To me alone there came a thought of grief 愛惜の孤愁
第74話 芒硝act.7―another,side story「陽はまた昇る」
こととっ、
ゆるやかな音から湯を注いで、くゆらす芳香に鎮まらす。
フィルターゆっくり甘く苦く薫り立つ、この音に香に懐かしい。
こんなふう誰かにコーヒー淹れることも久しぶりで、ただ懐かしい時間に周太は微笑んだ。
―誰かにコーヒーを淹れられるって良いな、マグカップふたつ並べて、
入隊テストから独り暮らしになって、もう2ヶ月近くなる。
その前まで何処の単身寮も共同スペース付設で食堂や談話室に行けば誰かがいた。
けれど今は同じ寮でもワンルームマンションで誰もいない。そして誰か招くことも守秘義務から難しくて、孤独になる。
自宅、でも自分以外の誰も来られない部屋。
それが本当は寂しかったのだとマグカップの数に気づかされてしまう。
こんな自分は甘ったれかもしれない、それでも「寂しい」と認められる分だけ強くなったろう。
―前の僕なら寂しいって認める事すら怖かったんだ、今まで全部を壊しちゃいそうで…英二に逢うまでは、
大切な俤ひとつ、ほろ苦く甘い湯気に見つめて認められる。
あのひとに出逢って誰かの隣が嬉しいと気づいた、その想いがただ大切だった。
大切だから、だから独りは寂しいのだと素直に認められて、寂しさの分だけ想いは深い。
そうして今も穏やかに願える、あのひとにコーヒー淹れる時間を再び叶えたい。
「…ん、いいかな、」
微笑んでフィルター外しマグカップ2つ盆に載せる。
携えて踵返した視界、窓ふる木洩陽のデスクから白衣姿ふり向いた。
「佳い香だな、ありがとう湯原くん、」
笑って長身は立ち上がりソファに座ってくれる。
その前にカップ2つ据えながら周太は微笑んだ。
「すこし熱めに淹れてあります、気をつけて下さいね、」
「お、熱めが好きって憶えていてくれたな?ありがとう、」
精悍な瞳ほころばせマグカップ口付けてくれる。
向かい自分も腰下した湯気の向こう深い声が尋ねた。
「環のこと、似てるけど年齢差が変だと思ったんだろう?」
もう核心を言葉にされて鼓動そっと呑みこまされる。
こんなふう率直な問いかけは受けとめた方が良い、そう肚決めて頷いた。
「はい、雅人先生と環くんは目の感じが似ています、でも中学生なら弟さんにしてはって思いました、」
「そうだろうな、でも弟なんだ、」
深い声が答え笑ってくれる。
その回答ごとマグカップ抱えこんだ前、真摯が真直ぐ周太を見つめた。
「湯原くんは光ちゃんと雅樹のこと、どのくらい聴いてるかい?」
なぜ光一と雅樹のことを訊くのだろう?
この意外な質問に考えこまされて、それでも聴いたまま答えた。
「誰より大切な人って聴いています、ずっと一緒にいて…今も一緒にいるんだと思います、」
ずっと雅樹さんは俺の傍にいる、
ガキの頃と同じに俺を抱きしめて、いつも一緒に泣いて笑ってくれてる。
ずっとアンザイレンしてずっと恋して愛してる、キスも何もかも全部お互いが初めての相手同士で独り占めしあってる。
そんなの一生変えられっこない、体が消えたって心まで消せないね、姿が見えなくても触れなくっても変んない、ずっと両想いで大好きだ、
そんなふうに夏、光一は話してくれた。
アイガー北壁を超えた夜その身を英二に委ね愛されて、それが雅樹への想い確かめさせたのだと教えてくれた。
あのとき微笑んでくれた涙を忘れられない、そして気づかされた自分の犯した過ちを呼吸ひとつ、言葉に変えた。
「雅人先生、僕は光一を傷つけました、光一の雅樹さんへの気持ちを僕が傷つけたんです…ごめんなさい、先生、」
ごめんなさい、
そう告げるまま瞳の熱こぼれだす。
あふれてしまう、ずっと謝りたかった想い零れて頬から墜ちてゆく。
こんなふう泣いてしまうことは卑怯だ、そう想いながら止まらない涙に周太は泣いた。
「ごめんなさい、先生の大事な弟さんを傷つけたんです、僕が自分勝手だからっ…僕は光一ごと雅樹さんを傷つけてしまったんです、」
雅樹は光一を愛していた、そして今も愛している。
それが今なら解かる、今こうして英二から離れている今だから尚更に傷む。
きっと人間はどんなに離れても、生と死ほど遠ざかっても裂かれない想いがある、だから自分の罪が赦せない。
「ごめんなさい、せんせいっ…ごめんさい、僕は、雅樹さんも光一も傷つけて…っ、それなのに診てもらってるなんてごめんなさい先生…っ」
ごめんなさい、そう幾度を言っても赦されない、それくらい解かっている。
あのとき自分は結局は英二のことしか考えていなかった、そんな自分勝手が光一も雅樹も傷つけた。
あの二人を雅人は大切に想っている、それが今された質問に解かって堰を切らせて、隠していた後悔あふれだす。
「雅人先生、僕は…先生に診てもらう資格はありません、先生の大事な人を傷つけた癖に甘えて…ごめんなさい、」
秋の初め、他に頼る人はいないと主治医を依頼した。
体に抱いた不安を縋りたくて転がりこんだ、あのとき自分の過ちを見返る余裕もなかった。
けれど今、光一とも英二とも離れて独りワンルームの部屋に見つめる記憶たちから噛みしめている。
夏、アイガーの夜の境界線で自分は光一ごと雅樹を傷つけて、そして英二まで苦しめてしまった。
―僕は自己満足したかっただけなんだ、光一を言い訳にして英二を諦めたかっただけ…こんなの卑怯だ、
『光一の気持ち俺には解るよ?だって俺も本当は、もう何度も考えてきたんだ。もし周太が消えたらって何度も泣いてる。
きっと俺も光一と同じなんだ、雅樹さんとも同じだと思う。きっと俺も周太が消えたら必死で探すよ、死んだなんて嫌だから信じない、』
ほら、夏のキャンパスの片隅で英二が泣いてしまう。
美しい切長の瞳あふれる涙が告げてくる、あの言葉たちに自分の欺瞞が痛む。
あんなふうに泣かせたかったんじゃない、それでも現実に大切な人は泣いて、そして光一まで巻きこんだ。
「先生、光一に言われたんです…どんなに他の人を好きになっても雅樹さんだけって、そんなに器用じゃないって…泣きながら光一、笑って、」
惚れてもダメなもんはダメだね。そんなに俺は器用じゃない、やっぱり雅樹さんだけだ、
そう告げて笑ってくれた笑顔は綺麗で、哀しかった。
英二との夜に光一は雅樹の死を超えたろう、それでも自分が犯した過ちは赦せない。
もっと他に選択肢はあったはず、そんな仮定に時経つごと赦せなくなった涙に長い指がふれた。
「湯原くん、ごめんな?」
ごめんな?
深い声の微笑んで白衣姿ゆっくり立ち上がる。
ふわり、ほろ苦く優しい香くゆらされて気配ひとつテーブル回りこむ。
座るソファの隣すっと沈んで、日焼あわい貌は穏やかに笑ってくれた。
「光ちゃんと雅樹のこと、君が何して傷つけたのか俺は解らんよ?でもな、君が本気で泣いてることは解かる、ふたりを大事に想ってるんだろ?」
笑ってくれる言葉を見つめながら頬の涙ぬぐう。
こんなふう泣いてしまう弱さ恥ずかしい、それでも告白できた本音に微笑んだ。
「はい、すごく大事です…雅樹さんとお会いしたことないけど、でも光一の話で会って好きになりました、だから…自分が赦せません、」
好きだからこそ自分を赦せない。
そんな本音に笑った涙ごし、涼やかに切長い瞳そっと笑った。
「それなら湯原くん、罪滅ぼしに秘密ひとつ預ってくれるかい?」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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第74話 芒硝act.7―another,side story「陽はまた昇る」
こととっ、
ゆるやかな音から湯を注いで、くゆらす芳香に鎮まらす。
フィルターゆっくり甘く苦く薫り立つ、この音に香に懐かしい。
こんなふう誰かにコーヒー淹れることも久しぶりで、ただ懐かしい時間に周太は微笑んだ。
―誰かにコーヒーを淹れられるって良いな、マグカップふたつ並べて、
入隊テストから独り暮らしになって、もう2ヶ月近くなる。
その前まで何処の単身寮も共同スペース付設で食堂や談話室に行けば誰かがいた。
けれど今は同じ寮でもワンルームマンションで誰もいない。そして誰か招くことも守秘義務から難しくて、孤独になる。
自宅、でも自分以外の誰も来られない部屋。
それが本当は寂しかったのだとマグカップの数に気づかされてしまう。
こんな自分は甘ったれかもしれない、それでも「寂しい」と認められる分だけ強くなったろう。
―前の僕なら寂しいって認める事すら怖かったんだ、今まで全部を壊しちゃいそうで…英二に逢うまでは、
大切な俤ひとつ、ほろ苦く甘い湯気に見つめて認められる。
あのひとに出逢って誰かの隣が嬉しいと気づいた、その想いがただ大切だった。
大切だから、だから独りは寂しいのだと素直に認められて、寂しさの分だけ想いは深い。
そうして今も穏やかに願える、あのひとにコーヒー淹れる時間を再び叶えたい。
「…ん、いいかな、」
微笑んでフィルター外しマグカップ2つ盆に載せる。
携えて踵返した視界、窓ふる木洩陽のデスクから白衣姿ふり向いた。
「佳い香だな、ありがとう湯原くん、」
笑って長身は立ち上がりソファに座ってくれる。
その前にカップ2つ据えながら周太は微笑んだ。
「すこし熱めに淹れてあります、気をつけて下さいね、」
「お、熱めが好きって憶えていてくれたな?ありがとう、」
精悍な瞳ほころばせマグカップ口付けてくれる。
向かい自分も腰下した湯気の向こう深い声が尋ねた。
「環のこと、似てるけど年齢差が変だと思ったんだろう?」
もう核心を言葉にされて鼓動そっと呑みこまされる。
こんなふう率直な問いかけは受けとめた方が良い、そう肚決めて頷いた。
「はい、雅人先生と環くんは目の感じが似ています、でも中学生なら弟さんにしてはって思いました、」
「そうだろうな、でも弟なんだ、」
深い声が答え笑ってくれる。
その回答ごとマグカップ抱えこんだ前、真摯が真直ぐ周太を見つめた。
「湯原くんは光ちゃんと雅樹のこと、どのくらい聴いてるかい?」
なぜ光一と雅樹のことを訊くのだろう?
この意外な質問に考えこまされて、それでも聴いたまま答えた。
「誰より大切な人って聴いています、ずっと一緒にいて…今も一緒にいるんだと思います、」
ずっと雅樹さんは俺の傍にいる、
ガキの頃と同じに俺を抱きしめて、いつも一緒に泣いて笑ってくれてる。
ずっとアンザイレンしてずっと恋して愛してる、キスも何もかも全部お互いが初めての相手同士で独り占めしあってる。
そんなの一生変えられっこない、体が消えたって心まで消せないね、姿が見えなくても触れなくっても変んない、ずっと両想いで大好きだ、
そんなふうに夏、光一は話してくれた。
アイガー北壁を超えた夜その身を英二に委ね愛されて、それが雅樹への想い確かめさせたのだと教えてくれた。
あのとき微笑んでくれた涙を忘れられない、そして気づかされた自分の犯した過ちを呼吸ひとつ、言葉に変えた。
「雅人先生、僕は光一を傷つけました、光一の雅樹さんへの気持ちを僕が傷つけたんです…ごめんなさい、先生、」
ごめんなさい、
そう告げるまま瞳の熱こぼれだす。
あふれてしまう、ずっと謝りたかった想い零れて頬から墜ちてゆく。
こんなふう泣いてしまうことは卑怯だ、そう想いながら止まらない涙に周太は泣いた。
「ごめんなさい、先生の大事な弟さんを傷つけたんです、僕が自分勝手だからっ…僕は光一ごと雅樹さんを傷つけてしまったんです、」
雅樹は光一を愛していた、そして今も愛している。
それが今なら解かる、今こうして英二から離れている今だから尚更に傷む。
きっと人間はどんなに離れても、生と死ほど遠ざかっても裂かれない想いがある、だから自分の罪が赦せない。
「ごめんなさい、せんせいっ…ごめんさい、僕は、雅樹さんも光一も傷つけて…っ、それなのに診てもらってるなんてごめんなさい先生…っ」
ごめんなさい、そう幾度を言っても赦されない、それくらい解かっている。
あのとき自分は結局は英二のことしか考えていなかった、そんな自分勝手が光一も雅樹も傷つけた。
あの二人を雅人は大切に想っている、それが今された質問に解かって堰を切らせて、隠していた後悔あふれだす。
「雅人先生、僕は…先生に診てもらう資格はありません、先生の大事な人を傷つけた癖に甘えて…ごめんなさい、」
秋の初め、他に頼る人はいないと主治医を依頼した。
体に抱いた不安を縋りたくて転がりこんだ、あのとき自分の過ちを見返る余裕もなかった。
けれど今、光一とも英二とも離れて独りワンルームの部屋に見つめる記憶たちから噛みしめている。
夏、アイガーの夜の境界線で自分は光一ごと雅樹を傷つけて、そして英二まで苦しめてしまった。
―僕は自己満足したかっただけなんだ、光一を言い訳にして英二を諦めたかっただけ…こんなの卑怯だ、
『光一の気持ち俺には解るよ?だって俺も本当は、もう何度も考えてきたんだ。もし周太が消えたらって何度も泣いてる。
きっと俺も光一と同じなんだ、雅樹さんとも同じだと思う。きっと俺も周太が消えたら必死で探すよ、死んだなんて嫌だから信じない、』
ほら、夏のキャンパスの片隅で英二が泣いてしまう。
美しい切長の瞳あふれる涙が告げてくる、あの言葉たちに自分の欺瞞が痛む。
あんなふうに泣かせたかったんじゃない、それでも現実に大切な人は泣いて、そして光一まで巻きこんだ。
「先生、光一に言われたんです…どんなに他の人を好きになっても雅樹さんだけって、そんなに器用じゃないって…泣きながら光一、笑って、」
惚れてもダメなもんはダメだね。そんなに俺は器用じゃない、やっぱり雅樹さんだけだ、
そう告げて笑ってくれた笑顔は綺麗で、哀しかった。
英二との夜に光一は雅樹の死を超えたろう、それでも自分が犯した過ちは赦せない。
もっと他に選択肢はあったはず、そんな仮定に時経つごと赦せなくなった涙に長い指がふれた。
「湯原くん、ごめんな?」
ごめんな?
深い声の微笑んで白衣姿ゆっくり立ち上がる。
ふわり、ほろ苦く優しい香くゆらされて気配ひとつテーブル回りこむ。
座るソファの隣すっと沈んで、日焼あわい貌は穏やかに笑ってくれた。
「光ちゃんと雅樹のこと、君が何して傷つけたのか俺は解らんよ?でもな、君が本気で泣いてることは解かる、ふたりを大事に想ってるんだろ?」
笑ってくれる言葉を見つめながら頬の涙ぬぐう。
こんなふう泣いてしまう弱さ恥ずかしい、それでも告白できた本音に微笑んだ。
「はい、すごく大事です…雅樹さんとお会いしたことないけど、でも光一の話で会って好きになりました、だから…自分が赦せません、」
好きだからこそ自分を赦せない。
そんな本音に笑った涙ごし、涼やかに切長い瞳そっと笑った。
「それなら湯原くん、罪滅ぼしに秘密ひとつ預ってくれるかい?」
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【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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