昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~100万本のバラ~ (十八)

2023-11-22 08:00:16 | 物語り

「大変お待たせ致しました。アトラクションに入らせていただきます。
フラメンコショーでございます。ダンサーは、世界的ダンサーとして知られる…えっ? 代わったの…」
 会場から失笑がもれ、失望の声がささやき交わされた。
「やっぱり別れたんだ…会長」。
「それでもフラメンコかよ、よっぽど好きなんだな」。
「坂本香澄さんじゃないの、なーんだ」。
そんな落胆のため息も漏れた。

「失礼しました。では、ご登場願いましょう。木内フラメンコ教室の皆さまです。
盛大な拍手をお願いいたします」
 屈辱だった。代役となったことが、マイクで拾われてしまった。
栄子の名前も伝わっていない。そしてそして、なにより栄子を傷つけたのは観客の失笑だった、ため息だった。
聞こえよがしに「歌謡ショーが良かったよなあ」との声が、そこかしこからあがった。

「QUIEN SERA!」。カンタオーラが歌いはじめて、いよいよ始まった。
ギターの音色が流れはじめると、一応は静まりかえった。
踊りから入りたいと申し込んだものの、まずはギターからでと押し切られた。
それが会長の意向だったのか、幹部による傷心の会長に対する忖度だったのか、無名のダンサーでは、と難が入ったらしい。

「行くわよ、栄子!」。はっきりと声に出して、おのれを鼓舞した。
落とされた照明の中、栄子にスポットライトが当たる。
まばらにお義理の拍手が起きた。
中央最前列の席にすわる会長に目をやると、となりのアラフォーらしき男と談笑している。

「タンっ!」。大きくそして激しく床をたたくと、こっちを見てとばかりに高く両手を伸ばして直立不動の姿勢をとった。 
  ゆっくりと、しかし力強く手首を回しながら指をくねらせる。
真上に手が揃ったとき、ギターが「タンタン」とボディを鳴らす。
その音にあわせて小さく床を鳴らしながら、腕を下へとおろす。
スカートの裾を持ってクルリとターンし、力強く床を鳴らす。
それが合図の如くに、ギターがつまびかれる。

 栄子の表情に妖艶さが浮かんだ。おっ! という表情で会長が見入る。
カンテに合わせて手をたたく会長に、隣の男もつられて見あげる。
ギターの盛り上がりとともに、背を向けていた者たちも栄子に視線を注ぎはじめた。
その視線に応えるように、栄子の動きが激しさをます。
カンテが最高潮に達すると、ギターもそして床を鳴らす靴音も負けじと会場中にひびきわたる。

 栄子の一挙手一投足に視線が釘付けになっている。
やがて楽曲の終わりが近づき、片手を大きく伸ばし片手でスカートの裾を持ちあげて止まった。
会長が満足げにうなずきながら、立ちあがっての拍手をする。
割れんばかりの拍手が起き、指笛もそこかしこから鳴った。

 

 



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