人口200万人を超える巨大都市、名古屋。付近には医学部受験に強い高校が多く、医学部“熱”も高い地域だ。なぜなのだろうか?
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校舎長は、こう言う。
「愛知には、東大や京大がないことも医学部志向が強い理由のひとつだと思います」
いったい、どういうことか。
「成績上位の生徒の志望先をみたとき、首都圏では東大か医学部、関西圏は京大か医学部などで迷いますが、愛知県は『名古屋大よりも医学部』と、医学部を優先して考える生徒が多いのではないかと推測されます」
いわば、名古屋圏には“医学部ファースト”の考えが強まっているのだ。これには自宅から通学可能な大学が多いことが影響している。
「国公立大では名古屋大、名古屋市立大、三重大、岐阜大、浜松医科大などに通えます。ほかにも福井大や金沢大、富山大などを受験している生徒が多く、首都圏の東大、東京医科歯科大ほど超難関ではない国公立大が中部地区に多いことも、医学部人気が高い理由だと考えられます」
愛知県内には国立の名古屋大、公立の名古屋市立大のほかに私立の愛知医科大、藤田保健衛生大もある。校舎長は、こう続ける。
「両大学ともに17年4月の入学生の学費を下げます。特に藤田保健衛生大は6年間の学費を640万円も下げますし、センター試験利用入試(後期)の入試科目には社会が入っていますから、国公立大医学部志望の生徒が受けやすくなっています。両大学ともに地域枠入試があり、地元志向が強い愛知県の生徒にとっては、『地域枠入試』が狙い目です」
一方、校舎長は、両大学の校風の違いをこう語る。
「愛知医科大は自由な校風で、学生の自主性に任せています。一方、藤田保健衛生大は面倒見のいい教育がモットーです。17年度入試は学費を大幅に下げた藤田保健衛生大が人気を集めそうですね。4、5年前と比べると、両大学ともに合格者の偏差値がぐんと上がっています」
名古屋市東部近郊の長久手市にある、愛知医科大を訪ねた。
緑に囲まれた広大な敷地に、大学本館や大学病院、ドクターヘリが常駐するヘリポートなどがある。大学本館と研究棟の建物も洗練された美しさだ。それもそのはず、東海高校出身の世界的な建築家・黒川紀章氏の設計だと聞き、納得。
「1972年の開学当初の志願者は約350人でしたが、ここ5年間は2535人から3183人が志願しています。近年、南山女子や愛知淑徳などからの女子学生が増え、女子の比率は45%と高いです。国際バカロレア入試も実施していて、17年度入試では1人合格しました。国際交流にも力を入れ、留学プログラムを用意しています」
副学長で医学部長の岡田尚志郎教授が、そう語る。17年度から、6年間の学費を380万円値下げすることもあり、さらに注目されている。
16年度入試の志願者を出身高校の所在地別にみると、愛知県が696人で23.3%。愛知県から入学した学生は34.8%とさらに比率が高くなる。16年4月現在の学生の出身高校所在地をみると、愛知、岐阜、三重、静岡の東海エリアが57%を占める。
「勉強は自分でやることが大事なので、本学は学生の自主性に任せた自由な校風です。6年になるとグループ学習ができるセミナー室や個人ブースの視聴覚室を備えた『医心館』で勉強します。成績不振の学生のフォローも万全で、勉強合宿などを実施しています」(岡田副学長)
名古屋市南東の豊明市に位置する藤田保健衛生大も、地元率が高い。16年度入試の合格者に占める愛知県出身者の割合は約4割。入学生に占める割合となると53%で、入学生の2人に1人が愛知県の出身者だ。
「17年度から、6年間の学費を640万円引き下げ、2980万円になります。さらに、今までは受験生1人に対して面接官4人の面接を1回行うだけでしたが、1対1の面接を8回行うことにしました。これにより、医師として最も大事な素養についてこれまで以上に評価することができます。患者中心の医療ができる優秀な学生に入学していただけると考えています」
星長清隆学長は、面接や学費の変更についてそう説明し、さらにこう続ける。
「国家試験の勉強を後押しする環境の整備、学生に対する手厚い教育でしっかりと勉強できます。医師国家試験の合格率が高いこと、臨床検査学科、看護学科、リハビリテーション学科などの6学科を有する医療科学部があること、病床数1435床で大学病院として最多の病床数を誇る附属病院でチーム医療を学べることが、本学の強みです」
ここ5年の医師国家試験の平均合格率は94.8%で、16年の合格率も94.5%と高い。今後は、医療のグローバル化にも対応していくという。
「大学院に医療通訳コースを設けています。学生の海外実習は選択制ですが、将来的には全員が海外での医療体験ができるようにしたいです」(星長学長)
中部地方の“空の玄関”、中部国際空港内に、同大の診療所がある。18年1月には、大学病院の新棟に外国人を受け入れる国際医療センターも新設する予定だ。通学できる医学部が数多ある「地域性」だけでなく、各医学部が取り組む「先進性」も、名古屋圏の強さにつながっている。
「ここでええがや」地元志向が強い風土
取材では、異口同音にこんな回答があった。
「地元志向が強い」
医学部とは無関係にも思えるが、なぜか。愛知医科大学の岡田副学長は、こんな推測をする。
「名古屋の人は、名古屋が大好きです。濃尾平野が広がり、昔から食べるものには困らないから、外に出て行かなくてもいい。遺伝子の発現状態がそうなっているのだと思います。東京や大阪ほどの大都会ではないものの文化的な生活を送ることができて、美しい自然も残っている。『ここにあるがや。ここでええがや』と、地元志向が強いのだと考えます」
いわば、名古屋“愛”の強さが優秀な学生を地域にとどめる理由になっているのかも、と。
加えて理由として挙げられるのが、中京地区で絶大な影響力を及ぼすだけではなく、日本を代表する企業・トヨタ自動車の存在だ。
「経済的に恵まれているトヨタの社員は、高額な学費が必要となる私大医学部でも通わせたいと願う人も多いようです」(地元の教育関係者)
有価証券報告書によれば、トヨタ自動車の平均年収は約852万円(15年度)。あくまで参考値ではあるが、地域に高所得者層が多いことも推測できる。
校舎長も、名古屋の住みやすさを理由に挙げる。
「講演で全国各地をまわっていますが、『医学部ならどこでもいい』という保護者が実は多いのです。でも、名古屋の保護者は違います。名古屋は都会すぎず、田舎すぎずで住みやすいからか地元志向が強いですね」
名古屋を愛する意識は、医学部“愛”へとつながる。
また、藤田保健衛生大の星長学長は、愛知県の医療のあり方も理由に挙げる。
「以前、救急車のたらいまわしがニュースになりましたが、本学の附属病院では、よほどの理由がない限り、救急車を断りません。県内では国立の名古屋大学医学部附属病院も含め、患者の立場に立った医療を実践しています。県民はそんな医療のあり方を見て、医師になりたい、子どもに医師になってほしい、と思うのではないでしょうか」
消防庁によれば、救命救急センターにおける救急患者の受け入れ率(14年)は、愛知県は97.1%。一概に比較はできないが、東京都(76.9%)や大阪府(65.7%)などの都市圏より、救急車の受け入れ拒否が少ないことがわかる。実際、藤田保健衛生大学病院の救急車受け入れは、年間で8千件を超える。地域への「安心感」が、医学部“愛”を育んでいるのだ。