萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第30話 誓暁act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2011-12-27 22:28:26 | 陽はまた昇るanother,side story
想う、夢、それから




第30話 誓暁act.2―another,side story「陽はまた昇る」

雪くるむ真白な街を特別なひとの隣で歩くこと。
こんなに冷たい雪の朝の空気なのに、この隣はこんなに温かい。そんな温もりの幸せに周太は微笑んだ。
そんな周太の右掌は英二の左掌に握られて、英二のコートのポケットに入れられている。
さっき街路樹の下で掴んだままに、英二は周太の掌をコートにしまいこんでしまった。
そんなふうに繋がれた温もりが嬉しくて、けれど隣を周太は見上げて穏やかに微笑んだ。

「ね、英二?…大丈夫だよ、俺、逃げたりしないよ?」

さっき警察官の制服姿の時に、英二は「さすがに今は、手をつないじゃダメ?」とねだってくれた。
けれど警察官姿で手を繋いだら犯罪者の確保中だと思われてしまう。だからさっきは断って英二の掌から逃げてしまった。
そのぶん英二は手を繋いで逃げないようにしているの?そんなふうに見上げた周太に、きれいな微笑みで答えてくれた。

「うん。解ってるよ、周太。でもね、こうして手を繋ぐのってさ、幸せだろ?だから周太と繋ぎたい」

そうだよ周太?ずっと繋いでいたいんだ。きれいな切長い目が笑って見つめてくれる。
その通りだと想ってしまう。だって本当は昨夜「繋いだ手」を見て想っていたから。
昨夜たくさんの繋がれた手を交番から眺めていた、そんな幸せそうな笑顔が微笑ましくて少し寂しく見つめていた。
でも今は自分の掌も繋がれている、繋いだ温もりに幸せに微笑んで、周太は唇を開いた。

「ん、…そうだね、英二。幸せだね?」
「だろ?」

答えながら英二が微笑んでくれる。
けれどすこし微笑みがいつもと違って、周太には不思議だった。
どうしたのかな?不思議な隣の微笑みを見つめながら歩くうち、雪の中のカフェに着いた。

まばゆい雪明りにカフェの店内は穏やかに明るい。
そんな陽だまりの窓際に座るとき、ようやく英二は周太の右掌をコートのポケットから出した。
ゆったり1人掛けのソファに腰かけた周太の、右掌を切長い目が見つめてくれる。
もっと繋ぎたかったと想ってくれてるの?そんな想いが切長い目に見えて周太は微笑んだ。

「ん。右手、温かいよ?ありがとうな、英二」
「良かった、」

華やかに笑顔が英二の顔に咲いた。
そんな明るく美しい笑顔で、幸せそうに英二は周太に言ってくれる。

「俺ね、周太のことは温かくしたいんだ。だからね周太、俺、いま幸せだ」

きれいな低い声が、端正な口元あざやかに綻んで想いを紡いでいく。
すこし長めになった綺麗な前髪を透かす、きれいな切長い目と濃い睫が朝陽に映える。
窓からふる朝陽に艶やかな白皙の貌は、穏やかな静謐が華やかな顔立も端美に深い。
ほんとうは山の木洩陽に立つ姿がいちばん美しい、けれど街中のカフェの窓際でも英二は華やいで惹かれてしまう。

そして、こんなふうに美しい隣に本当は、すこし気後れしそうになる。
自分が隣にいてもいいのかな?そんなふうに不安と不思議を思わされる。
でも今はただ、見つめられる時の幸せを素直に受けて微笑みたい。そんな想いに周太は穏やかに微笑んだ。

「そう?…ん、いつもね、温かいよ…ね、英二。なにを頼む?」
「クラブハウスサンドと、コーヒーかな。周太はココアにする?それともオレンジラテ?」

ちゃんと自分の好みを覚えてくれている。
そんな細やかな英二の優しさが好きだ、幸せに微笑んで周太は答えた。

「ん、…おれんじらて?かな…あ、家に帰ったらね、ココア作ってあげるから」
「周太が作ってくれるの?うれしいな楽しみだよ。なによりさ、周太?『家に帰ったら』って、良いフレーズだよな」
「あ、…ん、なんかいわれるとはずかしくなるね…でも、良い、ね?」
「だろ?あ、周太。オレンジデニッシュあるよ、頼もう?」

ほら、また自分の好みを訊いてくれる。
そんな気遣いがうれしい、なにげない会話、ありふれた話題。
そんな1つずつが幸せで温かくて、昨夜までの寂しさも微かな嫉妬も解けてしまう。
…そう、微かな嫉妬が自分には蹲っている?

「…ん、うれしいな。…でも食べ切れるかな、」
「大丈夫だよ周太?だって俺、腹減ってるからさ、周太が残したらそれも食べるよ。それとも周太、他のものがいい?」

…微かな嫉妬を国村に自分は抱いているの?
あんなに国村は良いやつで、自分のことも大事にしてくれるのに?
あの犯人と対峙した日も国村は、ミニパトカーで英二を送って自分を援けてくれた。
けれど事情も聴くことなく国村は、何でもないことだと軽やかに笑ってくれる。そんな温かい優しいひとなのに?
きっとそれは微かな自分の劣等感のせい、国村があんまり美しくて英二に似合うから。
だから余計な卑屈に自分は勝手に捉われている。

…そんな想いは、嫌、

そんな嫉妬は哀しい、だから消してしまいたい。
そのために自分は与えられた「英二の特別」がある、だからそれを見つめて微笑めばいい。
そういうのは気恥ずかしい、けれど哀しい嫉妬のままは嫌だから、1つの勇気を使えばいい。
そんな想いに見つめる大切なひとへ、周太は気恥ずかしい想いのままに微笑んで「おねだり」をした。

「…ん、やっぱり、オレンジデニッシュ食べたいな。ね?…半分こしたら、英二も食べてくれる?」

言われた切長い目がすこし大きくなる、この顔は可愛くて好きだ。
そう見つめている切長い目に、心の底から幸せそうな想いが輝いて、きれいな笑顔で英二が笑った。

「うん。食べるよ、周太。なんだか『半分こ』ってすごくいいな。
 なんか俺、すごい幸せだよ。ね、周太?ふたりで1個をさ『半分こ』して、分けっこするのってさ、特別な感じで良いね?」

こんなに喜んでくれるなんて?
きっと少しは喜んでくれるかなと思っていた、けれどこんなに喜んでくれて。
だって今この英二の笑顔は心底から幸せそう、そして美しくて温かい。
こんな笑顔をさせてしまう自分はきっと、ほんとうに「英二の特別」だと素直に喜べてしまう。
ほんとうに「特別」は嬉しい、きれいに笑って周太は英二に答えた。

「ん、…半分こ。特別で幸せ、だね。英二?」

そんな「特別」の幸せに微笑んで、陽だまりふる窓辺で周太は大切な笑顔を見つめていた。
そうして少しずつ想いと言葉を返響させながら、微かな嫉妬も不安も温もりへと解かしていった。

カフェを出ると、少しだけ朝の寒気がゆるんでいた。
それでも白銀はまばゆくて、街はホワイトクリスマスの静寂が美しい。
そんな街を歩きながら英二は、あいかわらず周太の右掌をポケットにしまってくれる。

「あのベンチ、雪のなかでも座れるかな?」

あのベンチ。
ふたりで初めての外泊日に一緒に座ったベンチ、それから外泊日のたびに一緒に座っていた。
そして今は周太が余暇には座って、本を読んで安らぐ場所でいる。
けれど本当はいつも一緒に座りたいなと想ってしまう。
だから一緒に座れたらうれしい、微笑んで周太は応えた。

「ん、…ベンチの上の木は、常緑樹だから…雪は避けているかもね?」
「もう公園開いているな、行こうよ」

いつもと同じ公園への道、けれど真白な雪道は初対面の顔でいる。
いつもと同じ道だけれど隣には大切なひとがいる、掌を繋いで温めてくれながら。
こんなに自分は幸せでいる、そっと喜びが心を温めて周太は微笑んだ。
そんな周太の隣から英二が、きれいな低い声で話しかけてくれた。

「周太、俺ね?最初にここを歩いたとき。とっくに周太のことをさ、好きだったんだ」

最初って、最初の外泊日のとき?
それは夏の台風よりも前のときだった、そんなに前から?
そんな意外の想いに少し途惑って周太は訊いてみた。

「…そう、なの?」

訊いた周太の右掌が、コートのポケットで繋がれた英二の掌にやわらかく握りしめられる。
その温もりが幸せで少し気恥ずかしい、周太は隣を歩く英二を見上げた。

「うん、俺はね、ほんとは出会った時から好きだった。
そしてさ、最初にここを歩いて公園に行って、あのベンチに最初に座った。あのときだよ、周太のこと好きだって自覚したのは」

「…ん、そうだったんだ…」

最初にここを歩いた日、あの時に。
そうしてあのベンチで自分たちの、全てが始まったというの?
そう告げられた想いは不意打ちで、うれしくて幸せにされてしまう。
そして想ってしまう「あの時にはもう自分は孤独じゃなかった」そんな温もりは時間を遡って傷をふさぐ。
こうして1つずつ英二は自分を癒してくれる、そして素直に想いが育まれていく。

「ほら周太?公園の門が雪で白くなってる」
「ん、…雪の門だね、」

そう、きっとあの門は「雪の門」
きっとこの門は今だけは、世界中の最高峰につもる雪に繋がっている。
だって今日は雪が降った、そしてこの公園のベンチに今から座る。あの全てが始まったベンチに。
だから自分は予感する ― きっと英二はここで話をする、最高峰の雪を国村と踏みに行くことを。
だからあの門は「雪山の門」今日この時のためだけに現れた、そんな気がしてしまう。
そんな想いに雪を踏んで周太は、英二と一緒に公園の門を通った。

「ん、きれいだね、」

雪の門を通って周太は微笑んだ。
通った門の向こうには、おだやかな白銀の森が広がっていた。

「ほんとにさ、ホワイトクリスマスだね、周太?」
「ん。…なんか素敵だな、きれいだね」

いつもの道も今この時は、冬の朝陽に輝いていく雪の道。
いつもの広場も今この時まばゆい雪原に広がって、いつもの森も銀色たたずむ雪の森。
そしてほら、ここにも自分の山茶花が咲いている。真白に凛と花咲く梢を見上げて、周太はきれいに笑った。

「ね、…ここにも『雪山』がね、咲いている」

山茶花『雪山』は父が息子の誕生花だからと実家の庭に植えてくれた木。
この『雪山』は英二が日々を過ごす御岳山にも咲いている、だからきっとここにも咲いている気がした。
そんなふうに花を見上げる周太に隣から、きれいな低い声が教えてくれた。

「御岳山の『雪山』も元気に咲いているよ?」
「あ、いつも見てくれてる…の?」

いつも英二は巡回業務で御岳山の登山道もまわる。
そのたびごと見てくれている?そう見つめる想いの先で英二が笑ってくれた。

「うん、もちろんだよ周太?だってあれはさ、周太の木だろ」

そうやっていつも、少しでも近く見つめたがってくれる?
それ位に想ってくれるのなら、あなたに自分はもっと近づいてもいいの?
それなら今この繋いだ右掌にふれる、あなたの温もりふれる腕時計がほしい。
でもまだ言えない、そんな想いに微笑んで周太は応えた。

「ん、…なんか、うれしいな…いつも見てもらえて、うれしい」
「おう、いつも見てる、周太のこと。ずっと、どこからもね」

そう英二が微笑んでくれたとき、いつものベンチに辿りついた。
ベンチは常緑の梢に覆われて雪かぶらずに乾いていた。ほら思った通りだった、うれしくて周太は微笑んだ。

「ん、…雪、避けてるね?やっぱりこの木が、守ってた」

そんなふうに微笑んで周太は梢を見上げた、常緑の葉を繁らせた豊かな梢は雪が銀色に輝いている。
けれどベンチは雪もなく、冬の朝陽におだやかな佇まいでいた。

…この場所から、はじまったの?

陽だまりに温まるベンチを周太は微笑んで見つめた。
あの通り雨がふる中で英二は、ここに座る隣の自分を想ってくれていた。
なんだか嬉しいなと見守っている横顔に、静かに微笑んで英二が教えてくれる。

「周太ね、この森は奥多摩の森をつくったらしいよ?」
「そう、なの?…あ、確かに雰囲気がね、よく似ているな」

ここは新宿、いつも自分が日常をおくる街。
この森は奥多摩で、いまは雪を抱いて佇んでいる。
そしてこの森に抱かれたベンチにいつも座って、自分はこの隣への想いを重ねている。

「うん、」

そんな隣の軽いうなずきに周太が見上げると、英二は微笑みかけてくれる。
そしてポケットの右掌が軽く握りしめられて、静かに英二の口を開かれた。

「周太、聴いて?これはほんとうの俺の気持ち、俺の想いの真実なんだ」

きっとこの門は今だけは、世界中の最高峰につもる雪に繋がっている。
さっきそうに想った。そして予感した ― きっと英二はここで話をする、最高峰の雪を国村と踏みに行くことを。
その通りのことが今から始まっていく。きちんと聴くよ?穏やかに微笑んで周太は英二を見つめた。
きちんと聴いて?そんなふうに英二も目で笑いかけて周太に告げた。

「周太への想いだけがね、俺の人生の幕を開けてくれた。だから周太はね、俺が生きる意味の全てだ。
 そして俺は山ヤとして生きられた、周太に出会えたから俺は本当の自分に成れた。
 だからこそ俺はね、周太。周太への想いのまま本当の俺らしくさ、山ヤの最高の夢に生きたい。
 山ヤの最高の夢へ俺は登りたい、この世界の最高峰へ立ちたい…俺は、周太への想いのまま最高峰に立ちたい」

「ん、…」

小さく頷いて周太は微笑んだ。ほら、自分が願った通りでしょう?
英二の想いのままに生きたいと告げてくれる、そして夢を見つけたと告げてくれる。
きちんと聴いているから続けて?そんな穏やかな想いで見つめる先で英二は続けた。

「国村は最高峰に登る運命の男だよ。その国村が俺をね、生涯のアイザイレンパートナーに選んでくれた。
 まだ俺は山自体が初心者だ、それでも国村は俺を選んだ。
 そしてね、周太の事情も全て俺は話した、危険な道だとも。それでも国村は俺を選んで、揺るがなかったんだ」

話して告げてくれる、切長い目も真直ぐに揺るがない。
そうして知らされる国村の想い、ほらやっぱり彼は自分のことまで受け留めた。
そんな彼が英二を望んで最高峰へ登ると言う、そしてそれは英二の夢でもある。
さあどうか話して?そして聴かせて、ふたりの夢と約束を。
ただ真直ぐに見つめて自分も受け留めるから。そんな揺るがない想いで周太は英二を見つめた。

「そして国村はね、こう言ったんだ。
『最高峰ほど危険な場所が世界のどこにある?
 そんな最高の危険へと俺は、アイザイレンパートナーとして宮田を惹きこんだ。
 だからこれからの人生をより危険に惹きこんでいくのは俺の方だ。だから宮田の危険に俺が巻き込まれるくらいで調度いい』
 そんなふうに国村はね、俺を選んでくれたんだ。
 周太。俺はね、あいつに自分のリスクを背負わせて、あいつの生涯のアイザイレンパートナーになったんだ」

「ん、」

おだやかな相槌を周太は打った。
とうとう自分はまたひとり、自分の運命に巻き込むことになる。
そのひとは最高のクライマー、愛する人のアイザイレンパートナー。

ふたりは最高峰という最高の危険を目指す、たしかにそれ以上の危険などありはしない。
その峻厳な危険の前では自分の辿る道の危険は小さい、けれどこの2人は巻き込まれるべき危険じゃない。
だってこの2人はきっと、小さな人間の思惑に捕えていい存在じゃない。
ほんとうは2人は自然の峻厳な掟に立って、世界中の最高峰で世界を見渡すために生きればいい。

それでも2人は一緒に自分を背負うというの?
そんな2人に自分はどうしたら想いを返せるの?
そんな想いに佇んで周太は白銀の森で、愛するひとの切長い目を見つめた。

「どうか周太、許してほしい。最高峰を望む男の生涯のアイザイレンパートナーに生きること。
 そしてね、周太?あいつと一緒に俺は、最高峰から世界を見つめたい。そして周太のことを想いたい。
 そして俺はね周太、最高峰からだって周太の隣に必ず帰ってくる。だからその絶対の約束を結ばせて欲しい」

やっぱり望んでくれるの「絶対の約束」を?
そして必ず自分の隣へ帰ってきてくれるの?
きっとほんとうにあなたが生きる場所は最高峰、それでも自分の隣に帰るというの?
そんな想いが胸に痛い、けれどやっぱり幸せでうれしくて。

そしてもう解っている、どんな理由でももう離れてしまうことなんて出来ない。
だって愛してしまった、だから自分も決めた覚悟で寄りそえばいい。
さあ、愛する想いのままに瞳、微笑んで?
さあ唇もこの想いのままを声にして、どうかこの愛するひとへと伝えて?

「…絶対の約束を結んだら、必ず帰って来てくれる?…俺の隣に、生きて、笑って?」

この想い言葉になってくれる。
そうして見つめる想いの真中で、微笑んで愛するひとは答えていく。

「ああ、必ず帰るよ、周太。どこからだって、いつだって、最高峰からだって。周太の隣に、必ず帰る」

自分のもとに必ず無事に帰ってきて?
そして生きて笑ってずっと幸せでいて?
そのために愛するのなら自分も許されると信じられる。
だからどうか自分を愛して?そして愛させてほしい、そうしてどうか一緒に生きて?
そんな想いに見つめる英二は穏やかな静謐から、きれいに笑って言ってくれた。

「そしてね周太、生涯ずっと最高峰から告げるよ?
 周太を心から愛している。
 そう、俺は最高峰から告げるよ。生涯ずっと最高峰から、周太だけに想いを告げて生きていきたい」

新宿にある奥多摩の森、白銀の雪の森に一緒に佇んだ。
そこで自分の瞳を見つめて英二は想いを告げてくれた。
そうして許しを乞うてくれる、英二が夢に立つことを望んで自分に了解を求めてくれる。

…ほんとうに許してくれるの?

ゆっくりと瞬いて周太は英二を見つめた。
だって本当に許しを請うべきは自分、そう自分は解っているから。

だって自分は英二を縛り付けている。
だって英二の想いを知りながら、英二を父の軌跡を追う危険へと巻き込んで。
そんな危険に巻き込みたくなんてない、ただ山ヤとして最高の幸せだけに生きてほしい。
けれど自分は離れることもできなくて、けれど父の軌跡を追うことも止められなくて。
そんな自分は卑怯だと解っている、酷い我儘だと解っている残酷だと自分が一番知っている。
それでも愛してしまっている、そして愛されてしまっている。

だから1つもう、決めているから許してほしい。
この父の軌跡を追う危険の涯を自分は、必ず無事に終わらせてみせるから。
そして父の想いを全て受け留め終わったら、あなたの為だけに自分は人生を使う。
そして全てを懸けて幸せにするから、自分こそが英二を幸せに笑わせてみせるから。

だからね、英二?
どうか今から自分の「お願い」を訊いてほしい。
そして受け留めてくれたら自分は「お願い」に縛られて英二から逃げれなくなる。
そうして逃げられなければきっと自分は、必ず無事に父の軌跡を終えて戻れるから。
そんな幸せな繋縛で自分を繋ぎとめて、もし本当に求めてくれるなら?

どうかこの想いごと自分を受けとめて?
そしてどうか隣で一緒に幸せになって?
本当に愛してくれるならこの「わがまま」を許してほしい。
そうして唯ひとつ愛する想いのために生きさせて?そんな想いに微笑んで周太は唇を開いた。

「そのままの姿で、そのままの想いに…
 真直ぐ心の想う通りにね、英二には生きてほしい…それがね、いちばん英二は素敵だ。
 そして俺はね、英二のきれいな笑顔が好きだ。だから英二の笑顔を、俺が守りたい。だからね、英二…お願いだ」

真直ぐに見つめる切長い目が優しい。
その目には穏やかな静謐と深い優しさが温かくて、そして自分だけを想っている。
この目が自分は大好きで、きれいに笑っていてほしい、その笑顔を見つめていたい。
だから「お願い」させてほしい、きれいに笑って周太は言った。

「世界の最高峰で、英二の想いのままに、きれいに笑ってほしい。そして、必ず俺の隣に帰って来て?」

見つめる切長い目には、誇らかな自由と深い想いが見つめてくれる。
その目のまま英二は、やさしく周太を抱き寄せてくれた。

「うん、約束する。俺はね、最高峰から想いを告げて笑ってみせるよ?そして必ず周太の隣に帰る、周太を絶対に俺が守るよ」

自分こそ絶対に英二を守る。
自分より大きくて美しい英二、それでも自分こそが守りたい。
そして英二が守りたいアイザイレンパートナーすらも、自分こそが守りたい。
そうして2人で最高峰に立ってほしい、そして英二のきれいな笑顔が輝く姿を自分に見せて?
きれいに笑って周太は英二に「お願い」をした。

「ん、…お願い英二、絶対の約束をして?」

見つめてくれる笑顔が美しくて、愛しくて。
こんな笑顔のひとが自分の運命の相手でいてくれる。そんな幸せが切なくて愛しい。

「周太、絶対の約束だ。俺は、約束は必ず守って叶える。だから周太、信じて待っていて」

いま想いを告げてくれた。
その想いごと周太の唇に、しずかな想いの唇が重ねられた。
この新宿の奥多摩の森の、大切なベンチの前の雪まばゆいなかに。

あたたかな想いと唇がしずかに離れて、ゆっくり周太は瞳を披いた。
披いた想いの真中で大好きな切長い目が笑ってくれる。この笑顔のために自分は今だって生きていたい。
今はまだ父の軌跡を追っている、けれど本当はもう誰のために生きているか解っている。
だから今も微笑んで見つめたい、きれいに微笑んで周太は英二に言った。

「ん、…信じて、待ってる。…ね、英二?」
「うん。ありがとう、周太。俺ね、周太のところだけに帰るんだ。ほんとにね、周太の隣だけだから」

ほら笑ってくれる。
この笑顔がうれしい、笑って周太はブラックグレーのコートの袖をそっと掴んだ。

「ん、帰ってきてね?…ね、英二、ベンチ座っていて?…俺ね、自販機で温かいもの買ってくるから」
「俺も一緒に行くよ、周太?だって少しも俺、離れていたくないんだ」

そんなふうに言ってもらえて、うれしい。幸せで周太は微笑んだ。
そして一緒に自販機で缶コーヒーとココアを買うと、いつものベンチに並んで座った。
雪まぶしい梢のベンチは穏やかな朝陽が温かい、その温もりから眺める雪の森は穏やかな静寂に佇んでいる。
そんな静謐に座って缶コーヒーを飲みながら、英二は周太に思ったままに話してくれた。

「あいつ、今朝も勝手に部屋入って来てさ『新雪だ』って俺を連れだしたよ。でね周太、また頂上の三角点で手形押してきた」

ほら、やっぱり今朝も2人は頂上に登ってきた。
予想通りが楽しくて周太は笑って英二に訊いてみた。

「ん。どこの山にね、登ってきたの?」
「岩茸石山ってとこだよ、周太。山頂の見晴らしがすごく良いんだ、
 北側が開けていて奥武蔵の連山がさ、夜明けの光に雪がうす赤くってきれいだった」

「新雪」を国村はこよなく愛している、そして新雪の朝にはどこかの山頂に最初の足跡をつけにいく。
だから新雪の朝には必ず英二も連れだして、勤務前のまだ暗い早朝2人は一緒に山頂へ登る。
「自分の登山訓練の全てに宮田をつき合わせる、そして宮田をトップクライマーにしてやる」
そんな約束を律儀に守って国村は、自分の楽しみにもしっかり英二を巻き込んで離さない。
そうした早朝登山も国村にしたら訓練の一環でもあるだろう。けれど朝早かったろうな、周太は訊いてみた。

「…じゃあ英二、今朝は起きたの何時?」
「今朝は5時起きかな?その山はね、周太。
 青梅署から30分位行った林道をショートカットするんだ。そこから30分も掛らず山頂まで登れるんだよ」

きっとそのタイムは速いのでしょ?
この隣の進歩を訊いてみたくて、周太は笑って尋ねた。

「ん、…普通だとね、どのくらいのタイムのルート?」
「うん、1時間位かな?ね、周太、どうしてそんな質問してくれた?」

なんでかな?そんなふうに切長い目がきれいに笑っている。
ほら、山の話をする英二はやっぱり楽しげできれいだ。
そんな顔も嬉しくて周太は質問した理由を話しながら微笑んだ。

「だってね、英二?…早朝と、朝夕の巡回と英二はね、登って努力している
 …だから、スピードがあるだろうなって…英二、がんばっているんだね?」

「がんばってるよ、周太?だってね、俺はさ。
 いちばん自分で解っているんだ…最高峰を目指すなんてね、本当に俺にはおこがましいことなんだ」

こんなふうに英二は謙虚に自分を見つめられる。
そういう真直ぐな心が英二を努力に向かわせて、そして望みをきちんと掴む結果を生んでいく。
いま英二は最高峰登頂にも謙虚な想いで見つめている、だから本当に登っていくのだろう。
そんな想いに見つめていると英二は缶コーヒーを傍らに置いた、そしてコートの右側を寛げて周太へ笑いかけてくれた。

「はい、周太?ここに入ってよ」
「…え、?」

どういうことなのかな?
そんなふうに途惑っている周太を、英二は長い腕を伸ばして惹きよせた。

「ほら、周太?早くおいで」

そう言いながら英二は、コートの内側に座らせた周太を包みこんでくれた。
包まれたコートの内側は温かで、おだやかに深い樹木のような香が寄りそってくる。
これは英二の香とすぐわかって気恥ずかしくて、けれど幸せで周太は微笑んだ。
そんな周太の頬に英二は、きれいな頬を添わせて笑いかけてくれる。

「ね、周太?こうするとさ、温かいだろ?」
「あ、…ん。温かい、ね?」

温かいけど、でも待って英二?
ちょっと距離が近すぎて緊張してしまう、ほら首筋が熱くなってきた。
きっともう真っ赤になっている、そんなふうに困っているのに英二は言ってくれる。

「こうするとさ、周太に近づけて俺、幸せだよ。でも、もっと近づきたいな?ね、周太」

もっと近づくって、これ以上って?
そんなこと言われると余計に緊張してしまう、だって今夜のこと想うと意識してしまう。
今夜は3つめの「絶対の約束」を結ぶ、その覚悟はもうずっと固めている。
けれどこんな不意打ちで昼間の外で言われたら。困りながらも周太は素直に想ったことを口にした。

「あんまりそういうこといわれるとほんとこまるから…ん、うれしい、でも、…あんまり赤くなると困る…」

見つめてくる瞳の距離が近い、そして間近な英二の目は幸せに笑ってくれている。
こんな幸せな笑顔をみせてくれるなら、困るのも我慢して頑張って「恥ずかしい」を治めたいな。
そんなふうに周太はひとつ小さな深呼吸をした、そう簡単には慣れそうにないけれど。
そんな想いに座る隣から、きれいに笑って英二は周太の顔を覗きこんだ。

「ね、周太。こんな言葉があるんだ『登頂なきアルピニスト』…俺たちね、山岳レスキューの警察官の事だよ」

頬ふれそうに近くから切長い目が見つめてくれる。
きっと大切な話をしてくれる?見つめ返す目を微笑ませて、英二は言葉を続けてくれた。

「警察の山岳救助はね、富山県警山岳警備隊がトップだって言われているだろ?
 あの剣岳が管轄だ、俺たち奥多摩とはまた違った厳しさの現場だよ。そのひと達の本にあった言葉なんだ」

剣岳―標高2,999m。峻険な鋭鋒で圧倒する国内ハイクラスの危険度を誇る山。
その山容は氷河に削り取られた氷食尖峰、「岩の殿堂」とも「岩と雪の殿堂」とも呼ばれ一流クライマーも命を落とす。
そのため1966年に富山県登山届出条例が定められ、剱岳周辺について「危険地区」とされた。
そして12月1日から翌年5月15日までの間に危険地区に立ち入る者に対し「登山届」の提出を義務づけている。
その登山届の不提出や虚偽記載などの違反行為に対しては罰金が科せられる。

こんな日本最高の危険地が剣岳だった。
そこを管轄に持つ富山県警の山岳警備隊は、日本最高の危険に立つ警察官といえる。
きっと自分と同じ山岳レスキュー警察官で最高の人達から話を聞いてみたくて、まず英二は本を読んだのだろう。
こんなふうに英二は先輩や先達に素直に教えを乞う謙虚さがある、そんな実直さが周太は好きだった。
どんなふうに感じたのかな?この実直で真面目な隣を周太は見つめて耳傾けた。

「そこにはね、こう書いてあったんだ。
『道はヒマラヤに通じていない、山岳警備隊は華々しく世界の名峰に登頂するアルピニストにあらず。
 いついかなるときも、尽くして求めぬ山のレスキューでいよ。目立つ必要は一切ない』本当にそうだなって、俺は思ったよ」

一言ずつ考えて話してくれる端正な貌を、周太は穏やかに見つめた。
どの一言もきちんと聴かせてほしくて見つめていると、安心したように英二が微笑んでくれる。
そう微笑んで英二は言葉を続けた。

「そして俺も山岳救助隊だ、けれど俺は国村と世界の名峰に登ることを約束してしまった。
 それは本に書いてある通り、山岳レスキューの信念から外れた行いかもしれない。
 それで俺はね、ショックを受けたんだ。やっぱり俺は大逸れているのかなって。
 でもね、周太?その信念と俺はね、やっぱり同じだって気がついたんだ。俺、自分は間違っていないって思えた」

そうだよ英二?あなたは間違ったりしない。
いつも真直ぐ見つめて実直に謙虚に見つめられるひと、だからきっと大丈夫。
そんな想いと微笑んで周太は穏やかに言った。

「ん、…聴かせて?英二」

コートの温もりの中で周太は隣に微笑んだ。
そう見つめる隣で、うれしそうに英二は微笑んで話してくれた。

「うん、2つの言葉が鍵だった『尽くして求めぬ』そして『目立つ必要は一切ない』
 この言葉から気づいたんだ、周太。たぶん俺はね、山岳レスキューであってもアルピニストな訳じゃない。
 だってね、周太?もし俺一人だけだったら、きっと俺は、本気では最高峰を目指さない。
 ただ写真を見て憧れてさ、あとは警察の山岳研修で海外遠征のとき少し登る程度だったと思うんだ。だからね、周太?」

そうかもしれない、英二なら。
たぶん英二だけなら目立つような事は思いつかない、きっと黙々と任務への努力に勤めるだろう。
なぜなら英二は良くも悪くも「欲がない」基本的に物事へは恬淡としている。
そのことは冬至の夜の英二の電話でも周太は思ったことだった。

―朝のメールの通りにね、周太。今朝は日の出山ってとこ登ったんだよ。
  そしたらさ、国村のやつ。頂上の三角点に積もった雪にね、手形を押したんだ。
  「よし、俺が一番乗り」ってさ、すごいうれしそうだった。
  そしたらね、周太?俺にもやれって言ってさ、あいつ無理やり俺の左手掴んで、自分の手形の上から押させたんだ。
  それでね周太、あいつ「おまえがさ、二番乗りだよ」って満足してた。
  だから俺はね、二番で充分だよって言ったんだ。だって自分だけじゃ俺、手形とか思いつかないしね。
  そうしたらね「二番で良いんだ?欲が無いよね」そんなふうに言われたんだよ、周太。
 
ほんとうに国村が言うとおり、英二は2番でも構わないという所がある。
そんな英二だから周太にも、いつも自分は後回しにして献身的に尽くしてくれる。
でもそんな周太への献身は「周太の1番になりたいから」だと解っている。だから英二は周太の「初めて」に拘ってしまう。
そして周太を独り占めしたいと英二は想ってくれている、だからこの「1番」には2番以下は存在しない。
そんなふうに英二は周太にだけ欲張りでいてくれる、それが英二に愛されている自信になって支えている。

だから「国村の2番でいい」と周太への「自分は後回し」は大きな違いがある。
英二の「国村の2番でいい」は一緒に楽しもうと望んでくれた、国村の楽しみを優先していること。
なにより英二には1番を争うつもりがない、それが英二にとって自分も一緒に楽しめるのだろう。
きっと英二が言いたいのはそういうこと。そう見つめる周太に英二は話を続けてくれた。

 「俺が最高峰に登るのはさ、あくまでも『国村のアイザイレンパートナー』としてなんだ。
  俺はね、周太。ただアイザイレンパートナーとして、最高のクライマーに尽くしたい。
  そうやって自分の山ヤとしての夢と、大好きな友達の夢を重ねてさ、あいつ支えて叶えたいんだ。
  最高峰でもどの山でも尽くして支えてさ、あいつの無事をサポートして夢を叶えさせる。そのために俺は一緒に登るんだ」

ほら、やっぱりそう。
英二はサポート役に徹することで国村の楽しみを優先したい、そして一緒に自分も楽しみたい。
こんなふうに最高峰に登るほど大きな夢にまで、どこか英二は無欲で恬淡としている。
きっとそんな無欲さが英二の、やさしい穏やかな静謐さになっているのだろう。
そんな静謐が居心地良くて周太は、警察学校での日々に英二が隣にいることを気づくと受け入れていた。
こんな英二が自分は本当に好き。そんな想いと静かに見つめる周太の瞳を覗きこんで英二は微笑んだ。

「たしかに国村と俺は似ている、けれど全く違うんだ。
 あいつは純粋無垢な山ヤだ、そして最高のクライマーだ。ただ「山」を愛して、どこまでも誇らかに自由な山ヤでいる。
 ほんとうに山の申し子なんだ、人間の範疇で計っていいような男じゃない。
 だから山岳レスキューという枠組みすら国村には無意味だよ。
 あいつにとってはさ、最高峰も遭難現場も家の山林も、どれも同じ「山」なだけだからね」

最高峰も遭難現場も家の山林も、どれも同じ「山」なだけ。
国村にとっては本当にそうだろう、きっと「山」の本質を真直ぐ見ているから。
「最高峰」も「遭難現場」も「山林」も人間が山に付けた肩書きに過ぎない、そんな肩書は国村には通用しないだろう。
だって国村のルールは「山のルール」それは峻厳な自然の掟、その掟の主である「山」が人間の付けた肩書を気にするだろうか?
そんなふうに誇らかな自由に生きる国村を、やっぱり周太は嫌いになんてなれない。
国村の自由で底抜けに明るい細い目を思い出しながら、周太は少し可笑しくて笑った。

「ん、国村さんって、そうだね?…きっと、縛られないね?」

それくらい国村は純粋無垢な魂が底抜けに明るい。
それが生粋の山ヤで最高のクライマーが持つ、明るい輝きなのだろう。
そんな男とアイザイレンパートナーを英二は組む、どんな想いなのか聴きたいな?
英二に頬を近寄せられながら周太は、穏やかに英二の言葉に寄りそった。

「国村はね、山ヤの夢に生きる男だよ。そしてね、周太?
 友達として山ヤとして国村が大切なんだ。だから俺、あいつを夢ごと支えて叶えさせてやりたい。
 それでね、大切な友達の夢がかなう瞬間を、いちばん近くて見つめたい。
 そうやって俺はきっとね、あいつに連れられて登ることでさ、こんな俺でも最高峰に立つ夢が叶えられるんだと思う」

大切な相手の為になら英二は全力を尽くす。
そんな実直で大きな包容力を英二は持っている、周太もそうして英二に支えられてきた。
そして全力を尽くすことで英二は、生きる意味も見つけていくだろう。
こんどは最高のクライマーを英二は支えようとしている、どんな意味を英二は見つけるのだろう?
そんな英二の姿をいちばん近くで見つめさせてほしいな。きれいな微笑みを見つめながら周太は心に願っていた。

「周太、俺はこう想うんだ。
 最高のクライマーの無事を守るため、専属レスキューとして共に最高峰へ俺は登っていく。
 だから周太、俺はね。最高の山岳レスキューになりたい、そのために俺はトップクライマーになる。
 そんなふうに俺は山ヤと山岳レスキューの誇りを懸けて、国村の生涯のアイザイレンパートナーでいたい。
 そうして最高のクライマーをサポートすることが、きっと俺が山ヤになった意味のね、1つなんだって想う」

最高の山岳レスキュー。
その言葉に父の殺害犯と対峙した日の英二の姿が、あざやかに周太の心を温めた。
あの日の英二は山岳救助隊服のまま、山岳訓練から真直ぐに周太の隣に帰ってきた。
そして周太の浅はかな行動を止めて周太と、贖罪に生きる犯人も救って父の想いを周太に示してくれた。
あの日、新宿の街ビルの谷間で孤独に落ちかけた周太を、英二は救助してくれた。
そんな英二は周太にとって、最高のレスキューだった。

だからきっと、と確信してしまう。
きっと英二は最高の山岳レスキューにだってなれるだろう。

そして最高峰でだって援けてサポートして、きっと無事に2人で帰ってくる。
あの日に自分が落ちかけた罪からすら、抱きとめて救い出してくれたように。
そんな想いの確信に周太の瞳が微笑んだ、そして周太は英二に穏やかに言った。

「ん。…なんだかね、英二らしい」
「俺らしいかな、周太?こういう生き方はさ、ちゃんと俺らしく笑えるかな?」

自分らしい選択か?自分らしく笑えていくのか?
そうして大切なひとを幸せに出来るのかどうか?
そんな想いで切長い目が周太を見つめてくれる。
こんなふうに自分に訊いてくれる、うれしくて周太は微笑んだ。

「ん、大丈夫だよ、英二…やさしい英二らしい。そしてね、包容力っていう、のかな?…すてきだよ」

やさしい英二、その広やかな包容力が温かい。
そして無欲な英二、やさしい穏やかな静謐が心和ませる。
こんなひとが自分の運命の相手、それが誇らしくて幸せになる。
そんな想いに見つめる人は、きれいに笑いかけて言ってくれた。

「ありがとう、周太。やっぱり俺ね、周太が世界一に大好きで、愛してる」

それが俺の本音だよ?そう見つめて英二は周太にキスをした。
ふれるだけ、けれど熱くて幸せな英二のキス。幸せで気恥ずかしくて周太は赤くなった。
そんな周太の瞳を覗きこんで訊きながら英二は微笑んだ。

「ね、周太?ちょっと買物に行っていい?」
「…ん、…いいよ?」

英二は周太の右掌をとって立たせてくれると、その右掌をまたポケットにしまいこんだ。
今日はずっとこんなふうに掌を繋いでくれるのかな?気恥ずかしく幸せで周太はそっと微笑んだ。




(to be continued)


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