Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

オカシマスル

2006-03-07 08:12:47 | 民俗学
 『伊那』934号(伊那史学会発行)が届いて、井上伸児さんの「「正座する」の方言」を興味深く読んだ。わたしは「かしこまる」を「おかしまする」というが、この言い方は駒ヶ根市伊以南の上伊那郡南部から下伊那郡全域のみで使われる言葉だという。わたしのイメージでは正座するも含まれるが、必ずしも正座することだけを「おかしまする」という使い方ではなかったように思う。姿勢を正す、まさしくカシコマルというような意味も含めてその言葉を当てていたように思う。

 県内のほかの地域の言葉を見ると、飯山市などの新潟県境では「ツクバル」、長野市近辺から佐久市にかけては「スワル」が主で、佐久の方にいくに従い「オツクベ」が混ざりだし、南佐久へ入ると「オツクベ」だけになる。この「オツクベ」は、安曇野から松本市あたりまでいわれ、塩尻あたりからは、「オツクベ」と「オツンベコ」「オツベンコ」が混ざる。さらに諏訪あたりまではそれらが少し変化した「オツクンベ」「オツクバイ」という言葉になる。木曾谷は「ツクベル」「ツクベール」、伊那谷に入ると、諏訪や塩尻あたりと同じで、そこに「オツンブ」「オツンブリ」、さらに伊那市あたりまでくると「オツム」「オシャンコスル」などとなり、駒ヶ根市の「オカシマスル」となる。

 これらは井上さんも利用している『長野県史方言編』の方言地図から読みとったものだが、『上伊那郡誌方言編』にはもう少し詳しく変化が現れている。こちらの方が調査した時期が少し古い。それによると、駒ヶ根市あたりでは「オカシマスル」より「オシャンコスル」の方が多い。そして、駒ヶ根市の南、飯島町までくると完全に「オカシマスル」に変化する。飯島町と駒ヶ根市の境にある中田切川が境界域となっていることがわかる。中川村の四徳というところは、折草峠を越えた駒ヶ根市中沢との交流が深かった。にもかかわらず、四徳でも「カシマル」あるいは「オカシマスル」が言われているのが興味深い。

 カシクマル、カシマル系の方言は、井上さんの記事にもあるが、三重県、山口県、島根県などにもあって、全国的にはほかにもある。「カシコマル」→「カシマル」→「オカシマル」→「オカシマ」という変化を示しているが、基本的にはカシコマルの変化のオカシマで、系統は同じということはおのずとわかる。県南の県境域までこの言葉があるが、向こう側、奥三河や奥美濃のことは触れられていない。ちょっとそっちの言葉も知りたい、というのがわたしの感想であった。

 ところで、正座=オカシマスルという印象ではなかったと冒頭で述べた。実は妻にこのことを確認したら、オカシマスルは正座だという。そして、「カシコマル」と「オカシマスル」は違うという。わたしのイメージでは、どちらもオカシマスルのイメージだったのだが、微妙に異なる。もっというと、『長野県史』にある地図は、「正座」する意味がどういう言葉で言われていたか、という問いであって、もう少し現実的な「使い方」はどうだったのかという面では明確ではないということである。言葉の意味だけではなく、使い方によっては、同じ言葉でもニュアンスが異なることが充分にありえる。こういう部分は、現実的に多くの人から使い方を聞き取ってみないとわからないのだろう。

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4 コメント

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聞き取り調査は重要なんですが。 (Dozeu)
2006-03-07 16:56:02
TB、ありがとうございます。

方言調査というものの難しさを痛感します。ことばがどんどん標準化されていきます。方言を知っている人がだんだんと減っています。

方言調査と銘打って、取材に行くと、ピタリと方言を使わない会話になってしまいます。

長野県史の方言地図もおそらくこうした壁にぶつかりながらできたんだと思います。

「オシャンコスル」についてですが、飯田近辺では「オチャンコスル」があって、これは、対幼児向けに使われていると思います。幼児語の「正座する」は全県的には「エントスル」というのがあって、「オカシマ」の続編として、幼児語を追うことを考えているところです。示唆に富んだTBに感謝します。
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どういたしまして (trx_45)
2006-03-08 18:11:01
 でも意外に進行形の方言もたくさんあって「えっ」と思ったり思われたりすることがよくあります。わたしとしては、ことばそのものより、そんな「えっ」と思う、ひらめく感覚が好きですね。
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オツクベ系 (ひろ)
2010-05-12 08:35:13
飯田でも、三穂地域は、小笠原の
殿様(確か松本出身かな?)が居た
事からか、オツクベと言うとのこと。

 移り住んだ人に影響される
事もあるのかなあ。
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おしゃんこ (おしゃんこ)
2018-06-26 21:41:32
駒ヶ根市赤穂出身ですが、我が家ではおかしまでした。
おしゃんこは聞いたことないですが、ある方言集では「おしゃんこする」ではなく「おしゃんこまる」になってました。
ちなみにあぐらをかくことはどっすわると言います。
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