昭和の恋物語り

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歴史異聞 鼠小僧次郎吉 ~猿と猿回し~ (八)再見参!

2023-02-27 08:00:10 | 物語り

 屋敷からの帰り道、次郎吉は今夜の収穫の大きさに胸が高ぶっていた。
なんと二日後の夜、茶会の為に主人が外出するというのである。
本家筋にあたるため、お泊まりになるはずだとも。命の洗濯をするから、お前も来いというのである。
次郎吉は、小躍りしたい気持ちである。
主人の居ない大名屋敷ほど無防備な屋敷はない。
みな、酒に溺れて寝てしまうのが常であった。次郎吉は、その日以外にないと決断した。

 その夜、薄曇りの天候で月明かりも弱かった。忍び込みには絶好である。
屋敷内は、シンと静まり返り、木の葉の落ちる音さえ聞こえそうである。
みな、鬼の居ぬ間にとばかりにどんちゃん騒ぎに興じた。
そして、疲れ果てて眠り込んでしまった。
 次郎吉は音を立てぬよう、抜き足・差し足と、長局奥向に近づいた。
半開きの障子から中をうかがうと、飲みつぶれた家臣たちが寝転がっている。
次郎吉の目指す長局奥向には、人影はなかった。
ひとつの局に腰元達が三・四人は居るはずである。

 灯りのついた局に耳を当て、中の様子をうかがってみた。
物音ひとつしない、微かな寝息が聞こえるだけだ。
障子の敷居に油を流し、音を立てずに開けた。建具職人時代に覚えたことだ。
灯りが庭に洩れる。次郎吉は、すぐさま辺りを見回し、物音を聞くために耳をそばだてた。
「ふっ。みんな、寝入っているな」。そっと障子を閉じた。

 女だてらに酔いつぶれた腰元五人が、深眠していた。
乱れた裾から、白いおみ足がのぞいている。帯を解いての伊達締め姿の腰元もいた。
次郎吉は、その醜態を一べつすると、ふん、と鼻を鳴らした。
女好きの次郎吉ではあるが、あの一件以来、腰元に対しては憎悪の念以外は持たなかった。
横たわる腰元たちを避けながら、棚の上の手文庫を開け、中の小判を手にした。
どうやら、腰元らの持ち金らしい。

 それにしても、小判だけでも十枚はある。
他に、二分判金・一分判金・一朱銀と、数知れず和紙に包んである。
(一分判金=一両の四分の一;二分判金=一両の二分の一;一朱銀=一両の十六分の一)
もちろん、小判は草文小判=文政二年に改鋳されたもので、以前の真文小判より悪質のものである=当時の幕府が急激に貨幣の質を下げ、その差でもって財政悪化を防いでいたのである。
だが、一枚だけ、佐渡小判金=約百年前に鋳造された最高級の小判で、その当時には出回っていないもの=があった。
おそらくは『お守り』のつもりで、親が持たせたのであろう。
次郎吉は、そのズシリとくる重さにほくそ笑むと、大事に懐にしまい込んだ。



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