お久しぶりになってしまいましたが、今日は世界の歴史の16回目、
第二次世界大戦の終わった直後あたりをごろごろ記憶にしたいと思います。
1948年 イスラエル独立を宣言 第一次中東戦争
イスラエル 独立の余波(48)で 中東戦争
※イスラエルの独立宣言を受け、それを承認しない周辺のアラブ諸国と戦争になりました。
この戦争はパレスチナにおけるユダヤ人とアラブ人の対立から起こった民族紛争で、パレスチナ戦争と言われ、アラブとイスラエルは、4次にわたり中東戦争を展開していくこととなります。
≪第1次中東戦争の結果≫
イスラエルは国連分割案よりも広い土地を占領したまま、独立を確保しました。(現在まで国際的に認知されているイスラエルの領土です。)
一方では、国連分割案ではパレスチナ人地区とされたヨルダン川西岸はヨルダン、ガザ地区はエジプトが獲得し、パレスチナ人の国家は実現しませんでした。
※この戦争で戦場となったパレスチナの地から多数のパレスチナ人住民がパレスチナ難民としてヨルダン、レバノンなど周辺地域に流出し、この後の大きな問題となります。
また、パレスチナ戦争のアラブ側の敗北はアラブ諸国に深刻な影響を及ぼし、1952年にエジプト革命が勃発します。
大きな世界大戦が終わった直後も、戦争は起こってしまうんですね。
戦争でお互い傷つくことを学ばなかったんでしょうか?
国の存亡をかけて起こる戦争を、止めることは出来なかったんでしょうか?
実は、国際連合による最初の国際紛争調停の最初の事例だったんですが、調停案だったパレスチナ分割案はユダヤ人には受け入れられたものの(ユダヤ人に有利だったから)、アラブ側の反発を受け、ついに戦争となってしまったんですね。国際連合の調停・・・残念ながらうまくいきませんでした。
最初、イギリス・フランス・アメリカがイスラエル側、ロシアがアラブ側支援で、代理戦争の色もあったんですが、第3次以降は石油政策もあってイギリス・フランスはアラブ側に回りました。そして、中国・イランもアラブ側に入り込むなど、大国や周辺諸国の思惑の入り混じる戦争でもあったようです。
また双方の宗教の聖地であるエルサレム、ヘブロンなどの帰属問題の絡んだ宗教戦争の側面もあります。
(ウィキペディア等より)
うーーーん、戦争って、いろんな国が絡んできて、ややこしくなっちゃうんですね。
宗教問題も絡んでくるといよいよ問題が複雑になってきてしまいますね。
そして、戦争による難民問題・・・現在もEUを揺るがす大きな問題ですが、当時もパレスチナ難民問題は大きな問題だったようです。
中東戦争、なかなか内容が濃いので、今日は1つだけにして、続きは次回に~♪
第二次世界大戦の終わった直後あたりをごろごろ記憶にしたいと思います。



※イスラエルの独立宣言を受け、それを承認しない周辺のアラブ諸国と戦争になりました。
この戦争はパレスチナにおけるユダヤ人とアラブ人の対立から起こった民族紛争で、パレスチナ戦争と言われ、アラブとイスラエルは、4次にわたり中東戦争を展開していくこととなります。
≪第1次中東戦争の結果≫
イスラエルは国連分割案よりも広い土地を占領したまま、独立を確保しました。(現在まで国際的に認知されているイスラエルの領土です。)
一方では、国連分割案ではパレスチナ人地区とされたヨルダン川西岸はヨルダン、ガザ地区はエジプトが獲得し、パレスチナ人の国家は実現しませんでした。

※この戦争で戦場となったパレスチナの地から多数のパレスチナ人住民がパレスチナ難民としてヨルダン、レバノンなど周辺地域に流出し、この後の大きな問題となります。
また、パレスチナ戦争のアラブ側の敗北はアラブ諸国に深刻な影響を及ぼし、1952年にエジプト革命が勃発します。

戦争でお互い傷つくことを学ばなかったんでしょうか?
国の存亡をかけて起こる戦争を、止めることは出来なかったんでしょうか?


最初、イギリス・フランス・アメリカがイスラエル側、ロシアがアラブ側支援で、代理戦争の色もあったんですが、第3次以降は石油政策もあってイギリス・フランスはアラブ側に回りました。そして、中国・イランもアラブ側に入り込むなど、大国や周辺諸国の思惑の入り混じる戦争でもあったようです。
また双方の宗教の聖地であるエルサレム、ヘブロンなどの帰属問題の絡んだ宗教戦争の側面もあります。
(ウィキペディア等より)
うーーーん、戦争って、いろんな国が絡んできて、ややこしくなっちゃうんですね。

宗教問題も絡んでくるといよいよ問題が複雑になってきてしまいますね。
そして、戦争による難民問題・・・現在もEUを揺るがす大きな問題ですが、当時もパレスチナ難民問題は大きな問題だったようです。
中東戦争、なかなか内容が濃いので、今日は1つだけにして、続きは次回に~♪