昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百二十八)

2022-05-04 08:00:33 | 物語り

「薫ちゃん、マネージャーを呼んでよ」。泣き顔をみせながら杉田が言う。
素知らぬ顔で「どうして?」と女給がききかえす。
「坊ちゃんの、初めてのキャバレーでこんな思いをさせられるなんて、実に情けない」
「たしかに! あまりに失敬だ」。「我々だけのときでさえも、こんな場所には着かない」。
小山と坂井がかみついた。杉田は怒り出した部下を、ただただオドオドと見るだけだ。
正三自身も、この場所には納得がいかない。
腹だたしくも思う。しかしここは、小夜子の働いてたキャバレーではないのか、そんな思いがわいている。
すぐにも席を立ちたい、いや立たねば男がすたる、そう思う。
しかしその裏では、小夜子の、ある意味神聖な場を汚してはならぬもそうも思えている。

 いつもは寡黙な津田が「いつもの料亭に行きましょう、坊ちゃん」と、席を立った。 
料亭と言う言葉に、薫と呼ばれた女給のこめかみがぴくりと動いた。
「お兄さん、なにを怒ってるの? この薫さんにおっしゃいな。たちどころに解決う! よ」
「場所だよ。何が悲しくて、こんな所で飲まなくちゃいかんのだ。
我々は、日本国家を支える官僚だ。
さらには、この方は、未来の事務次官さまだ。官僚の頂点に立たれるお方だぞ」
「そうだ! そのお方が、いつもの料亭をやめて、庶民の娯楽場なるキャバレーに来られたのだ。
それをだ、このような便所」
「けしからん!いくら課長の店といえども、けしからん!」と、山田を制して坂井が声をだした。
そして次には上本が、最後に小山が吼えた。

「薫ちゃん、何とかならないだろうか? 
この佐伯君はあたしなんかとは違い、由緒正しき方なんだ。
店にとって、決して損にはならないお方だ。
なにせ、毎夜のごとくに接待攻勢を受けているんだから」
 次々に席を立つ部下をなだめながら、手を合わせんばかりに杉田が言う。
女給の薫にしても、こんな狭いテーブルに7人を案内したことには合点がいかない。

“空いている席に案内するだけなら猫にもできる。
差配のセンスの欠片もないボーイは、田んぼのかかしより始末がわるい”
 腹が立ってきた。
“マネージャーはなにをしているの。
あたしでは手に負えない状況だということが見えないのか。
いつ客足が途切れるかもしれないっていうのに”



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