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残業代を歩合給から差し引いて計算する賃金規則の有効性

2017-03-01 | 労働

残業代が生じた場合、売り上げに応じて支払われる歩合給から、残業代と同額を差し引いて計算していた場合でも一律に無効とはならない
実質的に割増賃金の支払いがあったかどうか審理するために差し戻し


※引用


平成27年(受)第1998号 賃金請求事件
平成29年2月28日 第三小法廷判決

主 文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人長尾亮,同中垣美紀,同飯野雅秋の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,上告人に雇用され,タクシー乗務員として勤務していた被上告人らが,歩合給の計算に当たり残業手当等に相当する金額を控除する旨を定める上告人の賃金規則上の定めが無効であり,上告人は,控除された残業手当等に相当する金額の賃金の支払義務を負うと主張して,上告人に対し,未払賃金等の支払を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は,一般旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社である。
(2) 被上告人らは,第1審判決別紙雇用日等一覧表の「雇用年月日」欄記載の年月日頃,上告人との間で労働契約を締結し,タクシー乗務員として勤務していた。
(3) 上告人の就業規則の一部であるタクシー乗務員賃金規則(以下「本件賃金規則」という。)は,本採用されているタクシー乗務員の賃金につき,おおむね次のとおり定めていた。
ア 基本給として,1乗務(15時間30分)当たり1万2500円を支給する。
イ 服務手当(タクシーに乗務せずに勤務した場合の賃金)として,タクシーに乗務しないことにつき従業員に責任のない場合は1時間当たり1200円,責任のある場合は1時間当たり1000円を支給する。
ウ(ア) 割増金及び歩合給を求めるための対象額(以下「対象額A」という。)を,次のとおり算出する。
対象額A=(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53+(公出揚高-公出基礎控除額)×0.62
(イ) 所定内基礎控除額は,所定就労日の1乗務の控除額(平日は原則として2万9000円,土曜日は1万6300円,日曜祝日は1万3200円)に,平日,土曜日及び日曜祝日の各乗務日数を乗じた額とする。また,公出基礎控除額は,公出(所定乗務日数を超える出勤)の1乗務の控除額(平日は原則として2万4100円,土曜日は1万1300円,日曜祝日は8200円)を用いて,所定内基礎控除額と同様に算出した額とする。
エ 深夜手当は,次の①と②の合計額とする。
① {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×深夜労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×深夜労働時間
オ 残業手当は,次の①と②の合計額とする。
① {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×1.25×残業時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×残業時間
カ(ア) 公出手当のうち,法定外休日(労働基準法において使用者が労働者に付与することが義務付けられている休日以外の労働契約に定められた休日)労働分は,次の①と②の合計額とする。
① {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×休日労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×休日労働時間
(イ) 公出手当のうち,法定休日労働分は,次の①と②の合計額とする。
① {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.35×休日労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.35×休日労働時間
キ 歩合給(1)は,次のとおりとする(以下,この定めを「本件規定」という。)。なお,本件賃金規則には,従前支給していた賞与に代えて支払う賃金として,歩合給(2)が定められている。
対象額A-{割増金(深夜手当,残業手当及び公出手当の合計)+交通費}
ク なお,本件賃金規則は平成22年4月に改定されたものであるところ,同改定前の本件賃金規則においては,所定内基礎控除額の基準となる1乗務の控除額が,平日は原則として3万5000円,土曜日は2万2200円,日曜祝日は1万8800円とされるとともに,公出基礎控除額の基準となる1乗務の控除額が,平日は原則として2万9200円,土曜日は1万6400円,日曜祝日は1万3000円とされていた。また,上記エからカまでの各計算式において「基本給+服務手当」とされている部分がいずれも「基本給+安全手当+服務手当」とされていたほか,賞与が支給されていたために上記キの歩合給(2)に相当する定めはなく,「歩合給」として,上記キの歩合給(1)と同様の定めがあった。
(4)ア 被上告人らは,平成22年2月から同24年2月までの間,本件賃金規則上の本採用のタクシー乗務員として,第1審判決別紙個人別賃金計算書の「所定乗務数」及び「公出乗務数」の各欄記載のとおり勤務した。
イ 上記アの期間における被上告人らの揚高(売上高)は,第1審判決別紙個人別賃金計算書の「所定税抜揚高」及び「公出税抜揚高」の各欄記載のとおりであった。これらに基づいて,本件賃金規則の定め(ただし,平成22年3月支給分は同年4月の改定前の定め)により,残業手当,深夜手当,公出手当,交通費及び歩合給(1)(同年3月支給分については「歩合給」。以下,両者を区別せずに「歩合給」という。)の額を計算すると,それぞれ,同計算書の「残業手当」,「深夜手当」,「公出手当」,「通勤交通手当」及び「歩合給」の各欄記載のとおりであり,上告人は,被上告人らに対し,上記各欄記載の額の金員を支払った。また,上記の期間について,被上告人ごとに各月の対象額Aの額を計算すると,同計算書の「対象額A」欄記載のとおりであった。
3 原審は,上記事実関係等の下において,本件規定のうち,歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除する部分は無効であり,対象額Aから割増金に相当する額を控除することなく歩合給を計算すべきであるとした上で,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきものとした。その判断の要旨は,次のとおりである。
(1) 本件賃金規則は,所定労働日と休日のそれぞれについて,揚高から一定の控除額を差し引いたものに一定割合を乗じ,これらを足し合わせたものを対象額Aとした上で,時間外労働等に対し,これを基準として計算した額の割増金を支払うものである。ところが,本件規定は,歩合給の計算に当たり,対象額Aから割増金及び交通費に相当する額を控除するものとしている。これによれば,割増金と交通費の合計額が対象額Aを上回る場合を別にして,揚高が同額である限り,時間外労働等をしていた場合もしていなかった場合も乗務員に支払われる賃金は同額になるから,本件規定は,労働基準法37条の規制を潜脱するものである。同条の規定は強行法規であり,これに反する合意は当然に無効となる上,同条の規定に違反した者には刑事罰が科せられることからすれば,本件規定のうち,歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分は,同条の趣旨に反し,ひいては公序良俗に反するものとして無効である。
(2) 本件規定が対象額Aから控除するものとしている割増金の中には,法定外休日労働に係る公出手当が含まれており,また,労働契約に定められた労働時間を超過するものの労働基準法に定める労働時間の制限を超過しない時間外労働(以下「法内時間外労働」という。)に係る残業手当が含まれている可能性もあるが,本件規定は,これらを他と区別せず一律に控除の対象としているから,これらを含めた割増金に相当する額の控除を規定する割増金の控除部分全体が無効になる。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 労働基準法37条は,時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められている。もっとも,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり,使用者に対し,労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし,これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。
 そして,使用者が,労働者に対し,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには,労働契約における賃金の定めにつき,それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で,そのような判別をすることができる場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照),上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。
他方において,労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に,当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである。
イ しかるところ,原審は,本件規定のうち歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労働基準法37条の趣旨に反し,公序良俗に反し無効であると判断するのみで,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か,また,そのような判別をすることができる場合に,本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきとしたものである。そうすると,原審の判断には,割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果,上記の点について審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。
(2) なお,原審は,本件規定のうち法内時間外労働や法定外休日労働に係る部分を含む割増金の控除部分全体が無効となるとしており,本件賃金規則における賃金の定めについて検討するに当たり,時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別していない。しかし,労働基準法37条は,使用者に対し,法内時間外労働や法定外休日労働に対する割増賃金を支払う義務を課しておらず,使用者がこのような労働の対価として割増賃金を支払う義務を負うか否かは専ら労働契約の定めに委ねられているものと解されるから,被上告人らに割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断するに当たっては,被上告人らの時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別する必要があるというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
そして,被上告人らに支払われるべき未払賃金の有無及び額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大橋正春 裁判官木内道祥 裁判官 山崎敏充)


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