(五)視線
その他には、ぐるりと見回しても、とりたてて言うほどのものはない。
強いて言うなら、紺いろにいろどられた扉があることか。
小さなのぞき窓があり、ときおり神のような冷たい視線がそこから投げつけられる。
しかしそれが、どうだと言うのか。冷たい視線など、どれ程のものと言うのか。
忘れたころに訪れる、女よ。いくらでも泣くが良い。
たとえそれで体中がびしょ濡れになってとしても、それがなんだと言うのだ。
ただ無視すれば良いだけのこと。そんなことに気を取られるほどに、暇人ではない。
このこころは、深遠な世界にあるのだ。知りたければ、……。はいってくるが良い。
そっと足音を忍ばせて、のぞき込めば良い。
ごっちんこをすればいい、ドアはいつも開けてあるのだから。
窓の外にはポプラがそびえ立ち、その葉をすける太陽の光、そして遙かかなたにかすんでみえる山々が連なっている。
なによりも、どこかにあるのだろう滝のゴーゴーという轟音が聞こえ、水しぶきがキラリキラリと光るさまが目に浮かぶ。
そして小鳥のさえずりが…、窓の外には生きた音があった。
晴れた空では、どこまでも青い空があり、そこにひとつふたつ……と流れる白い雲。
やがて日が暮れるにつれ、赤く染まりゆく、すべてのもの。
雨の空では、濃淡の激しい灰色の雨ー白なのか、銀なのか、はたまた緑……色のあるような、ないような、絹糸の如き雨。
地には枯れ葉が積もり、その下では無数の虫たちが蠢いている。
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