typeKIDS Report

活字書体を使う人のための勉強会

第9回 カリグラフィからタイポグラフィへ

2017年09月17日 | typeKIDS_Seminar
第9回 カリグラフィからタイポグラフィへ
記録:今田欣一
日時:2017年9月3日(日)13:00−14:00
場所:喫茶室ルノアール川越店

東京芸術劇場(Tokyo Metropolitan Theatre)のミーティングルーム1(Meeting Room 1)で、2016年7月2日(日)に開催されたセミナーの内容を復習しています。(独習です)

欧字の第1回は「カリグラフィからタイポグラフィへ」。和字においても、漢字においても、欧字においても、活字書体の基本は書字にあると思います。漢字の書道に相当するものとして、欧字ではカリグラフィと言われます。参考にした4冊の書物について記しておきたいと思います。

『西洋書体の歴史:古典時代からルネサンスへ』(スタン・ナイト著、高宮利行訳、慶應義塾大学出版会、2001年)



この書物はカリグラフィの歴史に関する翻訳本です。歴史の順番に基づいて写本の拡大・実寸の図版と解説で構成して紹介されています。ギリシャ・ローマの碑文、大文字(マジュスキュル)、小文字(ミニュスキュル)の出現、ゴシック体、ヒューマニスト体、イタリック体まで、細かく分類されています。


『もっと知りたいカリグラフィー―絵と写真で見る歴史と技法』(ディヴィッド・ハリス著、小田原真喜子監修、弓狩直子翻訳、雄鶏社、1997年)



この書物は、インペリアルキャピタル、ローマ時代および後期ローマ時代の書体、インシュラーおよびナショナル・スクリプト系の書体、カロリンおよび初期ゴシック系の書体、ゴシック系の書体、イタリアおよびヒューマニスト系の書体(イタリック体など)、ルネッサンス期以降の書体(カッパープレート体など)までの26種について、構成要素と基礎的ストロークを豊富な図版で解説しています。


『カリグラフィー講座テキスト1 イタリック体』、『カリグラフィー講座テキスト2 ブラックレター・ゴシック体』、『カリグラフィー講座テキスト3 カッパープレート体』、(日本カリグラフィー協会編、一寸社発行、発行年不明)



これは私が受講したカリグラフィー講座のテキストです。カリグラフィの基本3書体といわれるブラックレター・ゴシック体、イタリック体のほか、カッパープレート体を習うことになっています。


『西洋活字の歴史:グーテンベルグからウィリアム・モリスへ』(スタン・ナイト著、高宮利行監修・翻訳、安形麻里翻訳、慶應義塾大学出版会、2014年)

「カリグラフィからタイポグラフィへ」ということで、活字書体化についてはこの本によって学習することにしました。
ブラックレター・ゴシック体は「中世の活字」としてヨハン・グーテンベルク(Johann Gutenberg)らが取り上げられています。イタリック体は「イタリア・ルネサンスの活字」でルドヴィコ・デリ・アッリギ(Ludovico degli Arrighi)らが、「フランス・ルネサンスの活字」でロベール・グランジョン(Robert Granjon)らが取り上げられています。出現が新しいカッパープレート体には記載がありませんでした。

■これも参考にしました!
『文字百景034 イタリックにおける書字と印刷活字1 Arrighi Chronicle 1522–1527』(白井敬尚著、朗文堂、1996年)
『文字百景035 イタリックにおける書字と印刷活字2 Arrighi Chronicle 1925–1969』(白井敬尚著、朗文堂、1996年)


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平賀元義の歌集を組む-つきぐみノーマルで読む『平賀元義歌集』

2017年09月03日 | typeKIDS_Library
底本にしたのは、『平賀元義歌集』(斎藤茂吉・杉鮫太郎編註、岩波書店、1938年)である。



この歌集から抜粋して「SDつきぐみノーマルW3」(和字書体のみ)で組み、大和綴(やまととじ)で製本してみた。



大和綴とは表紙の上から結んで綴じたもので、結び綴ともいわれる。料紙を折らずに一枚ずつ重ね、表紙の右側の端の上下から数センチのところに二つ穴をあけて、数本の糸で綴じた。
料紙の重ね方は、料紙の中央から折った料紙を重ねてもよく、左右どちらにきてもよいそうだ。また穴の数も四つ、八つの場合があり、紐などで綴じることもある。歌書などの装訂に見られる。外側に結び目が出ているので、房のように装飾的な感じにしてみた。



平賀元義(1800–1866)は江戸末期の歌人である。備前国岡山藩士の子として生まれたが家督を弟に譲り、中国地方を流浪したりもして奔放に生きた人物であった。賀茂真淵(1697–1769)に私淑し独得の万葉調の歌をつくった。その鮮烈な歌風は正岡子規(1867–1902))によって評価され脚光を浴びた。岡山県立和気閑谷高校の構内などに歌碑がある。
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