萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

one scene 或日、学校にてact.6―another,side story「陽はまた昇る」

2012-08-06 04:26:37 | 陽はまた昇るanother,side story
もし言えるのなら、



one scene 或日、学校にてact.6―another,side story「陽はまた昇る」

歩いていく廊下は、静謐に眠っている。
まだ誰も目覚めていない日曜の朝、学校の寮は人の気配も少ない。
ゆるやかな暁が回廊を照らす、その陽射しは静かな空気へと光の梯子を描いた。

…ちいさな天使の梯子、だね?

光のラインへと、嬉しく周太は微笑んだ。
空の雲から大きな光のラインが大地へ降りることがある、それを「天使の梯子」だと父は教えてくれた。
そんな希望のような光のシグナルが、今、この目の前でも輝いてくれる。

この警察学校に初めて入った時は、ただ孤独に蹲まっていた。
殉職した父の軌跡だけを見つめて、周囲への想いも視線も全てを閉じて、もう迷わないようにしていた。
ほんとうは泣き虫で弱虫の自分だから、怖くなって逃げ出す分岐点を、自ら絶ってしまいたかった。
そんな日々の想いはただ哀しくて、切なくて、孤独の痛みが蝕んだ。そんな自分を救ってくれたのは、英二だった。

だから今、この「天使の梯子」に唯ひとつの俤を、つい見てしまう。
この警察学校での出逢いが、本当に自分にとって「天使」との出逢いのようにも思えるから。

「…英二、まだ中庭にいるかな?」

ひとりごと微笑んで、光の廊下を歩いていく。
明けていく朝の輝きはガラス窓を透して眩しい、けれど優しい。
ふる光の向こう、中庭への出口まで来ると周太は、そっと扉を押し開いた。
そして開かれた扉の向こう側、光の朝に白いシャツ姿がこちらを振向いた。

…ほんとうに、天使みたい

真白なシャツに光を弾く、ふりそそぐ暁に白皙の肌まばゆい笑顔を見せてくれる。
濡れたダークブラウンの髪には瑞々しい艶が、朝陽の輪冠を象ってきらめく。
白い輝きと光の冠、綺麗な笑顔。こんな姿は絵本で見た天使のまま、美しい。
素直に見惚れながら周太は、中庭の天使へと名前を呼びかけた。

「英二、」

スニーカーの足を中庭へと降ろすと、足首ふれる朝露に肌から目を覚ます。
生まれたばかりの空気が木々の香に心地いい、清澄な朝に呼吸しながら緑を横切っていく。
そして大好きな人の隣に立つと、見上げて周太は笑いかけた。

「おはよう、英二…追いかけてきちゃった、」

ベッドで目覚めたとき、隣がいなくて寂しかった。
たしかに眠り落ちる瞬間は、綺麗な幸せな笑顔を見つめていたのに?
それなのに消えていたから夢だったのかと哀しくなって、けれどデスクの置手紙に嬉しくなった。
その嬉しい気持ちのまま今すぐ逢いたくて、探しに来てしまった。

…こんなふうに追いかけるのは、恥ずかしいかな?

そんな想いに首筋が熱くなってしまう。
けれど英二は嬉しそうに微笑んで、長い腕を伸ばし抱き寄せてくれた。

「おはよう、周太。追いかけてくれて嬉しいよ、」

素直な笑顔に笑って英二は、そのまま横抱きに周太を抱きあげた。
頬ふれる白皙の肌がなめらかで優しい、ふわり樹木のような香に包まれ安らいでしまう。
そんなふう心ほぐされて、さっき目覚めた時の孤独が朝陽へと消えていく。

…やっぱり、英二の胸が安心できる…ね、

そっと心思ったことに、ふと気恥ずかしさが熱に変わる。
もう首筋は赤い?そんな心配をしながら周太は、ダークブラウンの髪にふれた。

「英二…濡れた髪も、きれいだね、」

冷んやりと瑞々しい感触がゆるく指に絡まる。
ふれるまま掌の髪を掻き上げると、英二は幸せに微笑んだ。

「周太の手に触られるの、気持いいな。もっと触ってよ、」

嬉しそうに言いながら、中庭から廊下へと入っていく。
静かな廊下を周太を抱えて歩いてくれる、その行く先々には光の梯子が降りそそいでいた。
さっきより増えた「天使の梯子」たちを今、本当に天使のような英二に抱えられて、通っていく。

…こんなこと、なんだか不思議だね?

気恥ずかしさと幸せに、微笑はこぼれた。
この幸せをくれるのは唯ひとりだけ、他になんて居ない。
この唯ひとりは、きっと自分にとっては「天使」なのだと想ってしまう。

光一とは「山桜のドリアード」を通して大切な絆がある、けれど英二とは違う。
美代と植物学の夢に見つめる友情は温かく優しい、けれど英二への想いとは全く違う。
どちらの2人も本当に大切な存在、けれど英二はもう自分の一部にすら感じてしまう。
こんなこと烏滸がましいかもしれない、でも、本音の底で感じている。

英二が哀しいと、自分のことより哀しくて。
英二が嬉しいと本当に嬉しくて、もっと喜んでほしくなる。
そして英二が幸せに笑ってくれる時、この自分こそが幸せになってしまう。
そんなふうに英二はいつも、周太に沢山の想いを贈ってくれる。

“あなたは、唯ひとりの天使”

こんなこと気恥ずかしくて言えない、けれど本当の気持ち。
こんなふうに想う事すら、ほら、もう気恥ずかしくて、優しい幸せが温かい。
こんなに自分を幸せで包めるのだから、自分の唯ひとりの天使だと想ってしまう。
だからどうか、永遠に幸せに笑っていてほしい。

どうか願いを叶えて、俺の天使?
どうか、あなたは永遠に幸せに笑っていて?
あなたの笑顔を見ることが、自分には何よりの幸せで、喜びなのだから。

こんなこと気恥ずかしくて言えない、けれど、もし言えるのなら。
もしも笑わずに聴いてくれるのなら、本当は言ってみたい。
けれどまだ伝える勇気が無くて、言ったことは無いけれど。




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