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土の上にも三年

農への道

新しい家族(ソラが死んだすぐあと)

2013-09-30 23:11:23 | どうでも日記(雑記系)
ソラが死んだすぐあとの水曜日、家族みんなの希望でセキセイインコの雛を買いに行った。



ごらんの通り、ヒナといってもいわゆる中ヒナ。もう間もなくさし餌とやらを卒業する状態らしい。いろいろ考えることはあるけど、とにかくかわいい(笑)


水曜日の昼間、RIEから相談があった。

みんなインコを飼いたいと言ってるんだけど、どう思う?私も飼いたいけど、ソラ死んじゃったばかりだし、すぐ飼うのもどうかなって思うんだ。

俺はこの問いに対して答えが出せなかった。だから飼うことにした。

いいんじゃない、みんな飼いたいって思うのは一緒なんだし。

え、いいの?

ダメ、と言われそうな予感もあったのだろうね。

命は失われたら帰らない。大切にしてもいつかは失われる。いつかは帰らなくなる命を送ることは自然の摂理だろうと思う。ごく当たり前のことをごく当たり前に触れることがとても難しくなったように感じる現在。もとい現在の我が家の生活。

その背景は全て違うけど、身近にある生と死への情動ってのは、近代のとりわけ都市部では、ペットでも飼わなきゃどこか別世界のようにさえ思えてくるのかもしれない。害虫を害虫と定義できてしまう人間は畏敬の対象だ。


例えば目の前の食事は、自然の摂理が与えてくれる。コンビニやスーパーでいきなりパッケージになって存在するのはもう少し先の未来だとして、生と死があるから食事を摂れることは、未来でも原点には違いないはず。もし自然の摂理から大きく乖離するなら、それこそ今以上に生と死へのよそよそしさが大きくなりそうだし。

とか、もっともらしそうに語ろうが、ペットという存在の何をかを理解していない俺がペットを飼うんだから、飼われた側はたまったもんじゃないのかも。受けた生の暇潰し、ともすればそう感じることもあるのに。

まぁ、家族の一員という表現でお茶を濁すのだけど、家族みんなが何を感じ考え揺れるのか、それ以前に俺がペットをどう考えていくのか、ぐうぜんにも再び一緒に暮らすことになったインコに教えてもらいたいと思いました。

インコはAYAがスカイと名付けた。まだオスメスも分からない。ペットを飼うことが必然であっても、スカイがうちにきたのは・・・。偶然を装った必然であり、必然という結果だろうか。

自分が何をしているのかよく分からないって、認識すると底無しの底無し性が際立つのー。

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