鮮やかに色づいている・・・
この時期は紅葉した葉に日差しが透過して、一番綺麗に見える。
そして秋から冬へと変わる季節感と物悲しさを演出している。
なんて・・・、オレはそんなにロマンチストではない。
現実はこんなもの。
毎日ゴミを量産されている。
最近は毎日が掃除である。
昔はコレに火をつけて焚き火をしたもんだ。
今そんなことをしたら、赤い車が消しにくる・・・だろう。
そうした風物詩も今では半透明に詰める毎日だ。
葉が全て落ちきってから掃除をすればよいが、掃除の目的はゴミを取り
除くことではなく綺麗にすること。
そしてその真理は綺麗さを維持することで、掃除は手段に過ぎない。
一方畑では今でも収穫が続く。
ピーマンはコレだけ採ってもまだまだ生っている。
ピーマンは意外と大胆に剪定したほうが生育が良い。
大きいものだけ残して、小さい実や小枝、良い実のまわりの余分な葉は
すっかり落としてしまったほうが結果は良い。
良いものを作るには、如何に無駄なものを取り除くかが大切。
そして主なるものに何が必要かを見極めて残す。
無駄なものの存在はゼロではなく、本来の目的を阻害するマイナスに
なってしまう場合がある。
センスとはこうして磨かれる・・・かも。