Petit oiseau, petite rose,
第86話 建巳 act.6 another,side story「陽はまた昇る」
見慣れた入口、ここを潜るのは今が最後。
「おはようございます、」
あいさつの先、見慣れた制服姿かすかに硬くなる。
強張るまま空気はりつめて、硬い口調が呼びかけた。
「失礼します、ご用件は何ですか?」
硬いトーン突き放される。
いつも硬い、それでも言葉は違っていた。
―いつも挨拶だけだったのに…もう違うんだ、
親しいわけじゃない、けれど顔は憶えている。
そうでなくては務まらない、だから今、憶えているけれど「知らない」貌されている。
「お名前とご用件をお願いします、」
制服姿は無表情のまま訊いてくる。
あらためて名前と用件を訊く、もう自分は「消えている」のだろう。
―配属された時からファイルは消されるけど…もうここに僕はいないんだ、
今日まで自分が所属する部署、それは存在すら消える場所。
そうして今も消されている、この予想していた現実に周太は一礼した。
「今日付けで退職する湯原と申します、退職届の提出に参りました、」
だから今日、自分の意志でここに来た。
譲れない想いの最涯で、庁舎の番人が問いかけた。
「そちらの方は、ご用件は?」
硬い視線の先、隣でスーツ姿の青年が佇む。
その細い瞳おだやかに笑って、警察官に会釈した。
「東京地検の加田です、捜査のご協力をお願いしたく参りました、」
告げながら胸ポケットに指入れて、取りだした金属ちいさく光る。
金と白と、中心の紅色きらめくバッジに警官の眼かすかに揺れた。
「なぜ、検察官が同行を?」
退職する警察官と検察官が一緒に現れる。
こんなこと不審に思われて当然だろう?けれど若い検事は微笑んだ。
「偶然そこで会っただけですよ、問題ありますか?」
明るい、けれど冷静な声おだやかに応えてくれる。
何ひとつ動じない、そんな検事に警察官は告げた。
「確認します、こちらでお待ちください、」
かちり踵返して電話に向かう、その背は制服に皺がない。
こんなふう隙など許さない場所で、検察官は微笑んだ。
「湯原さんの退職届、私の仕事に関わることみたいですね?」
細い瞳ほがらかに笑ってくれながら、その指がスーツの衿にバッジ留める。
菊の白い花弁と金色の葉、その中央に紅色あざやぐ旭日。
“秋霜烈日のバッジ”
霜と日差しのような形がダークスーツの衿もと光る、それは刑罰や志操の厳正に喩えられる形。
そのままに職務と理想像が課される青年は、精悍な口もと柔らかに言った。
「このまま退職届の受理を見届けさせてください、そのあとも私は仕事していきます、」
おだやかで明るい口調、その眼差し冷静なくせ明るく温かい。
秋冴える霜と夏育む炎天、そんな形そのままに青年の瞳が燈る。
そして退職届は受理された。
※加筆校正中
(to be continued)
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kenshi―周太24歳3月末
第86話 建巳 act.6 another,side story「陽はまた昇る」
見慣れた入口、ここを潜るのは今が最後。
「おはようございます、」
あいさつの先、見慣れた制服姿かすかに硬くなる。
強張るまま空気はりつめて、硬い口調が呼びかけた。
「失礼します、ご用件は何ですか?」
硬いトーン突き放される。
いつも硬い、それでも言葉は違っていた。
―いつも挨拶だけだったのに…もう違うんだ、
親しいわけじゃない、けれど顔は憶えている。
そうでなくては務まらない、だから今、憶えているけれど「知らない」貌されている。
「お名前とご用件をお願いします、」
制服姿は無表情のまま訊いてくる。
あらためて名前と用件を訊く、もう自分は「消えている」のだろう。
―配属された時からファイルは消されるけど…もうここに僕はいないんだ、
今日まで自分が所属する部署、それは存在すら消える場所。
そうして今も消されている、この予想していた現実に周太は一礼した。
「今日付けで退職する湯原と申します、退職届の提出に参りました、」
だから今日、自分の意志でここに来た。
譲れない想いの最涯で、庁舎の番人が問いかけた。
「そちらの方は、ご用件は?」
硬い視線の先、隣でスーツ姿の青年が佇む。
その細い瞳おだやかに笑って、警察官に会釈した。
「東京地検の加田です、捜査のご協力をお願いしたく参りました、」
告げながら胸ポケットに指入れて、取りだした金属ちいさく光る。
金と白と、中心の紅色きらめくバッジに警官の眼かすかに揺れた。
「なぜ、検察官が同行を?」
退職する警察官と検察官が一緒に現れる。
こんなこと不審に思われて当然だろう?けれど若い検事は微笑んだ。
「偶然そこで会っただけですよ、問題ありますか?」
明るい、けれど冷静な声おだやかに応えてくれる。
何ひとつ動じない、そんな検事に警察官は告げた。
「確認します、こちらでお待ちください、」
かちり踵返して電話に向かう、その背は制服に皺がない。
こんなふう隙など許さない場所で、検察官は微笑んだ。
「湯原さんの退職届、私の仕事に関わることみたいですね?」
細い瞳ほがらかに笑ってくれながら、その指がスーツの衿にバッジ留める。
菊の白い花弁と金色の葉、その中央に紅色あざやぐ旭日。
“秋霜烈日のバッジ”
霜と日差しのような形がダークスーツの衿もと光る、それは刑罰や志操の厳正に喩えられる形。
そのままに職務と理想像が課される青年は、精悍な口もと柔らかに言った。
「このまま退職届の受理を見届けさせてください、そのあとも私は仕事していきます、」
おだやかで明るい口調、その眼差し冷静なくせ明るく温かい。
秋冴える霜と夏育む炎天、そんな形そのままに青年の瞳が燈る。
そして退職届は受理された。
※加筆校正中
(to be continued)
【引用詩文:Jean Cocteau「Cannes」】
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