
結婚(1981年7月29日)後、約3ヶ月。公務で居眠りする20歳のダイアナ妃(当時)。
この翌日、プリンセスの妊娠(第一子ウィリアム王子)が発表される。


結婚(1993年6月9日)後約1ヶ月(7月14日)「第29回献血運動推進全国大会 」で居眠りする30歳の雅子妃。
この時も新婚ほやほや雅子さまの居眠りにダイアナ元妃の居眠りを思い浮かべ、巷では、間もなく御懐妊の発表があるのでは?と期待する声も有ったのですが…。
『女性自身』9月8日号

表紙中央におそらく、人生で最高に輝いていた結婚祝賀パレードの雅子さまの御写真。
何故、今頃?と思ったら、8月11日になくなられた森英恵さんを追悼するのにこと寄せて、雅子さまを称賛したいようです。

「雅子さまの和と優雅さ」森英恵さんは御自分が製作したドレスを召された雅子さまを称えてこのように仰ったようですが…。

両手でバッグを前にぶら下げて得意そうに微笑む雅子さま・・バッグで前を隠すかのような仕草のどこが優雅?
婚約内定会見から御結婚の諸行事、今日に至るまで、雅子さまの所作はぎこちなくて、ぎこちないぶん、優雅と言う言葉とは程遠い。日本の伝統文化に興味関心がない御方のどこが「和」?


ネットでは、襟周りのヒラヒラは「首のアトピーを隠すためだ」と言われていますが、このように襟は大きく開いていますので、ヒラヒラ襟のデザインにはアトピーを隠す意図は無かったと思われます。
当時、雅子さまのヒラヒラ襟を見て瞬時に「あ。ダイアナさんの真似だ!」「モリハナエがダイアナ妃のドレスをパクった。」と思った国民は多かったのではないでしょうか。SNSが無かった時代、週刊誌も盛んに「似ている」と書いてましたしね。


「イギリスの薔薇」と称されたダイアナ元妃。
森英恵さんは、「雅子さまは薔薇のようなかただから、薔薇の花びらをイメージしてデザインした。」そうです。
まあ、雅子さまの御印ハマナスも薔薇だから。

御印を選ばれるのは天皇です。当時天皇だった上皇が博識であることは意外に知られていません。
雅子さまの取り繕わない御性格と派手な容貌に野生の薔薇の中でも艶やかなハマナスをイメージされた上皇のセンスは、今から思えばなかなかのものだったと思われます。

ヒラヒラ襟へのこだわりは、あの日輝いていた御自分へのこだわりでしょうか。