昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(十七)の五と六

2011-10-02 16:52:54 | 小説


虚無感に囚われた正三は、小夜子に促されるまで席を立つことが出来なかった。
夕闇の迫る中、正三は寡黙になっていた。
「どうしたの?正三さん。そんなに考えこむこと、ないじゃない。
見栄よ、見栄。みんな、見栄を張ってるの。
精一杯の、虚勢を張ってるのよ。
真実などと言うのは世間が求めるもので、
当事者達にとっては自分に都合のいいようにしたいわけよ。
例えば殺された武士にしてみれば、妻を守る為に決闘をした。
山賊は、名高き悪名を汚したくない。
妻は、夫に対する何か恨みがあったんでしょ。
案外、木こりが犯人かもよ。
でもね、犯人探しの映画じゃないんだから。」
「しかしですね、何を言いたかったのか、黒澤監督は。
すっきりしません、これじゃ。」
「良いのよ、そんなこと。
面白いか、面白くないか、それだけじゃない。
それより、お腹が空いたわ。
美味しいものでも、食べましょ。」



洋食屋に入った二人は、初めて食するトンカツ料理に舌鼓を打った。
「こんな美味しいものを、アメリカさん食べてるのね。」
嬉々として頬張る小夜子を、正三は満足げに見つめた。
「こりゃあ、病み付きになりそうですね。」
“この後、君を食してみたい。”
喉まで出かかった言葉を、正三は肉と共に飲み込んだ。
「ねぇねぇ。東京だと、もっと美味しいものがあるのかしら。
私、行く!絶対、東京に行くわ!
正三さん、探しておいてね。約束よ、きっとよ!」
「はい、勿論です。小夜子さんの為に、探しておきます。
でも、ホントに出られますか?茂作さんのお許しは出ます?」
「駄目だって言われても、行くわ。
家出してでも、行くわ。
その時は、正三さんの所に転がり込もうかしら?」


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