双腕式油圧ショベル
Two boom Experimental Machine [双腕油圧ショベル ASTACO NEO]
10月12日 DIAMOND online
世の“メカニック愛好家”のお父さんたちばかりでなく、本職のライバル・メーカーの設計担当者たちからも、熱い視線を一身に集める重機(土木・建築工事などに使う大型の動力機械)がある。
建設機械業界2位の日立建機が開発した新型マシン「双腕式油圧ショベル」がそれで、業界の内外から“ガンダム建機”と呼ばれている。なぜなら、1979年にテレビアニメが放映されて以来、現在でも人気がある「機動戦士ガンダム」シリーズに登場するモビルスーツ(人間が搭乗するロボットの一種)に近い操作性を持ち、機体の動きも酷似しているからだ。
この双腕式油圧ショベル「ASTACO」(アスタコ)は、英語のAdvanced System for Twin Arm Complicated Operations(双腕複雑操作先進システム)の頭文字をつなげたものであると同時に、スペイン語で「ザリガニ」を意味する“astaco”を掛け合わせて命名された。
その名前が示すように、左右の腕の先端部に大きさが異なるアタッチメントを装着し、それぞれを別々に動かせる。たとえば、一方の腕(主腕)が倒壊した建物の梁を支えながら、もう一方の腕(副腕)で、その下にある瓦礫の山や障害物を取り除くという難易度の高い作業ができるようになった。
ほかにも、大きな2本の腕を駆使して障害物をつかみながら切断したり、長いスクラップや廃材を真っ二つに折り曲げたりすることも可能にした。従来なら2台の重機が必要になる複雑な作業でも、1台でできるようにしたのだ。
さらに、操作体系は、一般的な人々が連想するであろうロボットに近い。コックピット(操縦席)に座ると、これまで建機の世界ではありえなかった景色が広がる。操縦者は、右手前にあるモニターを見ながら、左右の脇に配置されたジョイスティック型の操作レバーを前後左右に動かして操縦する。レバーの操作方向と動作方向が同じなので、まるで人間の腕の延長のような感覚で動かせる。そこが世界初の独自技術で、ライバル・メーカーの設計担当者たちを唸らせているところなのである。
建機の世界では、業界トップのコマツが汎用品の世界展開で勝負するトヨタ自動車になぞらえられるのに対し、日立建機はホンダのような実験的メーカーだと言われてきた。今回の新型マシンも、「そもそものルーツは“ガンダム好き”の研究者の夢にあった」(商品開発・建設システム事業部の小俣貴之技術部主任)という。
「ASTACO」を開発した石井啓範主任研究員は、社内向け資料もガンダムの図解で説明するほど、自他ともに認めるガンダム好きであり、長年、解体作業の効率を上げるロボットの構想を温めていた。2003年に、社内の技術開発コンペで双腕重機のアイディアが採用されてゴーサインが出たことが転機となる。その後、技術的なハードルをいくつも乗り越えて、05年には第1号機の完成にこぎつけた。
現在、「ASTACO」は大別すると、“災害救助向け”と“解体作業向け”の2種類ある。前者は、すでに東京消防庁と川崎市消防局に1台ずつ納入されて配備されている。後者は、NEDO(独立法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の受託研究で08年に開発した実動機を改良した1台で、東日本大震災の被災地である宮城県石巻市や南三陸町で建物の解体や砂礫の撤去などに従事したのはこちらのタイプだった。
過去にも、似たような双腕重機の開発に取り組んだ中小メーカーはある。だが、現時点では世界でも日立建機しか出していない大型の双腕式油圧ショベルということから、玩具メーカーのタカラトミーは「ASTACO」ミニカーを商品化し、トミカシリーズNo.65 に定番として組み込んだ。
もっとも、日立建機が開発した“ガンダム建機”は、未だデモ機の段階で、受注生産のみに限っており、1台当たり数千万円の費用がかかる。建機には大小さまざまな種類のマシンがあるが、一般的な価格帯(目安)は1400~1500万円台。いち早く量産体制に移行して、最低でもその2倍くらいの水準にならなければ、話題にはなっても、単なるモノ珍しさだけで終わってしまう恐れがある。
日立建機は、“2本の操作レバーで1本の腕を動かす”から、“2本の操作レバーで2本の腕を同時に動かす”へと新しい世界観の定着を模索する。「ASTACO」は、過去に存在しない操作体系を持つ新型マシンなので、実際は新市場を開拓するに等しい。それゆえに、現行の操作体系に慣れ親しんだ土建業者や解体業者には心理的な抵抗もあるという。だが、一方で、現在50歳以下の“ガンダム世代”の業者からは「試してみたい」という問い合わせが絶えない。
図らずも、東日本大震災後の緊急出動で注目を集めた“ガンダム建機”だが、事業としての採算が合う「量産型ガンダム」へと移行するまでには、地道な営業努力が必要になりそうだ。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)
建設機械業界2位の日立建機が開発した新型マシン「双腕式油圧ショベル」がそれで、業界の内外から“ガンダム建機”と呼ばれている。なぜなら、1979年にテレビアニメが放映されて以来、現在でも人気がある「機動戦士ガンダム」シリーズに登場するモビルスーツ(人間が搭乗するロボットの一種)に近い操作性を持ち、機体の動きも酷似しているからだ。
この双腕式油圧ショベル「ASTACO」(アスタコ)は、英語のAdvanced System for Twin Arm Complicated Operations(双腕複雑操作先進システム)の頭文字をつなげたものであると同時に、スペイン語で「ザリガニ」を意味する“astaco”を掛け合わせて命名された。
その名前が示すように、左右の腕の先端部に大きさが異なるアタッチメントを装着し、それぞれを別々に動かせる。たとえば、一方の腕(主腕)が倒壊した建物の梁を支えながら、もう一方の腕(副腕)で、その下にある瓦礫の山や障害物を取り除くという難易度の高い作業ができるようになった。
ほかにも、大きな2本の腕を駆使して障害物をつかみながら切断したり、長いスクラップや廃材を真っ二つに折り曲げたりすることも可能にした。従来なら2台の重機が必要になる複雑な作業でも、1台でできるようにしたのだ。
さらに、操作体系は、一般的な人々が連想するであろうロボットに近い。コックピット(操縦席)に座ると、これまで建機の世界ではありえなかった景色が広がる。操縦者は、右手前にあるモニターを見ながら、左右の脇に配置されたジョイスティック型の操作レバーを前後左右に動かして操縦する。レバーの操作方向と動作方向が同じなので、まるで人間の腕の延長のような感覚で動かせる。そこが世界初の独自技術で、ライバル・メーカーの設計担当者たちを唸らせているところなのである。
建機の世界では、業界トップのコマツが汎用品の世界展開で勝負するトヨタ自動車になぞらえられるのに対し、日立建機はホンダのような実験的メーカーだと言われてきた。今回の新型マシンも、「そもそものルーツは“ガンダム好き”の研究者の夢にあった」(商品開発・建設システム事業部の小俣貴之技術部主任)という。
「ASTACO」を開発した石井啓範主任研究員は、社内向け資料もガンダムの図解で説明するほど、自他ともに認めるガンダム好きであり、長年、解体作業の効率を上げるロボットの構想を温めていた。2003年に、社内の技術開発コンペで双腕重機のアイディアが採用されてゴーサインが出たことが転機となる。その後、技術的なハードルをいくつも乗り越えて、05年には第1号機の完成にこぎつけた。
現在、「ASTACO」は大別すると、“災害救助向け”と“解体作業向け”の2種類ある。前者は、すでに東京消防庁と川崎市消防局に1台ずつ納入されて配備されている。後者は、NEDO(独立法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の受託研究で08年に開発した実動機を改良した1台で、東日本大震災の被災地である宮城県石巻市や南三陸町で建物の解体や砂礫の撤去などに従事したのはこちらのタイプだった。
過去にも、似たような双腕重機の開発に取り組んだ中小メーカーはある。だが、現時点では世界でも日立建機しか出していない大型の双腕式油圧ショベルということから、玩具メーカーのタカラトミーは「ASTACO」ミニカーを商品化し、トミカシリーズNo.65 に定番として組み込んだ。
もっとも、日立建機が開発した“ガンダム建機”は、未だデモ機の段階で、受注生産のみに限っており、1台当たり数千万円の費用がかかる。建機には大小さまざまな種類のマシンがあるが、一般的な価格帯(目安)は1400~1500万円台。いち早く量産体制に移行して、最低でもその2倍くらいの水準にならなければ、話題にはなっても、単なるモノ珍しさだけで終わってしまう恐れがある。
日立建機は、“2本の操作レバーで1本の腕を動かす”から、“2本の操作レバーで2本の腕を同時に動かす”へと新しい世界観の定着を模索する。「ASTACO」は、過去に存在しない操作体系を持つ新型マシンなので、実際は新市場を開拓するに等しい。それゆえに、現行の操作体系に慣れ親しんだ土建業者や解体業者には心理的な抵抗もあるという。だが、一方で、現在50歳以下の“ガンダム世代”の業者からは「試してみたい」という問い合わせが絶えない。
図らずも、東日本大震災後の緊急出動で注目を集めた“ガンダム建機”だが、事業としての採算が合う「量産型ガンダム」へと移行するまでには、地道な営業努力が必要になりそうだ。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)