昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛物語り 水たまりの中の青空 ~第一部~ (二)

2020-09-02 08:00:58 | 物語り
“そうか、俺も他人さまにうらやまれる男になったか。いや、妬まれているといったほうか…? しかし、人生ってのは分からんものだな。どこぞでのたれ死ぬ運命だろうと思っていたのに。軍隊に入って、女衒という生業がばれてからというもの、地獄のような毎日を送っていたものを。これまでかと腹を決めたときに、武さんが現れた。
こんな俺なんかをかばってくれて、一緒に殴られ続けてくれて…。結局、武さんの御手洗という苗字にかこつけて、便所当番を言い渡された。

 けども何が幸いするのか、分からんものだ。『ずっと、厠掃除をやらせていただきます』なんて、武さんが言い出して。まあそのおかげで、口で罵られることはあっても殴られることはなくなった。『厠の臭いが移るぞ』という軍曹のひと言で、ぴたりと収まった。武さんには分かっていたのか、それとも事前に話を付けていたのか…。まったく凄いお方だ。
 更には、『厠は、宝の山なんだよ。開けてビックリ玉手箱だって』と言い出す始末だ。始めは何のことか分からなかったが、実際の戦況を知ることができたし、下士官たちの下世話な噂話も耳に入ってきた。そのことで、多少のおいしいこともあったし。しかし何と言っても一番の収穫は、終戦の情報だ。上官の話では、本土決戦だ! なんて勇ましい話を聞かされたけれども、その裏では、せっせと物資を隠匿してやがった。もっとも、この情報のおかげで、富士商会を立ち上げることが出来たんだがな”

 ソファに深々と腰掛けながら、ミラーボールに照らされる天井を見上げた。故郷で見た夜空の、目映いばかりに輝いていた満天の星が思い出される。可愛がってくれた祖母との会話は、縁側に腰掛けてのものだった。

“「いいか、ごへいよ。お天道さまは、みいんなお見通しだ。どんなに上手にかくしたところで、お空の上からは丸見えだ。お天道さまのいない夜には、ほれ、あのお月さまが見てなさる。それに、お星さまもだぞ」
「分かってるって、ばっちゃ。他人さまから後ろ指さされるようなことはしないって」

 後ろ指さされることはしないって、か。ばっちゃが死んでからというものは、さされることばかりをしてまったな。ごめんな、ばっちゃ。今ごろはカンカンだろうな。頭に角が生えてるかもしれんな。いやいや、そんな鬼のようなばっちゃにしてしまったのは、この俺だ。でもな、ばっちゃ。これからの俺は、まっとうな生き方をしていくよ。決してもう、他人さまを悲しませるような、非道なことはしないよ“”


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