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朝方の内に雨も上がり、好い日和の墓参となった。
弟と二人、父母の眠る県南西部の河口の街へ向かった。
容赦ない陽射しに晒され、滴り落ちる汗を拭いながら墓廻りに繁茂する夏草と格闘とした
(なにせ先祖の墓所は風化したような墓石と敷石の間は隙間だらけ。その上、墓所自体が歳月のなかで自然に還ろうとしている)
一カ月前の獰猛な暑さとは異なり、陽射しも風も柔らかい。
もうすっかり季節は秋へと、一足(いっそく)飛びに風に乗って川向うへ渡ってしまったよう。
ぼんやりしている内に私は取り残されたみたい。
「クシュン」とくしゃみをひとつ。
やっと足を踏み出し、季節の背中を追ってみる。
さて御覧になりましたか?
ETV特集、「チェルノブイリ原発事故、汚染地帯からの報告②、ウクライナは訴える」
もうひとつ、暗黒夜考さんの記事も張っておきます。
http://blog.goo.ne.jp/tarutaru22/e/71204063743b77c7d247259c0c9a054e
この番組を観て、無力感に苛まれた。
特に後半のチェルブイリ現地で実態調査をしてきた若い研究者の「現実をみてください」という訴えに、
原子力関係の学者が「科学的根拠がない」とICRPやIEAEの公式見解を相変わらず振りかざし退ける姿には暗然とさせられた。
現実に放射線量が年間5msv以下の低線量被曝地域において、あきらかに異常を訴える夥しい数の子供たちが存在するのに、
「科学的根拠がない」、「栄養不足やストレスによるものだ」と退ける科学という名の非情。
この現象はウクライナばかりでない。
あの「チェルノブイリハート」の舞台、ベラルーシでも。
それにしてもウクライナ政府は食品の安全基準もそうだが、本当に真摯に放射能汚染に対して前向きに取り組んでいる。
日本政府の不誠実な対応と比較すると、うんざりしてくる。
残念なのは、ウクライナは財政事情が逼迫しているので充分に対応できないということです。
私たちは、これから10年先どころか25年先、否、半世紀先まで放射能の脅威と向かい会わなければならないようだ。
今更ながら起こってしまったことの深刻さに、途方に暮れるような辛い現実に、未来の展望に立ち尽くしてしまう。
ウクライナの医師は「自生するキノコやブルーベリー等の野生の果実を食べ続けたことが内部被曝の原因だ」としている。
だから私たちは安心かというと、そうも楽観できない資料が最近、福島より報告された。
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2012/09/blog-post_929.html
わずか一年半で、前回の甲状腺異常の報告に続いて、こんな検査結果が出てくるということは、
いつも彼ら原子力関係者が云うようにチェルノブイリの頃と較べて検査精度が上がったということではないでしょうか?
今朝の新聞にアメリカの強力な圧力が原発ゼロを事実上不可能にした経緯が伝えられていました。
アメリカの核戦略の重要な拠点である日本の核施設(原発及び再処理施設)を失くすわけには行かないということらしい。
結局、核の平和利用がまやかしに過ぎないことも露呈しました。
小出さんの広島での講演「核と原子力は同じ」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=TZFwSeHB-Nc&feature=youtu.be
私たちが生命や倫理の問題として原発事故をとられても、彼らは政治や経済の問題としかとらえていない。
このギャップを埋められるのでしょうか?