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活動写真放浪家人生

活動写真を観ながら全国放浪の旅ちう

ナイト&デイ

2010年10月12日 23時00分00秒 | な 行 (2008.2009.2010.2011)

Photo_18  <ワーナー・マイカル・シネマズ戸畑>

 自衛隊は、国家の暴力装置らしい。日本国を代表とするあのような偉い方が仰るので、間違いないのだろう。大人は怒るが、子供はそんなものかと思ってしまう。その暴力装置として呼ばれた自衛隊員10万人が被災地で支援、救護活動を行っている。自分の家族は二の次で、今、目の前の人命を救うことに徹している。日本国、日本人の生命と財産を命を懸けて守る自衛隊を暴力装置とし、その発言をケロリと忘れたのか10万人行け!とは、なんとも厚顔無恥なこと。普通の社会では通用しない。自衛隊の士気も下がるだろうが、それでも命をかけて頑張っている。隊長がゲキをとばし、自衛隊員一人ひとりが自分で士気を上げているのだろう。その上のリーダーである国家が、自衛隊を否定しつつ、行け!というのだから、支離滅裂な左巻きの極みだ。私は、自衛隊に感謝する。わが命を二の次につっこんでいく様子こそ、テレビでもっと報じねばならない。

 自衛隊はレスキュー隊ではない。軍事訓練をしているからこそ、あそこまでできているのだという。日本経済を立ち直らせる前に、まず、目の前の人を助けねばならぬ。先決の最先端に彼ら、彼女らは居る。足を向けて寝られやしない。国家の暴力装置と言った本人は、自衛隊になんと命令しているのだろうか。土下座して頼んでいたとしたら、いいのだが・・・そんなこと生まれ変わってもしそうにない。自衛隊は軍隊である。軍隊としなければ、かわいそうだ。捕虜になっても捕虜扱いされないことも考えられ、これは日本という国にとっても損である。

 今回の地震、津波、原発事故は想定外だと言った。想定外はいくらでも起こる。まさか!と思うことがないと思っているほど、この国は平和だと思っているらしい。日本を狙う国家はまわりにいくつかある。その一国でも、日本を侵略しようとしたら、ミサイルを撃ち込んできたら、それもまた想定外なのだろう。想定外として、慌てて自衛隊を出すのだろう。アメリカは、大切な関係だと、今回の窮地でわかったが、米軍が態勢を整えてやってくるまで、じっと手を出さずに攻撃されるまま、逃げたりなんてできない。命がけで戦う。それを見て、米軍はくる。その間の自衛隊の役割は、攻撃と防衛である。日本人が血を流さないのに、米軍が血を流すことはありえないのだ。自衛隊は日本の軍隊であるべきで、日米関係はとても大切だと、私は今回の地震で強く思った。この地震が平時でよかった。第一線で活躍するのは、自衛隊以外にいない。だが、国家の暴力装置らしい。そんなリーダーに、私たちはついていく気がしない。また、日米安保も未来永劫であろうはずもない。いつか解かれる想定外は考えてあるのだろうか。

 「ナイト&デイ」に関して、まったく関係ない前文を書いた。ただ、昨年に観た映画でも、書いているのは2011年5月であり、この未曾有の震災を無視して映画だけ語っていたのではウソのような気がする。本作には、書きかけ、下書きのままの前文があったけれど、ノホホンとしたコメントで、削除した。テレビも報道しない、新聞も書かない、書けない事実がネットの中にひろがる。読みあさっているうちに、どんどんはらわたが煮えくり返る。それは、政府に対してである。これが、自民党だったら、少しはマシだったかもと思う。遅い遅いと文句を言われた阪神大震災の村山内閣の方が、まだずっとマシである。今を思うと、緊急法案の成立は早かった。自分が全責任をとるから、どんどんやってくれ!・・・村山首相は、お飾りのように思えたが、責任をとると胸をはった。自分ができなかったら、できる人に全権を任せればいい。それができない首相が、官僚を怒鳴りちらしたり、ウツのように目をキョロキョロさせている。

 さて・・・トム・クルーズ主演ものとしては、とんでもないくらいの低興行成績らしい。日本だけではなく、世界的に。予告が下手くそで、どうしようかと考えたが、気にはなる。正直、つまらなかった。予告がすべてである。あれ以上の特別ななにかは、本篇にない。素直に一直線に観たら楽しめるのだろうが、計算だらけのアクション、計算が見えるアクションは、どんなに凄くても胸に響いてこない。また、今の私にはそれほど気持ちに余裕があるわけではないから、素直に楽しめない。楽しむという気持ちは、心に余裕がいる。余裕ない心でありながら、それをぶち破るくらいのアクション映画がほしい。ズタズタのときに観ても仕方ない。が、ズタズタでも、おや?と思えるアクションはある。インディ・ジョーンズシリーズは、いま、ビデオで観ても、気が入っていく。

 本作は、ほめているブロガーが多い。私の感覚がズレていっているのか、無気力になっていっているのだろうか。そうかもしれないが、今年に入って「午前10時の~」を観ているけれど、これらは、鑑賞中の数時間を忘れている。余裕ない精神状態の中、その映画に熱中できるひとときを与えてくれている。

 西日本は元気である。東北の方々に比べたら、精神が余裕だのどうの、言ってられない。恵まれた土地にいる。元気はないけれど、元気を出さねばならない。カラ元気でも、元気になれるものである。あの震災が、私に力を与えてくれている。  <50点>


NECK ネック

2010年08月24日 23時00分00秒 | な 行 (2008.2009.2010.2011)

Neck  <シネプレックス小倉>

 後の「恋するナポリタン」もそうだが、脇やチョイは別として、相武紗季は作品に恵まれてない。可愛いだけで、芝居も下手くそだけれど、下手くそは下手くそなりに使い方がある。深田恭子の「下妻物語」は、下手を逆手にとって、立派な主演に仕上げた。エロティック全開になってしまわないかと心配したが、中途半端さで、ドロンジョも適役である。相武紗季は、脚本、監督に恵まれず、とんでもない駄作に主演を続けている。所詮はアイドル、モデルなのだろうか。いや、使い方によると思うが。

 昔からアイドル映画は存在している。今更でもないけれど、3本立ての1本ではない時代、本作のような中身スッカラカンの芝居下手くそのベタ編集の・・・を2時間も鑑賞させられては、とても耐えられない。途中で何度も出ようと思ったが、腹も減らぬし、スクリーンの存在だけで我慢した。「キャー!相武紗季きゃわいい!」「溝旗淳平カッコイイー!」だけで満足してしまうドミーハーファンは別として、映画として観ている人には、これはたまらない。駄作も駄作、テレビでオンエアしても間の抜けた記憶に残らぬ一本だろう。ひとつくらい良いところをと探してみたが、居心地の良い時はまったくなかった。撮りだけは丁寧のように見える。

 若い主演たちがダメなら、脇をかためたいところだが・・・誰もいない。棒読みの坂東英二なんぞは、目線がカメラ横で、喋り相手を見ていず、あきらかにカンペを読んでいる有様。たった今、連れてこられて、すぐに本番みたいな・・・これでは、観客が映画の中に入れるわけがない。1本立、指定席時代、こういう映画も作ってしまうのだなと・・・情けなかった。量産していた50年代、60年代にも、ここまで程度の低い作品はなかったのではないか?日活の和製ウェスタン、松田聖子主演のいくつかのアイドル映画・・・観終えた後の気分は、それと同じだった。

 舞台作品が映画になった。舞台の仕込みも大変だろうが、映画の仕込みとはまったく違う。台詞はもちろん、芝居も変えねばならない。板の上を歩いている芝居を映画でさせてはならない。ハイテンションなのはいいけれど、隅から隅までのお客様に目いっぱいの気持ちはいらない。そんなことしなくても見えている。小さな吐息だって大きく響く。これをスタッフはわかっていないのではないだろうか・・・わかっているとしたら、彼らにはまったく才能がない。  <20点>


ニューヨーク、アイラブユー

2010年06月08日 23時00分00秒 | な 行 (2008.2009.2010.2011)

Photo_5  <シネマ5>

 観てはないが、『パリ、ジュテーム』に続く本作らしい。本作はパート2のような・・・ということになるのだろう。関連は薄いみたいだけれど、エンドロールで次回は上海を舞台に・・・と出て、パート3も考えているようだ。世界の都市を舞台に「有りそで無さそな有りそな出会いの日常」を、優しく高級感をもたせて描いてまとめてしまうと、なかなかの連作モノになるだろう。10人の監督のオムニバスとしているが、はっきり物語がわかれているわけではない。1人の監督が撮ったのではないかと思わせる構成で、空気感も途中で切れるわけではない。10人で監督したひとつの映画だ。

 実は長く深い物語。それを短くまとめて表現すると、観客はその背景、時間や場所や人物の背景を想像する。ただ観ているだけではなく、その後ろ側を想像しながら観るという楽しみをプラスしてくれるのだ。映画を観ながら、自分の想像の世界をもうひとつ観る。映画の中に映画を観るというのは、とても高級な気分になれる。映画というものは、鑑賞中は平坦で、観終わった後の想像を楽しむしかない。たとえば、音楽を聴いている間、演奏者の姿を思うこともあるが、だいたいは頭に自分の絵を浮かべる。過去か現在か未来か、はたまた自分にも思いも寄らなかった空想世界か。私たちは音楽を聴くというより観ている気がする。ラジオのトーク番組を聞いていてもそれは思う。あそこへ行き、あそこへ泊まり、あれは美味しかったなあ・・・なんて聞いていると、行ったこともない地が、泊まったこともない旅館が、見たこともない料理が目に浮かぶ。ラジオとは聞いているよりも観ているのではないかと思う。・・・映画はそういう楽しみを基本的に奪う。目に見えているものがすべてで、観ながら他の事を頭に浮かべると邪魔だからだ。それらの楽しみは観終えた後のことである。しかし、本作はその余裕を与えてくれる。ゆったりした時間の流れもあろう。珍しいタイプの映画だと思った。また、とても高級な気持ちにさせてくれる。観終えた後、ちょっとカフェテラスで、街を、街ゆく人を眺めながら、ゆったりとお話ししたいような・・・。

 「パリ、ジュテーム」も観てみたい。また、次に続く上海篇も。穏やかで、あたたかな気分にさせてくれる映画はとても好きだ。まあ、俗者なので、スプラッターもホラーも好きなんだけど・・・。しかし、これだけの監督とキャストを集めて1本の映画にするなんて贅沢なこと。マトモにギャラを払ったら200億や300億では済まないだろう。よほどのホンを持って、気に入らせて、また、スタッフとキャストの遊び心も必要だ。

 ちょっと早いが、16時40分発のソニック46号で大分を後にする。久しぶりに続けざまに映画を観た。昔の3本立てよりも、今の3本ハシゴの方が疲れるのはなぜだろうか。劇場を出て、いちいち仕切りなおすからだろうか。・・・JR九州は、よくダイヤが乱れる。私の乗ったソニック46号も途中の信号機故障で立ち止まってしまった。私には関係ないが、「東京行き新幹線のぞみに間に合いません、みどりの窓口へ」とアナウンスが流れた。最終の新幹線には接続するようだが、後ろからくる次のソニックで、新幹線に乗り換えて東京へ行こうとしている人は最終に乗れないということになる。小倉で一泊するか、名古屋か新大阪まで乗るか・・・どーでもいいことだけど、焦っている乗客の顔や姿が目に浮かぶ。駅員の応対も目に浮かぶ。ということは、無機質な車内アナウンスも、ただ聞いているのではなく、見ているということかもしれない。この世のすべてが芸術に感じてきた。  <85点>


2012

2010年01月09日 23時00分00秒 | な 行 (2008.2009.2010.2011)

2012  <小倉コロナシネマワールド>

 「インデペンデンス・デイ」「GODZILLA」「デイ・アフター・トゥモロー」と、だまされ続けられること十数年。また、人類滅亡の危機を描いたローランド・エメリッヒ監督大作がやってきた。人も十分に描ききれない監督が、なぜまだ撮らせてもらえるのか、私などは不思議に思う。興行成績だけで言えば、プロデューサーを喜ばせるのだろうが・・・いや、人なんて丁寧に描く必要はないと思っているフシもあるから何とも言えないのだが・・・。しかし!人間ドラマをしっかり描けてないSFパニック映画なんて!CGと音響だけで驚かせる映画なんて!もうだまされないぞ!と、観るつもりなどなかったけれど、本作は評判がいいようで、いささか気になる。その前に、何も考えずに観られるSFパニックは好きであるし・・・。これが安物のB級ならば喜んで観にいくのだが・・・まあ、矛盾を承知で、自分からだまされに行く。はい、何度でもだましてちょーだい。

 パニックの中に人を描けなかった、または描かなかったローランド・エメリッヒだが、感情移入できないまでも、この監督としてはしっかりと描けていた方である。方向転換してしまったのかしらん?これまでで、もっともマシな脚本だったからろう。でもまあ、CGと音響の凄まじさについていくだけの物語の厚みはないけれど。

 ローランド・エメリッヒは、空や宇宙から地球を見ているような映画ばかり作っている。そんなところから見ても、人なんて小さくてどこにいるかわかんないだろう。わかんなくてもいいけれど、でもわずかに、人間の生き様を描きたい気持ちがあるのでいけない。人というものは、小さなところしか見ることができない。見えている範囲はわずかだ。とても狭い。地球規模で破壊されていくなんてのは、見えないから実感がわかない。実感のわかないものってのは、観客もスクリーンに感情をあずけ難い。

 インターネットの世界地図を眺めていても、つかみにくくて仕方ない。ズームして日本地図を画面いっぱいにしても、大きすぎる。自分の馴染みの街が見えてくるあたりから、「よく撮ってるねえ」と思いはじめる。現実味が出てくるのだろう。自分の住む家の屋根まで拡大すると、思わず天井を見上げる。

 高層ビルの屋上から道路を見下ろしたことがある。すぐに壊れそうな玩具に見えた。見下ろしているその時に、あの玩具に事故が起きたとしても、生で見ているのに実感が薄くなりそうだった。本作の都市が丸ごと海に沈んでいくCGは「へえー」と感心するけれど、関心止まりである。むしろ、狭い画の足元の地割れの方が怖さを感じる。恐怖というのはそんなものだろう。人がパニックに陥る臨場感は、「ポセイドン・アドベンチャー」「タワーリング・インフェルノ」くらいの大きさがちょうどいいようで、地球が壊れていくのに人間ドラマをばら撒くなんて脚本は、至難の業だと思う。弁護するわけではないが、こういう類のSFパニックをたくさん観てきて、そう思うようになった。至難の業だ。だから、でかすぎる設定の中、人を少しは描けているだけマシなのだろう。苦心惨憺の上、この脚本は見事なCGと大音響でデコレーションされたのだった。しかし、これが低予算のB級映画ならば、粗いCGであっても、90点以上をつけてしまいそうだ。お金をかけまくった大作では・・・目に新鮮だけで、心まで動かさない。  <55点>

 

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ノウイング

2009年07月15日 23時00分00秒 | な 行 (2008.2009.2010.2011)

Photo_3  <小倉コロナシネマワールド>

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 客が少ない。地方都市の交通の主流が車とはいえ、駅から徒歩30分以上かかるのでは、学生客を見込めない。昔も今も、学生が最も映画を観るのに・・・。ここは、パチンコ、ボーリング、カラオケ、ネットカフェ、ゲームセンター、温泉などと一緒になった娯楽の複合施設だけど、一番広いシネコンに、一番人がいない様子になっている。

3  客が少ないので、呼び込みの為にいろんなサービスをする。テケツ4 で、先月にいただいた「平日1,000円券」を、ポイントカードと千円札と共に出す。1ポイントついて(6ポイントで1回鑑賞無料)、平日1,000円券に捺印してくれる。これをフードコーナーに持っていくと、250円のソフトドリンクまたはポップコーンがもらえる。この日はさらにサービスデーで、現金でチケットを買った人に限り、コロナワールドで使える温泉招待券をいただける。温泉の入場料は平日が700円、土日750円である。さらに、私は使わないけれど、UFOキャッチャー体験券、ゲームのコイン券ももらった。

2  250円のポップコーンと700円の温泉招待券だけ使わせてもらうが、私は、映画を観るための1,000円しか支払っていない。映画代が50円だ。もらったゲームチケットを使えば、映画はいくらになるのかと思う。まあ、目的は映画なのだから、1,000円は1,000円なのだろうが、250円のポップコーンかソフトドリンクがついてくるのは魅力だ。温泉もありがたい。ここの温泉施設は巨大で清潔。・・・とても他のシネコンではまねのできないサービスをてんこ盛りにしている。また、サービスデーも他のシネコンと違って多い。

 人類が地球上のことを知っていることって、1%だか、多くても5%だかで、まったくわかってないのよね。宇宙のことは0.01%だとか。だから、オカルトと呼ばれるホントだかウソだかわかんない世界は楽しいし、興味がわく。夢はなくなるけど、オカルトだと思われていたものを科学で立証してほしい気もする。歳とともにそういう興味は薄れていく人が多いけれど、私はまだまだ、ベタなところで、心霊とか、UFOとか、大好きだ。

 そのオカルト色が濃い、宗教がらみの前半部分はよくできている。大胆なこじつけもあるけれど、私は引き込まれた。しかし、こういう質の映画は昔からたくさん作られてきて、なかなかうまく解決しないことになっている。話を膨らむに膨らませるのはできる。点と点を結び、どんどん重ねて、絡ませていけば、面白くなる。しかし、ひどく興味をそそった観客にナデナデはなかなかできないようだ。大きくした分、難しいだろうと思う。結んだハズの点と点の間の糸は無視せねばならぬこともある。重ねが小さければ納得いくエンドが作れるかも?だけど、それでは話が単純になり、興味が前へいかないだろう(単純さで喜ばせるオカルト映画も私は好きだけど)。

 タイミングよくその場に居合わせて事故が起こる。リアリティない偶然なのに、リアリティあるCGで大災害を存分にみせる。もう、どうやって撮って、CGとどう合成しているのか、それを思う余裕はあるけれど、考えられず、ただ圧倒される。「トランスフォーマー」「ターミネーター4」などよりも見入ってしまうのは、そこに写っているものが、私たちの生活に身近な存在だからだろう。ただし、絶対にカメラが入れないところに入ってしまっているのは、私としては、CGに驚くだけで、その災害にびっくりしているわけではない。よく写ってはないけれど、偶然に撮れた実際の災害映像を見るのとでは気持ちは別世界だ。まあ、同じ気持ちになってはいかんのだけど・・・。

 大風呂敷を広げたから、収拾がつかなくなるのは当然で、後半はどんどん尻すぼみになっていく。答えがいるかなあ?観客はしっかりした謎解きを望んでいるかなあ?答えなんて求めなくても、わっけわかんなくなってドンドンッと終わるB級オカルト映画の方が、潔くて好きだけど・・・。A級ではそうもいかないのかもしれない。  <75点>

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20世紀少年 ―第2章― 最後の希望

2009年03月09日 23時00分00秒 | な 行 (2008.2009.2010.2011)

202  <シネプレックス小倉>

 体は健康になっているらしいが、私のいる今の環境では、ずっと緊張状態が持続している。体にはいいらしいが、精神にはよろしくない。しっくりこない表現だが・・・。精神は、大阪時代よりも悪いと思っている。今、住んでいる街が本当に故郷なのであろうか。大阪では思ったことを言い、やりたいことをやってきた罰みたいなものなのだろうか。今年こそは、本来の自分を出そう、言いたい事を言おうと奮起したが、まわりの個性が強すぎる。どんどん萎縮していっている自分に間違いなく気づいているから、まだ救いは残されているのだろうが、このまま2年、3年、5年と人の言動に緊張し、萎縮し続けていくと、いつか大爆発してしまうような恐怖感を抱えてしまう。この一年間、これほどビクビクして生きたことは私の人生になかった。面白いはずも楽しいはずもない。そう言うと、人生は修行なのであって楽しいことはないと返ってきた。俗に生きている人間としては、どうも納得いかない。早く修行を終えて、死ぬのを待たねばならぬのかと、厳しい意見だ。

 その中で、唯一であろう安らぎの場所は、映画館の椅子である。椅子だけでは寂しく、やはり、映画を観に来ているのだから、それも存分に楽しみたい。この世は修行で、楽しむだけで罰がくるのかもしれないが、こういう日でもなければ、私の人生は窮屈すぎて、恐縮すぎていけない。家に居て、ビクビクして、顔色を伺っている日々が延々と続くのは厳しすぎる。そういう意識があるのだろう、最近の私は娯楽映画を好むようになった。素晴らしい!芸術的だ!考えさせられる!なんて、ちょっとシンドイ。出かければハシゴをするので、ちょうどいい時間の娯楽映画の組み合わせを考えるのも一苦労だが、それはそれで面白い。なーんにも考えずに、口をあけて、アホ面して、2時間スクリーンに向かっている時間は、バカらしくもとても貴重な時間である。

 アホ面さげて観たからか、観終えて映画館を背にしたときは、もうこの映画のことを忘れかけていた。第二章は悪評高いが、私のようにボケーッとして観た者には、楽な一本だった。面白いような、面白くないような、でも飽きない・・・次がどうなるなんて、気にもならないこの異様な感覚。まあ、こういう気分もいいじゃないか。評するに値しない私だけど、こういう作品もあってもいいじゃないかと思う。楽しみにして構えていたり、前作を観たからというだけで観たり、何気なく入ってしまったり、私のように楽になりたくて観たり、人はそれぞれである。ただ、東宝のうまさだけは、フムフムと頷く。作品にどうのこうのという質のものでもない。ちょっとクオリティの高いテレビドラマをかけて、東宝はそれでも稼ぐのだと、感心するだけだ。

 第三章を観たいとはまったく思わないが、また、ぼーっと娯楽にすがる日があれば、これを選ぶだろう。ちょっと気合をいれて頭に入れながら観るならば、第一章からもう一度観なおさないが、しばらくはそんなこと、思わないだろう・・・さて、次の作品が公開されている頃、私の気分はどうなっていますやら。

 なーんとなく楽しめ、何も残らなかった。こういう表現はほめ言葉にもなるが、健全な方がご覧になることを思うと、まったくほめてはいない。少し毒をはくなら、映画はテレビに成り下がってしまったと思わせる一本でもある。昔から映画は儲けを考えて企画され、制作され、配給されるが、この何年か、全国公開ものは、テレビ局がからみすぎて、そのあからさまが表に出すぎるような気がする。無理に話題をつくっている観もある。のせられるアホも多い。私もその一人なのだけれど。  <70点>

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NEXT ネクスト

2008年05月18日 23時00分00秒 | な 行 (2008.2009.2010.2011)

Next  <小倉シネプレックス>

 2008.05.01鑑賞

 黄金週間、つまり、ゴールデンウィークは映画用語で、この週間がもっとも儲かるとしている。・・・していた。昔は、この週に合わせて、目玉の映画がたくさん封切られてたように思う。だが、ここ何年も、これぞという目玉がない。目玉を出す必要のない週間になったのだろう。連休が長すぎて、みんな国内、海外旅行にでかけていって、映画どころではないようだ。他の娯楽も多い。とは言え、映画は、多くの人にとって、日常の娯楽でもなくなった。という事で、観客は減るばかりだ。

 日本人の貧富の差はひらくばかりだが、みんな、お金持ちになった。というのに、海外旅行のお金は惜しまず、映画料金は、1000円均一の日でも惜しむ。新作ビデオの450円は惜しまない。お金持ちの考えていることは、私のような庶民にはわからない。お金、お金と、お金は大事だが、この先、金より物の価値が優先したら、どうなるのだろう。金で買えない時代がおとずれようとしているらしい。政府も発表したようだが、食糧難は、金では買えない。個人より、人との繋がりが、飢える時代を助ける。

 土曜日が休日ではなかった時代、ゴールデンウィークは、飛び石連休となることが多かった。日曜日と祝日以外は、学校も会社も、普通どおりにやっていた。だから、遠出など、できなかった。高度経済成長期も、経済は豊かになったが、庶民の懐は豊かではなかった。だが、今は完全連休となり、大企業は10連休なんてあたり前だ。私には縁がなく、悔しいのを承知で書くけど、懐もとても温かい人が多いようだ。飛び石連休なんて、もう死語になっている。あの頃は、飛び石連休で、遠出できないので、庶民は映画を観に行った。テレビが映画を席巻しても、休日の娯楽はまだ、映画館がどんっと、そこに構えていた。

 娯楽として、一番の目玉は、地味に公開されているけれど、本作だと思う。テーマを追求し、考えさせられる単館ものばかり愛でている方は不満だろうし、私のような映画をしこたま観ているような奴は、できすぎだ、都合が良すぎると、いろいろ言いたいことがあるが、映画にスカッと感を求めるなら、これがいい。単純でわかりやすい物語の中、SF、アクション、コメディと、楽しい素材をつめこんで、ごった煮して、大迫力で提供してくれている。予告篇が、先の2分が見えるなんて、これまでに何度も観たような、簡単に想像つきそうな内容で、損をしている。

 ニコラス・ケイジという俳優、この頃、娯楽映画づいてて、その上、まったくつまんない映画には出ていないような気がする。B級映画に出ても、なかなかしっかりした構成、脚本モノに出ている。2分という予告や解説を見せるから、それが頭にこびりついてしまうけれど、2分どころか、それをあまりにも正確に把握していて、弾丸も避けてしまうなんて、はじめの発想を飛び越えて面白い。アクションも時を忘れるような大迫力で、CGの使い方もこれまでの娯楽映画とは違って、新鮮に見えた。どんな頭が・・・と思うほど、よく考えられてある。誰でも楽しめる大迫力作。今日がつらかった日なら、これを観て、イヤな気分を忘れよう。エンディングは、心残りがあり、先をもっと観てみたく、私としては、大好きだ。  <85点>

Photo  この日は、2本のハシゴをし、続けて「大いなる陰謀」を観た。難しくて・・・とても私には書けるシロモノではない。メリル・ストリープという女優の変身ぶりばかりをみていた。この女優、あまり化粧も変わらないのに、同じ顔なのに、作品によって完全な別人に化ける。「いつか眠りにつく前に」と見比べてみたら・・・同じ年令で、同じ人生を歩んだ人とは思えないくらい、信じられないくらい化ける。長く女優として第一線に立っているのがよくわかる。

 

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