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昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

青春群像 ご め ん ね…… えそらごと(十三)

2024-02-11 08:00:34 | 物語り

 日曜日、天気はカラリと晴れ渡った。
いつもなら昼ちかくまで白河夜舟のくせに、すこし開けておいたカーテンの隙間からさし込んだ太陽のひかりで、平日よりもはやい七時に目がさめた。
足下のかべに貼ってあるカレンダー写真のおおきな鉄砲百合がニッコリと微笑みかけている。
「良かったね、楽しんでね」と呼びかけられた気がして、浮き浮きとした気分でベッドから飛びおきた。

 考えてみれば、昨夜は、いつもの土曜日とはまったくちがう時間で動いた。
終業時間の五時半になっても、グズグズとロッカー前をはなれない。
「どうした?」。先輩社員に声をかけられても「はあ、ちょっと」とはっきりしない。
岩田がいつものようにすこし遅めに帰ってきて、「あれ? なに、待っててくれたの?」と嬉しそうに話しかけてくる。
「いや、別に。……そうだった。あれ、どうした? いいや、べつに。それじゃ、な」

「どう? 夕飯食べていかない、。ほら、あのホルモンでも」と、声をかけてくる。
「ホルモンか、いいなあ。よし、行こう」と、ふだんの彼ならとびついていく。
ところが今日にかぎっては、「いや、きょうはいい」と、素っ気ない。
なのに、すぐに帰ろうとはしない。話があるのかと気づかう岩田だったが、そうでもなさそうなふうだ。
「それじや、おさきに」。「おう、おつかれ!」と、片手を上げて顔を合わそうとしない。

 岩田と入れ替わるように、にぎやかな声が近づいてくる。
ドアが開く音とともに、「でさ、……」と、とたんに小声になって、かれには聞こえない。
内緒話をしているようなのだが、どうにも彼のことを話しているのではと聞き耳を立ててしまう。
もともとはひとつのロッカー室で、男女兼用になっていた。
三列にロッカーが並べられて、一応女性用は奥まった場所に設置されていた。

 貴子が入社した五、六年前にパーテーションで区切られ、出入り口もふたつとなった。
「そこまでしなくても」という声が男性社員から出たが、貴子に押し切られた。
その代わりにということで、中庭に折りたたみ式のテーブルが用意された。
休憩場所ができたと好評で、社員同士のコミュニケーションも以前よりもうまくとれるようになった。
そして貴子の立ち位置があがった。

しかしいまは、彼のこころにはもどかしさしかない。
内緒話が聞きたいわけでなく、会話を交わしたいわけでもない。
ただ偶然に真理子と出くわしたい、そう思っていた彼だった。
おなじ部屋なら「おう、おつかれ!」と声がけできる、そう思ったのだが。
ならばと、ドアの開く音にあわせて、とすこしのあいだ待つが、話がなかなか終わらずにいる。

そうこうしている内に、他の女子社員たちの開け閉めがはじまってしまった。
(べつに彼女をまってたわけじゃないし……)
(たまたま今日はいそがしくて、……。そう、そうだよ、つかれたから、だし)
言い訳がましいことを思いうかべながら、会社をでた。
いつもなら六時には帰りついているはずが、アパートにたどり着いたとき、七時近くになってしまった。
いつもならあすは休みだと夜ふかしをするのに、疲れてるからと十時には床にはいった。

(彼ならさっさと、会社をでたろうか……)



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