昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~RE:地獄変~ (六)人それぞれでございましょう

2024-09-11 08:00:06 | 物語り

 まあ、人それぞれでございましょう。これ以上の詮索はやめにしましょう。
ひとつやふたつのシミは、誰しもかかえていることですから。
それをいちいちほじくり返すというのは、いかがなものかと。
「まあ、どんなことを話すのかはしらんが、はなし半分とせねばな。
人間だれしも、おのれを擁護するものだ。
わしもいやというほど、そんな人間を見てきた。
あの足立という男にしても……」

 善三さんの長ばなしはもうごめんだという空気がながれています。
ですが元特攻刑事である善三さんは、他人をおもんばかるということができぬお方です。まあ職業柄やむをえぬとはおもいますが。
しかし小夜子さんのさえぎることばによって、善三さんも口をつぐまれました。
「坂田さま。そのことはのちほどに、わたくしのお話を聞かれてからということに。
みなさまもお待ちでしょうから」

 あらためての仕切りなおしといったぐあいで、はじまりました。
庭の木々が雨にうたれているのでしょう、ザーザーという音とともにパラパラと水のはねるおともしています。
雪見障子もいまは閉じられていますが、すこしこざむく感じられます。
「現世にいることができる時間もかぎられておりますし、幼いころの話ははしょらせていただき、東京師範学校女子部にかよっていたころのこと、ホウキ事件からまいりましょう。正夫があくじょだと決めつけていた、ホウキでたたいたことの顛末です」

 いきなりの展開に、みなさんすこし身をのりだすようでございます。
善三さんのことばを借りれば、まずはおのれを利することがらからと思っていましたので、大げさでありますが虚をつかれたという感じでした。
「気持ちの良い青空の下、クラスのなかよし三人組での下校途中でした。
そうそう、みなさん。芥川龍之介の『父』という作品、ごぞんじの方はいらっしゃいます? まだ坊ちゃんと呼ばれるぐらいの少年たちが、街をいきかう人々にあだなをつけてはやすというお話です。

そのうちに年配の男性にたいして、『ロンドン乞食さ』とやゆするのですが、じつはその男性が父親であるというお話なのです。
余計なことを申しました」
「あたし、知ってますよ。その声のぬしがなくなったおりに、弔辞に立ったボクが『君、父母に孝に、』と読むんですよね。
少年のこころもちをよく表していると感心しましたわ」

 博学で本好きの聡子さんがおっしゃいます。
「ほおっ」といった感嘆のこえがあちこちであがりました。
松夫さんご自慢のむすめさんです。
「ありがとうございます。わたくしにしましても、とうじは花のさかりの女学生でございます。
もう恥ずかしいったらありませんわ。
まさかあんなことになるとは思いもしておりませんでしたから」

 ここでひと息つかれて、お茶をくちに運ばれました。
もう冷めているのではと、恵子さんがいわれますが、「これで結構ですわ」とそでぐちから伸びる白百合のような白い手で制されました。
「さてと、それでは聞いていただきましょう」
 戦闘態勢がととのったとばかりに、背筋をピンとのばして居ずまいを正されました。



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