昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(二十一)の一と二

2011-10-28 21:51:08 | 小説


富士商会初の慰安旅行は、土・日にかけての一泊旅行として発表された。
思いもかけぬ朗報に、全員が感嘆の声を上げた。
更には、鉄道の一等客車を利用するという声に、
蜂の巣を突付いたような騒ぎとなり、その日一日笑い声が絶えなかった。
「死ぬまでに一度は、乗りたいと思っていた一等車かぁ・・。
よぉし、その日までは、何があっても生きなきゃな。」
「何だ、そりや。その後なら、死んでもいいってことか?」
「お洋服、新調しなくちゃね。何せ、一等車だもの。」
「そうねぇ、そうよね。奮発して、デパートで買わなくちや。」
「熱海だなんて、嬉しいわ。貫一・お宮の舞台なのよね。」
「温泉に入るの、楽しみ。然も、熱海一の旅館なんでしょ?」
それから暫くは、慰安旅行の話で盛り上がった。



当日は午前中で仕事を切り上げ、それぞれに新調した服を着込んでの出発となった。
ゆったりとした座席に陣取った一行は、
他の乗客達のひんしゅくを買う程にはしゃぎ回った。
眉をひそめる五平に対し、武蔵は
「今日は、大目にみてやれ。
乗客には、俺から謝るさ。次の停車駅で、何か買ってきてくれ。
お客さんらにそれを配って、辛抱してもらうさ。」と、取り合わなかった。
熱海に到着した頃には、そろそろ日も暮れ始めていた。
駅舎から出た一行を出迎えたのは、[富士商会御一行様]という幟だった。
番頭らしき初老の男と二人の仲居が、満面に笑みを浮かべていた。
総勢五十人程の大所帯ということもあり、路線バスを借り切っての迎えだった。
「長旅、お疲れ様でございました。
さぁさぁ、どうぞ。なぁに、ほんの五分程で着きますです。」と、
揉み手をしながら誘導した。
「世話になりますよ。」と、五平が最後に乗り込んだ。


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