昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~地獄変~ 帰宅

2024-06-05 08:00:23 | 物語り

四日目のことでございます。
娘が、とつぜんに帰ってまいりました。
そして部屋に閉じこもり、日がな一日泣きじゃくるのでございます。
理由を問いただしても、ただただ泣きじゃくるばかりでございます。

娘の顔を見たいと願うわたくし目ですが、なんど声をかけても
「放っといて!」とかえってくる始末で。
もう涙がでてまいります。
その点、女は冷たいものでございます。

素知らぬ顔をしております。
いまはなにを言っても無駄ですよ、と取り合いません。
お友だちと喧嘩でもしたのでしょ、と言うのです。
しかし不思議なもので、そのように言われますと、そんな気がしてくるのでございます。

ところが、事はそんな生易しい事態ではございませんでした。
娘を追いかけるように顧問の先生が見えたのでございます。
畳に頭をこすり付けての謝罪でございます。
申し訳ございません、もうしわけございません、とただただ謝られるだけでございます。
娘のからだに傷でも付けられたのかと、気が気でなりません。

妻ですか?
さすがに妻も、顔を曇らせております。
いえ、曇らせるどころではありません。
見る見る顔が紅潮して、怒鳴りつけるのでございます。

どうやら仲の良い友だちと夜の散歩中に、複数の男たちに襲われたようでございます。
幸いにもご友人がうまく逃げだして、助けを求めたとの事。
未遂に終わったとはいえ、そのショックは大きく、失意のなか立ち戻ってきたのでございます。
しかし妻は、はなから犯されたものと決めつけて、あろうことか娘を非難致します。
やれ医者だ、警察に訴える、と大騒ぎして、娘の純真なこころを傷つけるのでございます。

わたくしは、あまりの妻の狂乱ぶりに呆気にとられておりました。
が、なんとか妻をたしなめて、その騒ぎを納めました。
わたくしにしても、はらわたの煮えくりかえる思いではございました。
が、娘の将来のことを考えて、この騒ぎはそれで終わりにしたのでございます。

しかし妻とわたくしの間に、このことにより埋めようのない亀裂が生じてしまったことは、改めて申すまでもございますまい。
わたくしは、妻の口ぎたない罵りをひと晩中聞かされました。
が、わたしの耳には届いておりません。
ただただ、娘のことばかりを考えておりました。

成熟しはじめた娘の体つきや細やかな仕草。
それらに歓喜の情にふるえていた折りでもあり、ただただ聞き入っておりました。
ただただ、娘のことばかりを考えておりました。
ときおり見せる妻の冷厳な目つき、すこしの無言があり、「なるほど」とか「やっぱり」ともれることも。
わたしの心を見透かされたような錯覚に陥り、冷や汗がどっと……。
半狂乱の妻の罵倒は、夜明けまで続きましたのでございます。



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