遺恨の力

　9回表。先頭バッター金本を迎えるマリーンズのバッテリーは無難に外角を攻めることだけを考えていた。5月27日、甲子園で繰り広げられたデッドボールの応酬の遺恨が頭をもたげていたからだ。バッテリーは間違っても内角に放りこむことだけは避けようと思っていた。たとえ金本にヒットを打たれようとも、内角攻めをすることで「挑発」と受け取られないように神経を使っていた。もちろんそれは5点差というセーフティーリードがあったからなのだが。なあに、それが「職業野球」ってもんだ。
　そこにバッテリーのエアポケットがあった。張り詰めた気持ちの襞に僅かな弛緩を招いてしまった。ほんの米粒くらいの僅かな弛緩を見逃さなかった金本はさすがだった。そして、このときのタイガースには「アニキに続け！」という強い意思で貫かれていた。とにかく、このままでは終われないという強い思いがアニキのヒットを触媒に連鎖反応をみせてくれた。マリーンズバッテリーが慌てて気持ちを昂らせても、もはやタイガースの“波動”を堰き止めることはできなかった。もう、これは「遺恨の力」としか言いようがない。その「力」の何割かには、ファンの「力」も含まっていたのかもしれない。とにかく、その熱きハートが、まだ残っていたことが嬉しかった。「借り」を返したと言い切るためには明日の試合を待たなければいけないが、胸のすく忘れられない試合となった。

　もちろん、庄田、桜井の芽吹きつつある若い力が“波動”の中心だったことはいうまでもないが。中でも桜井の精神面の成長が嬉しい限りだ。