uparupapapa 日記

今の日本の政治が嫌いです。
だからblogで訴えます。


『シベリアの異邦人~ポーランド孤児と日本~』【カクヨム】連載版 第12話「福田会 初めての愛の花見」をUPしました。

2022-12-11 12:19:35 | 日記

 それからひと月が経ち、あれほどやせ細っていた子供たちも、運動に耐えるほどの回復をみた。

 そこで大人たちは日本人スタッフの助言に耳を傾け、ささやかな運動会を企画した。

 運動会と云ってもそんなに激しいものではなく、お遊戯や椅子取りゲーム、『もしもし亀よ』などを合唱したり、パン喰い競争や借りもの競争、ヨアンナ達幼少部は、飴喰い競争で真っ白いデンプンの中から手を使わず口だけで飴を探し、顔中真っ白けになり見る者の笑いを誘った。

 

 当のヨアンナは、鼻の穴にデンプンが入り、思い切り何度もくしゃみをして飴を探すのに時間がかかり過ぎた。

 結果ビリから2番目と振るわない成績に終わり、景品の狙っていたお絵描きノートを貰い損ねる。 

 内心とても残念に思うのだった。

 

 競技の最後は綱引きで、力の限り引きあう。

 

 これには大人たちも全員参加で向かい合う左右前列が子供たち、少し間を取り、後列に大人たちが紅組白組に別れ、子供たち同様大人と大人の意地がぶつかり合うたいそう盛り上がった大会となった。

 

 その結果、屋外での昼食が大評判だったのは言うまでもない。

 

 やがて落ち葉の季節となり、紅葉を愛でながら当時出来たばかりの動物園にも遠征した。

 トラやライオンや象さんに驚き、キリンの首の長さに目を見張った。

 (えぇ?キリンさんてこんなだったの?想像と大分違う!)

 

 エヴァと顔を見合わせ、複雑な気持ちのまま興奮するふたりだった。




 ただ・・・、檻の向こうの動物たちは親がいて子がいた。

 親に対し子供たちが何不自由なく当たり前に甘える様子に、一抹の寂しさが見る者を襲い、ふいに涙が出そうになる。

 

 目を背け俯うつむく孤児たちのそうした姿に、引率の大人たちは子供たちを動物園に連れて来た事を少し後悔した。




 やがて冬となり、クリスマスの季節がやってくる。

 その頃ヨアンナには夢ができていた。

 毎日が楽しいここでの暮らしを忘れる事の無いように、記録をとりたいと思った。

 

 でも写真機が欲しいとか、そう言う事ではない。

 見たものを絵にかき、文字を覚え、感じたことを書き止めたかったのだ。

 

 ヨアンナは午前午後と積極的にポーランドの国語を習い、夕方福田会の図書室で日本の子供向けの本を読むようにした。

 

 日本での経験は、ヨアンナにとってのかけがえのない宝物となっていた。

 

 クリスマスの日、彼女の願いが通じたのか、サンタさんから飛びっ切りのプレゼントが貰えた。

 こんな極東の地にもサンタはやって来るのだ。

「サンタさんはどの子の所にもやって来るの?」

「いいや、そうしたいが現実はそうではない。

 私が来られるところは、愛が溢れるところ。

 それと愛を心から欲しがる子がいるところ。

 愛を欲しがらない子の所には行きたくてもいけないんだよ。」

「どうして?」

「それはね、愛は貰うだけじゃなくて、あげるためのものでもあるからさ。

 愛をあげるには、愛を知らなくてはいけない。

 愛を知ると云う事は、愛の心を持つと云う事なのだよ。

 愛を知ったら、愛をあげたくなる。それが愛。

 貰うだけじゃダメなんだ。

 うわべだけ良い子なだけじゃダメ。

 愛を持った良い子になって、廻りの人を幸せにしたいと思わなきゃね。

 ヨアンナも亡くなった両親を喜ばせたいとか、笑顔になって欲しいと思ったことがあるだろう?

 今も友達のエヴァや他の子たちと仲良く、楽しく暮らしたいと思うだろう?

 喜ばせたいと思うだろう?

 その心が愛。だからサンタのオジサンはやって来たのさ。」

 何となく、目元が魚っぽい、どこかで見たことのあるような、聞いた事のあるような声でサンタさんは言った。

 

 プレゼントは前から欲しいと思っていた、何でも自由に書き留めることができるノートと鉛筆。

 ヨアンナは天にも昇る気持ちになり、思い出を残そうと思った。

 天の父と母に見せるために。



 そんなヨアンナのすることを横目で見ていたエディッタとハンナは、自分たちの父と母を思い、自分も何かしなければ!と思い始める。

 

 そして一念発起。

 お正月のお雑煮を食べ、初夢をみた後、習いたての日本語で書き初めに挑戦した。

 お題は「ポーランド」。

 やはり祖国は祖国。

 年の初めの想いは、やはり望郷の念が自然とテーマになった。

 

 それでも筆を持ち慣れない子供たちは、キャッ、キャッ言いながら、思い思いに筆を運ばせた。

 エディッタはたもとに墨が付き、それに気づくと「ギャー!!」と叫ぶ。

 そして「もう嫌!!」と投げ槍に言い放つも、無心に筆を執るヨアンナを見て気を取り直し、年長者である自分の不明を恥じ、頑張って一番上手な書を書き上げた。

 

 男の子たちはもっと酷く・・・・と言うか悲惨で。

 ふざけ半分だったため着ている服だけでなく、手も顔も墨だらけになった。

 お互いの顔を見てはゲラゲラ笑って、とても書き初めとは言えない。

 それでも下手くそながら、最低ひとり一点づつは何とか完成させることができた。

 

 大人たちはそんな姿を見て、やって来た頃の貧相で病弱で、暗さの漂っていた孤児たちが、明るく元気で楽し気に過ごす様子と成長に目頭が熱くなった。

 そして全員無事に還してやろうと改めて強く思った。



 やがて節分の豆まきを経て、桃の節句がやってきた。

 ホールに飾られたひな壇は、ひときわヨアンナの目を引いた。

 

 お内裏様やお姫様の他、三人官女やぼんぼりが異国情緒満載で、あでやかでいつまで眺めていても飽きる事がない。

 ほのかに明るいぼんぼりは、ヨアンナの心を照らす希望の光にも思える。

 だから憑かれたようにその場から離れられない。

 ヨアンナは心から美しいと思った。

 

 その後10年以上経過した未来のヨアンナの姿を覗いてみると、祖国ポーランド暮らしにすっかり慣れた若い娘に成長していたが、今この時見たお雛様の影響を強く受けたのではないかと思われるほど、落ち着いた美を匂わしていた。

 

 そして桜が満開の季節となり、来た当初は全く目立たなかった庭の桜の木が驚きの変化を見せ、町中の他の桜も一斉に咲き誇るようになる。

 福田会でも当然ささやかなお花見が催され、庭ではなく外の桜の名所を巡った。

 

 ヨアンナはその圧倒的な美しさにすっかり心を奪われてしまう。

 エヴァとの会話も気もそぞろ。

 夢心地の世界で夢遊病者と化していた。

 

 お花見もお開きとなり、渋谷にある福田会に帰ろうとした時、どういう訳かヨアンナの姿が見えない。

 

 さあ、ヨアンナはどこに行った?

お花見の会場の何処を探しても見当たらない。

 

 もしかして人さらい?

 引率の大人たちは青くなって真剣に探し出した。

 小一時間かけ探しても見つからず、とりあえず最小限の大人を残し、他の子どもたちを宿舎に返すことにした。

 

 やがて日が暮れだし、大人たちは焦ってきた。

 

「ヨアンナ~!どこにいる~?」

 どうしても見つからず、最後の手段で警察に捜索願いを出すことにした。

 

 最寄りの警察署に向かう道すがら、引率の日本人スタッフがある違和感を覚えた。

 黄昏から暗さが増し、街に灯りがともる。

 表通りの街灯や家が明るくなり、通りから奥の家へ続く細道に何気なく目を送りつつ歩いていると、細い道の奥に家から漏れる光が映す小さな影を見つけた。

 

 その影は人の様でありしかも小さく見える。

「あんな所に人影?」

スタッフは直感から確かめる事にした。

 一度通り過ぎた小路へ戻り速足で歩いた。

 

 他のメンバーは「何?」と云いながら後に続く。

 やがて皆はその先に佇むヨアンナを見つけた。

「ヨアンナ!」と叫んだ。

「・・・・・・。」

ヨアンナは言葉なくこちらを振り向いた。

「どうしてこんな所にいるの?心配したのよ!」

口々に「良かった、良かった!」だの、「ダメよ心配かけちゃ!」だの声をかけ、一同、心からホッと安堵した。

「どうしてこんな所に立っているの?」と聞くが、ヨアンナが返事をしようとしないので、

「まあ、良いわ。もう暗くなったから早く帰りましょ。」

 詳しい事情は帰ってからゆっくり聞くことにし、まずは施設の全員に無事を知らせるのが先決だと思った。

 

 施設に着くと心配して待っていたエヴァや大人たちから一斉に歓声が上がった。

 

 舎監のレフから別室にいざなわわれたヨアンナは、テーブルに置かれたコップ一杯の水を飲み干し、心を落ちつかせるとポツリポツリ話し始めた。

 

「私たちがおやつのクッキーを食べていると、向こうで私と同じくらいの年の女の子がこっちを見ていたの。

 ジーっと見ていたので気になってその子の所に駆け寄って声をかけてみたわ。

 その子は私を睨むだけで何も話してくれないから、私が持っていたおやつのクッキーをあげようとしたの。

 

 そしたらその子は首を振り、受け取ろうとしてくれない。

 そして『いらない!』って。

 私がどうして?って聞くと、

『知らない人に物をもらってはダメってお母ちゃんに言われているから。』 

 

 私も知らない人だからダメなの?

このお菓子を受け取ってはくれないの?

その子は『ウン』と頷くの。

 

 私、その子はお菓子を食べたくない? 

いやそんな事はないと思ったわ。

 それに楽しそうにしているのが羨ましいのかも?

私はその子と話したかったの。

 でもその子は私に背を向けて走っていったわ。

 

 だから私は追いかけたの。

 私はその子に何か悪いことをした?

 あの子を傷つけてしまった?

 だったら謝ろう。そう思ったの。

 

「ヨアンナが立っていたのがその子の家?」レフが聞いた。

「そう、あの子はもう出てきてくれなかった。私は悪いの?」

「そんな事はない。ヨアンナは優しい子だからその子の事が気になったんだね。

 でももう気にするのはやめなさい。

 その子にはその子の生き方があるのだから。」

 ヨアンナは納得できない。

「あの子はきっとクッキーを食べたいのかと思ったわ。

 だって食べたそうだったもの。

 私なら食べたいと思っている物をもらえるのは嬉しいと思うのに。

 あの子のお母さんはどうして貰ってはダメだって言うの?

 あの子はどうして我慢しなければならなかったの?

 私には分からないわ!私だって今まで知らない人たちにたくさん、たくさん助けてもらったもの。

 それはいけないこと?私はいけない子?」

 

「そんな事はない!絶対にない!

ヨアンナはとっても良い子だよ!

 自分の事そんな風に思ってはいけないよ。

 ヨアンナや他の子もそうだけど、この施設の子たちは皆育ててくれる、守ってくれる両親がいないからここにいるんだ。

 親が大切に育てなければならないのに守ってくれる筈の親が天に召されてしまったら、守ってくれる人は居ないでしょ?

 だから代わりに周りの大人が何とかしなくちゃいけない。

 ヨアンナ達を守るのは、私たち大人の責任なんだよ。

 でもその子には親がいるんでしょ?

だったらその子を守ってくれるのはその子の親の責任なんだよ。

 きっと家が貧しくて満足にお菓子を与えてあげられなかったのかもしれない。

 でも我慢するのがその子の意地だったのだと思うよ。

 どんなに羨ましくても、父も母もきっと一番その子を愛してその子の事を思って、その時できる一番良い事をしてくれる。

 それを信じているから、父と母のそんな気持ちを裏切りたくなかったのだろう。

 私はそう思うよ。分かる?ヨアンナ。

 ヨアンナの今の保護者は私たち大人なのだから、ヨアンナは私たちを信じて今は立派に成長するように頑張るのが、あなたたちのお仕事なのだよ。

 だからもうあの子の事を気にするのは止めなさい。

 

 でもその優しい気持ちと気遣いはとても尊いと思う。

 だからその気持ちだけは無くさないようにね。」

優しくレフは言った。

 

 ヨアンナは諭された内容を半分も理解できたか怪しかったが、その日の夜、祈祷の後、ベッドに入るまで何かを考え続けているようだった。

 

 ヨアンナには特別な力が備わっている。

 それは自分が経験した悲劇や痛みをかけがえのない学びに変える事。

 他人の痛みをわが身に置き換え知る事。

 

 その能力が後の運命を切り開く事となる。





   

      つづく


『シベリアの異邦人~ポーランド孤児と日本~』【カクヨム】連載版 第11話  「ピクニック」

2022-12-08 03:09:25 | 日記

 

 

 福田会ふくでんかい育児所の一日は孤児たちにとって充実していた。

 

 朝6時起床。顔を洗ってから朝の祈祷。

 8時朝食。

 午前中ポートランド孤児の付き添いの大人が教育係になり、年長者は国語や算数の勉強、幼児は陽だまりの中や室内でおもちゃ遊び。

 昼食後再び勉強し6時に夕食、祈祷、

 8時就寝という規則正しい生活をおくった。

 

 ヨアンナはおもちゃ遊びより、本を読んだり日本の言葉を知る事に興味を持った。

 

 それと歌。父も母も歌は上手だったから。

 年少さんなのに、よく年長者の教室の隅にチョコンと座り先生の話を聞こうとしている。

 先生も無理に追い出したりせず、ヨアンナの気の済むようにさせている。

 エヴァが完全に回復し元気に走り回れるようになるまでそれは続いた。

 

 




 ある日、ひとりの子が腸チフスに罹り重体となった。

 ダレックという男の子。

 エミルとアレックの友だちだったが、福田会にやってきた当初から衰弱が激しく療養が続いていた。

 日を追うごとに次第に元気を取り戻しつつあったが、不運な事に完治する前にチフスに襲われる。

 

 医師はもう助からないだろうとの診断を下す。

 エミルとアレックは心配そうに様子を見に来るが、うつってはいけないと病室内には入れて貰えなかった。

 ふたりは毎日朝の祈祷の前に病室にやって来る。

 来る日も来る日も決して会わせて貰えないのに。

 彼らのそんな想いは看病する医療関係者全員の心に伝わった。

 その時患者に一番近い担当の若い看護師松沢フミにも当然伝染する。

 

 彼女は何としても応えてあげたいとの一心から献身的に看病した。

 

 いつまでも重体の子に寄り添いながら彼女は言う。

「自分の子供や弟が重い病になったら、人は自分を犠牲にしても助けようとします。  

この子には看てくれる父も母もいない。

 死んでも泣いて悲しんでくれる親はいない。

 せめて自分が母の代わりとなって死にゆく子の最後を看取り、天国の父と母のもとに送り届けたい。」

そう言い、夜も抱いて寝た。



その結果自らも腸チフスに感染し、最後は自分自身の命を落とした。

感染の危険も顧みず、言葉通り本当に親のように接し看病した彼女。

 

 その甲斐あってか重体だったその子は奇跡的に回復、フミの真心の献身的看病が実りチフスから生還することができた。

 この若き看護師松沢フミの死は、関係者と孤児たちに衝撃を与えた。

 

 事情を理解できない幼子たちは目の前から姿を消した彼女、優しかった彼女の名前を呼び続け、周りの大人たちの涙を誘ったという。

 

 彼女のそうした自己犠牲を伴う献身的看病は、今の医療の世界では勿論許されない。

 院内感染は絶対避けなければならない重要な対策であるのは言うまでもないのだ。

 

 しかし当時の彼女の行為を一体誰が非難できたか?

 

 感染対策の徹底より献身的な看護が美徳とされた当時。

 医療現場に於ける『仁』は必要不可欠な姿勢であり、考え方だったのだと思う。

 彼女のそうした自己犠牲を伴った看護の姿勢がここで暮らす孤児たちを絶対死なせない。

 全員を元気な姿で故国に返す。

 それこそが究極の目的であり、福田会の全てのスタッフの決意と覚悟となった。

 

 そうした経緯もあり、食事は付き添いのポーランドの大人たちと福田会の赤十字担当常駐スタッフが栄養と個々の好みを考え作るようになった。

 

 毎日おやつも出た。健康で幸せな生活の提供。

 彼らの想いと努力はその一点にあった。

 




      初めて見る盆踊りと楽しいピクニック




 そうした日々の生活を重ねるにつれ、やがて孤児たちは健康を回復し元気を取り戻しつつあった。

 そうした状況を見極めつつ、次第に生活の中に彩りを加える工夫がされる。

 

 福田会に着いて最初の行事は、唐突に決まった盆踊りであった。

 通常東京のお盆は7月であるが、地方出身者が多く流入する土地柄か、8月に盆踊りを行う町内会が多く存在した。

 

 入所した時期がお盆前であり、その周辺の町内で孤児とは無関係に毎年恒例の盛大な盆踊りが開催されることになっている。

 当初、福田会として全く参加の予定はなかったが、夕方から聞こえ始める太鼓とお囃子の音に異国の子供たちの興味をひかない筈はなかった。

 当然ヨアンナも音の方向に行ってみたいと思った。

 先生と舎監のレフさんの所に行き、他の子たちと熱心に懇願したのは言うまでもない。

 

 訴えを聞いた大人たちは困惑しながらもスタッフ間で話し合ったあと、

「今夜は特別1時間だけ外出許可を出します。ただし、私たちの引率が条件です。」

 そう言って希望者を募り総勢20人ほどが急遽盆踊り見物に出かけた。

 

 ヨアンナはエヴァが居なくとも太鼓の音や笛の音、音頭に合わせて一糸乱れず踊りの輪に魅了された。

 いつまでも踊りながら回り続ける様子に吸い込まれそうになり、無数の提灯のぼんやりした灯りがもたらす異国の幻想的な光景に圧倒され、心から「楽しい!」と思った。

 

 盆踊り飛び入り参加の一件をきっかけにして、時々開催される慰問会の合間に、近くの公園へのピクニックが計画、実行される事となった。

 

 ヨアンナは前日、夕食前に他の全員と一緒にピクニック用に新たに設えられた花柄の洋服と、外履き用の新しい靴をもらった。

 よそ行きのきれいな服はヨアンナの心を浮き立たせ、嬉しくて、待ち遠しくて、なかなか寝付けなかった。

 

 神様に明日は晴れるよう、心から祈った。

 

 雨が降ったらどうしよう?いつものようにお部屋で遊ぶのも悪くないけど、ピクニックって何てワクワクする響きでしょう!

 きっととても素敵な場所で楽しい事がいっぱい詰まった時を過ごせるわ!

 エヴァも元気になったし、一緒にお花を摘んで髪飾りを編んでみたい。

 ああ、それにおやつのアイスクリーム!!

 舎監のレフさんが明日のピクニックのおやつの事言ってたけど、どんな食べ物かしら?

今までおやつで出された羊羹や大福や雷おこしももちろん美味しかったけど、アイスクリームって何て特別な響きでしょう!きっと特別な食べ物なんだわ。

 考えるだけで楽しくて胸がはちきれそう!

 部屋の窓には赤十字のお姉さんに教わって作ったテルテル坊主が吊り下げられ、

夜空を見上げ手を合わせ明日の晴れを祈った。

 

 やがて夜も更け興奮冷めやらぬ中、昼間の疲れから次第に瞼が重くなりヨアンナが眠りにつけたのは就寝時間から2時間以上過ぎた後だった。

 

 翌日の朝はヨアンナの必死の願いを神様とテルテル坊主が聞き届けてくれたのか、小鳥のさえずりと共にさわやかな秋晴れの目覚めに迎えられた。

 起床の合図の鐘の音に目覚め、まだ少し眠いと感じていたヨアンナだったが、

『今日はピクニック!!』

思い出すと同時にベッドから跳ね起きた。

 

「テルテル坊主さんありがとう!」

テルテル坊主さんも照れた笑顔で返した。

「どういたしまして。ピクニック楽しんでね。」 

確かにヨアンナの心の耳には届いた。

 

 祈祷の時間ももどかしく、他の皆もソワソワしているのを感じた。

 ヨアンナはそれでもしっかり神様の他、お父さんとお母さんにも報告するのを忘れなかった。



 出発の時間。付き添いの大人たちが整列を促し、ヨアンナは回復したばかりの仲良しのエヴァと手をつなぎ、道すがら初秋のまだ青い樹木の景色に包まれながら楽しく会話しながら歩いた。

 

 ヨアンナがエヴァに、

「今朝私の部屋のエディッタ姉さんとハンナ姉さんが私に言うの。

 エディッタ姉さんったら、

『あんまり興奮し過ぎちゃだめよ!

私は興奮し過ぎておなかを壊した人を知ってるのだからね。

 そうなったら初めからおいて行かれるか途中で連れ戻されるのよ。

 そんなの嫌でしょ?

 だからちゃんと最後まで参加したいのなら、心を静めて良い子でいる事よ!』

だって!

そんな事できる訳ないじゃない!」

 

 まだ「興ざめ」とか「無粋」とか「余計なお世話」とかいう言葉を知らないヨアンナ。

 

「それに下のハンナ姉さんなんか、同い年の男の子の話ばかりするの。

特にエミルなんか虫にしか興味を持たないし、どうやったら私に振り向いてくれるんだろう?とか、私も虫に興味を持とうかしら?でも私大の虫嫌いだからやっぱり無理!とか、アイスクリームを一緒に食べたいな!とか・・・。

 好きにして!!って言いたいわ!

 どうしてそんなに男の子なんか気になるのかしら?

 がさつでヤンチャで汚いだけなのに。」

「この前なんか、エミルが大きな黒い虫を取ってきて、ハンナ姉さんの目の前にいきなり出してきたんだって。

『私びっくりして泣いちゃった。』って言うの。 

 あれカブトムシって言うんだって。

 私もそんな大きな虫をいきなり見せられたら泣いちゃうかも?

 それにエミルは年上だけど、年下に思えるもの。

 どうかしてるわ!ねぇ、そう思わない?」

 

 ヨアンナがおしゃべりになったのは、同室で身近なハンナ姉さんの影響なのかもしれないとエヴァは思った。




 福田会から程よい距離の広い公園には、小さな小川のせせらぎとレンガの並びで仕切られた花壇があり、訪れた者の目を楽しませてくれた。

 

 到着してすぐ、仲良しごとに小さな布を敷き、一休みする事にした。

 

 引率の係の大人ではない別の係の大人が、前の日にクッキーを焼いてくれていた。

 もし不慣れなアイスクリーム作りに失敗しても、最悪おやつなしで終わるのを避けるためだった。

 

 しかし戸惑いながらも何とか成功し、幸いなことに子供たちはアイスクリームとクッキーを同時に食べる事ができた。

 

 でもそのせいでランチのサンドイッチを残す者が多数出た。

「これは問題だ。次はおやつと弁当のバランスを考えなきゃ。」

と係の大人の言葉をヨアンナは聞き逃さず思った。

 

(次があるのね?楽しみ!)と。

 

 無事盛況にてピクニックを終え、福田会の宿舎に戻ると、部屋に入るなりエディッタ姉さんが

「ただいまぁ!ああ、やっぱり家が一番ねぇ!私疲れちゃった。」と云い、

 ハンナ姉さんが

「エミルったら、私とアイスクリームを食べている間中、小川の小魚の話ばかりするの!『私と一緒の間だけは虫の話はやめてね。』って言ったら、目の前の小川の魚の話をするのよ!失礼しちゃう!もう男の子なんて嫌い!」

と吐き捨て、ベッドのうえで服のまま寝転がった。

 

 しかし翌日、そんな事はなかったかのように、満面の笑顔をたたえエミルに駆け寄るハンナ。

 筋金入りの根性を見せ、ヨアンナを呆れさせた。





      つづく


 『シベリアの異邦人~ポーランド孤児と日本~』【カクヨム】連載版 第10話 「福田会の生活」

2022-12-04 13:58:29 | 日記

そしてとうとう東京渋谷の「福田会ふくでんかい 育児所」の門の前まで来た。

 福田会は仏教系組織が立ち上げた施設。

 受け入れの中心となった日赤本社の病院に隣接、構内には運動場や庭園などの設備も整い、子供たちに最適な環境の場所だった。

 

 福田会育児所に到着すると、受け入れ関係者や役人たちが待ち受け、門の外には大々的な報道で知った地元民たちが大勢歓迎の言葉と笑顔で出迎えた。

 

 すでに全国から援助物資やお菓子、義援金などが続々送り届けられている。

 

 その総額は驚くほどで、孤児たちの滞在費を賄って余りあるほどだった。



 下は4歳から上は16歳まで様々な年齢層の孤児たちは、到着して間もなく医師の健康診断を受けた。

 まず病気や栄養失調で弱っている子から。

 長い苦難の放浪の結果、栄養失調や凍傷、チフスなど様々な症状を抱える子。

 ひとりひとりが死線を潜り抜けてきたのだ。

 

 担当した医師の診断が終わると要入院治療の子と一般宿舎の子に分けられ新調された衣服と靴などが与えられた。

 そして環境の整えられた部屋と食事、担当した保母や看護師、医師の献身的扱いからようやく安息の地にたどり着けた事を本能的に感じ取った。

 

 それまで抱いていた親を失った寂しさ・孤独など心の氷と闇からようやく解放されつつあるのを、子供たちの輝いた水色の笑顔が示していた。

 

 診察が終わり、比較的健康で一般宿舎での暮らしに耐えられる子たちは付き添いの大人たちから部屋割りを教えられ、それぞれの部屋へ。

 

 もうすぐ6歳になるヨアンナの部屋は、9歳のエディッタと7歳のハンナが同室だった。

 エディッタはおちついたお姉さん口調でもったいぶる癖があった。

 ヨアンナと同室と分かると

「よろしくね、お嬢ちゃん!」と済まし声で言った。

 また「私と一緒の部屋に居たいのだったら、良い子でいる事よ。

 私はわずらわしくする子はキライですからね。」

 彼女は孤児になる前、特に母親の影響が強かったようだ。

 彼女の口調はどこにでもいる、口うるさい母親のそれである。

 9歳にして年を取ったおばさんだったのだ。

 ヨアンナは鼻持ちならないその雰囲気に(少し感じ悪!)と心の中で思った。

 

 ハンナはその逆で、ヨアンナに対し満面の笑みを浮かべ優しくハグをしながら、

「私はハンナ。ヨアンナちゃんの事,なんて呼んだらいい?あとで一緒に庭にいってみましょ!お夕食の前に!

 あ~ぁ、少し疲れたけど、すぐにでもここを探検してみたいの。

 あそこに池が見えたでしょ?

 あの池に、お魚がいるか知りたいの!だって何か泳いでいそうじゃない?

 

 ヨアンナちゃんはどう思う?

そうそう、私たちの面倒をみてくれる舎監のレフさんって何だかお魚のような顔してない?

 私、心の中で笑っちゃった!でも優しそうな人で良かった!

もし怖い人だったり、厳しい人だったら毎日が楽しくないもん。

 そうでしょ?ヨアンナちゃん。

 ねえ、ヨアンナちゃんと呼んでよかった?」

 

 マシンガン・ガールズトークでそうまくし立てた。

 年上のお姉さんだし、少しその勢いに気おくれしたが、

「ええ、ヨアンナでいい、よろしく。」とだけ言えた。

 内心ヨアンナはここに辿り着くまでに仲良くなった

 友エヴァと同室になれなかったことを残念に思った。

 当然部屋も一緒でいつも仲良く暮らせると思ったのに。



 今日は長旅で疲れたでしょうから、明日はゆっくり寝ていても良いと舎監のレフさんに言われている。

 ヨアンナ達は心にゆとりができ、これから過ごすこの施設での暮らしに期待と希望で胸が高鳴り、興奮気味なのは仕方なかった。

 

 部屋の様子は、飾り気のない白い壁の8畳ほどの洋室にベッドが3つ。

 カーテンは無地の薄い青色の予定だったが、孤児たちの不安な気持ちを考え、花柄に変更されていた。

 そして人数分の机と椅子と箪笥。

 そして窓辺には花瓶に心づくしの花が添えられている。

 ベッドはパーテーションで仕切られ、最低限のプライバシーは守られている。

 

 窓の外には高い塀があったが、ヨアンナの2階の部屋からは、庭の中にあるごくありふれた一本の木が見える。

 しかしその木は春には大そうきれいに咲き誇るであろう桜であった。

 それと桜の隣に小さく浅い池が見えた。

 

 塀の外の家並みがそこでの生活の匂いがしてくるような異国の、しかし安心感のある佇まいを感じた。

 部屋の少女たちは、ヨアンナを含め、直ぐにそれぞれの気の合った友のところに行き、自分たちの環境や様子の違いなどを確かめ合い、やがて施設内の探検が始まった。

 

 当然ヨアンナも友エヴァの元に。

 しかしエヴァは栄養失調で治療が必要と判断されベッドでの療養生活を告げられていた。

(やっぱり注意深く健康観察の監視を受けた結果、随伴の大人たちからのお目こぼしは無かった。 残念!!でもエヴァの身体を考えたら仕方ないよね。)

 

 彼女に限らず、孤児たちの多くは身体に様々な問題を抱えていたので、元気に動き回るわけにはいかなかった。

 

 彼女ら孤児たちは一番最初に心の回復を見せ、最後まで回復できないのも心だった。



「ここはお母さんの待っていてくれているところとは違う。」

 ヨアンナは思った。

「でも、もういい。」

「だってあの夢を見た日からずっと、お母さんとお父さんが、私のそばで見ていてくれているのが分るもの。」

「だからもう平気!お母さん、お父さん、これからも、いつまでもずっとヨアンナの事見ていてね!きっとよ!!」

 消灯の時間になり、ベッドに入るとヨアンナはいつも父と母と神様に「お休み」を言ってから眠るのが日課となった。

 

 エヴァは翌日ヨアンナの来訪をとても喜び、その後ふくれた口調で訴えた。

 

「ねえ聞いて!昨日お医者先生が私に特別にくれた栄養剤のお薬をね、毎日1錠ずつ飲むようにとくれたの。

 お薬なのに、とてもおいしかったわ。

 私が思わず「美味しい!!」と云ったら、それを脇で見ていたエミルとヤンがあっという間に私から取り上げて昨日の晩のうちに残り全部を食べちゃったのよ!

 悔しいったらありゃしない!あれはお菓子じゃなく私が貰ったお薬なのよ!信じられない!!」

 

 ヨアンナは深く同情したが、内心(ここにもまたヤンがいるの?病気で一緒にこれなかったあの彼もヤンだったけど、同じ名前ね。

 どうやらヤンと云う名前はあまり良い印象を持てないわ。

御免なさいね、いたるところにいる『いたずらヤン』さん!)

 それと同時に、(取り上げられたお菓子(薬)がそんなにおいしいのなら自分も食べてみたかった)とも思った。

 でも彼女の前では絶対口にはできない。

 

 来日した孤児たちへの世間の関心と同情は日ごとに高まり、個人で直接慰問品や義援金を持ち寄る人、無料で歯の治療や理髪を申し出る人、学生音楽隊の慰問、婦人会や慈善協会の慰問会への招待など善意の支援は後を絶たなかった。

 

 中には孤児たちの着ている衣服のみすぼらしさに驚き、思わず自分の着ている一番きれいな服を脱ぎ、渡そうとする者、髪のリボン、櫛、ひいては指輪まで与えようとした者もひとりやふたりではなかった。

 

 その中にヨアンナの記憶に強く残る少年がいた。

少年と云ってもヨアンナにとっては兄のような年上の人。

 

 彼の名は井上敏郎、当時の少年と云っても中学2年生。

 孤児支援のため訪れた父についてきたのだった。

 そして彼も慰問品を携えてきた。

 用意した慰問品では足らず、持っている物は全て与えようと思っていた。

 自分のカバンの中のノートや鉛筆と数枚の千代紙も。

 

 何故千代紙?

 

 彼は聡明で気が利く少年だった。

 慰問品だけでは孤児たちに心が通じない気がした。

 

 特に幼い子たちはきっと喜んでくれるだろう。

 

 彼はその千代紙で折り鶴を折り、小さな孤児達ひとりひとりに渡した。

 最後の1枚をヨアンナの手を取り

「これは鶴という幸福を呼ぶ鳥だよ。君にあげる。幸せになってね。」

 とまっすぐな眩しい笑顔で彼女の手のひらに置いた。

 「わぁ~何てキレイなの?それに可愛い!!」ヨアンナは思わず笑顔になった。

 

 じっと少年の顔を見つめ、不思議と心が華やぐ思いがした。

 

 どうしてだろう?このお兄さんにまたいつか会いたい。

 そして美しく不思議な紙でできたこの鶴を、その日まで大切に持っておこうと心に決めた。

 

 年上の優しく素敵な少年の記憶と共に。






      つづく