VOL2 わ・た・し流

おとぼけな私ですが 好きな本のことや 日常のなにげない事等 また 日々感じたことも書いていきます。

桃花徒然 その98

2023-03-14 22:03:41 | 永遠の桃花

枕上書 番外編より

 

八葉殿の中  鳳九はベッドに腰掛けて手の甲に顎を

乗せた姿勢で しばし回想にふけっていたが

現実に意識を戻したと同時に  こちらへ向かって

急ぎやって来る足音が聞こえた。

顔を上げると、迎書閣で閉閑しているはずの帝君

が もう目の前に来ている。鳳九は 少し混乱した。

帝君は彼女がベッドに座っているのを確認して

少し安堵したようだ。じっと彼女を見つめ、

近づいて手を伸ばし、額に指を触れると 

「どこか具合の悪いところは無い?」と尋ねた。

鳳九はボーっとしていたが  意識を戻して

少し微笑むと 帝君の手を掴み、軽く揺すった。

帝君を見上げ、「言っても信じないかもしれないけど、

帝君、私  二十六万年前に戻って  十四万歳の貴方に

会ったみたい」

しかし、帝君は少しも驚いたふうもなく言う。

「あの頃の私は  どうだった?」

鳳九「あの頃の帝君も  とても素敵だったわ。

・・・どうして驚かないの?」

 

帝君は鳳九の  寝起きの乱れた髪を少し整えて

「章尾山に 遊びに連れて行ったり 水沼澤に

見識を広める為に連れて行ってあげたりしたのだから

良かったのは当然の事」

 

鳳九は大きく目を見開いた。

「ど・・どうして知っているの!?」

 

帝君の説明は  こうだった。

あの時、ゴンゴンが誤って過去に飛んだ後、租てい神が

鳳九をも二十六万年前に送った事は、帝君に知らせる

必要があるとは思わなかった。が、幸いにして  三殿下は

慎重だった・・自ら仰書閣に赴いて 帝君に知らせた。

それを知った帝君が二人を追いかけるのは当然の事。

しかし、時を遡る事は いかに帝君であっても不可能

で、祖てい神に頼むしかない。

祖ていは承諾したものの、曰く

〈過去へ人を送るには 何らかの きっかけが必要である。

ゴンゴンと鳳九が 同じ時限に辿り着いたのは  天の意に

よるところと言っていい。帝君が何としてでも二人を

追いかけたいというのなら  自分は力を尽くすけれど、

帝君が二十六万年前に戻れるかどうかは  彼自身に

その機縁があるかどうかにかかっている。

それと、二十六万年前には すでに東華帝君が存在している。

今の帝君がその時代に行くと  その時代に存在している

帝君に同化して存在する事になるので  帝君は現在の記憶

を持たない。それなら、時間を遡る意味もない〉

との事だった。

 

しかし  帝君はそうは思わなかった。

あの時代に遡った彼は  確かに現在の記憶はなかった。

しかし、鳳九が箱に手を触れた瞬間、機縁が降下して

 あの時代に属さない帝君、鳳九、それと  碧海蒼霊に

いたゴンゴンは  再び戻って来たのだった。

 

帝君の説明を聞いて 鳳九は身震いした。

「そういう事だったのね。私とゴンゴンがこちらへ

戻ると、あの時代に残した全ての形跡と記憶が

消えてしまうと租てい神は言ったわ。だから

私たちの事を覚えている人は誰もいないって」

鳳九の目に 生き生きとした  嬉しそうな色が浮かぶ

「私は 帝君が私たちと一緒に過ごした時間を

覚えていないのは  とてももったいないって

思っていたのだけれど、でも・・・本当に幸運

だった。って  今は思うわ」

鳳九は帝君に抱きついて 喜びを噛みしめていたが

急に何かを思い出したように顔を上げると、

彼の手を引っ張って  自分の横に座らせた。

そして、少し思いつめたように言った。

「だけど、一つ疑問があるの。あの時代の帝君は

私を知らなかった。初対面なのに どうしてあんなに

すぐ私を好きになったのかしら?私の口から

貴方の未来の妻だと聞いただけなのに、最初から

私に優しくてくれたよ?」

「現実では、私が ずっと貴方を追いかけて

本当に長い時間をかけて、ようやく帝君が私を

好きになったのに」

 

彼は 手をあげて 彼女の額をコンコンとノックした。

「現実は  貴女が太晨宮で四百年間  仙婢として働いた

といっても、私は一度も貴女に会った事はないし

貴女が長い間私を追いかけたという事も

全く知らなかった。私たちに縁が生まれ  貴女が

青丘帝姫の身分に戻った後に  初めて貴女を見たとき

私は・・・」

彼の言葉が突然止まった。

彼女は彼の横に座って、彼にノックされた額を

さすった。そして不思議そうに尋ねた。

「初めて私を見た時、貴方はどう思ったの・・・?」

 

帝君の胸に  初めて鳳九と会った日の事が蘇る。

彼女は 往生海から 波に乗って現れた。漆黒の長い髪

真っ白な衣装で  軽やかに波の上に立ち 花嫁(白浅)

を迎えに来た天族の隊列を見渡して微笑んでいた。

びっしょり濡れた長い髪が顔を更に小さく見せて

いる。九重天の神女であっても 、彼女のように

生き生きとした微笑みと、彼女のように清純で

美しい容姿を持つ者はいない。

しかし、帝君は 初見の彼女には  それほど強い

印象を持ったとは 思っていなかった。

しかし、今 思い返して見ると  当日の情景は

すべて  しっかりと焼き付いていたのだった。

その事を知って 彼はしばらく茫然としていた。

 

鳳九が再び 彼の袖口を揺すって  初めて自分を

見た時どう思ったかを問うた時 彼はようやく

意識を取り戻した。「初めて貴女を見た時から

貴女に惹かれたではないか?」

 

額をさする鳳の手が止まった。目をまん丸にして

しばらくしてからようやく言った。

「本当に?」

 

帝君は笑って  先ほどノックで痛くしたかもしれない

鳳九の額をさすった。

「だから  例え互いに知らない間柄でも 私が貴女に

会えば、すぐに貴女を好きになる。何度繰り返しても

結果は同じなのだ」

 

鳳九はしばらく茫然と彼を見つめていたが

突然 目を赤くして 彼に飛びついた。

彼の首にギュッと抱きつき、顔を彼の肩に乗せた。

すぐに、彼は自分の肩が濡れるのを感じた。

「なぜ  また泣く?」小さな声で聞く。

彼女はただ 彼を強く抱きしめて  顔を更に深く

肩に埋めた。

「私も分からないの・・ただすごく嬉しくて

だけど泣きたくて・・帝君、私を見ないで・・」

 

「うん、見ない」彼は彼女の頭を撫でて 

髪に口づけを落とした。

菩提往生の花が  壁全体に咲き乱れ

重なり合った花はまるで雲のよう・・・

佛鈴花は夜風に舞い上がる。

 

今宵は素敵な夜・・・