人間の自由への意思とか精神の抵抗力とか、そういうのはたとえ数量的に表現できないからと言って、ないものではありません。
しかしながら、フランクルの言う「還元主義」というのが医療福祉教育界、私の知る限りでは世間に満ちているわけです。
自分なりに自分の人生を振り返るということをしばしばやっていますが、厚生労働省などの行政は非常にいい定義を出しているのに、よの中の専門家も当事者も家族も、非常に絶望的なところでとどまることが基本になっているように観察され、それではこの世を生き抜くことがより困難なものになるように思われます。少なくとも、目の前の当事者の人間としての尊厳を棄損し、生きる意欲を著しく去勢しているようにしか、私には感じることができません。
介護施設にいる障害者たちのように、それを煩雑な手続きをしてサービス契約までして求めている人たちならともかく、すべからくそのようにするのは、医療福祉の経済上の勝利なのかもしれませんが、意味への意思を持つ私のような人間にとっては、人生の福祉に反するものです。
再度、フランクルの文章を引用します。
"医師や精神科医が、実存的欲求不満を強めることに加担しているような症例のことである。人間以下のモデルを患者に示すことにより、精神療法が、いやおうなしに洗脳に、それも還元主義の洗脳になってしまう症例もあるのである。"
“十八人の非行少年を対象とする調査について報告しています。心理学者たちは、十八人の少年全員について予言していました。子供辞退の体験から推測するに、かれらは、いずれにせよ鉄格子のなかで一生を送るだろうというのです。知能テストでも、どの少年も教育や訓練に適していないという結果が出ました。しかし、この十八人の少年のうち、刑務所に入れられたのは一人だけでした。残りの十七人は、ある課題と責任に直面しました。つまり、かれらは、非行仲間をかの宿命論から救い出すという課題に直面したのです。その結果はどうだったでしょうか。調査に加わった十八人のうち、十七人は、立派に成長しました。一人は、はじめは文盲といっていいほどでしたが、のちに博士号を獲得し、現在ではマサチューセッツ州の某大学の教授になっています。また別の一人は、現在ではワシントンにある教育省の課長級の職に就いています。このように、精神の抵抗力によって、自分自身を変えることができるのです。”
“ミュンヘンの心理相談所の所長であるエリザベート・ルーカス博士のところに、二人の娘がいる母親が来院しています。娘の一人は、望まれずに生まれた子供で、生まれるとすぐにおばあさんのところに引き取られました。その後、彼女は実の父親に強姦され、とうとう家を出てしまいました。けれども、その後、この娘は、まったく健全な人間に成長し、正常な性生活を送り、仕事もうまくやっていました。もう一人の娘は、望まれて生まれ、強姦もされませんでしたが、それでもきわめて重い神経症だったのです。その娘のために、その母親は、ルーカス博士のところに相談に来ていたのです。ルーカス博士はこういって話を締めくくっています。「これは、心理学の教科書には載っていない現実である。あとまで残る心的外傷という考えは、根拠薄弱である。現実には、きびしいショックを受けた人でも正常に生きていくことができるし、また、恵まれた環境の中で育った人でも誤った方向に進むことがある。」”
どのような状況であれ、人間には、その人の生きざまを決める自由があるのです。
引用文献
V.E.フランクル/F.クロイツナー 1997 宿命を超えて、自己を超えて 春秋社 183,9,13-14