込み調査をするためには、友好的な関係を築いておく必要があると考え、払った。

 お金の問題は昨年も書いたと思うが、もう一度整理しておこう。今回の場合、10人のうち2名が実際にいくばくかの情報提供を行ってくれた。その情報提供に対して、なんらかの報酬を支払うのは一つの筋として成立する。その報酬として10万ルピアが適当かどうかというと、否である。適当だという判断が存在したとしても、適正なシステムとしては、最初に額の提示と情報内容の概要の提示があって、それに対して承認するという手続きを経る必要があるように思える。一方的に案内を買って出ていて、同意を得ることのできない額を請求することは、まあ近代世界ではありえないことである。とはいえただの旅行者ならば、怒って金を払わずに帰ることができたのであるが、後々のことを考えて払ってしまったわけであるが、払うことがいいのかわるいのかという問題がある。法外な額を請求どおり支払うことで、悪しき前例を作ってしまうことになり、そういった請求が今後とも継続される可能性を高めることになる。しかしそれだとしても、そのお金が彼らの生活の糧になり、彼らの生活水準を上げることに繋がれば、それはそれでいいのではないかという意見もある。彼らの土着的な生業構造を変えてしまう危険性があり、かつその報酬が正当な額でないことに問題がある。それと彼らの伝統的な住居や集落の構造を変えてしまうことに積極的に貢献してしまうことに繋がるのも問題である。現時点の変化の状況をみると、ジャワでみられるような一般的な住宅がどんどん建てられている。地域固有の生活様式や風景を変えてしまっているわけで、多様な地域を平準化しようとする流れに与していることになる。しかしここには一つのパラドックスがある。お金を払って調査することによって、その流れを変える可能性がある点である。我々はトゥルニャンの伝統的な集落構造を明らかにし、伝統的住居の構成やその変容の実態を明らかにするために調査を行っている。これらのことが明らかになることによって、トゥルニャンの住居や集落のあるべき方向が示されることになる。もしそうなれば、現在の平準化の流れに抗うためのカードが与えられることになる。

 まあ、感覚的には、カネカネカネとさわぐ人間に対して不快感を募らせるのはわかる。しかし我々も同じ穴のムジナだ。資本主義システムの中で生きている同じ人間だ。そのシステムを距離をおいて見れるだけお金に余裕があるか、あっぷあっぷしながらそのシステムの只中を必死に生きているかの違いではないか。金の亡者はどっちだ。どっちもどっちだ。この円環を抜け出すには、カネのもつ意味をなるべく消す行為を選択することだ。またパラドキシカルだが、それは、カネを支払うことではないかと思う。カネに価値を持たせずに湯水のように使うことだ。

 プンリプラン村は2度目である。整然としたみちが特徴であるが、個々の住宅地では、伝統的な住居や儀礼用の露台などが残っている。バリの観光村開発の名のもとに、いくばくかのお金が投入されているはずである。個々の家に配分されるのではなく、中心を走る道路の舗装の美装化や個々の家の門の修復、道路と敷地境界との間の空間の整備など、外部空間の構成に影響を持つ部分にお金が投じられたのではないかと思う。バリ・アガ集落であるという記述を読んだ記憶があるが、ここはマジャパイトの集落だと思う。北東角のサンガの配置や4棟程度の分棟居住などが根拠である。

 とはいえ、何をもってバリ・アガとバリ・マジャパイとの区別をするのかは、なかなか難しい。バリ・アガ集落のバリ・ヒンドゥー化が進んでいるからである。簡単に整理すれば、ジャワのマジャパイト王国が滅ぼされ、その際バリに逃げてきた貴族たちによって保持され発展してきたのがバリ・マジャパイトであり、ヒンドゥー教の影響を大きく受ける。一方、マジャパイト流入以前にいた、つまり先住民がバリ・アガである。一般には、テンガナンやブグブグ、トゥルニャンが知られる。バリのヒンドゥー化が2度あったことも話をややこしくしている。たとえばトゥルニャンには、ヒンドゥー寺院があるが、これはバリ・ヒンドゥーのものではなく、最初のヒンドゥー化を受容したものと考えられる。これら2度のヒンドゥー化は、同じヒンドゥー化でも、おそらくその住居や集落形態に与える影響は異なる。またバリ・アガ集落自体も徐々に変化しつつある。バリ・ヒンドゥーの影響を受けている面があるのではないか。

 最後にバンリよって、まちを歩いた。

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3 コメント

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プンリプラン村について (まこ)
2006-11-15 13:17:40
はじめまして。
神奈川の大学に通う者です☆

実は現在、観光村としてのプンリプランについて調べているのですが、脇田さんのブログが非常に参考になりました。
ひとつ質問なのですが、脇田さんがプンリプランを訪れた際、村に入るための入村料ははらいましたか?10年ほど前は、約1000ルピアだったらしいのですが、現在はどうなっているのでしょう??

もしご存知でしたらぜひ教えてください!
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Unknown (wa)
2006-11-15 14:20:06
コメントありがとうございます。

えー、忘れました。
昔、払っていたということであれば、いまも払わないといけないのだと思いますが、、、忘れるぐらいですから、そんなたいした額ではなかったのでは、と思います。

寺院などに入る時にかかる金額と、同じぐらいではないか、という感触です。
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Unknown (まこ)
2006-11-16 00:21:23
どうもありがとうございます。

やはり小額なのですね。2000ルピアぐらいなのかもしれません。

どうもありがとうございました!!
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