昭和の恋物語り

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歴史異聞 鼠小僧次郎吉 ~猿と猿回し~ (十一)乱心!

2023-03-20 08:00:02 | 物語り

 しかし実の所、次郎吉も、町家に一度だけ入り込んだことがある。
七十両を盗んだまでは良かったが、その後「店を閉めてしまった」と聞き、わざわざ再度忍び込んで、金子を返したのである。
ある意味、お人好しの盗人ではある。
もっとも、町家を敬遠するのには、大きな理由があった。
大店では生命よりもお金を大事にする習慣から戸締まりも厳重で、入ることはおろか出ることすら難しいゆえでもあった。

 次郎吉の普段の生活は、おとなしいものであった。
好きな博打にしても、決して大勝負はしなかった。そして、殆ど負けている。
たまに勝てた時に、吉原で遊ぶくらいのものだ。
それにしても大勝負や、豪遊することをためらうのは、何故か?
表稼業として、細々と小間物屋を営んでいる次郎吉である。
ふんだんに一両小判を使うわけにはいかない。
急に金回りが良くなったと思われては、後々こまるのである。
博打場にしても一ヶ所に限定せず、あちこちと場所を変えて目立たぬようにしていた。
用心深さは、人一倍だった。 

しかし最近の次郎吉はおかしい。
昨日も、今日もと、ここ数週間博打場への出入りが激しい。そして、毎晩のように
「勝ったから…負けたから…」と、酒を浴びるように飲んだ。そして、吉原にくり出す。あれ程に、隠れるように生きてきた次郎吉の、この変身ぶりは周りを驚かせた。

次郎吉にしてみれば、チビチビと遊ぶ、物足りなさ。世間からの、
「義賊!」との賞賛の声。身に覚えのない事が、
「ねずみ小僧さまのおかげです」との賞賛の声。
まるで、自分以外にねずみ小僧がいるような錯覚。
そしていつかは捕縛されるのでは、という不安がたえずつきまとっていた。。
「俺は、義賊じゃネエ!大泥棒の悪党だあ」
叫びたくなる衝動にかられたことも、一度や二度ではない。

そしてそんな毎日を送り過ごす内に、当然ながら金の出入りも激しく、瞬く間に持ち金がなくなってしまった。
それらの不安や苛立ちを紛らわす為、結局盗みを続けていった。
それまでの、痕跡を極力残さない次郎吉に、変化が現れた。
数々の悪戯を残すようになった。



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