(PV) サニーデイ・サービス - さよなら!街の恋人たち
【宇宙まお】「愛だなんて呼ぶからだ」テレビ東京系テレビ「JAPAN COUNTDOWN」11月度エンディングテーマ
フジファブリック 『手紙』(期間限定full size version)
あたしンち op.Atamama.아따맘마
またまたごめんなさい。
ネタないので以前書いたやつ再掲します。
よろしく。
たった5日の僕と潮音の拙い関係
僕が会社員だったころ、駅で二人の母子をしばしば見たことがあった。
服装は憶えていないが、お母さんはまんまる顔の大きな目、子供はぺこちゃん風のちょっとお茶目な女の子、という感じだった。
お母さんの歳は想像がつかなかったが、女の子は小学校低学年くらい。
ふたりはいつも僕が降りる駅の階段下で誰かを待っているようだった。
僕は大抵19時56分着の電車で帰っていたので、当然その時間に帰ってくるお父さんあたりを待っていることは想像出来たが、それにしてはふたりの行動は妙だった。
僕はともかく急がされるのが嫌で、いつも階段を降りる人の列の最後尾にいることを常としていたが、ふたりの母子は目で先頭から最後尾の僕までを確認すると、あきらかに女の子は残念そうな仕草をし、お母さんはそれをなだめているといった風だった。
待ち人来たらず、か?
不思議に思いながら、気になったのは数日でいつしかその時間にふたりをみることは風景のひとつのようになり、気にならなくなっていった。
そして、恐らく三か月を過ぎたあたりでふたりの姿が見えなくなったことに気付いたが、普通に少しだけ残念に思い、あとは普通に忘れていったのだった。
それから女の子のほうに会ったのは三年後だったか。
その日僕は最悪な気分だった。
当時僕は営業担当で、日中外まわりをしていたのだが、最後の訪問先の商店で、入口に入る際、シャッターが少し下がっているのに気づきながらも頭を下げるタイミングを間違え、しかも急いでいたこともあり、大きな音とともに額をシャッターに打ち付け、なんと流血してしまったのだ。
大きな音に驚き、その顔を見た商店主は一瞬口を半開きにして、その後あきらかに笑いを隠しながら奥の部屋より救急箱を下げてきて、そこから手早く脱脂綿に消毒液を含ませ近くの椅子に座れといいつつ、僕の鼻脇から額までこれでもかというくらいに押し付け拭い、最後に流血場所である眉間のやや上に超特大のカットバンをパンッと貼ってくれた。
会社に帰ってから事の経緯を上司に報告すると「バカ」と怒鳴られ、十違う僕が秘かに社内一可愛いと思っていた新人女子社員には軽蔑の目を向けられるという散々な日であった。
そんなこんなで、仕事を終え、ルーティーンどおり19時56分着の列車を降り、改札を通って列の最後尾で顔を伏せながら、ゆっくりとその日一日の悪夢を振り返り、「バカだなぁ」と独り言ち、階段を降り切ったときだった。
足を大地につけ、一旦伸びをして、駅から10分くらいかかる我が家へと向かおうとしたところ、なにやら刺すような痒いような視線を感じたのだ。
ん?レーザービームか?
それでゆっくり視線の先をたぐると、少し離れたところに女の子が立っていることに気が付いた。
どのくらいの歳なのか見当がつかないが、思春期に入る手前なのかな?と思った。
彼女は僕と目が合うと、にこっと笑った。・・・・お茶目そう。
女の子に笑いかけられるのはそれほど悪い気分ではないが、なんだか面倒に巻き込まれそうな気がして無視を決め込み、僕は再び前を向いて歩き出した。
しかし100メートルほど歩いて軽い下り坂にさしかかったとき、急に何故か女の子のことがどうにも気になりだしていた。
僕の記憶の底に住む形のない何かが「思い出しなさい」とささやいていた。
立ち止まり30秒ほど考えてみた。
さきほど感じたお茶目そう・・・、女の子。・・・誰かを待ってる?
キーワードを繋ぎ合わせてみた。
ふと「もしかして」と思い浮かび、そうなると居ても立ってもいられなくなる癖のある僕は、早速走るように歩いて駅へ舞い戻った。
行って帰って五分くらいの間と思われるが、もといた場所には誰もいなかった。
僕は焦ったが、幸運なことに女の子はすぐに見つかった。少し離れたところにベンチがあり、そこに座っている彼女がびっくりした顔でこちらを見ていた。
僕はゆっくりと女の子のもとへ歩み寄ったのだが、すると何故か彼女もベンチから腰を上げ、なんと泣きそうな表情をして僕のもとに駆け寄ってきたではないか。
僕らの間が一メートルくらいになったとき、女の子は立ち止まり、ハアハアさせながら僕を少し見上げながらこう言った。
「やっぱり潮音のパパ?パパだよね」
女の子の名前は遠藤潮音。
小学校五年生。
三年前の母子の子はやはり潮音ちゃんで、母はママで「会ったことのないパパ」に潮音ちゃんが会いたくてママと二人で駅の階段下で待っていたんだということだった。
「で、結局会えなかった訳だ」
「うん」
僕らはベンチに並んで座り、事の経緯を僕は、できるだけ優しく潮音ちゃんから聞き出そうとしていた。
勿論夜だったが、駅前の広場には街灯が何本かたっていて、それほどの暗さを感じなかった。
「潮音ね、なんとなくわかっていたんだ。・・・パパがはじめからいないこと」
「だから諦めたんだね」
「うん」
どうやら三年前の潮音ちゃんは自分だけなぜ父親がいないのか母親に迫ったようだ。
それで仕方なく、母親は「駅で待ってれば、いつか帰ってくるよ」と・・・、19時56分着の列車に乗って・・・・・。
「じゃあ、なんでまた今日、駅で待っていたの?お母さんは一緒じゃないの?」
「夢を見たの」
「夢?」
「うん、ママがでてきたの・・・、パパらしい人も」
僕は潮音ちゃんの顔を見ながら、少しおかしいぞ、と思った。父親はともかく母親が夢に出てくるって、まるで・・・・。
すると潮音ちゃんは僕の様子を見てわかったのだろう、軽く笑顔をみせながら「ママは今、お墓のなかだよ」と言った。
僕は少なからず心が揺れた。
亡くなった母親が夢に出てきた。しかも父親らしい人と。だからもしかしてと、またここへきたのか・・・。
僕はしばらくの間、沈黙した。潮音ちゃんにどのように言葉をかければ良いのかわからなくなった。父親も母親もいない潮音ちゃん。今日初めて会話を交わした彼女に同情するのは卑怯だと思いながらも突然悲しくなった。
「・・・泣いてるの?」
「いや違うよ」
「でも泣いてるよ」
「そうかな・・・」
「6月22日ね」
「うん?」
「ママのね、誕生日なの」
「もうすぐじゃないか」
「うん。だからね、それまではここにくるんだ」
それはいけない、小学5年生の女の子が夜出歩くのは危険だ、と言おうとしたがこの子はきっとそれでも来るだろう。だとしたら・・・、と考えていると、潮音ちゃんはすっくと立ちあがり、「そろそろおばあちゃんが起きてくるんだ。帰らなきゃ。・・・おばあちゃん、晩御飯のあと必ず横になるんだよ」と僕を見下ろし、くるりと帰ろうとした。
それを「最後に・・・」と呼び止め、再びこちらを向いた潮音ちゃんにたずねた。
「なぜ僕をお父さんと思ったの?」
「決まってるじゃん。超大きなカットバン!夢のパパもそこに貼ってたの」
そう言い残すと彼女は一目散に駆けだし、やがて闇に消えた。
そしてしばらくの間それを見ていた僕は、額のカットバンに指で触れながら、こう呟いたと思う。
・・・・あんまりな理由だよな。
平屋の一戸建ての賃貸住宅のドアを「ただいま」と開いて入ると、奥から真莉愛の「おかえり」という覇気のない声が小さく返ってきた。
夕べのことが未だ尾を引いているのか・・・。
僕は困ったな、と思いながらも靴を揃えて上がり、短い廊下の右奥にあるキッチン&リビングを覗いた。
背中を見せている真莉愛は遅い夕飯の支度をしていた。
もう一度、「ただいま」と声をかけたが、彼女は振り向かず、事務的に「お風呂沸いてるから」とのたもうた。
そこにいても仕方がないので、僕はその隣のクローゼットがある寝室に入り、素早くスーツを脱ぎ、ハンガーに皺にならないように掛けて、下着を用意しそそくさと風呂に向かった。
風呂は熱かった。
軽く湯を浴び、左足から湯船に入った。ジン、として少し足を戻しそうになったが、我慢し、勢いで右足そして体全体をザブッと湯船に沈めた。
5分くらい経つと体も熱さになれ、額のカットバンのことが気になり、「ああ今日は頭を洗おうかどうしようか」などと思う余裕もできた。
それにしても・・・・。
あの子はまた来ると言った。
いくらしっかりとしているとはいえ小学校5年生の女の子が夜の8時にあそこにいるのはやはり危険だ。
駅前には高校生らしい不良が集まってくることもある。
不審な男が声をかけてこないとも限らない。
心配だ。
冷静に考えれば警察に事情を話して保護してもらえばいいだけの話だが、それはしたくなかった。
自分勝手だが、僕が関わり僕が心配し、心配ないように確認したいからだ。
考えてみれば、6月22日まであと5日。
今日が月曜日で火・水・木・金、・・・土曜日も出勤だがその日だけはなんとかなる。火曜日から金曜日まで僕が19時56分着の列車で帰ってこられればまだ良いのだが、困ったことにその4日間は重要な仕事を抱えており、恐らくルーティーン通りに帰ることは不可能だろう。
誰かその時間に・・・。
僕は湯船により深く、顎まで沈めながら「・・・そうするしかないのか」と短い溜息をついた。
風呂からあがり、スウェットに着替え、キッチンのテーブルに着くと向かいに座っていた真莉愛が僕を指して急に大声で笑いだした。
溜まっていたものを吐き出すような笑い方である。
「なあに、それ」
僕の額の大きなカットバンを指して、今度はケタケタケタに変わった。
「名誉の負傷だ!」
「名誉の負傷?・・・どこにぶつけたの?」
「なぜ、暴漢に襲われたのとか言えない!・・・大丈夫?とかもさ」
「だってそーたドジだもの。それを考えたらねぇ」
くくく、とまだ笑うのをやめない真莉愛。
でも、怒る気にはなれなかった。それどころか良かったと思った。
前日言い争いをしていたからだった。
真莉愛と僕とはそのとき出会って二年が経っていた。
その二年前、同じ業界の別会社で、彼女は受付嬢で僕は営業で忙しい毎日を送っていたものだった。
そんなとき、詳しくは言えないが、会うべくして会った。
そして、付き合うようになって何か月かで、いつのまにか彼女は僕の家の同居人となり、前の年の12月に「そろそろ花嫁修業しなくちゃ」とそれなりに勤めた会社をあっさりと辞めてしまったのだった。
今考えると馬鹿らしいけれど、「前日の言い争い」はそんな前兆もないのに、「子供が出来たらなんて呼ばせるか」についての互いの意見の相違による争いだった。
つまり、僕は「お父さん・お母さん」、真莉愛は「パパ・ママ」で一歩も譲らぬ、という訳で、僕は次の日まで尾を引いてやしないかと恐れていたのだった。
ようやくおさまった真莉愛は、「ごめん、ごめん」と言いながら立ち上がり、食卓にごはんを並べ始めた。
そして、並び終え彼女が席に着いて「いただきます」を言う前の瞬間を狙って僕は「話したいことがあるんだけど」と話をもちかけた。
「なに?」
「明日から4日間、金曜日まである女の子を見守って欲しいんだ」
「女の子?」
「うん、小学5年生の女の子。夜の7時56分着の電車を待ってるから、駅の階段の下で待ってるので、君は見守ってくれるだけでいい。・・・出来たら彼女が家に帰るまで何もないことを確認してもらえたら嬉しいんだけど・・・・」
真莉愛は僕を見た。
ロングの艶のある髪、程よい大きさの顔、大きく瞳に輝きを持った彼女に見つめられ、僕はまったく身動きが出来なかった。
一分くらい彼女は僕を見つめていただろうか。
真莉愛は、はあ、と笑みを見せ、軽く頷きながら「いいわよ」と言った。
そして「いただきます」を言って箸を持つ彼女に「なにも聞かないの?」と不思議に思って尋ねると、「だってそーたって不器用なんだもん、嘘もいえないし・・・、でもそこが大好きになった理由なんだけどね」と頬を赤らめた。
そんな彼女に僕は大いに感謝し、大きく手をあわせて「いただきます」を言った。
「あっ、でもその子の名前だけは教えて」
「潮音ちゃんっていうんだ」
僕は味噌汁に口を付け、あちちっ、と片方の目尻に微かに光る汗を出した。
次の日からの僕はやはり多忙で、予定通り金曜日までは潮音ちゃんに会うことは出来なかった。
帰ってから真莉愛に「どうだった?」と聞くと一言、「心配しないで」と答えるだけだったが、二日目、三日目になると「あの子可愛いわね」とか「娘だったら潮音にしようかしら」とか「思い切って話しかけたら、嬉しそうに話しはじめてあの子の家まで話しながらついて行ってしまった」とか嬉しそうにする真莉愛の顔が見られるようになった。
そして最終日の4日目には、悲しそうに「もうあの子には会えないのよねぇ」と残念がり、この世の終わりのような顔をしているものだから「明日やっと俺が時間にいけるけど、真莉愛もくる?」と誘うと「いいわ、22日でしょ、あの子のママの誕生日に行くのはなんだか妬ける」なんて有様だった。
6月22日の土曜日の朝は晴れ渡り、普段は憂鬱な土曜出勤なのだけれど、爽快な気分で出かけることができ、仕事も普段でもないようなスピードで仕上げることが出来た。
あんまり早く帰れることになったものだから、オマチを何気なく歩き回って時間を潰し、そうかと気が付き駅ビル内のケーキ屋で苺ショートケーキを買い、時間通り帰りの、というより潮音ちゃんの待つ駅へ行く列車に乗った。
列車の中、超大きなカットバンはもう必要なかったが、もう一度眉間のやや上辺りに貼った。
たった一駅なのに時間が限りなく遅く感じた。土曜日、乗客もそれほどではなかった。
早く、早く、潮音ちゃんの悔いのない笑顔がみたい。
19時56分。
僕はホームに降り立ち、足早に上りの階段をのぼり、改札を通り、通路を急ぎ誰よりも先に下りの階段を駆け下りて、半分まで行ったところで止まった。
潮音ちゃんだ、それに・・・隣には真莉愛?
真莉愛は潮音ちゃんの肩に手を乗せ、少し屈みながら潮音ちゃんの耳に何か囁いている。
僕が、また降りて行き、最後の一段目になったとき、潮音ちゃんは僕のもとに駆け寄って来て強い力で抱きついた。
「おかえり、・・カットバンのパパ」
「ただいま、潮音ちゃん」
潮音ちゃんを送りだしてくれた真莉愛が幸せそうな笑顔をおくってくれた。
後から来た帰宅者どもがあからさまに迷惑そうに睨んで通り過ぎていったが、僕は壊さないでくれと思った。
・・・・壊さないでくれ。本当に短い、ともするとすれ違うだけの関係だ。
でもどうか今だけはお願いです。壊さないでください。
僕は願った。
少しだけベンチで話して、真莉愛と僕は潮音ちゃんを送って行った。
彼女の家の前で別れる前に、僕は持っていた白く小さな箱を渡した。
「ママの誕生日。潮音ちゃんとおばあちゃんと、勿論ママにね」
潮音ちゃんは「それ」をありがとうと嬉しそうに受け取り、少し恥ずかしそうに顔をあげた。
「ねえ、真莉愛ちゃんとそーたさん、ママとパパって呼んでいいかな?」
「それは出来ないな。離れちゃったけど本当のパパとママはいるよ。でも、・・・だから、呼んでくれるなら・・・、お父さんとお母さんってのはどうかな」
真莉愛が「そうしてあげて」とお願いすると、潮音ちゃんは「うん」と笑顔で答えてくれた。
潮音ちゃんと別れて僕たちは、帰途につきながら周りに何もないところで吹いた夜風が意外に冷たいのに驚いた。
「もうあと何日かで7月になるというのにね」
「そうね」
「あーあ。子供はやっぱり娘だな」
「大丈夫よきっと。きっとそうなる。・・・でも寒い時期だな、いや春か」
「春って、なにそれ」
「医者行った。できたんだろうねぇ、きっと」
さらりと真莉愛は言ってのけた。
僕はあわてふためき、なにを言っていいのか分からなかった。
「うんうん、そうだね、そうだよね、そうに違いない」
僕のまったく意味のわからない言葉に、
「まどろっこしいなあ、何を言いたいのよ」
真莉愛がキッと僕を睨んだ。
困った僕は最低でも言わなきゃならない言葉を思い出し、
「・・・・ありがとう」と言った。
「そうだね、それでいいのよ」
真莉愛は夜空を見上げて、歌でもうたいたい気分、こういうときは何の歌だろうと呟いた。
そしてあたかも、あっ!と急に思い出したかのように空をみあげたまま、こう言った。
「いい日に籍をいれなきゃね、子供のほうが先になっちゃったけどさ」
それは僕のほうが先に言わなければならない言葉だ。
結婚すれば、きっと僕は真莉愛に頭があがらなくなり、きっと生まれてくる子供はパパ・ママと僕らを呼ぶことになるのだろうなぁ。
ガタン、ゴトンと夜風に流されて列車が線路を走る音が聞こえた。
次の年に生まれてくる我が子に想いを馳せながら、潮音ちゃんとは、きっと、もう、会うことはないだろうなと思った。
【宇宙まお】「愛だなんて呼ぶからだ」テレビ東京系テレビ「JAPAN COUNTDOWN」11月度エンディングテーマ
フジファブリック 『手紙』(期間限定full size version)
あたしンち op.Atamama.아따맘마
またまたごめんなさい。
ネタないので以前書いたやつ再掲します。
よろしく。
たった5日の僕と潮音の拙い関係
僕が会社員だったころ、駅で二人の母子をしばしば見たことがあった。
服装は憶えていないが、お母さんはまんまる顔の大きな目、子供はぺこちゃん風のちょっとお茶目な女の子、という感じだった。
お母さんの歳は想像がつかなかったが、女の子は小学校低学年くらい。
ふたりはいつも僕が降りる駅の階段下で誰かを待っているようだった。
僕は大抵19時56分着の電車で帰っていたので、当然その時間に帰ってくるお父さんあたりを待っていることは想像出来たが、それにしてはふたりの行動は妙だった。
僕はともかく急がされるのが嫌で、いつも階段を降りる人の列の最後尾にいることを常としていたが、ふたりの母子は目で先頭から最後尾の僕までを確認すると、あきらかに女の子は残念そうな仕草をし、お母さんはそれをなだめているといった風だった。
待ち人来たらず、か?
不思議に思いながら、気になったのは数日でいつしかその時間にふたりをみることは風景のひとつのようになり、気にならなくなっていった。
そして、恐らく三か月を過ぎたあたりでふたりの姿が見えなくなったことに気付いたが、普通に少しだけ残念に思い、あとは普通に忘れていったのだった。
それから女の子のほうに会ったのは三年後だったか。
その日僕は最悪な気分だった。
当時僕は営業担当で、日中外まわりをしていたのだが、最後の訪問先の商店で、入口に入る際、シャッターが少し下がっているのに気づきながらも頭を下げるタイミングを間違え、しかも急いでいたこともあり、大きな音とともに額をシャッターに打ち付け、なんと流血してしまったのだ。
大きな音に驚き、その顔を見た商店主は一瞬口を半開きにして、その後あきらかに笑いを隠しながら奥の部屋より救急箱を下げてきて、そこから手早く脱脂綿に消毒液を含ませ近くの椅子に座れといいつつ、僕の鼻脇から額までこれでもかというくらいに押し付け拭い、最後に流血場所である眉間のやや上に超特大のカットバンをパンッと貼ってくれた。
会社に帰ってから事の経緯を上司に報告すると「バカ」と怒鳴られ、十違う僕が秘かに社内一可愛いと思っていた新人女子社員には軽蔑の目を向けられるという散々な日であった。
そんなこんなで、仕事を終え、ルーティーンどおり19時56分着の列車を降り、改札を通って列の最後尾で顔を伏せながら、ゆっくりとその日一日の悪夢を振り返り、「バカだなぁ」と独り言ち、階段を降り切ったときだった。
足を大地につけ、一旦伸びをして、駅から10分くらいかかる我が家へと向かおうとしたところ、なにやら刺すような痒いような視線を感じたのだ。
ん?レーザービームか?
それでゆっくり視線の先をたぐると、少し離れたところに女の子が立っていることに気が付いた。
どのくらいの歳なのか見当がつかないが、思春期に入る手前なのかな?と思った。
彼女は僕と目が合うと、にこっと笑った。・・・・お茶目そう。
女の子に笑いかけられるのはそれほど悪い気分ではないが、なんだか面倒に巻き込まれそうな気がして無視を決め込み、僕は再び前を向いて歩き出した。
しかし100メートルほど歩いて軽い下り坂にさしかかったとき、急に何故か女の子のことがどうにも気になりだしていた。
僕の記憶の底に住む形のない何かが「思い出しなさい」とささやいていた。
立ち止まり30秒ほど考えてみた。
さきほど感じたお茶目そう・・・、女の子。・・・誰かを待ってる?
キーワードを繋ぎ合わせてみた。
ふと「もしかして」と思い浮かび、そうなると居ても立ってもいられなくなる癖のある僕は、早速走るように歩いて駅へ舞い戻った。
行って帰って五分くらいの間と思われるが、もといた場所には誰もいなかった。
僕は焦ったが、幸運なことに女の子はすぐに見つかった。少し離れたところにベンチがあり、そこに座っている彼女がびっくりした顔でこちらを見ていた。
僕はゆっくりと女の子のもとへ歩み寄ったのだが、すると何故か彼女もベンチから腰を上げ、なんと泣きそうな表情をして僕のもとに駆け寄ってきたではないか。
僕らの間が一メートルくらいになったとき、女の子は立ち止まり、ハアハアさせながら僕を少し見上げながらこう言った。
「やっぱり潮音のパパ?パパだよね」
女の子の名前は遠藤潮音。
小学校五年生。
三年前の母子の子はやはり潮音ちゃんで、母はママで「会ったことのないパパ」に潮音ちゃんが会いたくてママと二人で駅の階段下で待っていたんだということだった。
「で、結局会えなかった訳だ」
「うん」
僕らはベンチに並んで座り、事の経緯を僕は、できるだけ優しく潮音ちゃんから聞き出そうとしていた。
勿論夜だったが、駅前の広場には街灯が何本かたっていて、それほどの暗さを感じなかった。
「潮音ね、なんとなくわかっていたんだ。・・・パパがはじめからいないこと」
「だから諦めたんだね」
「うん」
どうやら三年前の潮音ちゃんは自分だけなぜ父親がいないのか母親に迫ったようだ。
それで仕方なく、母親は「駅で待ってれば、いつか帰ってくるよ」と・・・、19時56分着の列車に乗って・・・・・。
「じゃあ、なんでまた今日、駅で待っていたの?お母さんは一緒じゃないの?」
「夢を見たの」
「夢?」
「うん、ママがでてきたの・・・、パパらしい人も」
僕は潮音ちゃんの顔を見ながら、少しおかしいぞ、と思った。父親はともかく母親が夢に出てくるって、まるで・・・・。
すると潮音ちゃんは僕の様子を見てわかったのだろう、軽く笑顔をみせながら「ママは今、お墓のなかだよ」と言った。
僕は少なからず心が揺れた。
亡くなった母親が夢に出てきた。しかも父親らしい人と。だからもしかしてと、またここへきたのか・・・。
僕はしばらくの間、沈黙した。潮音ちゃんにどのように言葉をかければ良いのかわからなくなった。父親も母親もいない潮音ちゃん。今日初めて会話を交わした彼女に同情するのは卑怯だと思いながらも突然悲しくなった。
「・・・泣いてるの?」
「いや違うよ」
「でも泣いてるよ」
「そうかな・・・」
「6月22日ね」
「うん?」
「ママのね、誕生日なの」
「もうすぐじゃないか」
「うん。だからね、それまではここにくるんだ」
それはいけない、小学5年生の女の子が夜出歩くのは危険だ、と言おうとしたがこの子はきっとそれでも来るだろう。だとしたら・・・、と考えていると、潮音ちゃんはすっくと立ちあがり、「そろそろおばあちゃんが起きてくるんだ。帰らなきゃ。・・・おばあちゃん、晩御飯のあと必ず横になるんだよ」と僕を見下ろし、くるりと帰ろうとした。
それを「最後に・・・」と呼び止め、再びこちらを向いた潮音ちゃんにたずねた。
「なぜ僕をお父さんと思ったの?」
「決まってるじゃん。超大きなカットバン!夢のパパもそこに貼ってたの」
そう言い残すと彼女は一目散に駆けだし、やがて闇に消えた。
そしてしばらくの間それを見ていた僕は、額のカットバンに指で触れながら、こう呟いたと思う。
・・・・あんまりな理由だよな。
平屋の一戸建ての賃貸住宅のドアを「ただいま」と開いて入ると、奥から真莉愛の「おかえり」という覇気のない声が小さく返ってきた。
夕べのことが未だ尾を引いているのか・・・。
僕は困ったな、と思いながらも靴を揃えて上がり、短い廊下の右奥にあるキッチン&リビングを覗いた。
背中を見せている真莉愛は遅い夕飯の支度をしていた。
もう一度、「ただいま」と声をかけたが、彼女は振り向かず、事務的に「お風呂沸いてるから」とのたもうた。
そこにいても仕方がないので、僕はその隣のクローゼットがある寝室に入り、素早くスーツを脱ぎ、ハンガーに皺にならないように掛けて、下着を用意しそそくさと風呂に向かった。
風呂は熱かった。
軽く湯を浴び、左足から湯船に入った。ジン、として少し足を戻しそうになったが、我慢し、勢いで右足そして体全体をザブッと湯船に沈めた。
5分くらい経つと体も熱さになれ、額のカットバンのことが気になり、「ああ今日は頭を洗おうかどうしようか」などと思う余裕もできた。
それにしても・・・・。
あの子はまた来ると言った。
いくらしっかりとしているとはいえ小学校5年生の女の子が夜の8時にあそこにいるのはやはり危険だ。
駅前には高校生らしい不良が集まってくることもある。
不審な男が声をかけてこないとも限らない。
心配だ。
冷静に考えれば警察に事情を話して保護してもらえばいいだけの話だが、それはしたくなかった。
自分勝手だが、僕が関わり僕が心配し、心配ないように確認したいからだ。
考えてみれば、6月22日まであと5日。
今日が月曜日で火・水・木・金、・・・土曜日も出勤だがその日だけはなんとかなる。火曜日から金曜日まで僕が19時56分着の列車で帰ってこられればまだ良いのだが、困ったことにその4日間は重要な仕事を抱えており、恐らくルーティーン通りに帰ることは不可能だろう。
誰かその時間に・・・。
僕は湯船により深く、顎まで沈めながら「・・・そうするしかないのか」と短い溜息をついた。
風呂からあがり、スウェットに着替え、キッチンのテーブルに着くと向かいに座っていた真莉愛が僕を指して急に大声で笑いだした。
溜まっていたものを吐き出すような笑い方である。
「なあに、それ」
僕の額の大きなカットバンを指して、今度はケタケタケタに変わった。
「名誉の負傷だ!」
「名誉の負傷?・・・どこにぶつけたの?」
「なぜ、暴漢に襲われたのとか言えない!・・・大丈夫?とかもさ」
「だってそーたドジだもの。それを考えたらねぇ」
くくく、とまだ笑うのをやめない真莉愛。
でも、怒る気にはなれなかった。それどころか良かったと思った。
前日言い争いをしていたからだった。
真莉愛と僕とはそのとき出会って二年が経っていた。
その二年前、同じ業界の別会社で、彼女は受付嬢で僕は営業で忙しい毎日を送っていたものだった。
そんなとき、詳しくは言えないが、会うべくして会った。
そして、付き合うようになって何か月かで、いつのまにか彼女は僕の家の同居人となり、前の年の12月に「そろそろ花嫁修業しなくちゃ」とそれなりに勤めた会社をあっさりと辞めてしまったのだった。
今考えると馬鹿らしいけれど、「前日の言い争い」はそんな前兆もないのに、「子供が出来たらなんて呼ばせるか」についての互いの意見の相違による争いだった。
つまり、僕は「お父さん・お母さん」、真莉愛は「パパ・ママ」で一歩も譲らぬ、という訳で、僕は次の日まで尾を引いてやしないかと恐れていたのだった。
ようやくおさまった真莉愛は、「ごめん、ごめん」と言いながら立ち上がり、食卓にごはんを並べ始めた。
そして、並び終え彼女が席に着いて「いただきます」を言う前の瞬間を狙って僕は「話したいことがあるんだけど」と話をもちかけた。
「なに?」
「明日から4日間、金曜日まである女の子を見守って欲しいんだ」
「女の子?」
「うん、小学5年生の女の子。夜の7時56分着の電車を待ってるから、駅の階段の下で待ってるので、君は見守ってくれるだけでいい。・・・出来たら彼女が家に帰るまで何もないことを確認してもらえたら嬉しいんだけど・・・・」
真莉愛は僕を見た。
ロングの艶のある髪、程よい大きさの顔、大きく瞳に輝きを持った彼女に見つめられ、僕はまったく身動きが出来なかった。
一分くらい彼女は僕を見つめていただろうか。
真莉愛は、はあ、と笑みを見せ、軽く頷きながら「いいわよ」と言った。
そして「いただきます」を言って箸を持つ彼女に「なにも聞かないの?」と不思議に思って尋ねると、「だってそーたって不器用なんだもん、嘘もいえないし・・・、でもそこが大好きになった理由なんだけどね」と頬を赤らめた。
そんな彼女に僕は大いに感謝し、大きく手をあわせて「いただきます」を言った。
「あっ、でもその子の名前だけは教えて」
「潮音ちゃんっていうんだ」
僕は味噌汁に口を付け、あちちっ、と片方の目尻に微かに光る汗を出した。
次の日からの僕はやはり多忙で、予定通り金曜日までは潮音ちゃんに会うことは出来なかった。
帰ってから真莉愛に「どうだった?」と聞くと一言、「心配しないで」と答えるだけだったが、二日目、三日目になると「あの子可愛いわね」とか「娘だったら潮音にしようかしら」とか「思い切って話しかけたら、嬉しそうに話しはじめてあの子の家まで話しながらついて行ってしまった」とか嬉しそうにする真莉愛の顔が見られるようになった。
そして最終日の4日目には、悲しそうに「もうあの子には会えないのよねぇ」と残念がり、この世の終わりのような顔をしているものだから「明日やっと俺が時間にいけるけど、真莉愛もくる?」と誘うと「いいわ、22日でしょ、あの子のママの誕生日に行くのはなんだか妬ける」なんて有様だった。
6月22日の土曜日の朝は晴れ渡り、普段は憂鬱な土曜出勤なのだけれど、爽快な気分で出かけることができ、仕事も普段でもないようなスピードで仕上げることが出来た。
あんまり早く帰れることになったものだから、オマチを何気なく歩き回って時間を潰し、そうかと気が付き駅ビル内のケーキ屋で苺ショートケーキを買い、時間通り帰りの、というより潮音ちゃんの待つ駅へ行く列車に乗った。
列車の中、超大きなカットバンはもう必要なかったが、もう一度眉間のやや上辺りに貼った。
たった一駅なのに時間が限りなく遅く感じた。土曜日、乗客もそれほどではなかった。
早く、早く、潮音ちゃんの悔いのない笑顔がみたい。
19時56分。
僕はホームに降り立ち、足早に上りの階段をのぼり、改札を通り、通路を急ぎ誰よりも先に下りの階段を駆け下りて、半分まで行ったところで止まった。
潮音ちゃんだ、それに・・・隣には真莉愛?
真莉愛は潮音ちゃんの肩に手を乗せ、少し屈みながら潮音ちゃんの耳に何か囁いている。
僕が、また降りて行き、最後の一段目になったとき、潮音ちゃんは僕のもとに駆け寄って来て強い力で抱きついた。
「おかえり、・・カットバンのパパ」
「ただいま、潮音ちゃん」
潮音ちゃんを送りだしてくれた真莉愛が幸せそうな笑顔をおくってくれた。
後から来た帰宅者どもがあからさまに迷惑そうに睨んで通り過ぎていったが、僕は壊さないでくれと思った。
・・・・壊さないでくれ。本当に短い、ともするとすれ違うだけの関係だ。
でもどうか今だけはお願いです。壊さないでください。
僕は願った。
少しだけベンチで話して、真莉愛と僕は潮音ちゃんを送って行った。
彼女の家の前で別れる前に、僕は持っていた白く小さな箱を渡した。
「ママの誕生日。潮音ちゃんとおばあちゃんと、勿論ママにね」
潮音ちゃんは「それ」をありがとうと嬉しそうに受け取り、少し恥ずかしそうに顔をあげた。
「ねえ、真莉愛ちゃんとそーたさん、ママとパパって呼んでいいかな?」
「それは出来ないな。離れちゃったけど本当のパパとママはいるよ。でも、・・・だから、呼んでくれるなら・・・、お父さんとお母さんってのはどうかな」
真莉愛が「そうしてあげて」とお願いすると、潮音ちゃんは「うん」と笑顔で答えてくれた。
潮音ちゃんと別れて僕たちは、帰途につきながら周りに何もないところで吹いた夜風が意外に冷たいのに驚いた。
「もうあと何日かで7月になるというのにね」
「そうね」
「あーあ。子供はやっぱり娘だな」
「大丈夫よきっと。きっとそうなる。・・・でも寒い時期だな、いや春か」
「春って、なにそれ」
「医者行った。できたんだろうねぇ、きっと」
さらりと真莉愛は言ってのけた。
僕はあわてふためき、なにを言っていいのか分からなかった。
「うんうん、そうだね、そうだよね、そうに違いない」
僕のまったく意味のわからない言葉に、
「まどろっこしいなあ、何を言いたいのよ」
真莉愛がキッと僕を睨んだ。
困った僕は最低でも言わなきゃならない言葉を思い出し、
「・・・・ありがとう」と言った。
「そうだね、それでいいのよ」
真莉愛は夜空を見上げて、歌でもうたいたい気分、こういうときは何の歌だろうと呟いた。
そしてあたかも、あっ!と急に思い出したかのように空をみあげたまま、こう言った。
「いい日に籍をいれなきゃね、子供のほうが先になっちゃったけどさ」
それは僕のほうが先に言わなければならない言葉だ。
結婚すれば、きっと僕は真莉愛に頭があがらなくなり、きっと生まれてくる子供はパパ・ママと僕らを呼ぶことになるのだろうなぁ。
ガタン、ゴトンと夜風に流されて列車が線路を走る音が聞こえた。
次の年に生まれてくる我が子に想いを馳せながら、潮音ちゃんとは、きっと、もう、会うことはないだろうなと思った。