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フランスの音楽、映画、語学勉強やガーデニングなどの徒然語り

苓北、天草、そして1周忌

2008-08-10 21:38:25 | 旅行 Voyage
熊本は暑かった

まず、レンタカー借りて、えっちら自宅へ。

翌日は、母校の高校の校舎が50数年振りに建て替えられるというので、校舎の見納めをしてきました。

んが。

通いなれた道だったのに、学校へ上る曲がり角を見落として、通り過ぎてしまった。すっかり店が変わっていていた。

相変わらず真四角で深いプールでは水球部の生徒が練習していた。

それから、3歳から4歳にかけて住んでいた天草方面へGO!

・・・きっと天草の話はコベマル(同居人:オス)が詳しくすると思います。1日目は下田温泉に泊まって、海の幸に舌鼓。せっかくの天草灘の夕日は見れなかったです。ああ、残念。日本の夕日百選にも入っているのに
んで、翌日は、天気がだし、車も少ないので、牛深まで行くことに。
牛深ハイヤ大橋を渡ったのは初めて。牛深の海は綺麗でした。昔はもっと綺麗だったような気がする。港からでも熱帯魚が泳いでるのが見えたのを覚えてます。

それからまたまた北上して、鬼海ヶ浦や妙見浦を抜けて苓北町志岐へ。
苓北町は天草諸島の中でも市町村合併を拒否したので、そこだけポッコリと市ではなく町のまま。火力発電所があるから、ということらしい。
周辺の町からいじめられてないかな。
天草市で置いてあった観光ガイドブックには、苓北町の案内が載ってないので、勘だけで町の中をうろうろ。

覚えてるかなー、と思っていたら、ちゃんと十字路も商店街も覚えてました。
神社の隣の保育園も、運動場の中の木も。
昔住んでいた家は既にないけれど、そのあたりから近所の路地を抜けていくとそこは海。
防波堤の様子は一緒だったけど、海の様子は埋め立て工事がしてあってだいぶん様子が変わってました。そりゃあ、そうでしょね。住んでいたのは、うん十年も昔ですからね。

小さい頃は、防波堤に一人で登れなくて、お母さんによっこいしょって乗っけてもらっていました。そして、ずーっと海を眺めているのが大好きでした。

写真は、ここのPCに落とせなかったので、また東京に戻ってからアップします。

昨日、お墓参りに行ったときに、その時だけ虹が出ていました。皆が来たから嬉しかったのかな

そして、今日は父の1周忌を無事に終えました。ん十年ぶりに会った従兄妹たち。
懐かしかったです。親戚が揃うのもこんな機会しかないですね。

お父さん。安らかにね。

では、また

コメント
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