昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(二百九十六)

2022-12-13 08:00:56 | 物語り

 起き上がるやいなや、仕切り始めた。竹田は、黙々と勝子の指示にしたがった。
“勝子さんの前では、竹田も形なしね。会社じゃ敬われているのに。
ま、竹田の機敏さは、勝子さんのおかげね。でも、覇気が感じられん! って言う武蔵だけど、なるほどよね”
「さあさあ、奥地に合いますかどうですか。
田舎料理でございますが、どうぞ召し上がってください。
味はしっかりと染み込んでいるはずでございますけれど、
味付けはお宅お宅で違いますから」
 大きな丼の中に、こげ茶色の芋やら人参やら白ねぎやらが、ごちゃごちゃと入っている。
申しわけ程度にイカの足が所々に顔を出しているのは、ご愛嬌か。
「小夜子さんは、料理屋さんでの食事が多いんでしょ? 
あたしも死ぬまでに一度ぐらいは、食べてみたいわ。
勝利。あんたは、食べてるわよね。
社長さんに連れて行ってもらってるんでしょ? 
この間、すっごく良い匂いをさせて帰ってきたわよね。
ああ、あたしもこんな体じゃなかったら富士商会に入社して、おいしいものをバンバンご馳走してもらうのにな」

「何を言ってるんだよ。姉さんなんかに勤まるはずがないよ。
気まぐれで我が侭いっぱいの姉さんなんかに、富士商会の仕事ができるわけがない」
 口をとがらせて、竹田が言いかえした。
「あら、竹田。そんなに富士商会の仕事って、きついの?」
「そりゃもう。きついなんてものじゃないですよ。
とに角、あの社長ですからね。朝から晩まで怒鳴りまくられて、あ、いや! 申しわけありません。
そういう意味じゃなくてですね、その……」
「そういう意味じゃなかったら、どういう意味なの?」
「いえ、それは。怒鳴られるのは、自分たちが、その……」
 しどろもどろになる竹田を、意地悪く笑いながら小夜子が問い詰める。
勝子は、ワクワクといった表情で見据えている。母親だけが、困惑顔だ。

「社長は、会社一の働き者ですから。
もう年中無休で、然も一日中仕事のことばかり考えてらして。
お酒を飲まれている時でも、です。
突然に、女給に『壱萬円やろう。その金で何を買う? 貯金はだめだぞ!』って。
それで、ほんとにお札を渡されるんです。
但し、ありきたりの買い物しか思いつかない時は、没収です。
皆が、『えっ!』と思うような、それでいて『なるほど!』と納得できる買い物じゃないとだめなんです。
今までに実際にもらえた女給はいないんじゃないですか?」

 



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