昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第一部~ (二十八)

2020-11-04 08:00:22 | 物語り
「どうもこうもないことで。澄江が孕んだからちゅうて、追い出されたらしいですわ。わし、直談判に行って来ますで」
「そりゃ、ほんとかい? 許せんの、そりゃあ」
 憤慨する茂作に対して、同様に憤慨してみせる世話役連だが、目は笑っていた。
「上がらせてもらうでの」と、茂作の返答を待たずに板の間に上がり込んだ。
そして囲炉裏を囲んでの話が始まった。

「それでですの、今どこで興行を打ちよるか、ご存知ですかの?」
「うーん。どこかいの…」
「わしらにゃ、分からんでえ」
「場所が分からんでは、どうしょうも…、のお?」
「うん、うん。芝居一座は、あちこち行きよるでの」
 奥の仏間を背に座っていた茂作が「こっちゃに座ってください」と席を譲ろうとするが、手を振ってその場に留まるように茂作を抑えた。
正直のところ、まだ茂作の状態をつかみかねている。
万が一に激高した折りには、すぐさまその場を離れられるようにと考える世話役連だった。

「で? 誰の子じゃ? やっぱり、あの役者かい?」
「そうです、あの、慶次郎とか言うニヤケた役者ですわ」
 茂作が吐き捨てるように言ったところへ、奥から澄江が出てきた。
「 お父さん、おはよう。世話役の皆さま、この度はご心配かけてすみませんでした」
「元気そうで何よりじゃ」
「ぐっすり眠れたみたいじゃの」
「やっぱり、茂作さんの傍が一番じゃろ?」
 穏やかな表情で少し赤みを帯びた顔色に、皆一様に安堵の思いを持った。
これなら大丈夫と、やっと警戒心が緩み強ばっていた体がほぐれる思いだった。

「はい。もうぐっすり、眠りました。今、お茶の用意しますんで」
「そうしてくれ、気がつかなんだわ」
 澄江が土間に降りたところで、世話役連が問いかけた。
「で、どうするんじゃ? 赤ん坊は」
「そんなもん決まっとります。おろさせますわ、すぐにも」
「うんうん、そうじゃろうの」
「澄江ちゃんは、納得しとるんかい?」
「いやそれはまだ…」
「やっぱり、話はしとらんのか」
「まあ、この先、子持ちではの…」
「後妻の口なら何とかとも思うが、子持ちとなると中々に……」

「いやいや、澄江は我が家におらせますんで。嫁に出すつもりは、ありません」
「じゃちゅうて、そんなことは」
「そりゃあ、りょうけんちがいぞ。茂作さんの方が、先に逝っちまうだろうに。残された澄江ちゃんはどうなる?」
「行かず後家の末路は、惨めぞ」
「そりゃ…」
 黙ってしまった茂作に、世話役連は呆れ顔を見せた。
茂作の一時の感情で以て、澄江の一生は決められるものではない。
まだ二十歳前でもあるし、何しろ働き者だと評判の娘なのだ。
村はもちろんのこと、近在から後添えにとの声がかかることは自明の理だ。


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