活動写真放浪家人生

活動写真を観ながら全国放浪の旅ちう

小倉昭和館まで旅する

2008年07月24日 23時00分00秒 | 映画に関する話

Photo Photo<小倉昭和館>

 2008.06.29鑑賞

 何ヶ月か前の1本立て封切作品を2本立てで1,000円。女性サービスデー、毎月1日、シニアという割引は、800円になる。時には先月公開したはずの映画が2本立てでかかることもある。昔はこういう映画館は、いっぱいあったけれど、今はない。というわけで、これが、小倉昭和館の魅力である。昔のままである。単純に、要するに二番館だが、この映画館直営の一番館はない。

 ミニシアターものを2本立て、全国系を2本立て・・・昭和館1は邦画に徹して、昭和館2は洋画に徹している。地方都市であるが、しっかりこだわりを持って番組編成を考えてある。新世界を舞台にした「ビリケン」の台詞ではないが、どんな組み合わせやねん!と思うことはあるけれど、ソレはソレで面白い。共通点のあるかけ方の面白さよりも、意外性でニヤリとさせる。大阪では、新世界、小阪、駒川中野くらいしか思い出せない。

 ただ、私は映画をたくさん観るタイプのオッサンで、かかる映画、かかる映画、ほとんど観ている。2本のうち、1本だけ観ているということもある。ホームページを見ながら、腕組みしてしまう。2月から今日まで5ヶ月。ようやく2回目の小倉昭和館となった。この間、すべて、大阪で観たか、シネプレックスの封切を観ていた。

Hi380004  下関駅のホームで電車を待っていると、意外に長い編成の列車が入ってきた。8両もある。下関は、昔、東洋一の港町であったこともあり、九州への玄関口でもあり、プラットホームの数が多く、また、長い。今の大阪駅は、実は下関駅を真似て造られたらしい。何気なく歩いていると気づかないだろうが、改札からホームまで、意識して歩いてみると、大阪駅と下関駅は造りが同じだ、ソックリだと気づくだろう。大阪駅が真似をするくらい、下関駅は人でごった返していたのだ。だが、今は昔、人はいなくなって、大袈裟な駅舎だけが残った。いたずらに長いホームに、2両、3両、4両編成の電車、ディーゼルカーが、真ん中辺りにチョコンと停車する。

 だが今日は、珍しく8両もつないである。電車は1両でも編成で、1両でも列車と呼ばれるが、今日は、立派な列車となっている。列車運用の仕組みはどうなっているのだろうかよくわからないが、この列車、真ん中で色が変わっているので、どこか途中の駅で切り離すのかしらん?と思う。4両つなげても全員座ることのできる時間帯だから、私はガラガラの車両に乗り、小倉へと向かった。下関駅を発車し、しばらくすると、短い鉄橋を走り、関門トンネルに入る。戦争の真っ只中、昭和17年に開通したこのトンネルは、石炭を本州へ運ぶために日本初のシールド工法で掘削された。今のシールド工法は、死者が出るのは珍しいが、このトンネルは多くの人命を落とした。窓の外を注目していると、下関トンネル入口側に、慰霊碑がチラリと見える。

Hi380005_2  小倉駅を背中に、右手の歩道を下り、銀天街へ出る。小倉は、ここだけが華やかで、人通りも多い。アーケードの下をしばらく歩いていると、近代化は背後の姿となり、大きな道路を渡れば、昔ながらの昭和の香りがする店がいくつも現れる。この辺り、どこにカメラを向けても画になりそうで、白黒写真にしたら、行ったこともないのに懐かしい感じがするだろうと想像する。昭和館の看板を左手に見て、右折すると、目の前に映画館が現れる。ここへ来るのは3度目(帰郷してから)だが、いつも天気が悪い。今日も小雨がチラチラしている。だが、小雨がチラチラするというのが、これまた昭和館の建物に似合っている。叱られるかもしれないが、太陽サンサンで、健康的じゃないほうがいい。

 人いりは少ないと思って遠慮して入った。遠慮したのは、招待券でやってきたからだ。次の上映まで10分ばかりあるので、覗くようにドアをあけると、結構、いっぱい入っている。いま、入って座れと言われても、誰かの横に座らなければならないくらいだ。ロビーの椅子に腰掛け、次回の番組のポスターをながめていたら、3人のおばさんが、雨傘を激しくたたみながら、ワイワイと入ってきた。雨粒がロビーに飛ぶ。「あと、何分?」と、モギリの女性に聞いている。私の見ているポスターを指差し、「今度、これに来よう!」と言い合う。よくやってくるのだろう。私の観る回は、最終回の2本で、終わるのが20時30分を過ぎる。そんな時間までおばさんたちは大丈夫なのかな?と、いらぬ危惧をしたが、1本目はいたけれど、終わると出て行き、そのまま場内には戻らなかった。1本だけ観て、帰ったようだ。

 この映画館に私がはじめてきたのは、高校一年生のときだった。今は、どちらも一般映画をやっているが、あの頃は、どちらかが洋画2本立の封切、どちらかがポルノの2本立てだった気がする。近くには松竹系、東映系、東宝系がデーンと構えていた頃で、独自の映画をひっぱってきていた。ここで私は「ジャンク」を観た記憶がある。あのような恐いもの見たさ、惨酷なドキュメンタリー映画は、今ならR-18だろうが、その前に、輸入もされないだろう。ゲテモノ映画もいっぱい日本に輸入され、面白い時代だった。エログロなんでもあり、年齢制限もされなかったが、今のような異常な犯罪は少なかった。だから、犯罪は、映画のせいにされなかった。今は、とりあえず、映画のせいにされる。健全な映画ばかりが輸入される。だから、とても狭い中で、作品を選び、輸入している。そのうち、文部省選定モノばかりになりはしないか・・・これは、自分達の責任にされたくない、そして、頭の堅い大人たちへの皮肉である。

Hi380006

 小倉昭和館は、番組編成、料金、すり鉢状の客席、椅子、入れ替え無し、指定無しなど、とても嬉しい映画館だが、ひとつだけ気に入らないことがある。映画と映画の間の休憩が、わずか5分なのだ。いや、確かに、昔の映画館の2本立て、3本立ては、間の休憩が5分だった。それが、あたり前だった。だが、この休憩時間は、1本立てのシネコンが乱立している今、そのまま現代にあてはまらない。私のようなハシゴするようなアホな男であっても、映画と映画の間は、一呼吸したいという体になっている。

 トイレは、場内からロビーに出て、右側の小さなドアをあけると、遠くに見える。劇場の後ろから前まで歩くのと同じ距離で、トイレまで細く長い通路を歩かされる。誰も居ないので、写真を撮ってみた。静かなので、カシャッという音は、ロビーまで響いたろう。どこで何の写真を撮っているのか?と思われたろうか。写真を保存した後、足早に駆け込み、素早く用を済ませ、もときた長い通路を小走りにロビーへ出る。モギリの女性と目が合った。が、もう、場内から、映画の音が聞こえている。5分も経ってない。3分くらいだ。前の回が、ちょっと時間を過ぎたのだろう。かかっているのは予告篇だったけれど、写真を撮って、足早に駆け込んで、小走りに戻ってきたというのに、もうはじまっているのでは、気を抜く間がない。ここだけ、難がある。

 1本だけ予告を観て、「潜水服は蝶の夢を見る」がはじまった。入ってきたときは、かなりの観客で、「マリア・カラス最後の恋」で、入れ替わったけれど、20人以上いたはずなのに、この最後の上映は、私を含めて、たった2人だった。どちらもいい作品だが、この2本立ては私には重過ぎた。テーマが重い。

 退屈ではないのだが、ボソボソと喋るとても静かな映画だからか、後ろの映写機のカラカラという音が、いつもより大きく聞こえていた。カラカラ音は、フィルムチェンジする度に大きくなった。カラカラ、カラカラ・・・私の大好きな音である。

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インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国(字幕版)

2008年07月22日 23時00分00秒 | あ 行 (2008.2009.2010.2011)

2008  <シネプレックス小倉>

 2008.06.28鑑賞

 故郷へ帰って5ヶ月が経ち、大阪での暮らしを振り返ると、それはとても普通の人間らしくないひどい生活だったが、活き活きとしていたなと思う。生きているか死んでいるかと極端にわけてしまえば、大阪での暮らしは、まだ生きていた。いろんな人に迷惑をかけ、やりたいことをやって身勝手に生きていて、それでも生き甲斐はしっかりとあった。時には見失うこともあったが、戻ることができた。今の私は生きているかどうか、贅沢な頭の中身だが、自分でもわかりかねている。

 仕事の台本、企画書で、私は期日を一度も遅れたことはなかった。30分ものを明日までに書かなければならないなどという無茶な注文もあったけれど、徹夜してできるかできないか微妙でも、打ち合わせギリギリでも、出来はどうあれ、エンドタイトルという文字まで書いた。仕事だったからだろう。もちろん、ブログは仕事などではない。期日はなく、書こうが書くまいが、困る者はいない。だから書けぬのかと思っていたが、そうでもないようで、これは、環境の変化であることがわかってきた。他人にとっては、実にくだらぬことだが、私は今、ブログというものをどう書いていいかわからないでいる。つまり、どう生きていっていいかわからぬことにつながっているような気がする。

 それでも何やらを奮起させて、小倉の地にいる。待ちに待ったインディ・ジョーンズの復活である。次も3本作る、ショーン・コネリーが出演契約にサインした、前3作品の出演者をすべて集める・・・映画の情報は聞き流して忘れてしまう私なのに、デマも含めて、たくさん耳に残った。もう待ちくたびれて、書くことを見失っている。ブログをはじめた時より、今日のことを思っていて、長く長く書くつもりだったが、残念ながら、とても短い記事になる。映画そのものは、老若男女問わず観ていただき、映画の楽しさを味わっていただきたい。これこそ、練りに練ったけれど、唸る間もなく、理屈ぬきに、ただただ楽しめる冒険活劇である。前3作を知っている人も、知らない人も楽しめるはずだ。前3作を知っているならば、尚更楽しめる。すべてお決まりで、あの時と変わっていず、あの時を汲んでいる。

 CGになったパラマウントのマークからどうオーバーラップするかと期待したが、もっと嬉しい事に、昔のままのマークが出てきた。オープニング後のドタバタ、大学内、旅立ちの時・・・前3作をそのままいっていて、楽しい。地図上に飛行機が飛ぶ、そこへレイダースマーチ。1本目は蛇、2本目は虫、3本目はネズミ・・・今回はCGを駆使した大群が出てくる。流れがそのままで、お決まりで、変えないということが楽しく、嬉しい。さて、いろいろ書きたいと思っていたが、今回、私は、映画音楽だけについて語ろうと思う。物語も、撮影も、一切触れずにいよう。

1 さすが、ジョン・ウィリアムスで、この第4作目・・・前3作の挿入曲がさりげなく入っている。オープニングの倉庫のシーンは、まず内側から撮っているので、どこだとはわからないのだが、全貌がわかる前に、聖櫃のテーマがいきなり流れる。「あれ?レイダースじゃないか?」と思うまでもなく、次のカットは入口からで、奥の深い倉庫の全景となる。聖櫃がチラリと顔をのぞかせるが、音楽だけで、レイダースのエンドの場所だとわかるようにしてあった。ここにつながるかとニヤリとした。予告篇に何度も出てくるアクションだし、勘のいい方は予告だけでピンときたろうが、私は音楽でソレと知った。

 ショーン・コネリーの写真が2度写る。そこに短いテーマが流れる。また、すべて解決して、地下神殿が崩れ落ちる時、同じテーマが流れる。ショーン・コネリーが登場する場面、そして、第3作目の崩れる時と同じ音楽である。仲間(裏切ったけれど)の手を引っ張っるけれど、「インディ、もういい。」と言う台詞の場面の音楽は、父親のショーン・コネリーが、ハリソン・フォードの手をつかみ、「インディ、もういい。」と言う時の音楽である。重なっているので、あっ!と、私は同じ場面を思い出した。

 レイダースマーチ以外はオリジナルで、2時間10分の間、どっかんどっかんと、3/4くらい画面に合わせた音楽が流れているが、あれ?第2作目の音楽は使わなかったかな?と思っていると、エンドロールが流れている間、本篇では使われていなかったのに、最後の最後、メロディに乗って出てくる。宮殿の夜、自分のベッドへ行ったり、インディのベッドへ行ったりする、あの場面である。使いようがなかったのだろうか。それにしても音楽だけでも面白い。私は、レイダースのビデオを買って何度も観ていて(当時、レンタルビデオ店はなかった)、魔宮の伝説のカセットを買って繰り返し繰り返し聞いて、最後の聖戦はCDを買ってこれまた繰り返し繰り返し聞いていたので、ほとんどのメロディを覚えていたのである。こういう映画の観方をしたことがなかったし、さらさらする気はなかったが、狂信的ファンになると、別の楽しみ方もあるものだと思った。私は、このシリーズの狂信的ファンである。

 次回は、日本を舞台にするというニュアンスのインタビューが、ネットで流れている。日本好きのプロデューサーと監督だから、有り得るが・・・古代の日本の秘宝を取り扱うのは大変だろう。次は、何年待つことになるのだろうか・・・。  <80点>

 

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僕の彼女はサイボーグ

2008年07月10日 23時00分00秒 | は 行 (2008.2009.2010.2011)

Photo  <シネプレックス小倉>

 2008.06.28鑑賞

 いつも稚拙な文章だと頭を叩いて嘆きつつ、深夜、あたりが寝静まって、それでもダラダラと書いてきたが、いよいよ何も書けなくなっている。抛っておいたわけではないけれど、長い間があいてしまった。20日間、アップしていない。アップできないのだ。書けない理由は自分でもよくわかっているが、この今の状態はどうすることもできない。だが、書けずとも、無理にでも書いていこうと奮起した。ブログは無理をして書くものではないが、自分にとって、今は無理をせねばならぬ時のような気がする。長い日記もあり、短い日記もあり、いつにも増して稚拙に綴ると思うが、ご勘弁願いたい。実は、映画は観ていて、たまっている・・・。

 一ヶ月以上ぶりの小倉だ。10日ぶりの映画館である。6月は下関で2本の映画を観ただけだった。映画を観るという前に、スクリーンをながめたい。そして今、な~んにも考えずに観ることのできる娯楽映画に飢えている。そこで、今日は、ミニシアター系は無視して、「花より男子ファイナル」「僕の彼女はサイボーグ」「インディ・ジョーンズ4」の3本ハシゴと決めて、家を出る。

 シネプレックス小倉のあるチャチャタウンに着いたのが午後3時前。テケツの前で並んでいると、窓口のテケツ嬢の声が聞こえた。「かなり混みあっておりまして、前の方のお席になってしまうのですが・・・。」これは、今日からはじまった「花より男子ファイナル」のことだ。500人、300人の2つの大きなスクリーンでかけているのに、大人気で、混みあっている・・・。観るつもりはなかったけれど、ある事情から、前売り券が財布の底に折りたたんで眠っている。だが、混みあうとなっては、花より男子はどうかと思う。だいたい、私はテレビも見ていないし、情報も何も知らない。だから、何がファイナルのかもわからないでいる。はっきりとファイナルと意識して、封切を待ちに待って、楽しみにやってきた客には、私はとても失礼な客だ。そのような客に、混みあっている大切な座席はもったいない。私はこの映画を後日にすべく、2時間半後の「僕の彼女はサイボーグ」まで待つことにした。

Hi380003_2  チャチャタウンとは反対の銀天街を歩く。小倉は活気がなくなったけれど、駅を出て、右方向の商店街だけは賑わっている。飲食店も多い。どの繁華街もそうなったが、パチンコ屋も多い。覗くと、座る席がないほど混雑している。座れない者は立ったまま打ち手を見ている。今は、趣味をもたない団塊の世代がなだれ込んでいるらしい。この辺りでも最も大きなパチンコ屋の横の筋を歩いていると、懐かしいとんこつラーメンのにおいがした。大阪でもとんこつラーメンの店は増えて、とても流行っているようだが、大阪のとんこつは大阪のとんこつで、下関や小倉のとんこつとはまったく違う。大阪版も悪くはないが、ここら辺りで育った者にとっては、ここら辺りのとんこつが正当と思うようになっている。正当なとんこつラーメンを食べよう。さっき、自宅で昼食を済ませたばかりだが、腹と相談などはせず、混雑している脇を縫って、カウンターに座った。これぞ、北九州のとんこつである。食べていると、大阪のとんこつにんにくラーメンなど、邪道のような気がしてきた。店はとても綺麗だとは言えず、女性は入りにくいだろうが、ここはお勧めである。美味しい。

2  「猟奇的な彼女」はとても楽しめた。原作ものだが、韓国映画も、しっかりとラブコメディというジャンルを確立していて、今の日本映画より面白いと思った。この監督に注目したが、次の「僕の彼女を紹介します」は評判はよかったけれど、私個人としては前作をとても上回るようなシロモノではなく、ガックリときた。面白かったと私に勧める人もいたが、観ていたのに、それは言わず、ただ頷いた。この監督が日本映画を撮るという。

 気にはとめなかったので、何人かのレビューを読んでみた。悪い評が並んでいると思ったのに、みんな、楽しんでいる。封切からずいぶん経っているが、小倉では、まだ一日一回のみ、上映していて、なぜか、この時間が気になりはじめた。気になると、頭からはなれない。スケジュールを見る度に、他の映画を第二、第三候補としてしまい、知らず知らずのうちに、本作に重きをおいている。こうなると、「彼女シリーズ」完結作らしい本作を観ずに過ごすことなどできなくなった。観てないということに、気持ち悪いものを感じていた。

 映画を観ながら何度も思った。僕の彼女はターミネーター・・・。これは、ターミネーターを観ている方なら、みんな思うことであろう。彼女の登場の仕方からソレで、その後の行動、描写も似ている。ヒントどころか、そのまんまである。ただし、かわいいターミネーターだ。綾瀬はるかって、本当に美人だと思う。今の十代、二十代は、女も男も背が高く、足が長く、顔が小さく、つまりモデル体型、モデル顔なのだが、それに加えて美男美女が多い。こういう時代は、競争も激しいだろう。その中でも、大群に紛れないのが、綾瀬はるかだ。大群に紛れない美女が、スクリーンでアップになるのだからたまらない。とは言うものの、主演を張るほどの器は今のところないような気がする。大群に紛れないでも、「ザ・マジックアワー」のような大物に紛れると紛れる。まだ、器となるには時間がかかりそうだ。

 多くの方が面白かった、楽しかったと書いているよう、私も面白く楽しめた。過去を変えるか?未来を変えるか?どう変わんねん!それは無理やわ!というゴタクを並べたらきりがないけれど、まあいいじゃないか、そんな頭の堅いことは私は言わない。時空を考えていたら、ケチばかりつけそうで、よかったよかったと、エンディングでニコッとはとてもできまい。私は、ラストで、恥ずかしいような、飛び跳ねたいような、初恋に似たドキドキ感をおぼえた。台詞はちょっと臭いが、だからこそ、これは理屈をこねて観るべきものではないと、最初からわかるようにしてある。観ていてよかった。

 次は、18年間待たされた「インディ・ジョーンズ」である。私が18年間待ったのは事実で、このパート4は、実は、「最後の聖戦」公開の翌年に制作を発表しているのである。「E.T2」を作るか、「インディ・ジョーンズ4」を作るか、世界の巨匠と呼ばれるようになったのに、スピルバーグは選択を迫られた。製作会社、配給会社は強いんだなと、私はその時、思った。「E.T」に続篇はないとしたスピルバーグは、ルーカスと相談し、「インディ・ジョーンズ4」の制作を頼んで、決めた。もう18年前のことであるから、私も18才、歳をとった。長い年月を待ったが、観る時間は2時間ちょっとである。  <75点>

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