昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(二百九十七)

2022-12-14 08:00:19 | 物語り

「なあに、それって。ほんとはあげるつもりなんかなかったんじゃないの」
 小夜子の笑顔を眩しそうに見ながら、
「へへ。実はですね、加藤専務にお聞きしたのですが。一人だけ、いただけた人がいるとか。
でも、女給さんじゃないんです。違いますよ、違います。女子社員でもないです。
会社だと、さすがに壱萬円は出ませんけれども、報奨制度というのがあるんですが。
製品の売り上げが上がったとか、配達先で喜ばれたとか、事務関係だと経費節約につながったとか。
いろいろなんです。ただ社長が決めるんで、えこひいきだなんて文句もときどき出ますけど。
まあ、女の子が多いもんですから、分からないわけでもないんですが」
 一気にしゃべるったところで、お茶でのどをうるおすと、「勝利は?」と勝子が口をはさんだ。 
「ぼく? ないよ、そんなの一度もないよ。そうだ! 吉田がもらいました。
朝はやく品物を届けに行ったんですが、お客さんの指示があったのに、その人が寝坊しちゃって。
それで、会社の前で待っている間に、道路の掃き掃除をしたらしいんです。
それを町内会長さんが見られて、お礼を言われたらしいんです、お得意さんが。
それが社長の耳に入って、です」と、答えた。

「会社はいいわ。壱万円って、すごいじゃないの。
だれ、だれなの? 女性なんでしょ、当然。ちょっと待って、あたしが当ててみせるから。
うーん。えーっとね、うん。この人よ、この人しかいないわ。一人だけなんでしょ? 
えっ? と思って、なるほど! なのよね。ふふ、分かった。分かったわよ」
 確信ありげにうんうんとうなづきながら、勝子がちゃぶ台を囲むひとりひとりをゆっくりと指さしていく。
「この人、ぜったいに!」。その指差した先に、小夜子がいた。
 顔中に満面の笑みを浮かべながら、まるで自分のことを吹聴するがごとくに 
「姉さん、すごい! 当たりだよ、ご名答! みんながね、えっ! という顔をして、あとでなるほどって思ったんだって。
今のご時世で、女性がね、将来の自分を思い描いたというのが、社長が気に入られた理由なんだって。
そのときに、小夜子奥さまを伴侶にと思われたらしいんです」と、小夜子を褒めたたえる竹田だった。

 顔の前で激しく手をふりながら、「ええっ! あたし? 壱万円なんて、もらったことはないわよ。
あっ、ちょっと待って。そういえば、壱萬円云々って、女給さんたちにいってたわね。
でも誰ももらえなくて。そうだ、そのあとで、「小夜子は?」って聞かれて……。
あたしは、英会話の学校に通ってる話をしたの。
そしたら何か欲しいものがあるか? って聞かれたわね」と否定した。
「勝利。あんた、良い社長の下で働いてるわ。ほんと、うらやましいわ。
やっぱり、あたしも、富士商会に入りたい。
でも無理ね、こんな体じゃ」と打ちひしがれる勝子だったが、
「なに言ってるんだい、勝子。しっかりと体を治して、体力を付けて、そしてお世話になればいいじゃないか。
でも、恐そうな社長さんだね」と、声をかける母親を見て、小夜子の目頭が熱くなった。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿