昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百十)

2023-01-19 08:00:53 | 物語り

 そして翌日のこと。
「先生! どうなんですか、本当のところは。
勝子さん、回復に向かっているんですか? 退院できる目途は、本当にあるんですか?」と、医師につめよる小夜子がいた。
身内ではない小夜子に、勝子の病状を話せるわけがないことは分かっている。
「御手洗さん、家族以外の方に話すわけにはいかんのです。家族にでも聞きなさい」
 木で鼻をくくった態度を見せる医師だったが、それでも小夜子はつめよる。
武蔵から多額の礼金がわたされていることを知る小夜子だ、むげな態度をとられることはないと考えていた。

「誰です? 竹田は知っていますか? 聞いても、開放に向かっていますというだけですよ。
わたしには、信じられません。わたしの母の最期とおなじに感じるんです。
体調はいいのに、微熱がつづいて。回復にむかっているように思えたあと、とつぜんに逝きました。
なにか、そのときと同じに思えて」
「お母さんに話してありますから。息子さんには話してくれるなと、懇願されましてね。
それじゃ私は忙しいので。きみ、御手洗さんのお帰りだ」と、横を向いてしまった。
「申し訳ありません、患者さんがお待ちですので」と、看護婦が戸口に手をかけた。

 しかしそれでも諦めない小夜子だ。いまが診察時間外で、待合室に人がいないことを確認している小夜子だ。
「先生、むりを承知なんです。それじゃ、こうしますわ。
わたし、ひとりごとをいいます。違っているときだけ、首を横にふってください」
 有無をいわせぬ強い口調で、小夜子がにじり寄った。
医師にとっては迷惑な話ではあるが、上の方に武蔵から多額の金員が渡っている。
そして医師自身も、いくばくかのおこぼれに預かっている。
「最大限の便宜を図るように」との厳命もある。渋々ながらも、小夜子の提案にのることになった。

「竹田の話では、快方に向かっているとか」。医師が首をふる。
「悪いんですね、相当に」。反応を見せない。眉間にしわを寄せている。
「1年、ですか?」と、思い切って余命にふみこんだ。
ギョッとした表情を見せつつも、目を落として首をふる。
「6ヶ月?」。また、首を振る。
「ま、まさか……3、ヶ月?」

「うーむ……」。視線をあげて、空一点を見つめる医師。
「そ、そんな……」。思わず絶句する小夜子。
「ど、どうしようもない、のですか?」。深く大きなため息を吐いて、医師がうなずいた。
「もういいでしょう。あとは、お母さんに話を聞いてください」
 立ち上がりかける医師に、その袖口をつかんで小夜子が懇願する。
「体力の残っている今のうちに、好きなことをさせてください。
お母さんとも相談しますが、退院ねがいがでたら許可してくださいな」



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