昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[宮本武蔵異聞] 我が名は、ムサシなり!(一)

2023-04-10 08:00:38 | 物語り

(ムサシなり! 一)

 中山道にて。
「我が名は、ムサシなり!」
「わがなはむさしなり」
「日本一の、武芸者なり!」
「ひのもといちのぶげいしゃなり」

 野太い声に続いて甲高い声が響き渡る。
何ごとかと足を止める旅人の前に、身の丈六尺はあろうかという大男があらわれた。
赤茶色の髪の毛を乱雑に細めの荒縄でしばり、太い眉の端は上向いている。
大きな目の瞳は青く輝き、鷲鼻と相まって、ひと目で南蛮人とわかる顔立ちをしている。
いかり肩を揺らしながら歩く様は、あきらかに街道を行きかう者やら田畑で農作業にいそしむ農民たちをいかくしていた。

 その後ろに連れ立つ子どもたちもまた、同じように肩をいからせて歩いている。
子どもたちに離れるようにと大仰な手振りを示す大人たちに対して、子どもたちは素知らぬ顔で腕を天に突き上げたりぐるぐると回したりとはしゃぎ続けた。

 街道を大股で歩く大男に後れをとるまいと走り続ける子どもたちだが、一里を超えた頃から一人そしてまた一人と遅れ始めた。
子どもたちの大将であるほっそりとして背の高い男(おの)子(こ)が、最後尾に回って「がんばれ、がんばれ」と声を掛け続けている。

 大男が疎ましさを感じて拳を振り上げながら子どもたちを追い払う。
時に大声を上げる大男に、子どもたちもその都度くもの子を散らすように逃げ出すが、大男が前を向いたとたんに、また後ろに行列をつくっていた。

「どうしてついてくる!」
 大男の怒声に恐れをなして、子供たちが一斉に大将の後ろに隠れた。
腰に手を当てた大将がゆっくりと大男に答えた。
「なんでそんなにでかいんだ」

 小さな目をかっと見開いて、おまえなんかこわくないぞとばかりに一歩前へでた。
ぐっと歯をくいしばり、あごを前に突きだして大男をにらみつける。
両手の拳はしっかりと握りしめられてはいるが、少し震えている。
体が前のめりになってはいるが、いつでも後ろに逃げられる態勢でもある。
右手が後ろにまわり、いつでも逃げられる態勢を取れと合図をしていた。

「つよくなりたい」



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