鑑三翁に学ぶ[死への準備教育]

内村鑑三翁の妻や娘の喪失体験に基づく「生と死の思想」の深化を「死への準備教育」の一環として探究してみたい。

[Ⅵ283] 安楽死/考 (6) / 人間には神の性質が備わる  

2024-02-04 18:20:19 | 生涯教育

さて本題に戻る。鑑三翁の「必ず全治することが可能とみなし」の表現だが、「みなし」とは「実際にはそうでないものを,そうだと思って見る」ことを言うのだから、治癒困難/治癒不能の病気であることをほとんどの場合「告知」しなかった鑑三翁の時代ゆえの表現と言う事ができる。つまり医師は実際には治癒しないと診断し確信しているが、それをそのまま患者に言ってはならない、私(医師)は治癒することが可能だと思っていますよ、と伝えることで、医師も治療看護を(放棄せず)継続すべきである、と言っている。鑑三翁はそれが人間の生命の貴重さと尊さを尊重する人間の態度であると言うのだ。

今の時代の通念から言えば、それは虚偽ではないのか、誠実な姿勢ではない、事実は事実としてそのまま言うべきだ‥ということになるのかもしれない。しかし考えてみれば数十年前まで日本では、治癒困難な病気は患者に告知しないことが医療現場の鉄則であったように思う。それががんなどの治療成績が向上してきたり、「医師と患者との間に十分な情報が伝えられた上での合意」を意味するインフォームド・コンセント(informed consent)という考え方が浸透して、患者・家族と医師・医療者との間で事実を共有して、医療者と患者・家族とで共同して医療ケアを進めて行く事が望ましいという考え方が一般的になってきた。それとともに医師の裁量だけで治療方法の選択を行ってきた従来の医師の姿勢(パターナリズムpaternalism)も変更を迫られてきた。これらと並行するように告知も一般化してきたわけだ。告知はまさに20世紀後半期の”発見”である。もちろん告知の時代的背景として、医師が告知をしなかった事自体が訴訟の対象になり敗訴が続いたという米国の事情もある。これがいわゆる”防衛医療”を促し、ともかく何でも早く告知すべきという流れになったのだ。このことによって米国では医師-患者関係が”悪化”してきたという調査報告もある。

いずれにしても医療の場における”民主的な関係”が構築された中で医療ケアが行われていくこと‥これが望ましい医療の姿だと私は考える。なのであるがんセンターの医師が「私の病名告知は百パーセントだ」と得々と語っていた単純さに私は嫌悪を覚える。医療現場の新たなパターナリズムである。この医師は煩悶することなしに病名を告知するだけなので精神的な負荷は軽くなるので喜んでいるのだろうが。

さて鑑三翁は「人命はなぜ貴重なものであるか」問いかけ、死に瀕した人間に対しても医療は継続されるべきものと記して、それこそが人間生命の尊重を表しているのだと述べた。鑑三翁の論稿の続きを読んでみる。(全集14、p.372~)

【 (中略) 人命はなぜ貴重なものであるか‥人間はその貴重であることを知っているのだ。しかしながらこれは神の啓示によってのみ、その貴重である理由を知る事ができる。〈人命が貴重である所以はこれが神の生命だからである〉。即ち人間は神に象(かたど)られて造られた者だからである(創世記1:26)。もちろん禽獣の生命が貴くないわけではない。生命は全てが貴いものだ。しかしながら人間の生命は特別の意味で貴いのだ。即ち神の性質を備えているゆえに貴いのである。神に象られて造られた者であるから、もちろん神ではない。しかしながら神のごとくなり得る者である。すなわち〈神の子である可能性を備えた者である〉。獣のように滅び亡くなることはなく、神が生きられるがごとくに生き得る者である。馬はいかに価値のある物と言ってもこの性質を備えていない。獣は全て今日の物である。しかしながら人間は今日だけでいなくなる者ではない。この永遠の性質を有するという一点において、一人の乞食の者は十万頭の名馬よりも貴いのである。

知的障がい者の教育家ジェームス・B・リッチャーズ注)氏が語ったところでは、ある人がある時「犬(注:原文狆〈ちん〉)を教育するのは知的障がい者を教育するよりた易い」と話した。その時リッチャーズ氏は憤怒をこめて彼に向かって次のように言った、「貴殿(注:原文は卿、即ち西欧の貴族の者)が犬を教える時には多くの芸を教え込むことができるだろうが、私はここの知的障がいの子どもたちをもって永遠の神を示す事ができるのだ」と。誠にその通りである。知的障がいの子どもをもって神を示す事ができるということは、動物に比する云々の話を超えている。知的障がい者教育の必要性は、経済的な打算で説明できるものではない。障がいを持った者を神の子として見ることができない間は、彼らのために巨額の金銭を投じようとする動機は起こらないものだ。】

注)『余は如何にして基督信徒となりし乎』(岩波文庫、p.146)に次のように記されている(原文ママ)。「(1885年、渡米の翌年) 四月六日  白痴児童ノ教育二興味ト熱心ヲ加ス この前日、余は余の生涯でこれまで会った最も著しい人の一人に接した。その人は故ジェームス・B・リチャーヅ氏であった、堅忍不抜な白痴児童教育者として世界的に令名ある人であった。」とあるが、氏の経歴等詳細は不明。


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