「生涯引きこもり」と宣言された私の、超豪華オプション生活

 登校拒否となり、生涯ひきこもりであろうと決めつけられて四半世紀。社会人として生きる記録。#発達障害 #自閉症 #ニート

「人間の尊厳」と「自己決定」

2018-06-17 12:14:24 | 日記

不断の努力によって確立される、「尊厳」「自己決定」

思考は他者との会話によってはぐくまれます。それは対立的な言葉のやり取りを通してもなお、自分が何者であるのか。何がしたいのかが分かるようになります。

私は昨日、国家機関の高給取り専門家集団が、発達障害の鑑定診断を受けたばかりの私の人生を食い物にしようと画策したことを見抜き、自分への影響を排除したことを赤裸々に表現しました。

国連障害者権利条約などの国際公約や日本国憲法に基づく障害者諸法規の内容は明らかに、個人のあたりまえの自由と権利が謳われていて、むしろ障害者、とりわけ女性と子供が権利侵害や搾取されやすいので、国家はそれを保護することが義務付けられています。

これら条約や法律は、それを知る当事者本人の不断の努力より、活きたものとなります。

日本国憲法第12条には

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

と書かれています。

自分の自由と権利は、自動的に降ってくるものではありません。私たち一人一人の行動によって、保持され深化していきます。

障害を持った人が普通に社会に出て普通に働くことについて、むしろ激しく抵抗し露骨に妨害するのは医療福祉支援専門家である現実があります。おのおのの現実と対峙し、しっかり生き抜く努力をし、人間としての自由と権利を確立させなければなりません。

働く必要のある私のような人は、明日からの仕事を毎日闘い続けるだけです。その前に学校で学ぶ必要のある人は、それが将来の教養になると信じて、少なくとも卒業証書や認定試験合格というライセンスを目指して、指導者の指示に従いつつ奮闘努力する必要があります。

そんな苦労が嫌なら障害者には、福祉に囲われて保護されて生きる権利もあります。

どのようであれ、しっくりくる人生をおのおの生きられますように。願っています。

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国立支援機関から、傷口に毒を盛られた、私の実体験

2018-06-16 22:35:26 | バカの壁

思い出される。2013年ごろ私の受けた、愛知県障害者職業センター(国立)での「支援」

 出版社社長のブログ記事で、神奈川県横浜市にある発達障害者支援センターの活動が紹介され、読んでいるうちに自分の実体験が鮮明に思い出されました。

文章内容は2013年の私の経験です。というのも愛知県障害者職業センターは2014年秋時点の情報で、就労経験のある人への支援をしなくなりました。これは掲示板「2ちゃんねる」で障害者職業センターのカウンセラーたちが、高学歴の発達障害者への支援を非常に困惑し嫌がっていることを赤裸々に書きなぐっていたころの、私の実体験です。

 

当時の自分は会社でのパワハラで極度のうつ状態となり、医師から休職を言い渡され、職場復帰を少しは願っていましたが、当時は医療保険のリワーク型デイケアの数が少なく大人気で〈今は閑古鳥が鳴いていて随分状況が違います〉、狭義の「うつ病」の人しか利用できない社会状況〈今はアスペルガー系もパーソナリティー系も大歓迎〉でした。

トヨタ自動車の産業医であるうつ病専門病院(もう固有名詞特定できる人いますね。日本の精神科病院トップの率いる病院ですよ)に掛かっていましたがリワーク利用を拒否されたので、当時最新の発達障害者向け就労プログラムを持っていると触れ込まれていた国立の愛知県障害者職業センターに行きました。

3か月待ちでようやく面接した最初から、女性のカウンセラーは私の話も聞かないで「東大出の人もいるよ。仕事辞めようよ。楽な人生あるよ」と、猛烈に説得されました。

自分は職場復帰しに予約を入れ名古屋駅の西口まで交通費1500円支払ってきたのにこの有様なので、即座に受付窓口に行きカウンセラーチェンジを要求し、別のIカウンセラーが私の担当になりました。

その担当は月一度のペースで面談し、医師の復職許可が出たところでようやく私の職業能力検査をしました。カウンセラーは前任者とは異なりカウンセラー的な対応を私に行い、また検査内容も妥当なものだと思われました。

当時所属していた会社から復職を拒否され会社都合退職に追い込まれたのを見計らい、カウンセラーはついに本論を私に言いました。

「楽な仕事あるよ。」

それは何か、月収いくらくらいかと尋ねると

14.5万くらいですねー」

との答えがありました。それでは家族を養えないではないかと言うと

「生活保護を受けることが前提となります」「楽な人生がいいじゃあない」

とのことでした。さらに

「障害者職業センターを今後も利用したければ、障害者就業・生活支援セターとの縁を切りなさい」

との指導がありました。

大変おかしな話だと、復職可能認定を受けるまで回復していた当時の自分はやり取りを通して思いました。しかし口には出さず、逆にカウンセリングマインドで「うんうん」とカウンセラーの本音を聞き出しました。

障害者職業センターのカウンセラーは、マクドナルドでのバイトから始まり福祉職約7年(当時)とトヨタ系製造業約10年の正社員職歴と経験を詳細に聞き出し、厚労省のシステムの裏付けまで得て知っています。自分の学歴もよく知っています。その上で、上記のような対応をしました。最初の女性のように、私の経験など全否定。「発達は東大出も福祉就労(単純作業に特化した大部分の障碍者雇用枠を含む)でなければならない」という固い信念でした。さらに、法律で特別に定められた国立唯一の機関でありながら、何と自分のところで囲おうとし、私に有効なアドバイスをしている相談機関と強いて絶縁させようとしました。

話を聞いて心は完全に決しました。

「家族と相談し、よく考えます」とニコニコお辞儀をして、カウンセラーにあいさつし、ビルを出る時に靴の裏の塵を払いました。「靴の裏の塵を払う」という行為は聖書に出てくる「こいつとは永遠にさよなら」という表現です。

その後私は、職安専門窓口でへんちくりんな指導を受けて困る。リワーク利用を愛知県では認めている就労移行支援事業所を卒業しようとしたところ妨害され法的措置をちらつかせてようやく脱出する、など紆余曲折を経て別の、給料20万以上の仕事に就いています。就職したベンチャー企業の倒産、介護保険方面への転換の失敗、放課後ベンチャーに実績を利用されて騙され抗議したら解雇され裁判所経由でようやく給料をもらえる、などさんざんなことを経て今の障害者介護の仕事をしています。

そうだ、自分は当時、傷口に毒を盛られたのだと、思い出されました。しかも国立の、採用から1年以上給料もらいながら専門教育された人たちから。

世にも恐ろしい、誠に恐ろしい、真実の物語。

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梅田耕太郎さんを追悼する

2018-06-10 23:15:00 | 日記

新幹線殺傷事件〈のぞみ265号殺傷事件)で、凶悪犯に抵抗し亡くなられた梅田耕太郎さんに対し、哀悼の誠をささげる。

私はあのような凶行の行われている場で、果てして梅田さんのような果敢な行動がとれるのだろうかと、自問自答した。自分は柔道の有段者で空手の練習者であったが、なたを持って凶行におよぶ者に対しては、逃げろと教えられている。素手で勝てる相手ではないと。

梅田さんの挺身により、二人の女性をはじめ多くの命が救われた。この犠牲的精神はいつまでも顕彰され続けなければならない。危急の時、勇気を与えられ果断な行動がとれるよう、神に祈らねばならない。

さて、凶悪犯の小島一郎は、発達障害の疑いを幼少期に指摘され両親からネグレクトを受けたとのこと。報道によれば児童自立支援施設に出入りし、15歳から地域活動支援センターやら生活困窮者自立支援施設を利用しつつ定時制高校・職業訓練校を優秀な成績で出て工場で一年働き、いじめられて退職し、叔父のところで任意入院し後に措置入院にするよう嘆願書を書き、今年一月に家出したとのこと。

ネグレクトにあったことは不幸だと思う。継父には発達障害の子を自分の子とする覚悟も矜恃もなかったのだろう。だからあの他人行儀。あれでは家族に居場所はないはずだと思った。

凶行と発達障害とを結びつける発想が早速、ニュースショー司会者の宮根氏の口から出てきたが、解説者の木村氏によって反論された。エホバの証人信者を殺害した元名大生に対する裁判では、「発達障害は判断に影響を及ぼしたかもしれないが、衝動の抑制はできた」と完全責任能力が認められた。障害無罪ではなく、やったことに対する責任はきっちり取らさねばならない。

それにしても、自分には小島のような人を治す技量ない。あるいは確実に順法意識の育ちをはぐくむ環境を作る自信はない。だからといって放棄するのではなく、任されたなら微力ながら全力を尽くすと思う。支援に当たった人たちは、それら支援により少なくとも15歳以降は犯罪歴がなく、無事に職業訓練を終えるという成果を出した。立ち直ってまともな青年になったと喜んでいたらとんでもない犯罪者になってしまっていた。小島とかつて関わった支援者たちはさぞ無念なことだろう。

小島に死を!!と、一時は真剣に思ったが、そんなことをしている暇はないと一晩経って気づいた。

裁きをするのは神様。どうか裁判官を用いて裁いていただければいい。

そんなことよりも、なたで武装する凶悪犯に対して勇敢に立ち向かって多く人命を救った梅田さんの勇気をたたえ、ご遺族を支援し、深手を負ったお二人の女性に対する十分なケアが実現するよう立ち上がることが、勇気ある梅田さんに続く道なのだと思う。

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この邦(県??)に生まれたることの不幸

2018-06-10 12:48:07 | 日記

福祉は知的障害のない発達障害にかかわるべきではない

自分は以前から、福祉は介護福祉に特化し、介護保険の要介護2レベル(歩行器を使用しての歩行)未満の人は使うべきではないという主張をしてきた。

なぜならば、福祉のノウハウに介護予防や就労支援に関する知見は極めて乏しくいい加減なレベルでしかないという実態を自分は知っているからである。要介護2の人に対してさえ、そこから脱出したい人は多くの期待をするべきではない。リハビリは医療、またはその他の民間で、である。福祉ができる事はせいぜい環境を整えてADLを向上させることである。(それさえ相当困難だが)

 

幸いなことに愛知県方面の発達障害者支援センターは、医療機関の受け入れアンケート公表や具体性のない電話相談、少しばかりの啓発活動にとどまっている。(名古屋市のはそれに加え、具体的な「つなぎ」調整を行っている)。近寄らなければ人畜無害でそもそも近寄りたい資源もない。

名古屋市の発達障害者支援センターがつなぐのは、複数のこてこての老舗福祉法人。希望者は事実上無能者扱いすると宣言され、知的障碍者のようにふるまうことを求めるとも取れる発言を施設側に初回からされ、そこまでして福祉を利用したくはない発達障害の人たちが離れていくようにしている。なるほど、長期にわたり文句を言わないで支援されることを希望する人のみを支援するというわけだ。だから名古屋の発達障害者カフェに客としてくるレベルの人もB型の利用者として来る人も、「支援センターなんで相談支援なんて何の役にも立たない」と口にするのだ。

当然ながら法人は法人利益のために仕事をする。職員は自分の稼ぎのために仕事をする。利用者はサービスを利用したいから利用する。その関係が良好であれば問題ない。利用者の望むサービスが提供されるサービスと異なるのであれば事業者を変えればいいだけなのだが、なかなかそういうエネルギーのある人はそもそも初めから福祉なんかなかなか利用しない。利用しても事業者の裏〈真意〉を読みながら、自分が不利益を被らないように(囲い込まれないように)利用している。力を持て余す人たちに「障害者らしく振舞う」ことを環境調整で促す。利用者と事業者の力関係を勘案すると、利用者にとっては事実上拒否できない強制として「障害者らしく振舞う」ことをされる。あってはならないが、自分も目の前で見ている光景だ。

名古屋方面の知的障害のない発達障害の人たちへのサービスは、極めて限られている。アスペエルデさんも自閉症協会さんも幼少期から関わっている人しか相手にしない。そして自前の福祉資源を作ろうとしない。支援センターにつらなる老舗法人さんたちは「介護レベルの人と同じようにできる人」しか相手にしない。法律に反しないように一回だけ話を聞いて「支援した実績」を残したうえで「うちは障害の重い人しか支援しない」と門前払いする支援センターもある。

それでいいのだと。名古屋方面の法人はきっぱりしていて無理強いをしないことで結果的に事故を防いでいると今日、神奈川方面の実態を知って心からそう思った。

神奈川方面では知的障害者介護福祉系法人が発達障害者支援センターを委託されている。愛知県方面のように地方自治体が発達障害者支援センターをやるとやる気がないが、法人が委託させると当然ながら、センターの職員は法人の利益のためにセンターを最大活用することになる。福祉はチャリティーではない。霞を食って生きていけるわけではない。利益の出せない事業は倒産するしかない。解雇されるしかない。生き残りたければ利益を出す。資本主義社会の当然のルールである

自分なら囲い込もうとするそぶりを少しでも見せられたら全力で逃げる。追跡されるのなら弁護士を雇い訴訟を提起する。介護福祉は保護してもらいたい人が利用すればいい。稼ぎたい人、自己実現したい人は、介護福祉ではなくそれを標榜するところに自ら行くことだ。介護福祉系が一般就労にかかることまで委託した。日本最高の支援の結果、経済評論家の息子のように、知的障害のない人が最重度の知的障害者でも最も大変な人たちと同じ状態まで行ったのだろうか。発達障害の神奈川県民は発達障害をもって生まれた不幸だけではなく「その県に生まれたることの不幸」があるのだろうか。

 

 

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栗本先生を訪れて

2018-06-09 11:05:05 | 日記

先日、小田原の栗本啓司先生を家族で訪れ、コンディショニングを受けました。

「心地よさの追求」ということなのかなあ、という印象を持ちました。

家族の個人情報のこともあり、具体的なことは書くことができません。また栗本先生のやり方はマニュアルではなく、そして治療ではなく「育てる」という業なので、なかなか文章としてまとまりません。

栗本先生の言う「はぐくむ」と学校教育や介護計画で言われる「慣れる」とは違うものです。教育や福祉で広く実践されている嫌がる刺激を拒否できない状況に置いてさらし続けて「慣れさせる」ということとは違います。本人の抵抗感を無視した強引なやり方による弊害も指摘されています。

感覚を「はぐくむ」ということは、本人が受け入れる範囲で刺激し、本人の伸びたい感覚を「はぐくむ」という根気のいる営みなのかなあと。自分は理解しました。

そして、「心地よさ」の追求と、鍛えるよりも「ゆるめる」ということが、キモなのかなあと感じました。

私は、栗本先生のところに過去何回か、楽しく行かせていただいております。今回の訪問で妻はようやく、私が栗本先生のところに家族で行くことにこだわる理由がよくわかったと言ってくれました。自分の人生の中で、自分は何がしたいのか、よくわからなくなることがあります。それは、家族や周囲の人という他人の望むことをする人生を歩んできたからです。

まず自分を「緩めて」そして「心地よさの追求」をして「はぐくむ」とは何かを、育てる側である私たちが体で理解する必要があると感じています。

こういう考え方、参考になりませんか。

 

参考文献

栗本啓司 2018 感覚過敏は治りませんか 花風社

神田橋條治・白柳直子 2018 精神科医と整体師の技術対話 いのちはモビール 木星舎

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福祉「キャバクラ」の話

2018-06-03 13:29:28 | 仁義なき医療福祉~地獄の沙汰も金次第~

就労継続支援A型の「キャバクラ」を作ろう。という話が東北某県の発達障害者支援センター幹部(別の情報源からは某政令市基幹相談支援センター長)から発達障害当事者にあったという、人を馬鹿にしたようなセクハラ話がSNSでもたらされたことで思い出した。

愛知県尾張東部地方で5年ほど前、そのような就労継続支援事業所の企画があったが、認可が下りなかった。

立ち上げようとしたNPO理事長は破天荒な異端児として有名な方。

設立趣旨は「支援してすでに大勢の人を一般企業に就労させているが、しばしば悪い先輩に騙されて、給料をすぐに使わされてしまう。おごらされてしまう。」「だったら安心して遊べるところを提供したい。ついでに就労支援もしたい。」とのことだった。

就労移行支援や養護学校が発達障害や知的障害の人を一般企業に就労させることに成功しても、悪い先輩や企業によって搾取される話は、自分も身に覚えがあるし、いろいろなところで聴く話である。

聴いたとき、かなり無茶苦茶な話だと思ったが面白いとも思った。搾取されていることは事実だからそこへは具体的な手当てがあってもいいと。あの変わった理事長なら話を進めるだろうと。

立地予定の建物も見た。朝の弱い当事者も多いから、駅や家まで運ぶドライバーや料理や飲み物を作り準備や後片付けをするスタッフとして、就労継続支援はありかもしれない。

ただ初めから疑問に思ったのは、酔客にお酌をしつつプロとしてのおしゃべりをして生き残るには相当なコミュニケーション力が必要であるということ。ホステスとして生き残れる当事者が何人いるのかなあと。

現実として、風俗方面は軽度若年層の女性当事者がかなり入っている。彼女らをどうやって昼の仕事に移行させ身の安全を図るかが、福祉セクターではなくとも生活困窮者セクターの課題の一つであることも、自分は知っている。

だから、ホステスとして「就労継続支援」して、どこにつなげるの・・・という疑問が当初からあった。

案の定、この話は愛知県がボツにした。知的障害や発達障害の人たちへの詐欺的な搾取と、風俗就労による身体や精神へのダメージの問題。いずれも大昔からある話。

さらに100年さかのぼり、救世軍の山室軍平の話を思い出した。廃娼運動で有名で母子保護施設のさきがけとなった牧師さんだ。実態に心を痛めたのだろう。ついでに勢力拡大の意図もあったのだろう。やくざにぼこぼこにされて記念撮影されているし、救世軍は福祉の一大勢力で、世界的には赤十字社に次ぐ福祉団体だ。結果として、売春防止法はあってもザル法。母子保護施設も救護施設からもよからぬ噂話、支援職による醜い人権侵害のうわさがしばしば漂う現実がある。その中でも救世軍系列は軍事組織なので強権的(超法規的?)に修道院生活を強制するイメージがある。

この問題に、自分は手を付けられない。やばい人からは全力で離れる。それしかない。

最初の東北地方の話に戻ると、今の、サービス産業と化した福祉がそんな大問題に、対処する気概も能力もないと、自分は思う。

発達障害者支援センターにも基幹相談支援センターにも、就労継続支援事業所を立ち上げる能力も機能もない。そこの専門相談員が行動援護を生涯必要と断定し措置入院させようとしたとされる当事者に「就労Aキャバクラ」の話をする。やはり尾張東部方面で5年前にあった話や軍平が100年前に吉原方面で進めた話とは前提に解離があると感じる。口だけなのにそんな話をする。同業者にではなく「重度」の当事者にその話をする。

東北の話はっきり言って、役に立たないどころか有害である支援相談員の典型例だと感じる。ここまで醜い人物に相談支援が牛耳られているのなら、東北方面はセルフプランでいくことが賢明なのかなあと。

優秀な相談員が近くにいるとそれなりに心強いが、それは川の中で砂金を探すように難しい。使える「支援相談員」を知っていることはそれなりに意味のあることなのだろうが、必須のことだとは自分は思わない。

人間はお互いにいろいろ付き合いながら生きているが、付き合い先はいろいろあっていい。何も医療福祉の付き合い先である必要はない。たくさんの付き合い先があると人生は広がると思う。

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