「だめですよ、帰るなんて。
待ってて下さいよ、先生を呼んできますから。
まだ、横になってて下さい」
点滴のチューブと酸素マスクがはずれると同時にたちあがったわたしを制すると、あわてて部屋をでていった。
5分ほど経ったろうか、野本というネームをつけた医師がやってきた。
「だめだよ、山本さん。
退院なんて、とんでもない!
そんなことね、医者であるボクは、了解できないですよ」
「了解もなにも、先生。
本人がだいじょうぶって言ってるんだから、いいでしょ」
どうだろう、30前? そこそこ? 若い医師だ。
こんな若造のいうことなんか、聞いてられっか!
「○にますよ、あなた。シンゾーがね、ヒメーをあげてるんです。
聞いてるでしょ? 主治医の先生に。
あなたの心臓のちからは、普通のひとのはんぶん以下なの。
シンゾーから送りだされる血流量が、25%止まりなんですよ。
ジョーニンはね、最低でも60%なの。
シンゾーが大きくなりすぎてね、シンゾーの筋肉が伸びきっちゃったのね。
だから、収縮ウンドーができないの。
分かります? ボクの言ってること」
口角あわをとばすというか、カルテをもつ手が、ブルブルとふるえている。
あながち嘘ではないだろう。
けれども、どう考えても納得がいかない。
たしかに先ほどまでは、医師のいうとおりつらかった。
たぶん重傷なのだろう。息も絶えだえの状態だった。
立っていることさえ、ママならなかった。
しかしいまは、ピンピンしている。
酸素をいただいたおかげで、こんなに楽になってる。
それを入院だなんて、これ以上なにをするというのか。
こちらはね、もうおアシがないんだから。
タダならね、いくらでも入院してやるよ。
検査にしても、いくらでもさせてもらいましょう。
いやいやタダでもだめだ。
これ以上会社をやすむなんて、できないって。
それこそやっと見つけた就職先だ、クビになったらどうするの。
おマンマの食い上げになっちまう。
命? そりゃ惜しいがね。けどさ、六十を過ぎてるんだ。
残りの人生も、そんなにはないでしょ。
もう良いよ、そんなに無理して生きなくても。
これから大したことができるわけじゃなし。
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