(五)
「お食事は今度にしましょう。映画が見たいわ、
『ひまわり』をご存じ? マルチェロ・マストロヤンニという役者が、私のお気に入りなの。
ソフィア・ローレンとの共演なの。リバイバル上映なの、嬉しいわ」
有無を言わせぬ言葉だった。彼は、唯々従うだけだ。
いやいや、本心を言えば、
“また、会える。食事で、会えるんだ。”
と、喜びに打ち震えていたのだ。
映画館内は、人もまばらだった。立ち見客など一人としていない。
だのに、席に座ろうともしない麗子の真意を、彼は図りかねた。
立ち見は、二人だけなのだ。麗子はスクリーンを一心に見つめているのか、微動だにしない。
もっとも彼には、映画などは目に入らず耳にも入らない。
麗子の動向が気になり、それどころではないのだ。
彼の視線は、麗子の手に注がれていた。白魚のようなその手が、彼には眩しかった。
細く長い指が、キラキラと輝いていた。少し手を伸ばせば、その手に触れられる。
体を少し動かせば、触れられる。いや、ポケットの中からハンカチを取りだしてもいい。
その所作でなら、不自然さも無く触れられる筈だ。
そして、軽く握って…。そんな思いに駆られながらも、逡巡していた。躊躇していた。
“不意に手を握ってもいいものだろうか?”
“声をかけてから、だろうか?”
悲しいかな、異性とのデートの経験がない彼には、わからないことだらけだった。
“学校では、教えてくれなかった”
馬鹿話をする男友達のいなかった彼には、未知の世界のことだった。
彼は、居たたまれぬ思いでその場を離れた。
「お食事は今度にしましょう。映画が見たいわ、
『ひまわり』をご存じ? マルチェロ・マストロヤンニという役者が、私のお気に入りなの。
ソフィア・ローレンとの共演なの。リバイバル上映なの、嬉しいわ」
有無を言わせぬ言葉だった。彼は、唯々従うだけだ。
いやいや、本心を言えば、
“また、会える。食事で、会えるんだ。”
と、喜びに打ち震えていたのだ。
映画館内は、人もまばらだった。立ち見客など一人としていない。
だのに、席に座ろうともしない麗子の真意を、彼は図りかねた。
立ち見は、二人だけなのだ。麗子はスクリーンを一心に見つめているのか、微動だにしない。
もっとも彼には、映画などは目に入らず耳にも入らない。
麗子の動向が気になり、それどころではないのだ。
彼の視線は、麗子の手に注がれていた。白魚のようなその手が、彼には眩しかった。
細く長い指が、キラキラと輝いていた。少し手を伸ばせば、その手に触れられる。
体を少し動かせば、触れられる。いや、ポケットの中からハンカチを取りだしてもいい。
その所作でなら、不自然さも無く触れられる筈だ。
そして、軽く握って…。そんな思いに駆られながらも、逡巡していた。躊躇していた。
“不意に手を握ってもいいものだろうか?”
“声をかけてから、だろうか?”
悲しいかな、異性とのデートの経験がない彼には、わからないことだらけだった。
“学校では、教えてくれなかった”
馬鹿話をする男友達のいなかった彼には、未知の世界のことだった。
彼は、居たたまれぬ思いでその場を離れた。
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