選択と陽だまり
第84話 静穏 act.4-another,side story「陽はまた昇る」
硝子の陽あかるいサンルーム、花の香やわらかに温かい。
ティーカップくゆらす馥郁に花が香る、足もと咲く春からも香りたつ。
水仙たおやかな白と黄色、薄紅やさしいスイートピーに黄金色のフリージア。
あまい深い香は三色すみれ、春あふれる色と香の真中で周太はちいさく笑った。
「花いっぱい…家の中なのに花畑ですね、」
「いいでしょう?菫さんとつい買っちゃっては植えちゃうのよ、周太くんも花好きなのよね?」
白皙やさしい笑顔も陽だまり明るい。
カシミアニット上品な老婦人は気さくで、そんな質問に微笑んだ。
「はい、大好きです…父も好きでした、」
「ほんと馨くんも大好きね、小さいころも庭いじりしてたわよ?よく斗貴子さんに花を摘んであげてたわ、」
アルトやわらかに記憶を紡ぐ、その瞳が俤を映してしまう。
なにか不思議な想い佇まうガラスの部屋、安楽椅子の向かい大叔母は言った。
「率直に訊くわよ、美代ちゃんのこと周太くんはどう想ってるのかしら?」
とくん、
鼓動ひっぱたかれ跳ね上がる。
この感覚は知っているけれど意外で、呼吸ひとつ訊き返した。
「いい友達って想っています、あの…美代さん何かあったんですか?今日の入試でなにか?」
こんなこと訊くなんて何かあったのだろうか、約束だった今日に?
―後期試験のあと何かあったのかな、出来が悪かったとか…美代さん、
気になってカーディガンのポケット探って、でも何もない。
思い出した状況に見つめた先、大叔母は涼やかな瞳そっと微笑んだ。
「試験はよく出来たそうよ?合格の前祝にお茶をごちそうしたわ、すごくいいお嬢さんだってよくわかりました、」
よかった、試験は出来たんだ。
安堵ほっと笑って、けれど低いアルト真直ぐ告げた。
「美代ちゃんね、私が代りに来たことで真青になって訊いてくれたのよ?湯原くん無事なんですか、お願い本当のこと教えてくださいってね、」
ほら、自分のこと想ってくれている。
大好きな友達の心配は嬉しくて、嬉しい分だけ心配で尋ねた。
「…美代さんにはどう話してくれたんですか?」
「体調については本当のこと話したわ、あとは周太くんと美代ちゃん次第だから、」
花と紅茶あまやかなサンルーム、低く透る声はやわらかい。
その白い手はオレンジのタルトとりわけて、ことん、前に置いてくれると大叔母は言った。
「周太くんの本当の事情はお友達では話せないことね、だから美代ちゃんにも覚悟を訊いたのよ?家族だけの事情を知る覚悟はあるのかって、」
家族だけの事情、たしかにそうだ。
だから大叔母もこうして傍にいてくれる、母と自分の家族として。
その覚悟きちんと自分は受けとめていたろうか?陽だまりの席あらためて頭下げた。
「おばあさま本当にすみません…そんな話を美代さんにさせてしまって、ごめんなさい、」
こうした話は時に恨まれることもある。
そう解るから下げた頭に低く優しい声が微笑んだ。
「こちらこそごめんなさいよ?勝手におせっかいして、でしゃばりな過保護だと自分で想うもの?」
「僕が目を覚まさなかったからでしょう?だから嫌な役まで…ほんとうにごめんなさい、」
ほんとうに自分だ、結局は。
もし自分に体力があれば一日早く目を覚ませたろう、そうしたら自分で大学に行けた。
もし行けていれば事情を話す必要だってなかったはず、そんな考えに大叔母は微笑んだ。
「周太くんは謝らなくていいの、だって良い役をさせてもらったと私は想ってるわ?ほんとうに良いチャンスよ、」
良いチャンス、ってどういう意味だろう?
訊きたくて見つめた真中、父そっくりの瞳が静かに笑った。
「美代ちゃんはね、知る覚悟ありますって言ったのよ?」
なぜ?
「…、」
なぜ、どうして、君はそう言ったのだろう?
止まってしまった思考に涼やかな眼ざしが問いかけた。
「まっすぐ即答したのよ美代ちゃん、自分で驚いてるみたいだったけど迷わない眼をしてた。どういう気持ちの言葉か、わかるでしょう?」
わからない、なんて言えない。
だって自分こそ何度もう考えたろう、どれくらいの時間を過ごしたのか?
あの場所ですら考えていた、そうして迷う不甲斐なさに両手そっと組んだ。
「…僕とけっこんしてもってことですか?」
言葉にしてしまった、とうとう。
ほら言った端から唇とまる、どうしたら良いのだろう?
こんなこと言いながら心もうひとり見つめる狭間、忘れられない名前を言われた。
「最初は英二を好きになったそうね?でも周太くんと一緒にいたい気持ちがずっと大きいって気づいたそうよ、前期試験のあと新宿で見送った時にね、」
英二、えいじ、最初はあなたを挟んだ相手だったのに?
『お互いにね、宮田くんのことで「ごめんなさい」を言うのは、ここぞって時だけにするの、』
春あわい雪の畑でかわした約束、あのとき同じ人を想っていた。
それでも笑いあえた信頼は温かくてなおさら大好きな友だちになって、それなのに低い優しい声が告げる。
「背中を追いかけたいけど我慢して、笑って手を振っても涙がでて気づいたそうよ?今日もね、話してくれたあと今すぐ逢いたいって泣いてしまったの、」
そうだ、僕も泣きたかった同じだ。
あのとき自分も振りかえりたかった、あのまま一緒に川崎へ帰られたらと想った。
それなのに忘れられない俤も離れなくて、そんな自分の迷いは雪の現場でも途惑ってここにいる。
いま自分は誰に逢いたいのだろう?ただ名前もうひとつ零れた。
「あの…英二は?」
まだ何ひとつ話してくれていない。
携帯電話も返してもらっていなくて、その真中で切長い瞳が告げた。
「まだ何も知らせていないわ、」
どうして?
「どうして…?」
どうして、なぜ、また疑問めぐりだす。
だって大叔母はあのひとの実の祖母だ、ただ見つめるまま言われた。
「携帯電話も英二だけ着拒させてもらったわ、あんまり鳴ってウルサイし、あのドン・ファンには良い薬でしょ?」
「…どうしてそこまで、」
ほら疑問あふれて零れる、その陽だまりダークブラウンの髪そっと煌めき微笑んだ。
「いい周太くん、今はチャンスよ?」
なにの?
「今あなたは人生を新しく始める時ね、英二と離れて考えるべきこと沢山あるでしょう?進路も恋愛も、なにもかも、」
新しく、始める、離れて?
―英二と離れて、って、
なんども考えた、離れた方が幸せかもしれないって。
けれど誰かにあらためて言われた事はない、その初めての瞬間に切長い瞳そっと微笑んだ。
「英二は影響力が強いでしょう?すぐ相手をたらしこんであの子の想う通りにするクセがあるわ、周太くんも気づいているんでしょう?」
あまい香やわらかな湯気しずかに言葉とおる。
両手ぎゅっと組んだ前、優しい低い声は続けた。
「あの子がしたことに縛られてほしくないわ、もし縛られたら観碕さんと晉さんの二の舞よ?だから今はまだ逢わない方がいいって判断しました、」
言われて鼓動まっすぐ突き刺す、だって図星かもしれない。
―みすかされてるみたい、だね…初任総合の時のこと、
警察学校の寮のベッド、首からんだ長い指。
指ひとつごと温かで優しくて、だけど首かけられた想い哀しかった。
あの瞬間ゆるやかに見つめてくる狭間、父そっくりの眼ざしは言った。
「周太くんは周太くんの自由で生きてほしいの、だから私は悪役でもなんでもするわ、」
(to be continued)
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周太24歳3月
第84話 静穏 act.4-another,side story「陽はまた昇る」
硝子の陽あかるいサンルーム、花の香やわらかに温かい。
ティーカップくゆらす馥郁に花が香る、足もと咲く春からも香りたつ。
水仙たおやかな白と黄色、薄紅やさしいスイートピーに黄金色のフリージア。
あまい深い香は三色すみれ、春あふれる色と香の真中で周太はちいさく笑った。
「花いっぱい…家の中なのに花畑ですね、」
「いいでしょう?菫さんとつい買っちゃっては植えちゃうのよ、周太くんも花好きなのよね?」
白皙やさしい笑顔も陽だまり明るい。
カシミアニット上品な老婦人は気さくで、そんな質問に微笑んだ。
「はい、大好きです…父も好きでした、」
「ほんと馨くんも大好きね、小さいころも庭いじりしてたわよ?よく斗貴子さんに花を摘んであげてたわ、」
アルトやわらかに記憶を紡ぐ、その瞳が俤を映してしまう。
なにか不思議な想い佇まうガラスの部屋、安楽椅子の向かい大叔母は言った。
「率直に訊くわよ、美代ちゃんのこと周太くんはどう想ってるのかしら?」
とくん、
鼓動ひっぱたかれ跳ね上がる。
この感覚は知っているけれど意外で、呼吸ひとつ訊き返した。
「いい友達って想っています、あの…美代さん何かあったんですか?今日の入試でなにか?」
こんなこと訊くなんて何かあったのだろうか、約束だった今日に?
―後期試験のあと何かあったのかな、出来が悪かったとか…美代さん、
気になってカーディガンのポケット探って、でも何もない。
思い出した状況に見つめた先、大叔母は涼やかな瞳そっと微笑んだ。
「試験はよく出来たそうよ?合格の前祝にお茶をごちそうしたわ、すごくいいお嬢さんだってよくわかりました、」
よかった、試験は出来たんだ。
安堵ほっと笑って、けれど低いアルト真直ぐ告げた。
「美代ちゃんね、私が代りに来たことで真青になって訊いてくれたのよ?湯原くん無事なんですか、お願い本当のこと教えてくださいってね、」
ほら、自分のこと想ってくれている。
大好きな友達の心配は嬉しくて、嬉しい分だけ心配で尋ねた。
「…美代さんにはどう話してくれたんですか?」
「体調については本当のこと話したわ、あとは周太くんと美代ちゃん次第だから、」
花と紅茶あまやかなサンルーム、低く透る声はやわらかい。
その白い手はオレンジのタルトとりわけて、ことん、前に置いてくれると大叔母は言った。
「周太くんの本当の事情はお友達では話せないことね、だから美代ちゃんにも覚悟を訊いたのよ?家族だけの事情を知る覚悟はあるのかって、」
家族だけの事情、たしかにそうだ。
だから大叔母もこうして傍にいてくれる、母と自分の家族として。
その覚悟きちんと自分は受けとめていたろうか?陽だまりの席あらためて頭下げた。
「おばあさま本当にすみません…そんな話を美代さんにさせてしまって、ごめんなさい、」
こうした話は時に恨まれることもある。
そう解るから下げた頭に低く優しい声が微笑んだ。
「こちらこそごめんなさいよ?勝手におせっかいして、でしゃばりな過保護だと自分で想うもの?」
「僕が目を覚まさなかったからでしょう?だから嫌な役まで…ほんとうにごめんなさい、」
ほんとうに自分だ、結局は。
もし自分に体力があれば一日早く目を覚ませたろう、そうしたら自分で大学に行けた。
もし行けていれば事情を話す必要だってなかったはず、そんな考えに大叔母は微笑んだ。
「周太くんは謝らなくていいの、だって良い役をさせてもらったと私は想ってるわ?ほんとうに良いチャンスよ、」
良いチャンス、ってどういう意味だろう?
訊きたくて見つめた真中、父そっくりの瞳が静かに笑った。
「美代ちゃんはね、知る覚悟ありますって言ったのよ?」
なぜ?
「…、」
なぜ、どうして、君はそう言ったのだろう?
止まってしまった思考に涼やかな眼ざしが問いかけた。
「まっすぐ即答したのよ美代ちゃん、自分で驚いてるみたいだったけど迷わない眼をしてた。どういう気持ちの言葉か、わかるでしょう?」
わからない、なんて言えない。
だって自分こそ何度もう考えたろう、どれくらいの時間を過ごしたのか?
あの場所ですら考えていた、そうして迷う不甲斐なさに両手そっと組んだ。
「…僕とけっこんしてもってことですか?」
言葉にしてしまった、とうとう。
ほら言った端から唇とまる、どうしたら良いのだろう?
こんなこと言いながら心もうひとり見つめる狭間、忘れられない名前を言われた。
「最初は英二を好きになったそうね?でも周太くんと一緒にいたい気持ちがずっと大きいって気づいたそうよ、前期試験のあと新宿で見送った時にね、」
英二、えいじ、最初はあなたを挟んだ相手だったのに?
『お互いにね、宮田くんのことで「ごめんなさい」を言うのは、ここぞって時だけにするの、』
春あわい雪の畑でかわした約束、あのとき同じ人を想っていた。
それでも笑いあえた信頼は温かくてなおさら大好きな友だちになって、それなのに低い優しい声が告げる。
「背中を追いかけたいけど我慢して、笑って手を振っても涙がでて気づいたそうよ?今日もね、話してくれたあと今すぐ逢いたいって泣いてしまったの、」
そうだ、僕も泣きたかった同じだ。
あのとき自分も振りかえりたかった、あのまま一緒に川崎へ帰られたらと想った。
それなのに忘れられない俤も離れなくて、そんな自分の迷いは雪の現場でも途惑ってここにいる。
いま自分は誰に逢いたいのだろう?ただ名前もうひとつ零れた。
「あの…英二は?」
まだ何ひとつ話してくれていない。
携帯電話も返してもらっていなくて、その真中で切長い瞳が告げた。
「まだ何も知らせていないわ、」
どうして?
「どうして…?」
どうして、なぜ、また疑問めぐりだす。
だって大叔母はあのひとの実の祖母だ、ただ見つめるまま言われた。
「携帯電話も英二だけ着拒させてもらったわ、あんまり鳴ってウルサイし、あのドン・ファンには良い薬でしょ?」
「…どうしてそこまで、」
ほら疑問あふれて零れる、その陽だまりダークブラウンの髪そっと煌めき微笑んだ。
「いい周太くん、今はチャンスよ?」
なにの?
「今あなたは人生を新しく始める時ね、英二と離れて考えるべきこと沢山あるでしょう?進路も恋愛も、なにもかも、」
新しく、始める、離れて?
―英二と離れて、って、
なんども考えた、離れた方が幸せかもしれないって。
けれど誰かにあらためて言われた事はない、その初めての瞬間に切長い瞳そっと微笑んだ。
「英二は影響力が強いでしょう?すぐ相手をたらしこんであの子の想う通りにするクセがあるわ、周太くんも気づいているんでしょう?」
あまい香やわらかな湯気しずかに言葉とおる。
両手ぎゅっと組んだ前、優しい低い声は続けた。
「あの子がしたことに縛られてほしくないわ、もし縛られたら観碕さんと晉さんの二の舞よ?だから今はまだ逢わない方がいいって判断しました、」
言われて鼓動まっすぐ突き刺す、だって図星かもしれない。
―みすかされてるみたい、だね…初任総合の時のこと、
警察学校の寮のベッド、首からんだ長い指。
指ひとつごと温かで優しくて、だけど首かけられた想い哀しかった。
あの瞬間ゆるやかに見つめてくる狭間、父そっくりの眼ざしは言った。
「周太くんは周太くんの自由で生きてほしいの、だから私は悪役でもなんでもするわ、」
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