萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.64 another,side story「陽はまた昇る」

2018-08-21 08:52:26 | 陽はまた昇るanother,side story
rolling from their mountain-springs 懐あふれて、
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.64 another,side story「陽はまた昇る」

ぱちり、

爆ぜたのは、焚火だろうか呼び声だろうか?
今この雪に爆ぜたのは?

「んっ、ごめんよ周太?」

テノール透って幼馴染の手、携帯電話ぱちり開く。
その明眸かすかに細めて、涼やかな口もと微笑んだ。

「国村です、どの山ですか?」

朗らかなトーン、けれど微かに硬い。
雪白の横顔すっと空を仰いで、そんな雪の視線に息ひとつ呑んだ。

―もしかして遭難事故の連絡…どうして、光一、

雪空あおぐ横顔に鼓動が軋む、疑問どうしてと絞めつける。
この幼馴染は今朝に警察官を辞した、その午後に繋がれた電話にテノール笑った。

「そうですね、最後のご奉公ってヤツきっちりヤりますよ?」

ぱちり、幼馴染の手が携帯電話を閉じる。
涼やかな唇ふっと靄くゆらせて、白い吐息に笑った。

「ごめんね周太、ちっとオシゴトになっちまった、」

底抜けに明るい眼きれいに笑ってくれる。
怜悧な瞳はるかに澄んで、そんな幼馴染に微笑んだ。

「僕こそごめんね光一…あの、気をつけて帰ってきて?」
「きっちり帰ってくるよ、」

雪白の頬からり笑って、慣れた肩が登山ザック背負う。
白銀の森に青い登山ウェア立ちあがる、その長身につられ立ちあがった。

「あのっ、光一、」
「ん?」

青い肩くるり振りむいてくれる。
雪ふる黒髪の笑顔ほがらかで、すこし鼓動ゆるめられ微笑んだ。

「さっき光一が訊いてくれたこと僕、きちんと考えるから…ありがとう光一、」

やさしい言葉じゃない、言ってくれたことは。
易しくないからこと優しいと解る、そんな発言者は明眸にやり笑った。

「また続き、聴かせてよね?」

笑って登山グローブの手さらり掲げて、澄んだ瞳が明るい。
その掌に自分も手さしだして、ぱんっ、掌かさね敲きあって登山靴は歩きだした。

「みやたっ、招集だよ!」

テノール透って青い背まっすぐ歩きだす。
細身だけれど広やかな背中きれいで、白銀の舞いふる青に祈った。

「無事で…どうか、」

無事で帰ってきて、どうか。

ただ祈り見つめる真中、青い登山ジャケットに雪が降る。
白銀また濃やかになる森の底、青色のむこう深紅色まぶしい。

―英二と行くんだ光一は…遭難救助に、

あの深紅色と幼馴染は駆けてゆく。
白い森あざやかな赤い色、あの背中ずっと見つめた時間がまばゆい。

「…ぶじで、」

唇こぼれる祈り、深紅色の長身ただ見つめている。
視界ふる雪に青色も映る、深紅色のかたわら華奢なベージュのコート姿が佇む。

「ワルイね美代っ、宮田ちっと返してもらうよ?救助コールきちまったからねえ、俺の車よろしくね美代、」

テノールほがらかに雪を透る、青い長い腕が女の子に掌のべる。
華奢な横顔も手さしだして受けとめて、マフラーはためく濃桃色に雪がふる。

「光ちゃん今朝もう退職したんでしょ?なのに救助の連絡が来たの?」
「月末まではイチオウ在職だからね、地元民だしさ?焚火の後始末よろしくね、」

雪風きらきら声が伝う、青と濃桃色に白銀きらめく。
向かいあう二人は明るくて、けれど深紅色ひとつ見つめてしまう。

―英二が行ってしまう、まだなにも…話せていないのに、

明るい二人のむこう、白銀ひとり佇む深紅色。
風さらすダークブラウンの髪が白皙を隠す、今、あなたはどんな貌しているだろう?

―僕が言ったこと英二どう想って…なにも話してもらってない、のに、

英二が生きたいように生きていいんだ、どんな英二でも僕はずっと。

そう僕が告げた想い、あなたに聴こえているだろうか?
その本音を知りたい、向きあわせてほしい、それとも望んでくれないのだろうか?
いつものよう何も話してくれないのだろうか、ついさっき、幼馴染が言ったように。

『ソウイウスレチガイってアイツはね、たぶん埋めらんない男だよ?』

話してくれない、そういうひと。

そういうひとを僕は受けとめられるのだろうか?
そういうひとを受けとめることなんて、出来るのだろうか?

「マッタクの超過勤務だよねえ、ほら?さっさとドア開けな、」

雪のむこう、あなたの車に幼馴染が笑う。
助手席の扉ノックする青い腕、あんなふうに僕は笑えない。

―行ってしまう英二…任務だから遭難救助だからあたりまえ、だけど、

あなたは任務に向かう、山岳救助隊員だから。
そんなこと解っている、そんな姿まぶしくて好き、そんな横顔が好きだ。

けれど、行ってしまうなら言葉ひとつ残してほしい。

そんな願いは僕の我儘だろうか?
それとも他に僕は?

「…っ、」

とくん、

鼓動ひっぱたいて登山ザックひきよせる。
ざらり雨蓋のファスナーひらく、ペンとりだして手帳ひらいた。

「ほら宮田、おまえの携帯が呼んでるよ?黒木だろうけど出てやんな、」

ばたん、

雪に空気ふるえる、あなたの車の扉が閉じる。
もうじき走り出してしまう、それでも雪のはざまペン走らせた。

「待ってっ、」

じりっ、引き破ったページ手に足が動く。
雪さくり登山靴が沈む、右足首じわり引き攣れる。
捻挫まだ痛む、それでも雪を駆けて懐かしい車の窓、拳にぎりしめた。

こんっ、

「…、」

ガラスごしダークブラウンの髪ふりむく、イヤホンマイク着けた白皙が見あげる。
切長い瞳まっすぐ自分を映して、運転席のパワーウィンドウ動いた。

「八丁橋で国村さんがいます、救助要請ですね?」

下がるガラスに低い声が徹る、きれいな低い懐かしい声。
話す相手は僕じゃない、それでも見つめてくれる瞳に紙切れ一つさしだした。

「…、」

声がでない、それでも手はメモ差しだす。
受けとってくれるだろうか?願う真中、端整な唇は通話する。

「行きます、大ダワから落ちましたか?」

きれいな低い声は話し続ける、けれど切長い瞳まっすぐ僕を映す。
僕を見つめて、そして登山グローブの掌さしだしてくれた。

「、」

かさり、

さしだされた掌にメモ一枚、小さな折紙にして載せる。
この意味あなたに伝わる?想い見つめる真中、切長い瞳が微笑んだ。

「わかりました、」

端整な唇たんたん話しながら、掌の折紙かるく握りしめる。
そして登山ウェアの胸ポケットにしまった。

―受けとってくれた、

受けとってくれた、あなたの胸ポケットに入れてくれた。
けれど、このまま忘れられてしまうだろうか?

「あの件は断ってもらえますか?今日中に戻れるかわからないので、」

きれいな低い声すこし笑っている、電話の相手なにを話すのだろう?
言葉つい拾ってしまう真中で端整な唇は微笑んだ。

「はい、行ってきます、」

微笑んで通話を終えて、携帯電話そのまま胸ポケットしまいこむ。
イヤホンマイク着けたままの白皙ふりむいて、端整な瞳きれいに笑った。

「行ってきます、」

笑いかけてくれる瞳に僕が映る。
映したまま濃やかな睫そっと瞬いて、イヤホンマイクの横顔は前を見た。

さくり、

雪一歩さがって、エンジン音が雪ゆらす。
タイヤチェーン唸り銀色ちりばめて、雪の森を四輪駆動車は走りだした。

「…いってらっしゃい、」

言えなかった言葉こぼれて、視界やわらかに熱あふれだす。
ゆるやかに揺れて滲んでゆく雪の森、明るい声が微笑んだ。

「おかえりって言いたいね、周太くん?」

ほら、優しいんだ君は?

「美代さん…僕は、」

声こぼれて熱あふれだす、喉やわらかに温もり締められる。
伝えたい想い告げたい心、あふれて温められて言葉にならず瞳こぼれた。

「ん、無理に話すことなんてないよ?だいじょうぶ、」

ソプラノ朗らかに笑ってくれる、ほら君は優しい。
こんな君だから好きになった、好きなぶんだけ喉あふれだす熱の痛み。
そんなこと全て見つめてくれる大きな瞳は微笑んで、桃色の唇やわらかに口ずさんだ。

「やさしいウソなんていらないよ?周太くんの心のまんまでいてね、泣き虫もすてきだよ?」

澄んだソプラノがうたう、なつかしい言葉やわらかに鼓動ふれる。
この言葉を知るはずもない唇、けれど告げてくれた実直な瞳に微笑んだ。

「ありがとう美代さん…泣き虫でいさせてもらう、ね、」

微笑んで熱あふれてしまう、瞳ゆらせて頬こぼれて涙になる。
雪の森むきあった温もり、ふれそうな心、隠す涙、仮面のはざま。
面影あふれて熱うつろうまま追いすがる、そんな僕でも赦されるなら?

『行ってきます、』

戻ってくる、それとも帰ってくる?
帰ってくるのは時間、記憶、感情、幸せ、それとも幻?

『周太、』

呼んでくれた声、瞳、深紅色の背中。
ただ幸せな幻、けれど瞬いても消えない唯ひとつの赤。

※校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey, 」】

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