大阪での仕事もお願いされれば、いまだに、夜中に脚本を書いたりしてメールで送っているのだが、生まれ育った下関いう街に貢献したいと、時給いくらのアルバイトに応募した。まさに、これが一生をかけて私のやるべきことだと、仕事の内容に特別の思い入れがあったので、ボランティアでもいいからと思ったが、あまり自分を安くさせてはいけないと、アルバイトに申し込んだ。だが、クリスマスイヴの今日、アルバイト不採用通知が自宅に届いた。ボランティアでもアルバイトでも正社員でも、する仕事は同じなら出す力も同じことだと燃えるような思いで履歴書と添付文を送付し、恐縮なことに長い時間を割いて面接までやっていただいたけれど、結果は、残念ながら・・・であった。映画があったからこそ、ここまできた人生、これからの人生は映画に恩返しをしようと、何十年ぶりか、身震いするほどの希望を抱いたが、無念なことだった。45歳という年齢であるし、とても新鮮とは程遠く、手垢もいっぱいついているし、遊んでるような仕事に見られてきたし、相手は私の性格もわかっていらっしゃる。見るべき所はしっかり見ていて、不採用も頷ける。真面目な話、アルバイト、パートは無理でも、完全なボランティアでもいいから1年くらいガムシャラに働かせてほしいけれど、情熱とやる気だけでは意味がないのだろう。しかしまだ、下関という街、映画に何らかの形で恩返しする気持ちは変わらない。が、とりあえず、今日、ひとつが終わった。迎えられずとも、映画好きでよかった。映画のスクリーンは、映画が好きならば、いつでも出迎えてくれる。まあ、観ていらっしゃいよと。こういう時は、映画に頼ることになる。・・・さて、近況はこの辺りにして、映画にまつわるブログにもどろう。今年もあと一週間である。そろそろ、マイベスト10を書かねばならない時期にきている。
「素晴らしき日本の女優たち」 採点は、古い映画の為、気持ちより10点引いてあります
<下関スカラ座シアター・ゼロ>
「女性映画傑作選」「時代劇傑作選」「サスペンス傑作選」・・・こういったシリーズは10回を超えて、私は足しげく通った。大阪の高槻にあった『高槻松竹セントラル』である。毎週2本で入れ替えなし。私の住む天王寺からはやや遠かったけれど、毎回、5回券を買って、日曜の度に観に行った。昔の映画をかけてくれる劇場がとても少なくなった。大阪を離れたいま、劇場名も変わり、ミニシアター系を上映しているようだが、あのシリーズは二度とスクリーンでは観られまい。
大阪九条の『九条シネ・ヌーヴォ』でも、「成瀬巳喜男特集」「田中徳三特集」「小津安二郎特集」といった監督集を上映してくれた。朝から晩まで観ると、5本も6本も観られる編成にしてあった。仕事で悔しい思いをした作品もあったが、時間の合間をみて、とにかく観られるだけ観た。たまに、十三の『第七藝術劇場』でもかかったが、関西で、いつも映画全盛期の良質のフィルムをかけてくれるのは、この2つの劇場だけだったと思う。
下関に帰って、このような特集を観ることができるとは夢にも思ってなかった。「素晴らしき日本の女優たち」というタイトルで、1950年代、60年代の映画をかけてくれる。ありがたいことである。チラシを手にした時から、ワクワクしてその時を待った。ほとんど観ている作品だが、もう一度、あのフィルムに会いたいと思っていた。これらの映画には、現代の日本映画がなくした、何ものかが残っている。勿論、良い何ものかである。こういう映画を、今の若い人たちにどんどん観てほしい。再会の日が待ち遠しかった。
「女の園(1954)」
<2008.11.17鑑賞>
木下恵介監督の名作として名高い本作をはじめて、スクリーンで鑑賞した。今の若者が観てもピンとこない題材だろうと思う。私もこういう時代を実際には知らない。観るべきは、こういう時代を生きる学生たちの魂のような叫びに似た一直線の反骨精神であろう。朴訥な人たち、人を裏切らず、純粋に議論を重ねて自分たちを成長させ、まわりを変えようとする力・・・現代の学生にそれは見られない。もちろん、私の学生時代にも、もうすでになかった。70年安保をとうに過ぎていた。「時代遅れで、今観てもさっぱりだ」というブログの評論が多いけれど、この時代があったからこそ、私たちは自由というものを手にすることができたのだと思う。戦争に負けても、アメリカに占領されても、まだまだ自由な日本はなかった。映画の言わんとすることは知っておくべきかもしれない。 <70点>
私が「女の園」を観に行って後、本作は上映中止になった。フィルムの状態がよくないからだという。私はそれを承知で観たのだが、最近の客は許せなかったのだろうか。確かにトビトビで、歩いているだけのショットなのにパチパチととび、オバケショットと言われるところもあるが、私が『高槻松竹セントラル』で観た特集は、まだまだひどいフィルムがいっぱいあった。特に松竹映画がひどかった。松竹のフィルムの管理の悪さは有名で、一番良好とされるフィルムでも何を言っているのかわからないほどボロボロのこともある。それでも平然とかけていた。だから、私はそういうものだと思って観た。古い松竹映画というだけで覚悟していたところがあるけれど、残念、もう一本を観のがした。あれならば、まだ良好の部類に入る。

「カルメン故郷に帰る(1951年)」
<2008.11.23鑑賞>
カラー映画はすでにあったが、それはみんな外国製品で、日本製カラーフィルム(富士)で撮られた最初の日本映画が本作である。撮影現場にも富士フィルムの技術者が立ち会ったのだという。また、本作は、カラーとモノクロの両方で撮影されている。第一号のカラーの出来栄えが良くなかったら、モノクロ上映されることになっていた。カラーフィルムをモノクロ化するのではなく、実際の現場で、2つのフィルムを使用し撮った。だから、出演者もスタッフも、同じことを2度やったのである。本作は作品としても評価が高く、晴れてカラーでかけられた。この頃の松竹は何でも一番を目指したがっている。トーキーに続き、カラーも松竹が・・・というニュースを得たかったように思う。続編も作られているが、本作だけが映画史に永遠に残ることになる。
同じ時代を歩いた女優と言われる京マチ子、若尾文子のような肉体派芝居を高峰秀子は堂々と演じている。頭の弱い、感覚のズレた、あっけらかんとした感じは普段の高峰秀子からは想像もできないが、観ているうちに、この人しかいないのではないかと思うほどで、やはり、凄い女優なのだとあらためて思う。とにかく、何でもできる人なのだろう。本作は、喜劇仕立てとしている。しかし、観ていて、とても寂しい、悲しい気持ちにさせる映画である。ストリッパーとして東京で活躍する村の女が、故郷に錦を飾ると帰ってくるだけでソレは喜劇なのだろうが、帰るんじゃない、そうではないんだぞと、ぐっと涙腺に力が入ってこらえる。村のために何とかしようと純粋に思う気持ちが、さらに辛さを増す。オールロケで撮られた本作は、大自然の風景の中に落とし込んだからこそ、人間の内なる心を存分にスクリーンに映し出すことができたのではないかと思う。 <75点>
「浮雲(1955年)」
<2008.11.23鑑賞>
「カルメン故郷に帰る」は、私一人の貸切だった。隣の劇場では「おくりびと」が上映されている。続けて「浮雲」を観ようと、反対の劇場に行く。テケツ兼モギリで、背広を着た男性が「おくりびとですか?」と聞いてきた。反対側に立ったからだろう。「浮雲です。」と答えると、ちょっと私の顔を見上げて「どこで上映を知られたのですか?」と言う。ほとんど毎日、劇場前を歩くので掲示で知ってはいたが、「ホームページで。」と答えた。「お知らせするのが遅かったので。」と言う。松竹の悪いフィルムのせいで、上映中止になり、別のフィルムを急遽かけることになったのである。確かに、ホームページの更新もギリギリだった。
2年か3年前に『九条シネ・ヌーヴォ』の成瀬巳喜男特集で観ている「浮雲」をまた観にきた。あの時は最後だと思っていたが、もう一度観られるとなると、やはり観たい。いい映画は何度観てもいい。・・・高峰秀子主演ばかりだが、この時代の「女を演じる」という映画では、この女優を無視して観ていくのは困難である。そして、「女を撮る」となると、成瀬巳喜男がまず頭に浮かぶ。成瀬巳喜男と言えば、高峰秀子である。どこを突き刺しても、この二人が顔を出す。そして、その前作が観ている者の心臓に圧倒的な力で迫ってくる。日常を描いているのに、ドキッとさせる部分がいくつもある。
男というもののだらしなさ、いい加減さに自分がイヤになる。女というものの強さ、けなげさ、一途さに恥ずかしくなる。だからだろう、ラストカットの森雅之の背中は、観ている私の姿だと思う。あれほどの背中の哀愁は出せないが、椅子に腰掛けてスクリーンを観ている私は、似たようなものだ。これを二十代、三十代で観ていたとしたら、そこまでは感じることはなかったろう。私もいろいろあった・・・屋久島での短いシーンは、自分をみつめる時であった。これは数年前観た時も同じことを感じた。健気で、ひたむきに、それでも生きていこうとする女性が見事に描かれている。その女性の心を知り、いろいろなものを背負った男たちはどう観るだろうか。・・・たくさんの人に観てもらいたい名作だが、今日の2本は私の完全な貸切だった。 <80点>
「女が階段を上る時(1960年)」
<2008.12.8鑑賞>
今日も「素晴らしき日本の女優たち」にどっぷり浸る。こういう特集をすると、小倉になんぞ行きたくなくなる。もう、このまま古い映画を続けてしまえとも思うが、それでは大阪の新世界、東京の浅草と変わらなくなり、魅力ある映画館ではなくなってしまうけれど・・・。
本作も「成瀬巳喜男特集」で観ている。いいことなのか、よくないことなのか、私は好きな映画は何度も観る癖がある。なぜまたそれを?と言われそうだが、第17作目「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」は50回くらい観た。ビデオでも見たけれど、30回は映画館で観たろう。頭がイッテイルのかもしれないと、自分でもあきれる。何度も観たから、台詞から構図から編集から音楽インアウトから・・・なんだか、そのほとんどを覚えている。意味はあるのか・・・ビデオの仕事をしていて、どういうわけか、大事なことだなと何度も思った経験がある。
もはや戦後ではないと言われた50年代の夜の街で働く男、女の姿を感情をむき出しに本作は描いている。尽きぬ悩み、苦しみ・・・それは仕事でもなく、肉体労働の辛さでもなく、対人間の精神的部分だけだ。それをとっぱらうと、どんなに楽か。しかし、人は人としか生きられない。人しか愛せない。銀座という鳥かごの中で、自分の人生とは何であるのか、生きるとは何であるのか、幸せとは何であるのかを探し続けている。成瀬巳喜男らしく、彼ら彼女らが生きる世界はとても狭い。大きな夢をもっても、広く遠くをみつめても、やはり、生きる範囲は知れていて、見られるところは限られている。であるのに、見えぬ心を読まなければ、夜の街には生きられない。男との駆け引きはとても上手いとは言えず、私などは場違いな夜のママを思うし、助けてやりたい衝動にかられるけれど、渾身の力を振り絞ったラストカットに救いの手が差し伸べられる。そこで、ふっと、胸をなでおろすことができるのである。 <80点>
「女は二度生まれる(1961年)」
<2008.12.8鑑賞>
今日の2本は、どちらもシネマスコープである。最近の日本映画はシネマスコープが少なくなった。ヴィスタサイズが多い。これは、一番に美術にお金がかかるところかららしい。ヴィスタにすれば入らないものでも、シネマスコープにすると入ってしまう。照明さんも音声さんも近くへ寄れない。撮影にも時間がかかる。だけど、横長のシネマスコープはいい。いくらハイビジョンテレビでも、シネマスコープをやると、上下が切れて、こじんまりする。映画館ならではだ。黒幕がスーッと左右に広がる感じも好きである。「男はつらいよ」と同時上映だった「釣りバカ日誌シリーズ」は、今もシネマスコープで、内容はどうあれ、続けてくれるのは嬉しい。
若尾文子は、この頃引っ張りだこで、大映の看板女優だった。一年に10本は出ていて、それもすべて主演で、妖艶な役が多い。そして、どの映画もなかなかいい。監督に恵まれたからだろう。そうそうたる顔ぶれの監督作に出演している。川島雄三監督は若くして亡くなったが、後の監督人に多大な影響を与え、映画史に残る名監督として知られる。本作は亡くなる2年前の映画である。
「わたし、おめかけさんになるの、はじめてだから。」・・・妾になって、どうしたらいいのかわからなくて、ふっと出た言葉である。この台詞に代表されるように、屈託のないとても明るい無邪気な女を演ずる。枕芸者でありながら、それを苦ともせず、今日という日を楽しく、陽気にあっけらかんと生きる。売春防止法がアノ手でくれば、こっちも抜け道考えてやっちゃうわよ!と、頭の回転が早い。だが、生まれがそうさせるのか、環境がそうさせたのか、女は客でもない男とも寝てしまう。それが日常なのである。家庭なんてそんなもの、守ってくれるのは自分しかいない。とても強そうに思う。しかし、女は女。旦那さんが亡くなってもまともに扱ってもらえない悔しさ、寂しさ。以前の男をみかけ、家族で幸せそうにしている様子。台詞にも出てこないし、感情を大きく表現することもないが、女はゆっくりと変わっていく。これを淡々と、だが、めぐるめく早い展開でみせていくのだ。編集に頼ったスピード感も活きてる。もう、口をあんぐりとあけたまま、見事な逸品だ。 <85点>
もう何度も書いたが、『下関スカラ座シアター・ゼロ』は、東京や大阪にあっても、重宝がられる希少な映画館である。シネコンのミーハー映画もいいけれど、良質の映画をいっぱいかけてくれるこの映画館をみんなで応援しよう。聞くところによると、わざわざ九州の方から足を運んでくれる客も少なくないらしい。こんな特集を少ない客でかけるのはもったいないことである。「素晴らしき日本の女優たち」のポスターには「PART1」とされている。こういう状態では、次回をやるのも躊躇するだろう。もしかしたら、PART2は、他の映画館がかわりにやるかもしれぬ。映画を観る街は、人口だけでは説明できない何か別のものがある。下関に帰ってから、文化レベルが低いと嘆く人の声を何度も聞いた。だが、そうじゃなかろう。芝居もコンサートも美術展も開かれていて、入場者数も悪いわけではない。もっとも気軽に観ることができて、それも良い映画をかけてくれる映画館に足を運ぼう。映画が大嫌いなんていう人は少ないだろう。すぐそこにあるのだから。家のDVDでは、どんなに大きな画面でも、どんなに音響に凝っても、それはビデオを見ているのであって、真に映画と触れ合っているとは言い難いのである。
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