からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

米津玄師 MV「カムパネルラ」

2020-08-07 | 音楽
米津玄師 MV「カムパネルラ」



マーク from GARO 『学生街の喫茶店 Music Video』



The Velvet Underground - Sweet Jane (Video)



Asaf Avidan "Reckoning Song" (acoustic Version - Live TV Taratata 2013)




丸木俊 (1912-2000) 丸木位里(1901-1995)

その作品は観たことがあったが作者は知らなかった。

そうか、この人たちだったのか。

これらの作品は自ら旧日本兵への取材やら、原爆の被害を実際にみてイメージを固めたという。

鳥肌が立つ。

こういう作家も確かにいたのだ・・・・・・。
コメント

あの頃~、幻に魅せられて2

2020-08-06 | 小説
前回より続き


☆1980年、大人の旅

そのⅠ

 新年が明けて二日目、ぼくは夢を見た。
 砂浜に座って海を眺めながら隣に座っていた女性とキスをしようとしたぼく。唇をあわせようとする瞬間目を開け、唇を探そうとしたがあるはずのところに唇はない。ぎょっとして少し離れて見ると彼女の顔はのっぺらぼう。
 そんな夢だった。
 ぼくは飛び起き、それが夢だったことを確認するとふーっと一息ついて安心した。
 女は一体誰だったんだろうと考えてみたら、愛里のことを思い出した。
 愛里とは前の年の七月の海以来会っていなかった。いや、相変わらずこちらからコンタクトをとる手段がなかったと言うべきか。
 海へ行った次の日の朝、ぼくは学校に行き、教室に入るとノリトや級友たちにさっそく囲まれた。仕方がないと一部始終を話そうかと思ったら担任の渋谷に朝から呼ばれ、職員室に入るや否や彼の前に立たされて三日間の自宅謹慎を言い渡された。ぼくは厳しすぎると即座に文句を言おうとしたが、渋谷は分かっているだろう?と言い、一旦話を区切ると、ところで一体誰なんだあれは?と興味深そうに聞いてきた。
「ちょっとした知り合いで・・・」ぼくが言うと彼は小声で「お前のこれか?」と小指を立てた。
「そう言えたら最高なんだけど・・・」
「違うのか?」
「ええ」
「名前は?」
「愛里っていう人、ここの卒業生らしいことは聞いたんですけどそれ以外は・・・」
 ぼくはもしかしたら渋谷のほうがぼくよりも情報をもっているのではと思い、正直に彼女の名前を口にした。
「愛里?ここの卒業生?」
 あーあいつかぁ、と渋谷の顔が瞬間醜く歪んだ。そして腕組みをして何やらうーんと考える素振りを見せると「あれはやめとけ」と口を開いた。「俺の知っている奴ならお前には荷が重すぎる」
 渋谷はそれだけ言うと、今日から三日間の自宅謹慎だ、反省文を書くこと、とぼくに言い渡し追い払うように右手をひらひらさせた。ぼくは「やめとけ」の理由を訊ねたかったのだけれど早々に職員室から出されてしまい、それは叶わなかった。
 教室に戻ると皆にまた囲まれかけ、ぼくは机上に放置した学生カバンを手にするとさっさと彼らには構わず教室を出た。後からノリトが追いかけてきて「どうせお前のことだから名前以外は何も知らないんだろう?俺、調べておいてやるよ。兄貴なら何か分かるかも」と言ってくれた。
 それから三日の間、ぼくは大人しく家に籠っていた。反省文も書いた。母親は「自宅謹慎」という言葉に初めは驚いたが、まあ人生何事も経験よと謹慎理由についてはなにも問い詰めはしなかった。自分で解決ができるなら、法に触れることや良心に恥じる行為以外は理由を問わないというのが母の持論だ。ぼくはだからといって放任主義というのも、と少しだけ寂しく思ったが、あまり根掘り葉掘り聞かれるのも面倒かと諦めた。
 三日間の自宅謹慎が解け、学校に行ってみると、もう誰もぼくを囲もうとはせずに朝からテスト勉強に勤しんでいた。ぼくはいの一番にノリトの机の前に行き、歴史の教科書に緑色のマーカーペンを何本も走らせ、下をむいているノリトに「調査の結果は?」と尋ねた。
「調査の結果?」
「ほら、愛里のこと・・・」
 ノリトは面倒くさそうに顔を上げると、「詳しいことは分からなかった」と言った。
「そうか・・・」
 ぼくが悪かったなと言い、立ち去ろうとするとノリトは「待てよ」とぼくを呼び止めた。「兄貴の線からは恐らく大学の誰かの知り合いだろうというだけで何も分からなかった。でも、光が五つ上の姉貴から聞いてきた情報からすると、愛里さん高校時代、相当の強者だったらしい」
「光?」ぼくは光を見た。彼女はこちらを離れたところから伺うようにして見ていた。
「強者って?」
「まあ、所謂あばずれってやつよ」
 担任の渋谷の言っていたことを思い出した。・・・あれはやめとけ。
そういうことだったのか。ぼくは合点が行き、でもどうしても(あばずれだった)という愛里の過去の姿が想像できなかった。ぼくの知っている愛里は美人で優しくて大人の女性だった。ぼくは「そうか・・・」と軽く呟き、ノリトの席から離れて行ったのだった。

その時から半年の間、愛里は僕の前に現れることはなかった。ノリトや光からの情報では彼女が(相当のあばずれ)だったということ以外はなにも知ることができなかった。連絡先もどこに住んでいるかも分からなかった。
勿論ぼくも手をこまねいていただけではなかった。夏休みになり、愛宕山のプラネタリウムの職員であろう“リュウ”の存在を思い出し、彼に会いに行った。期待したが彼はもう退職していた。リュウはどこに住んでいるのかと尋ねると応対した職員は困った顔をして「そういった情報はお教えできない」と言った。
どうすることもできない・・・。
ぼくは愛里のことは忘れようと努め、そして半年が経ち、ようやく記憶が薄れかけてきた時に彼女の夢を見たのだった。

 
 頭の上方にある時計を手にし、時間を確かめると時計の短針は9の文字を指し示していた。ぼくは寝すぎたなと思い、掛布団を捲り上げさっさと着替えを済ませると二階のぼくの部屋から階段をかけ下り、一階のキッチンへと移動した。
 キッチンに入ると母は後ろ姿で、洗い物をしていた。
 ぼくが「おはよう」と声をかけると母は後ろ姿のまま「おはよう。・・・お節、テーブルの上にあるから食べて」と返した。お節料理かぁ・・・、ぼくは黒光りする重箱のふたを開け、詰め込まれた赤白のかまぼこやら栗きんとんやら数の子やらを眺めてげんなりした。まだ年が明けて二日目の朝だったが、早くもお節には飽きていた。そのまま椅子には掛けずに「親父は?」と母に声をかけると彼女は手を止めてこちらを振り向き「会社よ、なんでも担当地域で電話線が切れて大変なことになっているらしいわ」と言った。
 父は現在のNTT、当時の電電公社に勤めていた。工事専門の仕事をしていたので、こうして休日に突然駆り出されることが多かった。そのせいか夫婦喧嘩をしているとき以外は普段もいるかいないか分からないような存在でぼくは忘れまいと朝、親父の所在を確かめるのを習慣としていた。
 お節料理に飽きていたぼくは母に「出かけてくるわ」と声をかけ、その場を立ち去った。母は「そう」と怪訝な顔をしてまた洗い物を続けた。
 玄関から外に出て自転車にまたがるとぼくは、閑静な住宅街の間を真っすぐに伸びた、やや下り坂になっている地方道路に出た。一望すると各住宅の玄関先には日の丸の旗が掲げられていた。旗は風がないせいか、なびくことなくいずれも垂れていた。空は快晴。ぼくは「よしっ」と気合を入れてペダルに足を乗せ、自転車を道路に走らせた。

そのⅡ

「いらっしゃいませ」
 “喫茶レノン”は正月二日にも関わらず開いていた。
 マスターが普段から正月休みなしだと言っていたので不安はなかったが、いつもの学生たちではなく客のほとんどが年寄りばかりだったのには驚いた。
 正月と言えど、年寄りの居場所はないって訳か・・・。
 そう思いながらマスターに正月の軽い挨拶をして、カウンターに陣取ると奥の方から光がでてきた。
「あら、暇なのねぇ」
「暇って・・・・、うん?なんでお前がここにいるんだ?」
「言ってなかったかな?・・・・ここ私の父さんの店」
「なに!?え、・・・そうなの?」
 そう言えばマスターの子供が西高生だということをどこかで聞いていた気がする。
 カウンター越しにマスターの方に目をやると、軽く口端を上げてウィンクしていた。
「驚いた?」
「うん、驚いた」
「嘘ね。カナタはそんなこと興味がないって顔してる」
 と光は言いながら、如何にもウェイトレス然といった紺色の制服にかけたエプロンの紐を結びなおし、ムスッとした顔を浮かべて「注文は?」と尋ねた。
「モーニングってまだできる?」
「モーニングね!マスター、そういうことだから」
 光は父であるマスターに対して横柄な態度で注文を伝えると、今度はぼくの隣の席にずんと座り、顔をぼくの方に向けてきた。
「・・・・なんか目が赤いね。寝てないの?」
「いや、結構寝たんだけどね、・・・・夢を見た」
「夢?・・いやな夢?」
「のっぺらぼうの女の人にキスしようとした夢」
「何、それ、笑えるぅ」
 機嫌があまりよろしくないと思っていた光は、今度はケタケタと美少女に似つかわしくない笑い声を発しながら、目尻から溢れた涙を両手でふきふきし、しばらくすると真顔になった。
「・・・・それ、愛里さんでしょ」
「・・・・多分」
 ぼくがそう答えると光は伏し目がちに、そう、と呟いた。
「・・・・ノリトから聞いてるでしょ?」
「何を?」
「愛里さんの高校時代のこと・・・」
「ああ、かなり破天荒な高校時代だったようだね」
「それでも、愛里さんのこと忘れられない?」
「一時は忘れられると思ったんだけどね」
「期末テストの結果、悪かったね」
「え?」 
「いつも三番か四番なのに十番にも入ってなかった」
 いきなり話が変わってぼくはドギマギした。一体光は何をいいたいのか?ぼくに何を求めているのか分からなかった。
「よく気づいたな」
「いつも見ているよ」
「そう?何故?」
「・・・・わかんない」
光はそれだけ答えると、沈黙した。その時光が沈黙していたのはたったニ、三分のことだったかもしれない。でもぼくはそれが果てしなく続くような気がして、また、光との会話に何とも言えないもどかしさも感じて、光は何かを隠しているのだな、と直感した。
「・・・ほんとはかなたにすぐにでも教えてあげようと思っていたの」
「えっ?何を?」
 そう言いながらも、ぼくには光の隠していたものの正体がおぼろげながら見えていた。
「愛里さんに関する追加情報・・・・」
 やっぱりそうだ。
 ぼくはできるだけ声を抑えて、優しく語りかけるように光に尋ねた。
「それで?」
 そういったとたん、数秒の空白があった。
光の顔を見た。
 すると光はキッとぼくの顔を睨み、大きな瞳が見る見る涙で滲みだしたのがわかった。
「・・・でも、駄目。その気がなくなったわ。教えてあげない!」
 そう光は声を荒げ、立ちあがると、もう一度ぼくの顔を睨み、一言呟いたかと思ったら涙も隠さずに奥へと走り去っていってしまった。
 ぼくは愛里のことを聞けなかったことよりも、女の子を泣かせたことのほうがショックで、しかも彼女が言い残した呟きが気になってしょうがなかった。
 ・・・・・鈍感・・・・
光は確かにそう言ったのだった。

今はもう更地になってしまっているが、我が家に一番近いスーパーマーケットとして“スーバー吉野家”があった。そこは元旦以外無休で、近所の人たちは結構重宝していたものだった。
喫茶レノンを出た後、自宅まであと数分といったところでふとそのスーパー吉野家が目についたので寄ることにした。
レノンで遅い朝食をとったが、まだ小足りない感じがしたので菓子パンでも買っていくかと思いついたのだ。
自転車を駐輪場に入れ、店に入ったがそれなりの買い物客がいた。まあまあだね、さて、とパン売り場へ向かおうとレジの後ろを通り過ぎたところ、右目の端で何かを捉えたような気がしていくらか離れたところで一旦立ち止まり、斜め後ろを振り返ってみた。
いくつか並んだ中の一番のレジには、三十代半ばとみられる女性がレジ操作をしていた。客は?と思いそちらに目を移した。
一、二、三・・・・、と数を数えながら一人ひとり確認していくと、四番目の女性客に奇跡を見た。
・・・愛里だ・・・。
ぼくは目が釘付けになったが、すぐにその容姿を注意深く確認した。あの長く艶やかな髪は肩につかないくらいのショートになり少し明るく染められ、その恵まれたしなやかな体躯は白のダウンジャケットと黒のロングスカートに包まれており、化粧はやや濃いめに感じられたけれど、あれは紛れもなく愛里の顔だった。
・・・愛里。嬉しかったのか悲しかったのかそれとも怒りを感じたのかはどうでもよく、ぼくはただただその奇跡に感謝していたのだった。


そのⅢ

「で、どうしたんだい?」
ヒロトは縦に並べられた一番後ろの長テーブルの端っこに座った。
冬休みが終わって登校したぼくはさっそく愛里のことを話したくなって、放課後学校の図書室にヒロトを誘導した。
「愛里を見た」
ぼくはヒロトの隣に座った。
「へ?」
ヒロトは目を丸くしてぼくの方に顔を向けた。
「スーパー吉野家のレジに並んでいたんだ」
ヒロトは丸くなった目を今度は細めて少しの間出す言葉を選んでいるようだった。
「・・・・見た、ってことは、その後のおまえの行動は?話しかけた?」
「いや・・・」
「ダメだったのかぁ」
「でも吉野家を出た愛里の後をつけた」
「ほう、お前にしては上出来だ」
ヒロトは傾きかけた頭を元に戻して目を輝かせた。
「取りあえず吉野家に自転車を預けて後をつけたんだけど、線路を超えて右に曲がって川沿いの道を歩いて・・・・、彼女が入っていったのは意外なところだった」
「川沿いって、お前・・・、まさかあそこか?」
「そう、長屋」
長屋というのは一軒一軒が横に連なったコンクリート造りで古い平屋の市営住宅のことである。ぼくらは小さい頃から“あそこには間違っても入ってくれるな”と親に言われて育った。その理由を問うと決まって「鬼に食われる」的なことをぼくもヒロトも言われたものだが中学生になる頃にはその本当の意味することを知っていた。
「そうかぁ、あそこの住民だったのか」
「うん、だから入っていく愛里を見送ることしかできなかった」
ぼくは迷っていた。愛里があそこに住んでいるのかどうか確認し、再会を果たして愛里に自分の気持ちをはっきりと伝えたかった。でも・・・・。
「一緒に行ってやるよ」
ぼくがしばらくの間、黙しているとぼくの気持ちを察したようにヒロトは笑った。
「いいのか?」
「当たり前、それにあそこは昔ほどじゃないらしいし」
「・・・サンキュ」
「どういたしまして」
そうしてぼくらが決行日をいつにしようかと話し始めたところ、「あたしも行くよ」と後ろの席から声がした。
後ろを振り返るとそこには光が居て、ふふ、と意味不明の笑みを浮かべていた。「二人より三人でしょ、違う?」
机上でアルバムらしきもののページを繰りながら光の様相は次第に意気軒昂な笑顔に変わっていった。
―ああ、悪夢だ。

家に帰ってから晩御飯を食べ、しばらくすると下の階から言い争う声がした。またか、と思った。ここ一、二年は静かだったけれど、三か月くらい前からそういったことが目立つようになっていた。
多分親父が駅前の屋台で酒をちょいとひっかけてご帰宅というところだろう。普段は家に居るか居ないかわからない位の会社人間なのに、たまに早い帰宅であったときの夫婦喧嘩はとても激しい。
多分ぼくがかかわったあの日のことのことも関係ある。
それは親にとっても深刻で、ぼくにとっては一生の負い目だった。
だからそのあと何日か経ってからの「母がまた突飛な行動に走らないだろうか」という不安は大きかったけれど、「それよりもこの卒業アルバムだ」とぼくは学生カバンからアルバムの角をひっかけながら引き出した。
ぼくはそいつを机の上に置きページを捲り始めた。
卒業アルバムは愛里の卒業年度のものだった。学校の図書室から借りてきたものである。光がどうしても愛里の正体を知りたくて姉に相談したところ、学校の図書室の奥の棚に過去のものからずっと並べられているはずだと教えてもらったということだった。正月の「愛里に関する情報」とはこのことだったというわけだ。
図書室では卒業アルバムに載っているはずの愛里の個人写真をぼくとヒロト、光の三人で探した。じっくりと卒業生たちの写真と下に印刷されている氏名とを確認しながらだったけれども、それはいとも容易く見つかった。三年二組。フルネームは新井愛理。
意外なことにアルバムに写る愛理の姿は特に記すべきものはなかった。仏頂面ではあったけれど、よくある証明写真のそれであり、髪形も肩までの長さで少しパーマがかかっているのかな、という位で、「あばずれ」というには大袈裟すぎるのではないかというのがぼくたち三人の一致した意見であった。ただ、ぼくは写真をじっとみているとなにか暗く激しいもの、そういった内なる冬の嵐みたいな感情が透けて見えるような気もした。なにかがおかしい。ぼくが知っている愛理の印象は透明でそれだからこそ本当の愛理の魂がどこに隠れているのか、仮に見つけて捕まえようとしても、するりとぼくの腕の中からすぐに抜け出してしまうようなそんな魂を持った女性だった。なにかおかしい。
住所はアルバムの最終から二ページ前のところに載っていた。ぼくらは図書室にあった住宅地図で位置を確認し、それはやはり「長屋」のある場所であることが判明した。
そうしてぼくらは相談の上次の週の日曜日に「スーパー吉野家前」で落ち合うことに決めた。
親父の怒鳴り声はいつもより大きかった。
・・・・十時スタートだ。自分の部屋でアルバムに写っている愛理の写真を見つめながらぼくは呟いた。

そのⅣ

日曜日の良く晴れた日、ぼくらは土手の上にいた。やや上から見える下方の「長屋」は後方に繁る高い木々のせいか影を落とされ暗く、舗装された土地も所々剥げているように見受けられ、そのまた後方少し離れたところに川が流れているため湿気がただよっているように感じられた。
もう十時をとうに過ぎていたが、下へと降りる十段程のコンクリートで固められた階段の上でぼくらは立ち尽くしていた。
「スーパー吉野家」に集合し、それから前日のさほど有名でもない芸人が仕切るバラエティを話題にして歩いて来たけれど、土手から「長屋」へと続く階段の上まで来たときにぼくらは事前に申し合わせたようにほぼ同時に会話を断ち、しばらく互いに押し黙ってしまったのだった。
「ねえ、降りないの?」光が震える唇を少し抑え気味に動かした。
「・・行くさ、行くんだけれど、・・・なあ」
ぼくは右隣にいるヒロトと顔を見合わせて、「じゃあ、ヒロトくん。お先にどうぞ」びびりの笑顔を見せた。
すると、そのぼくの態度にカチンと来たのか光が「あんたの為に来たんでしょ、あたしたち」キッとぼくを睨み、ぼくがまたヒロトの方を向くとヒロトもまた「そうだよな」と頷いた。
自分たちが勝手について来ると言ったくせに、と思いながらもぼくを先頭に光、ヒロトの順番で階段をソロ~と降りて行った。
「長屋」はぼくらから見て縦に三棟並んでいた。前に立つと古いけれど意外に普通の平屋アパートでぼくらは胸を撫で下ろし、早速三方に散らばり「新井」という苗字を頼りに表札を一軒一軒見て回った。アルバムには住所は載っていても部屋番号までは記してなかったからだ。
そして一棟四軒、計十二軒を手分けて見終わったぼくらは何分と待たずに元の場所に戻ったけれども、困ったことにそれぞれの答えは一つの点で全て一致してしまったのだった。
「・・・どうしよう」
「全部新井姓だったなんてね」
「お山のほうではそういうこともあるそうよ」
新井なんてそれほどこの辺りでは珍しい名字ではないので、一、二軒くらいはあるかなとも思っていたけれど、十二軒全てが「新井姓」だなんて冗談はよしこちゃん、である。
それに人のいる気配もなかった。それでも順番に回って(新井愛里)の所在を訪ねようかともぼくらは考えたけれど、光を除いてぼくとヒロトは早くも落胆の色を隠せなくなっていた。
「ねえ、こんなところでこうしていても解決しないわよ。解を求めるにはともかくひとつひとつ潰していくことでしょ?」
確かに光の言うとおりだった。でも、これは俺の問題だし自分が動かないでどうする、愛里に対する想いはこんなものだったのか?と自分に奮起を促したけれど、何故か熱が徐々に冷めていくのを感じてぼくは戸惑っていた。大したことではないのに戸惑いはぼくを支配し、「消極的な僕」を前面に押し出していたのである。
そしてそのようにぼくが葛藤している最中に突然ヒロトが後ろを振り向き、素っ頓狂な声を出した。
「あれあれあれあれ、・・・あの人!」
何だ、とぼくと光でヒロトが向いている方向に目を遣ると一番端、五、六十メートルは離れていただろうか、一番遠いところ、北端の「長屋」の狭い壁に何処から現れたのか背を当てタバコを燻らせている異様に背の高い白いコートを着た男が佇んでいた。
「あの人に聞いてみようぜ」
突然目にしたその男をぼくは大いに訝しんだけれど、背が高いだけで細身であったし、女の子がいれどもこちらは三人、下手なことはしないだろうということで、大きく深呼吸をし心を落ち着けた上で二人に目配りをしてヒロトのいうとおり「あの人」のいる方向へ、行くぞと号令をだした。一歩一歩胸を張って。
近づいてみると、男はこちらの方を「なに?」といかにも興味なさげに、でもそれは演技かのような顔を向けた。男の顔はまるでモデルのように小さかった。ハーフではないかと疑われるほど透き通る白い肌に茶褐色の瞳、髪は長く後ろで縛っていた。そしてオフホワイトのステンカラーコートに茶のタートルルネックのセーター・・・。
「あの…、お尋ねしますが」
男は不思議そうな表情をぼくらに向けながら軽く長い首を左に傾けた。あらためて見るとすぐ前にいる男はでかい。百八十センチは裕に超えるその威圧感に負けまいとぼくは続けて口を開いた。
「新井愛里という方の家を探しています。この辺りと聞いたのですが」
すると男の瞳がわずかに揺れた。何かを知っているのだ。
男は未だ半分ほど残っているタバコを足元に落とし、黒の革靴の踵で捻じり消した。
「高校生?」少年のように高い声。「はい。そうです」ぼくは答えた。
「ならば、私の方が年上です。それと初対面の人には名前を名乗るのが常識だと思いますが」
少年のように高い声の男はその大きな体には不釣り合いなほど小さなボソッとした言葉を発した。
「・・カナタです」
「光です」
「‥‥ノリト」
名字は?、いやいいか・・・、そんなことを男は顎に指をかけながら目の玉を上方へ動かしボソボソと独り言ちたけれど、すぐにぼくらの方に視線を戻した。
「私はシオンといいます。勿論ここの住人ですよ」
シオン、という奇妙な名前、ぼくはどういう漢字を書くのだろうと思ったけれど、それ以外にふと何処かでその名を聞いた記憶がぼくの頭の奥底に眠っているような気がした。
「新井愛里さんという友人を探しています。このアパートの何処かが自宅だと・・・」
「友人?」
「そうです。・・・まだ二回しか会ったことないけれど」
「二回?」
「はい。そのあと間があって、最近似た人を見て・・・」
「あとをつけたら此処に入っていったという訳ですか?・・・なるほど」
シオンと名乗った男は薄ら笑いを浮かべていた。やっぱり、きっと知っている、知っている上でぼくらの存在を楽しもうとしているのだ。そんなことを考えていたら後ろにいた光がぼくの腕に手をかけて前に出た。
「知っているんですね、知っているんでしょ、教えてください!」
するとシオンは真顔になって、光の剣幕は無視するように顔を傾けた。「西高?」
「えっ」
「西高のカナタくんなら知っています。会ったことはないけどね」
前に出た光とまだ後ろにいたノリトとぼくは顔を見合わせた。・・・何故?
「あなたたちはここがどういうところなのか知っていてきたのですか?」
「はい、噂は聞いています」
ぼくが答えると、シオンは観念したような複雑な顔をした。
少しだけ間があいた。
「・・・・仕方がない。あなたたちの勇気に免じて教えてあげましょう」
「お願いします」光がより前に出た。
それを見てシオンは何故か(分かっているよ)とばかりに二度頷いた。
「新井愛里は確かにここにいます。でもきみが二度会った愛理には多分、まだ、会えません」
不思議な答えだった。いるのに多分、まだ?・・・会えない?
「きみがここまで後をつけた愛理は違う、きみが知っている愛理に会いたければ少しばかり時間がかかるという意味です」
「何を言ってるのか・・・、ぼくには分かりません」
「いいのですよ、いずれ分かります。彼女には、恐らく私の勘では近い日に戻ると思われますので、今日のことを話しておきましょう。多分すぐあなたに逢いに行くでしょうね、これも私の勘ですが」
話を聞きながら、もうこれ以上はここにいてはまずいのだろうと思った。ここは一旦引くべきだ。
「分かりました。・・・待つことにします」
ぼくがそう答えると、シオンは土手の方に向かって右手を揚げて左右に振った。
ぼくらが後ろを振り返ると土手の上には数人の影があった。一人は知っている、プラネタリウム館の元職員リュウだ。「シオンさん、あなたは一体・・・」
「愛理の友人であり実の弟のシオンです」ニヤリと笑った。

そのⅤ

シオンとの出来事があった日から愛里との文字通り最後の物語を紡ぎ終えるまでは、やはりある程度の時間がかかった。ただその間に何もなかったわけではなく二つの大きな事件があったのだった。。

「あたしカナタのこと好きなんだよ、ずっと」
ぼくが「喫茶レノン」に久しぶりにコーヒーを飲みに行き奥の席に座るやいなや、手伝いに来ていた光が隣に来て必死な形相で、のまわった言葉だ。一瞬周囲の若者たちがザワッと振り向きかけた・・・・・・、ような気がした。
ぼくは驚いたけれど冗談だと思って「なんかの芝居の稽古?」とふざけたら思いっきりのビンタを食らった。ばちーん、と小気味いい音が響き今度は周囲の若者たちが完全にこちらを向き目を丸くして見ていた。みんな、うおおおおー、と吠えたとかなんとか。
「最低!女の子が必死な想いで告白したんだよ。・・・鈍感男」
ここでぼくはやっと衝撃的な気づきを得たのだけれど、まだ信じられなかった。いやいや、君、学校一の美少女でしょ?男なんていくらでもいるじゃん。それがよりによってこんなずんぐりむっくり男って・・・、それに君はいつも告白される方じゃなきゃいけない立場なんだから。
「でもあたし決めたの」
「何を?」
「カナタを愛里さんから奪う!」
えーーーーー。
これが一つ目の大事件だけど、ぼくはそれから学校では光とは目を合わせられなくなったくせに、夜、ふと頭に浮かぶ面影の回数は愛里より光の方が勝るようになったのだった。

それから、二つ目は・・・・。
母が家出した。
こちらの方がより大きく深刻な事件なんだろうけれど、実は母の家出は初めてではなかった。
一、二年にいっぺん母は長期の家出を繰り返していた。

実は、なんて繰り返すとなんだか安っぽい話になりそうだけど、実は・・・、ぼくの母は昔シングルマザーでぼくはその母の頑張りを見て育ってきた。ある時、なぜ一人なの?と母には聞けず、祖母に聞いたら「お前の父親はろくでもない男だったから一緒になる前に別れさせた。その後でお前がお腹にいることが・・・」との冷たい返事だった。
と、いうことは俺は「婚外子」ってことか、なんて後々に気づいたけれど、それは特に問題はなかった。
そういうわけで結婚せずにぼくを生み、頑張り続けた母だったがぼくが十歳のころには相当に疲れてしまったようだ。
「・・・ねえ、お父さん欲しくない?」
事あるごとにそんな弱音を吐くようになっていた。
今の父とはそんなときに再会したのだと思う。「再会した」とわざわざ書いたのは彼は紛れもなくぼくの実の父親で「ろくでもない男」だったからである。
だから祖母は母が結婚すると言ったときには勿論また反対したけれど、再会した父が今では立派になって「電電公社で働いている」と説明したら「それなら」と渋々承知したそうだ。
最初の三年間はみんな幸せだった。ふたりが結婚して半年後にはぼくの弟が出来たしね。彼を中心にしてみんなが穏やかで優しくて、いつも笑っていた。
それが・・・・、ある日の夕方ぼくと弟は家の中で二人だけだったんだ。母は買い物に行っていた。
二人だった。・・・・ぼくは途中で眠くなっていつの間にか眠ってしまっていた。
そして、気が付いた時には外が何だか騒がしくて思わず家を飛び出したら多くの人だかりが出来ていて、かき分けて前に出ると大きな黒光りした車とその少し離れたところに小さな弟がぐったりとして動かなくて・・・。眠かったんだ。ぼくは本当に我慢できなかったんだ。
父も母も相当のショックを受けたけれど、ぼくに対してはまったく責めることはなかった。
ただそれから父と母は少しずつズレてきた。
衝突も段々するようになっていった。
そして、母はいつしか我慢がならなくなると、家出をせずにいられなくなったのだった。

だから、母の家出自体はそれほど驚くものではなかったけれど、そのときは一か月が経っても母から何の音沙汰もなく、さすがに自分の大きな罪によりこうなったんだ、って思うと精神は大きく揺れてぼくは学校へ行くどころではなくなった。


休み始めて三日間位は夕方ヒロトが家に寄ってくれた。
「担任が心配している」と言うので「母親が家出したので学校に行っていられない。だから半月位は休むかも」とでも伝えておいてくれと言ったらヒロトは来なくなった。
その代わり四日目からは光が来た。夜七時ごろ何がしかのおかずの入った大きなタッパを持って。
彼女は玄関先でぼくの顔を見るとホッとした様子で、それから黙ってタッパをぼくに差し出し黙って帰っていった。毎日それだけのことだったけれど、ぼくにはそれが何よりも嬉しかった。
そしてそんなやり取りがあって八日目だったか・・・。
ぼくは夜の七時に光を待っていたのだけれど、その日は時間に光は来なかった。それでも九時頃までは「来るかも」と期待して待っていたがやはりその気配もなかったので「とうとう厭きられたかな」と思い、鍵をかける為に玄関へと向かいドアノブに手を伸ばしかけた所で突然ピンポンが鳴った。
ぼくは光がきたのだど思ってそのままワザと気怠そうにドアノブを廻した。
「光、遅い遅い、腹減ったぞ~」
ドアを開けると光ではなくあの愛里が立っていた。
「女は準備に時間をかけるものなのよ」
・・・・三回目の出会いはまるでカウンターを打ったのにかわされてボディブローを食らったような衝撃だった。


すぐそこの空地に車を止めたというので家の鍵を閉めたあとぼくは愛里の後ろをついていったが、空地に着いて愛里が指した車はいつものジープではなかった。前後が長く車高があるけれどキャンピングカーにしては小さい、バンの改造車といった趣。しかもボロ。暗い中でもそれは判った。
ぼくがあっけにとられているのを見て察したのか愛里は「必要に迫られてね」と笑いながら後ろの広いドアを引いた。そうして導かれるままに足を台にかけ車に乗り込もうとしたら、広い座席の奥に知った顔があってまた驚いた。「ハーイ、元気?道案内役で・・」目がくりくりっと大きな美少女は気まずさそうに何の意味があるのかウィンクし、それから前の運転席に乗り込んだ愛里に向かって言ったのだった。「姉さん、早く行こうよ」
姉さん・・・、だと?


車を走らせながらぼくがどこに行くのか聞いたところ、愛里は「崖」とだけ返事をした。光に対しては「何で姉さんなの?」と詰め寄ったが、「そんなこと言った?」と惚けられるだけ。
ぼくは仕方がないので車の窓から暗い外を眺めた。
改造車(?)は国道を出て北へ向かっていた。西側から見える景色は山がそびえて居るせいかふもとの辺りから中腹の辺りまでパラパラと家の灯りが濃淡をつけてともっていた。走行音しか聞こえず静かで眠くなりそうになりながらも必死に我慢した。
ふとそろそろN市に入るなぁ、と思っていたところ改造車は国道から斜めに外れた。これだと向かう先はN市の駅だよな。
「駅?」
「そう、そのすぐ向こう」
ぼくはN市の駅ホームに降りたことがあったので(そのすぐ向こう)に何があるのか何が見えるのかすぐに判った。
観音像。そう、白く巨大な観音像だった。
観音像は側面がほぼ垂直に切れた崖になった丘の上に建立されていて、何処の宗派の物かは知らないが昔からN市のシンボルとされていた。ぼくは近くまで行ったことはないが、それでも駅のホームから見あげた観音像は十分荘厳で、右手の掌を差し出し、清く正しく美しくの見本のようなそんな存在のように感じたものだ。
「観音さまか」
「そう、だから崖の上へ行くの」
駅の前を通り過ぎ、さっそく現れた観音像は下からライトを照らされているのか真白く浮き上がっていた。
道が二手に分かれて右に行けば小高い崖が左に続き、左に行けば丘を上る。愛里は迷わず左にハンドルを切り大きくS字を描きながら丘に建つ観音像を目指して上ったのだった。

観音像は丘の上の道沿いにある小さな公園内の中央に建っていた。大きな蓮の模様をあしらった台座に足を乗せ、そこから上へマンションの四階位までは伸びていただろうか。四隅から斜め上に強い光線が当てられ下から見上げると白色が不気味に浮かび上がり少し身震いしたくなる。隣にはベージュの膝上コートに赤のカラースリムジーンズという井出達の愛里、その向こうに台座の下に体育座りをしている光、ぼくは上下アジダスのジャージだった。光は真っ赤な膝ほどの長さのスカートだったので座ると膝小僧が完全に露になっていて少しばかりドギマギした。
「座りましょう」
愛里は少し離れた所にあるベンチを指さし、ぼくと光を促したけれど、光は首を左右に振りそこに残った。
ベンチに座り、一分後、ぼくがさっそく隣の愛里に向けた言葉は「ここも大切な場所?」だった。
それに反応した愛里は笑い顔を見せたかと思ったらすぐに戸惑い顔になった。あの長かった髪はやはりショートヘアになっていたから表情がすぐ見て取れた。
・・・ココハ、カナシイバショ。
愛里は呟いた。
ぼくはまさかそのような言葉が愛里の口から出てくるとは考えていなかったので驚きそして次に継ぐべき言葉を失ってしまった。
「小学校に入ってしばらくしたころかなぁ」
「えっ」
「ここに母親に置き去られてしまったの、弟、シオンとね、一緒に・・・」
「お母さんが?」
「そう、お母さんが私とシオンを捨てたの、・・・・丁度このベンチに座らせて」
まさか、そんな・・・。
そのような残酷な事情が愛里にあったということを突然聞いたぼくは思わず天を仰いだ。観音像の横顔が目に入った。仏なんていらない!
「話が長くなるけれど、いいかしら?」
「・・・・聞くことにする」
ぼくがそうやっとのことで返事をすると愛里は「ありがとう」と言った。

朝、捨てられてね、昼には警察署にいたの。そしてどこに住んでいるのか聞かれた私は持っていた小さな鞄に母から渡された手紙があることを思い出した。それをお巡りさんに渡したわ・・・・。それからずいぶん時間がたって、シオンとね「眠いね」って話していた時に私たちを引き取りにきたのが母の弟である叔父とシオンより小さな小さな女の子。「ごめんな」と言って叔父さんは私たちをぎゅうって抱きしめてくれた。
それから・・・・。
私とシオンはもともと住んでいた「長屋」に戻ることができたのだけれど、他に誰もいないのでどうしたものかと・・・・。それで叔父さんが住んでいたところを引き払って女の子と二人、「長屋」に一緒に住むことになったの。私とシオンと叔父さんたちと四人家族、十一年間かしらね、本当に楽しく暮らしてそして、・・・叔父さんたちは私が高校を卒業して結婚式場に勤め始めたころ「よかったな」って・・・・、離れた。
楽しかったなぁ、あの頃は。
でもね、叔父さんたちと顔を合わせている時間は確かに楽しかったのだけれど、学校はね、あまり楽しくなかったのよ。悪名高き「長屋」に住んでいたからよく虐められた。毎日毎日。
それであるときから虐められる私を励ましてくれる声が聞こえ始めた。ううん、「感じる」・・・、かしら。どうしてどこからなのか判らなかったけれど、何故だかこれは「一緒に生まれるべきだったもう一人の私」だ、と思った。そして「もう一人の私」がいるからこそ私は耐えられた。シオンはシオンで大変だったし。最初は感じるだけだったの。どこかで励ましてくれていた。でも中学二年生の終わりに私は上級生の女子三人に呼ばれたの。あまりいい噂のない人たちだから逆らえなかった。屋上に行ってみると何故か同じクラスの男の子が一人いて・・・・。
あっ、と思ったとたん私は三人の女子に倒され仰向けにされ押さえられ、上に乗ってきた男の子の手にはカッターナイフ、それが私の制服の胸元に近づき、・・・・・・怖かった、本当に怖かった。
そして恐怖で私の意識が薄れかけたときに、不思議な感覚に襲われたの。なんていうのかしら、私が裏に逃れるあいだに誰かが表に出てくれているような、入れ替わるような感覚。そして隠れている私がそっとカーテンの隙間から覗いていると、誰かが不思議なくらい乱暴な言葉を発して、不思議なくらい動き、四人を次々と蹴散らしている。私だ、と思った。「もう一人の私」
気が付いた時にはもう誰もいなかった。「もう一人の私」が囁いた。・・・大したことなかったよ、だってさ。
それからは君も判っていると思う。高校時代の私、知っているでしょう?「あばずれ」

ぼくは愛里の信じられないような話をただ黙って聞いていたけれど、聞いたことで自分の持っている愛里に対する疑問が晴れたような気がした。
あのシオンが発した言葉、「きみがここまで後をつけた愛里は違う」は「もう一人の愛里」という意味だったのだ。でもどこか愛里の話を聞いたことでまた新たな疑問が沸きあがってきたような気がした。
「私の方が本当は幻なのだろうか、って思うことがあるのよ」
「何故?」
「高校を卒業する頃には、(もう一人の私)はもうそれほど現れなくなっていたわ。それでも何かのきっかけに現れて身体を奪われる度に、ああもうこのまま(もう一人の私)が私になるのだろうかって思うのよ」
「・・・・・」
「そして、私の方が本当は幻なのかもってね」
「馬鹿らしい・・・」
「そうね、馬鹿らしいわよね。でも、多分次で最後のような気がする。・・・(もう一人の私)に入れ替わって、それから後、私は出てこられるかどうか」
ぼくは返答に窮した。当然であろう。だってぼく自身の未来だって判らなかったのだから。

体育座りをしている光がこちらをいつからか見ているのに気が付いた。ああ、そうだ、新たなる疑問・・・。
「ねえ」
「なに?」
「その後、叔父さんと娘さん?はどうしているの?」
「ああ、そうね、そうだわ。本当は今日君に会いに来たのはそちらの方だったのよ。ごめんなさい」
「いや、そんなことは・・・」
「叔父さんは、銀座通りで四年前、喫茶店を開きました。そしてその娘の名前は光。・・・・私の妹同然の子」
ひかり、こっちに来なさい。
愛里が呼ぶと光は立ち上がり、後ろ手でこちらに歩いて来た。
光が目の前まで来たところで愛里が立ち上がり、光と入れ替わった。
「光はね、去年の六月かしら、・・・私に言ったの。・・・・大好きな男の子が出来たって。光が私にそんなこと言ったのは初めてだったので私は興味を持った。それで私がどれどれと出しゃばったという・・・・、だから、・・・・君との最初の出会いは必然」
「そうだったのか」
それから愛里は公園のすぐ隣の空地に止めてある車のところまで行き、二枚の毛布を腕に抱え戻ってきて、その内の一枚でぼくたち二人を包み込むようにしてくれた。「最近の夜は、寒くないから大丈夫だと思うけど、夜を明かすつもりで星を観察して、会話を楽しみなさい。そうすれば何処かで二人の心がひとつになる瞬間があるはず。・・・そうしたら、報告して。それが私の旅の始まりの合図、鐘の音」
愛里はそうぼくらに語り掛け、自分は「向こうで星を見ている」と観音像の前にまわり、崖になっている手前の場所で毛布に包まり腰を下ろした。

結局ぼくと愛里は一晩中夜空の星を眺め、会話を交わし、太陽の光が山の稜線に沿ってのびたところで向かい合い、その瞬間相手が無性に愛おしくなり笑いあった。愛里がいつのまにかこちらを見ていて、「さあ、出発だ!」と気勢を上げた姿が今も思い出される。


そのときから十五年の間、愛里の消息をぼくは知らなかった。
カミさんがまだほんのふたつにしかならない我らが娘の手を引いてぼくの書斎にまで連れてきた。「はい、これ」
エアメール?
差し出し人は・・・、「ERI」・・・、イギリス?ウェールズから?
ぼくは早速エアメールを開き、中に入っている写真を取り出した。
そこには時計台を後ろにして、ポリスのスティングに似た紳士と、隣で抜群の笑顔を見せている「新井愛里」がいた。メッセージカードも入っていたので取り出して開いてみた。

“ハーイ、かなた。
私は今、ウェールズのバンガーというところにいます。子供、二歳になるのかしら?名前が美里よね。いい名前だわ。私のようになるかもよ。ふふ。
それだけ。長いのは苦手なので。じゃ、ここで、また。
追伸 
最近、好きな音楽見つけました。いつまでも九ちゃんじゃ、ね。ええと、シャーリー・バッシーさんの曲。題名は・・・・“


ぼくはそこでカミさんの顔を見た。舌をだしてらぁ・・・。知ってやがったな。
ぼくはまた目を落とす。
題名は・・・・・

“I Am What I Am”

美里が胡坐をかいて小さな机の前に座っているぼくの頭を小突いたので、引き寄せて抱きしめてやったらぎゃーっと泣いた。

美里、きみは幸せだよ。ぼくと光の娘で、伯母さんが愛里だもの・・・。


                                

                                                      Fin
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あの頃~、幻に魅せられてⅠ

2020-08-06 | 小説
阿部芙蓉美 / trip -うちへかえろ-


ひとつにまとめ、修正しました。が、文字制限があって、二つに分けます。

あの頃~、幻に魅せられて

からく

☆1979年のこと

そのⅠ
    
友人のノリトにディスコパーティーに誘われた。
当時ぼくはそういう類には疎いロック少年だった。
硬派を気取っていて自分のイメージを壊すことを何よりも恐れていたのだが、
「なあ、行こうぜ、彼女欲しいだろ」
(彼女・・・)その言葉に惹かれぼくはぶら下げられた餌に飛びつく犬のように即座に「行く」と答えてしまった。
硬派は気取っていたが、その当時のぼくには彼女がいないことが何よりの悩みだったのだ。
十七歳の夏のことだったので当然といえば当然の行為である。

ディスコパーティーはノリトの兄貴が主催していて、仲間内でフロアを借り切って催すのだと言う。場所も普段からぼくたちが行ってみたいと思っていたところである。
大学生や社会人の男女が大勢参加するのだとはノリトの弁。
「でも、ディスコって正装だろ?おれ持ってないぜ、そんなの」
「仲間内だから大丈夫。普段どおりのカッコでいいよ」
そうか、そんなもんでいいのか・・・・、単純バカのぼくは了解し、着替えとパーティーの会費を用意するために家に帰った。
「ねえ、参考書買うのに五千円いるんだ。」
着替えの終わったぼくは晩御飯の支度をしている母の前で手を合わせ、無心した。
母は何の疑いも見せずに、エプロンのポケットからがま口を取り出し、そこから伊藤博文様を五枚渡してくれた。
参考書とは古典的な手口であったが、母はお札を渡すとき、ぼくの目さえも見なかった。
「あ、それから晩御飯いらないや。ノリト君の家で試験勉強してくるからさ、ハンバーガーでも買って食うわ」
疑われても仕方がないような外出理由で、ばれやしないかと少しびびったけれど、母は「早く帰ってくるのよ」と、一言だけ発してまた晩御飯の支度に戻った。
そしてまるで疑いもしない母に「チェッ」と思いながら、ぼくは外に出て自転車で、よいしょと、ノリトとの約束の集合場所に向かったのだった。

約束の場所は国道沿いにあるハンバーガー屋の前であった。
ぼくが時間どおりに行くと、早や待ちくたびれていたノリトは「ここで何か食っていこうぜ」と顎先を店の入り口に向けた。
恰好はノリトが上下黒のTシャツとジーンズ、ぼくは上が白のカジシャツに膝が抜けたジーンズ。
ぼくたちはお互いの恰好を見比べると、「代わり映えがしないよな」と言い合い、店に入って時間を潰した。


そのⅡ

ハンバーガー屋で一時間半ほど時間を過ごしたあと、ぼくたちは自転車で中心街に向かった。
街銀座のアーケードを潜り、中程まで行くと、「喫茶レノン」があった。
“レノン”は当時ぼくたちが学校帰りによく寄る地元高校生ご用達の喫茶店で、高校生になりたての頃、初めてブラックコーヒーを飲んだ店であった。現在では不況の煽りをを受けて、ガランとした空き店舗になっているが、その当時は平日でも学校があるはずなのに、何故かいつもどこそこかの高校の制服を着用している連中で一杯になっていた。
ぼくが外から店の中を覗いていると、「いくぜ」とノリトが顎で二階へと昇る階段を指した。
「ああ、そうだったな」とぼくは彼の方に振り返り、二人で”レノン“と隣の店舗の間に挟まれた階段を昇り始めたのだった。
ディスコパーティーは二階の店舗、「イエスタデイ」という外から見ると少々如何わしい匂いのする店で催される予定だった。
当時、「イエスタデイ」はぼくたちにとっての憧れの的であった。
所謂ライブハウスと呼ばれるところで、普段は毎週金曜・土曜日の夜になるとジャズバンドやらロックバンドやらの演奏が催され、どちらかというと、アマチュアバンドの演奏場所として提供されていたが、時としてプロのミュージシャンも演奏したりもしていて、平日の空いている日にはサラリーマンの二次会の会場としても提供されたりもする、一風かわった店である。
ライブハウスと呼ばれたところは当時街中にはその一軒しかなかった訳で、高校に入り、いわゆる大人の階段を昇り始めていて(笑)ライブハウスというところがどういうところか知らなかったぼくとノリトは「いつかはイエスタデイ!」と互いに誓い会い、淡々とそのチャンスを伺っていたものだった。
それがディスコパーティーとは言え、中に入ることが出来ることはぼくたちにとって千載一遇のチャンスだったのだ。
ぼくたちは少しだけふっくらとした皮のようなものに包まれた恐らく防音仕様のドアの前に立ち、二人で顔を見合わせて唾をごくんと鳴らした。
「開けるぞ」
ぼくはドアの取っ手に手を掛け、恐る恐る中を覗くようにドアを開いた。
「すげぇ」
ドアを開けて入るとまるでクリスマスのように天井から赤やら緑やら黄色やらの光線がぐるぐると飛び散っていた。
大音量の“アースウィンドファイアーの曲”が流れていた。
そして、部屋いっぱいに入りきれないような人人人・・・・。
みな黒服や身体に密着したタイトなドレス(?)に身を包み、音楽に合わせ身体をくねらしていた。
パーティー会場の入り口に立ったぼくたちは、瞬時にぼくたちが到底太刀打ちのできない場違いなところに来たことを察して、そこから動けなくなった。
「なあ、これ」
「うん」
「俺たち、田舎者丸出し、だな」
「場所も場所だから、そんなにかしこまってはやらないって聞いていたんだけど・・・・」
ノリトはキョロキョロしだし、誰かを探し始めた。
「誰?」
「兄貴。主催者だからカウンターの内側にいるって言ってた」
「うん、参加費も払わなきゃ」
カウンターは入口から奥の方に離れた場所に見えた。そこに行くには踊り狂う人間たちの波をかき分けて行かねばならない。
ぼくたちはやっとのことで動き出し、踵を上げ、平らになりながらそろそろとカウンターに近づいた。
「兄貴・・・」
ノリトが声をかけると、何やら大人の女性とカウンター越しに話をしていた大柄の男がこちらを振り向いた。
「ああ、・・・。今来たのか」
「今来たのかじゃないよ。話、違うじゃん」
「話って?なに?どこが?」
「みんな正装だし、これじゃ俺たちピエロだよ」
ヒロトは両腕を大きく広げて顎を引きその視線で(見てくれよ)と訴えた。
「ああ、そのことか。・・・・最初は軽い気持ちだったんだけどな、人集めたらこうなっちまった。みんな金持ってんのな。こんなしけた場所でやるってのにわざわざキメてきて、俺も驚いている」
そう言っているノリトの兄貴の服装も立派な黒服である。
ぼくがじっと見ているとその視線に気が付いたのか、ノリトに「誰?」と囁いた。
「カナタです」
ぼくが答えると、ノリトの兄貴は「ああ、あの・・」と呟き、カウンター越しに握手を求めてきた。
ぼくは差し出された手に戸惑いながらも、ジーパンの腰に右の掌をひとこすりして握手した。
「お詫びに会費はただでいいよ。飲み物は何でも頼みな。酒はダメだ。食い物はあそこの脇に並べてあるテーブルの上にある。適当につまみな。・・・ああ、それから(ただ)っていうのは内緒。なにしろあいつら一万円も払ってきてるんだから・・・」
ノリトの兄貴は踊りまくる黒服の群れに目をやると、「ふん」と呟いた。
「お前らとりあえずコーラでも飲んでここに座ってな。気が向いたらあいつらの仲間になって踊ってもいいし、ここで女の子に声かけられるのを待っていてもいい。確か高校生もなんぼかいるようだから、よろしくやればいい」
「高校生?」
「そう、高校生。日本の高校生も女の子のほうがすすんでるんだな」
ぼくは少し複雑な気分になった。あそこで踊っている群れの中に高校生の女子がいる?見る限りはみな自分より大人だ。女性はみなタイトで胸の目立つドレス(?)。高校生があんな胸の空いたドレスなんて・・・・。
それからぼくたちはノリトの兄貴にコーラの瓶を二本差し出され、それをラッパ飲みしながら“群れ”を見つめ続けた。
ノリトの兄貴はまた女の前に戻った。
ノリトは耐えきれなくなったのか、キョロキョロしてまたなにやら探していた。
ぼくはなんだか急に眠くなって、大音量の中、あろうことかカウンターを前にして船を漕ぎだしてしまった。
・・・・・ああ眠い。
ぼくは意識を失った。

(ねえ、君・・・、君、大丈夫?)
優しい声と、微かに漂う香水の匂いに刺激されて目を覚ました。
声のした隣の方に顔を向けると見知らぬ女性がこちらを覗いていた。
ぼくは真正面からその女性の顔を見ることになり、一拍間が開き、ぎょっとした。
「えっ?なに?なんですか?俺なんかしましたっけ?」
ぼくが訳の分からないことを口走ったことに呆気にとられたのか、彼女は目を丸くし、それから目尻に皺をつくって、笑顔を見せた。
ふふ・・。
彼女の口から笑い声が漏れた。
「大丈夫そうね、お酒に酔ったのかと思った・・・」
彼女はもう一度ぼくの顔を覗き込み、それからぼくの左隣の席に座りながら、手に持っていたグラスをカウンターに置いた。
ぼくは少しのけ反りながら、彼女を警戒した。
その様子があからさまに見えたのか、彼女は再度目尻に皺を寄せ、微笑んだ。
「大丈夫よ、取って食べたりはしないから。わたし、オオカミじゃないし、ね」
「・・・・オオカミじゃないって・・・?、あの・・・、なんで?」
ぼくの質問になっていない質問に彼女は次に優しそうな微笑みを返した。
「あなた寝てたのよ。カウンターを枕にしてね」
「カウンターを枕にして?寝てた?」
「そう、こう腕をだらーんとしてね」
彼女はオランウータンのように両腕をたらし、カウンターに頭をつけ、おそらく先ほどまでのぼくがそうであっただろう真似をした。
「そんな恰好で?」
「そう、そんな恰好で。・・・・まったくいつ頭が落ちるか気が気でなかったわ」
「そうか、寝てたんだ」
「だから、酔っていて気分でも悪いのかと思ったの」
「・・・いや、俺は高校生だから」
「そうね、そうかなとも思ったんだけどね」
「高校生って分かったの?」
「見れば分かるわよ。見るからにそう」
ぼくは自分の服装をゆっくりと見渡した。ジーンズに白シャツ、センスのかけらもありゃしない。
ふふふ。
へへ。
彼女が声を出して笑ったのでぼくもそれにつられた。
笑いながらあらためて彼女の全身を見る機会を得た。
彼女は赤のフレアなワンピースドレス。“群れ”を見る限り女性は皆ぴっちりとした恰好をしているが、彼女のそれは明らかにその場にはそぐわない恰好で、けれども映画「サタデーナイトフィーバー」ではみな自分の思い思いの個性的な服装をして踊っていたことを考えれば、きっと“群れ”の方がそもそもおかしいのだと思った。
それにしても彼女の笑顔はとても素敵だった。薄い化粧に奥二重、笑うと喉を撫でられる猫のような目になる。ぼくは一気に彼女の魅力に取り込まれた。
「ねえ、名前なんていうの?社会人?学生?」
「まあ、生意気な。年下でしょ、そういう時は自分から名乗るものよ」
「ごめん。俺、カナタ。十七歳」
「わたしはエリ。“愛”に“里”で愛里、社会人。・・・・年は、お酒が飲める年齢」
そう言いながら彼女はグラスを持ち上げ残った液体を飲み干した。そして、何事かをたくらんでいるかのように瞳をくるりと回し、にこりとした。
「うーん、少年。気に入った。ねえ、わたし、ここに来たもののなんかね、つまんなかったのよね。・・・・ねえ、ここ、二人で脱出しない?」
「え?」
「わたしの大好きな場所・・・、紹介してあげる」
突然の展開にぼくは我が耳を疑った。
そして、そのときになって初めて隣にいたはずのノリトが消えていたのに気が付いたのだった。



そのⅢ

愛里と共に“イエスタデイ”を抜け出し、銀座通りを通って来た時周りの目が気になった。
人とすれ違うたびに、彼らは皆一様にこちらを振り返った。
「え?何?あれ、・・・美人」
そんな声があからさまに聞こえた。
恐らく彼らは人が振り返るほどの美人がなんであんなさえない男と並んで歩いているのだろうと勘繰ったに違いない。
美人の姉と弟という図式に写ったのかもしれない。
確かにそうだ。ぼくは白のシャツに膝の抜けたジーンズ、そしていかにも日本男児という風貌。対して愛里は赤のフレアドレスにロングの櫛通りの良さそうな髪、小さい顔に羨むような美しく切れ上がった目でそのくせ瞳は大きい。これでぼくがダブルのダークスーツかなんかでパリッと決めていれば、少しはましに見えたかもしれないけれど、いずれにしてもぼくの立ち位置は“姉に比べてさえない弟”というところだったのだと思う。
暗がりにいたときは笑顔以外、そこまでは意識しなかったのだけれども、明るみに出た彼女の容貌はスタイルも含め、予想以上に完璧なまでに整備されていた。まるでパリコレかなんかのモデルみたいだった。
ぼくは少々の居心地の悪さを感じながらもそれでも自慢げに彼女と歩いている自分自身に気付き、自嘲した。俺なんかが・・・。
それにしても、愛里に突然誘われたときには天地がひっくり返るほど驚いた。まさか見るからに女性経験など微塵とも感じられない自分を誘う女性が現れるとは。それも年上だ。
彼女はぼくを誘ったあと、器用に踊り狂う“群れ”の中に入り込むと、車のキーを指でくるくる回しながら戻って来たのだった。
ぼくが、「どうしたの?それ」と聞くと「一緒に来た友達、“シオン”に借りたの」と返した。
「シオン?」
「そう、シオン」
彼女は笑いながら事も無げにそう言った。
そのとき“シオン”なる人物が彼女にとってどのような位置づけの人物なのか、男なのか女なのかふと気になったけれど、ぼくはともかく人生初、女性に誘われた事実の方が勝った。
「さあ、行きましょう」
愛里とともに“イエスタデイ”を出て行くときにノリトの兄貴と目が合い、微かにウインクされたような気がした。
・・・・・そういえばノリトはどこに消えたのだろう・・・・・。
ノリトのことが気にかかったけれど、それでもぼくは彼女に誘われるがままに“イエスタデイ”を後にしたのだった。

「ちょっとここで待っていて」
銀座通りを抜け、大通りに出たとき彼女は言った。
「車取ってくるから」
ぼくは(なにも駐車場まで一緒にいくのに)と思ったが、彼女は構わず先をスタスタと歩いていき、ぼくは置いてきぼりをくらってしまった。
ふーっ
彼女の姿が見えなくなり、ぼくは一呼吸ついた。
意外に緊張していた。
夜空を見た。
ある石鹸会社の象徴のような三日月がぼくを横目で見ていた。
ぼくはその場にぼーっと立ちながら、愛里が戻ってくるのを待った。
大通りに目を移すと緩やかに車が行き交っていた。こうして行き交う車を眺めていると自分は何故ここにこうしているのだろうと思えてくる。今ここにこうしている自分は何者?夜の街は危険だ。気を付けないとすっぽりと飲み込まれてしまう。ぼくはかぶりを振って、正常な自分というものを取り戻そうとしていた。
「・・なにぼーっとしてるの。さあ、早く乗って」
気が付くといつのまにか一台の車がぼくの目の前に止まっていた。
車高の高いカーキ色のジープ車だ。それも幌をおろしてのオープンカー。
赤いドレスの女にジープのオープンカー?
ぼくはそのちぐはぐさに思わず目を丸くした。
「なにやってるの?早くしないと置いてくわよ」
ぼくは愛里にせきたてられ、足をかけ少し高くなっている彼女の隣、つまり助手席に乗り込んだのだった。

小高い山道をカーキ色のジープに乗ってくねくねとやってきたところは、愛宕山の山頂だった。
愛宕山は盆地である“街”を取り囲んでいる中の高めの丘といった印象の山である。
中心街から山頂まで車でわずか三十分分足らずで行ける手軽な山だ。
平らな山頂は公園のように整備され、中心には青少年育成センターと呼ばれるドーム型の建物がぽつんと建っている。
そこは小学生の遠足でよく使われる場所だった。山頂から見える夜景が自慢の山で、夜になると何処からともなく熱々のカップルが現れることでも有名なところでもあった。
「夜景でも見るの?」
車から降り立ったぼくが、なーんだという感じで尋ねると、愛里はそれには答えずぼくを置いていくかのようにスタスタと歩き始めた。
「ねえ、待ってよ」
ぼくが追いかけると彼女は立ち止まり、こちらを見ながら無言で、ある一方向を指さした。
「育成センター?えっ?あそこにはなにもないじゃん。・・・それに夜は開いていないし」
ぼくが疑問を投げかけると、彼女は謎の笑みを浮かべまた前を向いてドーム型の建物の方向へと歩いて行った。
ドームの前まで来ると彼女は正面入り口を避けて角を曲がり、建物の裏へと歩を進め、そして裏口と思われるドアの前に立ち、脇にある呼び鈴を鳴らした。
しばらくしてドアが開かれた。ドアの隙間から若い男の顔が現れ、「待っていたよ」と言った。
愛里は「ありがと」と言い、開いた裏口から中へ足を踏み入れた。ぼくも彼女に続いて中に入った。
男に誘われながら薄暗く短い通路を通って行くと、広いロビーに出た。大きなホテルのそれと見間違えるように広い空間だった。
闇に包まれたその場所は静まり返り、月明かりが何処からか差し込んでいた。
少し離れたところにはなにかの会場の入口と見られる大きなドアがあった。
男はロビーの左手にあるその大きなドアの取っ手に両手を掛け、そこで躊躇した。
ぼくはなにがなんだか状況を読み込めず、月明かりをなんとなく見つめていた。
愛里はロビーの端にあるソファーチェアに深々と腰掛けた。
すると振り向きざまに男は口を開き、愛里に向かって「断っておくが・・」と切り出した。
「断っておくが、俺はお前だからこんなバカなことを了承している」
「分かっているわ、リュウ」
「いいや、分かっていない。俺はこれがばれたら、職を失う。夜、時間外に人をセンターに招き入れてしかも・・・・」
そこまで言葉を続けたところで男は止め、「・・・まあ、いいや」と呟いた。
リュウと呼ばれたその男は再び前を向き、大きなドアを両手で開け放った。
「さあ、どうぞ」
リュウに導かれて、ぼくは入口に立った。
「シアター場?」
ぼくは声を漏らした。
やや下手に見えるそこはまさにシアター場の様相を呈していた。ただ違うのは、スクリーンが前方になく、各席が半円状に幾重にも並べられている。背もたれは普通より後ろに傾いていた。天井はドーム状に曲線を描き、半円状に並べられた席の中心には巨大な先端がまるく黒光りする筒状の機器が設置されていた。
「プラネタリウムだ」
ぼくが戸惑っているとリュウは事も無げにそう言った。
「すげえ、こんなところにプラネタリウムがあったなんて」
ぼくの脳内にはセンターにプラネタリウムがあるなんて記憶はなかった。あるのはなにか展示場が催されていたという記憶だけだった。
「ここがわたしのお気に入りの場所」
愛里がいつのまにかぼくの横に並んでいた。
「今夜はここで星を観て、心を癒したい気分なの。付き合ってくれる?」
付き合ってくれるかと問われてももうここまで来てしまったのだから、とぼくは複雑な気分になったのだが、愛里と一時でも一緒にいたいと思っていたのでそれはそれでいいかと観念した。
「・・・・でも」
「でも?」
「ここまで来たなら本物の星を観た方がいいんじゃない?」
ぼくがそう言うと愛里は満面の笑顔を浮かべて長い両手を広げ、ぼくをハグしたのだった。
カワイイ・・・・・。


そのⅣ

「なにをニヤニヤしてるんだ」
ノリトがぼくの席の前まできて、ガタっとぼくの机の上に両手をついてこちらを覗き込んだ。
ゲッ
両腕を重ね、その上に顎を乗せていたぼくは突然のノリトの襲来に驚き体をのけ反らせた。
「なにって、別に。・・・なんでもない」
ぼくがかぶりを振るとノリトは、ふん、と鼻先で笑った。
「聞いたぞ、兄貴から」
「聞いたって、なにを?」
「すごいべっぴんさんと出て行ったんだってな」
ぼくはノリトのするどい突っ込みに対応できず、ドギマギした。とたんに顔がのぼせ上がるのが分かった。
「なに赤くなってんだよ。・・・・あー、そうか、ついに君も“卒業”したわけね。それはおめっとうさん。君も大人の仲間入りだぁ」
ノリトの大声にぼくは慌て、辺りを見回した。昼休みの学校だったので殆どの生徒が席を立っていた。教室にいるのは、三人の女子グループと部屋の隅っこで必死にお勉強しているガリベン君達だけだ。
「声がでかい」
ぼくは右手の人差し指を唇に当て、ノリトに声を潜めるよう要請した。
「で、どうだったよ、ほんとのところは?・・・どこ行ったんだ?」
ノリトが耳元で囁いてきたのでぼくは仕方なく事の顛末を白状することにした。
「・・・愛宕山」
「愛宕山?」
「うん」
「何故?」
「プラネタリウム・・・」
「・・・・・」
「青少年育成センターに忍び込んで、二人でプラネタリウムを観ていたんだ」
ぼくのその告白にノリトは信じられないといった顔をして、なおも突っ込んできた。
「プラネタリウム?・・美女と一緒にいるのにプラネタリウムとは何ぞや・・・、雰囲気も何もあったもんじゃない!中学生かお前は!・・・で、それでなにか進展はあったのか?」
「ない!」
ぼくが自信をもってそう言うとノリトは天を仰いで、いじいじするような仕草をした。
「もったいない。美女と一緒なんて・・・、もしかしたら一生に一度あるかないかの大チャンスだったんだぜ。せめてキスくらいはして来いよ」
「初めてあったのにもうキスかい?」
「時間は関係ない」
ノリトはなおもいじいじし、それから肩を落とし、空いている隣の席にすとんと座った。
もう、やってられないといった顔だ。
本当のところはなにも進展がなかった訳ではなかった。愛里はぼくを抱きしめてくれた。スレンダーな腰回り、彼女の胸の鼓動、そして櫛どおりの良さそうなロングの髪からは淡いシャンプーの香りがした。
プラネタリウムを観ている間、ぼくたちはずっと肩寄せて手をつないでいた。愛里はつないだ手を「暖かい手ね」と言ってくれた。
別れ際、ぼくが「もう会えないのかな・・」と聞くと彼女は「あなた西高でしょ。わたしもそうだったの・・・」と言ってはぐらかされたが、それはきっとまた会えるといった意味にとらえることが出来た。・・・・確証はないけれど、きっとそうだ。
「何話しているの?・・・二人とも」
ぼくとノリトがしばらくの間無言でいると同じクラスの光が話しかけてきた。
ショートカットでくりくり目の彼女は、他校でも評判の美少女だった。なんでそんな美少女が?と思うが、同じクラスになってから何故か話す機会が多くなった。ぼくがノリトとつるんでいると必ず話に加わってきたものだ。
「・・・昨日のパーティーの話」
ノリトがそうのたまうと光は「ああ、昨日のね」と呟いた。
実は光も「イエスタデイ」のパーティーに参加していたのだった。
ぼくが寝込んでいる間に、ノリトは“群れ”の中で光を発見し、ぼくを捨て置いて外に連れ出し、簡易デートとしゃれこんだのだった。
恰好は?と思っていたけれど、どうやら黒のスリムジーンズにダボダボの白いTシャツだったらしい。
「ノリトったら一個も取れないんだもの」
「いや、あれは位置が悪すぎた」
光がむくれるとノリトは勘弁してよという風に弁解した。
「取れないって?どこ行ったの?二人とも」
「ゲームセンター。クレーンゲームしたんだけど千円も使って一個も取れないのよ、ノリトったら・・・・」
光はぶつぶつとノリトに文句を投げかけた。
もはや弁解のしようのないノリトは縮こまり、話の矛先を別の方向に向けようと策略した。
「まあ、それはともかくとしてだ。・・・あのあとカナタはよろしくやったみたいだぜ」
あっ、バカ!と思ったが遅かった。ノリトは先程の話を尾ひれをつけて話し始めてしまった。
その話を光は一通り聞いて、「ふーん」と一言呟いた。
そしてぼくの顔を覗き込み、ニコッと笑うと「バッカじゃない」と言って、くるりと自分の席に戻って行ってしまった。
ぼくはあっけに取られ自分が初めて女の子に罵倒されたことにしばらくして気が付いた。
「な、女だってそう思うんだぜ。据え膳食わぬは男の恥、次は心得ておくんだな」
ノリトは気の毒そうにぼくの肩をぽんぽんとたたいた。
光の方を見ると、また三人のグループの中に入って陽気にしゃべり始めている。
(バッカじゃない・・・か。)
ぼくは妙に納得して、自分が大人の男ではなかったことを後悔したのだった。


そのⅤ

「ねえ、海って小学生のとき以来だよ」
「そう?わたしは去年もその前も行ったわ。もっとも泳ぎが目的じゃないけど・・・」
「泳がないのかい?」
「・・・・わたし、かなづちなの」
愛里は少し恥ずかしそうにしながらオープンになったジープのハンドルを握っていた。
生暖かい風が正面からぼくの顔を殴りつけ、ぼくは乱れた髪を何度も整えた。
隣には愛里がいる。ぼくはあらためてその幸せを噛みしめ、愛里を見、その美しい横顔に魅入った。
愛里が突然学校に現れたのは出会いから一か月経った頃だろうか。
その間ぼくは時々彼女のことを思い出しては、溜息をつく毎日を過ごしていた。
微妙な期待があったものの、一時同じ時間を過ごしただけの女性だ、ぼくのことなどもはや忘れてしまっただろうなと思っていたのだ。
だからかえって思いが募るばかりで、あのこと、抱きしめられたことを思い出すたびに溜息をついていた。
会いたい。でも名前以外にはなにも知らない女性だ。どうやったら彼女とまた会うことができるのだろう。
ああ、俺がもっと大人であったなら・・・・。
それは自分が未だ動物園の檻の中に入れられているチンパンジーのような状態であることを象徴するようなぼやきであった。
ぼくの思いはもはや崖っぷちに行き当たり、にっちもさっちもいかない状態であった。
そんなぼくの状況化、彼女は突然現れたのだった。それも学校、授業中に。
最初は、窓際にいる生徒が気付いた。
「あれ?こっちの方見て手を振っている」
大きな声だ。授業を担当している教師がぎろりと目を向いた。
「なんか女だ。結構いい線いってそう」
その言葉にどれどれと授業に飽き飽きしていた級友たちが席を立ち、窓際に集まりだした。
愛里のことを考えていたぼくは興味なしとして、席を立たなかったが、「おい、ロン毛の女だ」、「誰かを探してるのかな?」と口々に言う級友たちの言葉に(もしや)と思い立ち、急いで窓際の級友たちの群れをかき分けて窓際に立った。
最初に校庭の真ん中のカーキ色のジープが目に入った。
その隣でジーンズに赤のカットソーの女が手を振っている。
四階の教室からは意外に遠くにあったので顔までは確認できなかった。でも・・・、
ああ、あのシルエット。
紛れもなく愛里だった。
瞬間、ぼくは居ても立ってもいられずにその場を離れ、「おい!どこへ行く」教師を振り切って教室を飛び出していた。
階段を駆け下り、ころげそうになりながら校庭に出、愛里のいるところまで走り出した。
愛里はそんなぼくを発見すると、手を振るのを止め、にこりとした。
息切らせながら愛里の目の前まで来てぼくは立ち止まった。
いきなりのことなので、しばらくの間、声が出なかった。
窓から顔を出していた級友たちは一斉に囃し立てるように口笛を吹きだした。
そしてぼくはそれを無理にでも声援に脳内変換し、思い切って愛里に声を掛けたのだった。
「一か月とは、待たせすぎだよ」
「女は準備に時間をかけるものなのよ」
愛里は猫のように目尻に皺を寄せて「ふふ」と笑みを浮かべていた。
そして、
「海いくよ!」
ぼくは愛里のその言葉に誘われるがままに車に乗り込んだのであった。

そんなことがあって、ぼくらは海へ向かったというわけである。
だが、海辺に着くまでに三時間もかかった。本当は海まで二時間とかからないのだけれど、国道沿いの海産物問屋や土産物屋の看板を見るたびに愛里は車を止め、「ここ入ろうよ」とぼくの意見はお構いなしに店に入り、何やら物色し、時間を使った。そのため海辺に着いた頃には辺りは夕闇に包まれ、誰もいない寂しい状況になっていた。そもそもそこは遊泳地ではないところであり、辺りは大小の岩がごつごつとしていた。
 ぼくらは海岸から少し離れた巨大で平らな岩石の上に座り、足をぶらぶらさせた。海に近いところに座ろうよというぼくの意見は完全に無視し、愛里はここがいいのよとさっさと腰を下ろしたのだ。ぼくが、ちぇっ、と呟くと愛里は顔をくしゃくしゃにして笑い、ここからじゃないとね、とぼくを宥め、車の後部座席から取り出した小型のラジカセを脇に置き、スイッチを押した。
 ぼくはなんの曲が入っているのだろうと楽しみにしていたが、十秒後に流れてきたそれはなんと坂本九の「上を向いて歩こう」だった。
「坂本九、好きなの?」
 ぼくが呆れながら言うと愛里は「(見上げてごらん夜の星を)や、(明日があるさ)も九ちゃんの歌ならなんでもあるわ」とぼくの顔を目を輝かせながら見、答えた。
「似合わない!」
ぼくが言うと、愛里はふーんとした顔をしながら「古い曲が好きなの」と空を見上げた。
それからぼくも一緒に空を見上げた。空は徐々に暗くなり始め、一番星がひかりを放ち、その存在を現し始めた。
「・・・星だね」
 ぼくがなんとはなしに呟くと愛里は、
「綺麗だね。・・・・でも、今日のお目当てはそこじゃないの」とぼくを見た。
「あそこ・・・」
 愛里は腕を伸ばし、人差し指をぴんと張り、前方を指さした。
「ああ」
 海辺から幾分か離れた水上に巨大な鳥居が赤黒く浮かび上がっていた。目の前に迫ってくるような大きい鳥居の柱と柱の間から海の稜線が見える。海の中に鳥居が建っているのはそれほど珍しいことではなかった。よくある話だ。水神伝説かなにかそんなものが地元にあるのだろう。ぼくが訝っていると愛里は「もうすぐよ、見逃さないようにね」と目を光らせた。
 それからぼくはなんだか分からないまま、愛里のいいつけどおりそこからの距離は若干ある海の中から上にのびている巨大な鳥居を見続けた。見続けている内に辺りがどんどん漆黒の闇に包まれていき、いつのまにかぼくの耳だけが特出して敏感になっていた。さざ波が聞こえた。坂本九が「見上げてごらん夜の星を」を歌っていた。ぼくは鳥居の輪郭を確かめながらぼんやりとそれを聴いていた。あまりにぼんやりしていたせいか聴覚に取られたぼくの視覚は完全に無防備な状態になっていた。
「ほら、見て」
 突然愛里がぼくの耳元でささやいたときぼくの目にはなにも見えていなかった。
 ぼくは意識を取り戻し、目のレンズの感度を上げた。
するとどうだろう、いつのまにか月が姿を現し始めたではないか。それも鳥居の真ん中の空間、海の稜線から。
 月は海の稜線から徐々に顔をだし、鳥居を照らし揺られる波の上に鳥居の空間へと突き抜ける光の道をつくった。ゆらゆらと揺れるそれはまるで鳥居と月と海、それらの結びつきによって現れた異世界へと導いてくれる白い絹の道のようだった。
「これは・・・」
「ね。幻想的でしょう?」
「というか、異界への入口みたいだ」
絹の道は時に大きな波に崩されるが、切れるのは数秒のことでまた修復する。ぼくはその光景を頭にのこしながら天空を見た。星が幾つも白色に輝いていた。そしてまた視線を元に戻す。
「誘われるようだ」
「手を伸ばせばちがう世界にいざなわれそうね・・・」
「行ってしまいそうだ」
「そうね」
「行ってみようか?」
「それはだめ、今この世界にいるから魅力的に映るんだわ」
「そうだろうか・・・」
「そうよ」
 訳の分からないことを言うぼくに愛里はちゃんと受け答えをしてくれた。彼女は優しく、しかも美しい。それが会って二度しか共にしてないぼくの彼女に対する陳腐な見解だった。
それにしても彼女はなぜ夜のプラネタリウムといい、やはり彼女にとって“特別な場所”であろうこのような大切なところにぼくを連れて来てくれたのだろう?
・・・・・期待してもいいのだろうか。
ぼくは絹の道を眺めながらより一層彼女に惹かれていく自分を感じたのだった。

 それから異界へといざなう絹の道は僅か数分の内に途絶えた。
 ぼくらはその余韻を楽しむようにどちらともなく手を握り、海を見つめた。ぼくはとても暖かく豊かな感情に溢れていた。
「・・・・特別な場所なんだろう?」
「うん」
「何故?」
「なにが?」
「なぜ、そんな場所に俺をつれてきてくれたのさ」
「さあ、何故かしら」
「気紛れ?」
「ちょっと違うかな・・・」
「じゃあ、なんだろう?」
「・・・匂い・・・」
「匂い?」
「同じ匂いがしたから、かな」
絵里は軽く微笑み、握った手を離した。そして両指を裏返して組むと大きく天に向かって伸びをし、こう付け足した。
「わたしの生きた証を誰かに伝えたかったのかもね」
 坂本九が「明日があるさ」を歌っていた。

続く・・・・・。
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「さよなら!街の恋人たち」曽我部恵一と真黒毛ぼっくす 2019/10/22月見ル君想フ

2020-08-06 | 音楽
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Mike Oldfield - Portsmouth



NakamuraEmi「メジャーデビュー(Studio Session)」 Music Video



There is a fox - Sleep Well | Live at Amabe




ひとすじにがんばる心” 戦争が奪ったある女優の生涯


大林宣彦監督の遺作『海辺の映画館-キネマの玉手箱』はこういった事実もあって作られたのかもしれない。

それにしても、園井惠子さんのこういった人生を原爆に絡めてあまり賛美しすぎると、却ってそのもともとの根本から離れていってしまう恐れがあるが、

ただ、「慰問に訪れていた広島市で被爆し、奇跡的に無傷であったが、原爆症の症状で急激に体調を崩し終戦から6日後、帰らぬ人となった」というところは園井さんにとってはあまりに残酷な仕打ちであったと思うし、あらためて「核」というものの恐ろしさを感じる。

やはり「核」はもつものではない。

人間の力では扱いきれないからだ・・・・と、そう思う。
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Mike Oldfield - Moonshine

2020-08-04 | 音楽
Mike Oldfield - Moonshine



できること 福原希己江



BUMP OF CHICKEN「花の名」



Mike Oldfield ft. Maggie Reilly - Moonlight Shadow (Official Video)



「私の家政夫ナギサさん」が面白い。

TBSの火10のドラマです。

やはりこの時間のドラマの特徴なのですが、漫画が原作となっております。

視聴率もいいようです。

その勝因は何といっても主演に多部未華子を持ってきたことでしょう。

彼女は真剣にやっているのに、何故か見る者にほんわかとさせてしまったり、ほろりとさせたり・・・、コメディ的な演技が上手い。

映画「怪しい彼女」も良かった。

さすがにここのところは、映画などでシリアスな役が続いていたようですが、今回のドラマはやはり「さすが多部未華子」と思わせてくれています。

ただ、今回のドラマにはもう一人の主人公ナギサさん役の赤麿児の息子さんである大森・・・(忘れました(^_^;))の力もありますが。

ともかく面白いので最後まで観続けると思います、このドラマ。


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