ナイトクラブで、ふたりしてグラスを傾けた。
高い天井には無数の照明が設置してあり、おおきなシャンデリアが中央にひとつ、そして間隔をあけて左右にひとつずつが輝いている。
それらのそばにはミラーボールがそれぞれ設置してある。
ロマンスタイムという時間になると全体の明かりがおとされ、そのミラーボールが動き出す。
柔らかい光でもって、全体に海の世界をつくりだす。
ゆったりと光の色がかわり、波間のように上下してくる。
異性との酒、ましてやダンスなどはじめてのことで、終始ほほを赤らめ、男の目を正視することができなかった。
これまでミドリに対してアプローチしてくる男が、居ないわけではなかった。
いやむしろ、多かった。
しかし、そのことごとくを兄である道夫は許さなかった。
ミドリの気持ちのなかに〝兄がいちばん〟という、強烈な印象がつよい。
成績はもちろんのこと、運動においてもとくにかけっこが速かった。
ミドリが幼稚園児で兄の道夫が小学4年生の運動会でのことだ。
全校対抗リレーにおいて、最終ランナーにえらばれただけだけでなく、優勝テープを胸を張って切ったことが鮮明な記憶として残っている。
金色の色紙でつくられたメダルを胸にかけてもらったミドリには、道夫がこの世の誰よりもすばらしいヒーローとなった。
そんな道夫の反対をおしきってまで、交際をする気にはなれなかった。
しかし、道夫に恋人が出現したことで、状況が一変した。
もちろん道夫はいぜんと変わらずに、ミドリを可愛がってくれる。
恋人も、本当の妹のように接してくれる。
しかし、やはりミドリは淋しかった。
これまでミドリに対してだけに向けられていた道夫の笑顔が、いまは恋人にむけられている。
なにをするにもどこに行くにも、つねに道夫と一緒だった。
「お兄ちゃんのお嫁さんになるの」が、口ぐせだった。
そしてそれほをまわりも、微笑ましく見ていた。
しかしいま、兄の伴侶になるであろう女性の出現である。
ミドリのこころの中にポッカリと、大きな穴が空いていた。
そんな時の、男との出会いであった。
ミドリにしてみれば運命の出会いとでも言うべきものだった。
「武さん、みたらいたけしさん。ううん。みたらいミドリ」
こころの中で呟いてみた。
耳たぶまでが赤くなるのを、ミドリは自覚した。
いま、その男とピッタリ寄り添って踊っている。ただよっている。
ふわふわとした毛足のながい絨毯の上で、左に右にうしろにそして前にと足をうごかす。
そのながい毛足に足を取られそうになるたびに、男の右腕がしっかりと支えてくれる。
道夫のこころの支えとはちがう、リアルな肉感のサポートがなまなましくミドリのからだに感じられる。
はじめての大人の世界に触れて、酔いしれていた。
男にしても、麗子にはない純真さを感じ、しだいに愛おしさを感じはじめた。
愛おしさ……。初恋?……のような、甘酸っぱさを感じていた。
とは言うものの、はじめて出会ったあの夜の夢が思い出されて、頭からはなれない。
麗子を抱いていたはずのゆめで、いつのまにかミドリと入れ替わっていた。
知らずしらずに、ミドリをリードする手に力がはいった。
すべてを男に委ねているミドリに、男の欲情が膨れあがってきた。
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