萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

本篇閑話:等身大×Tyche→幸運の引力 about Aesculapious 「Mouseion」

2014-05-22 23:12:00 | 解説:人物設定
Tyche、命の可能性



本篇閑話:等身大×Tyche→幸運の引力 about Aesculapious 「Mouseion」

ちょっとドウなんだって想ったコトから閑話します、笑

いま新聞とってないからWEBでニュース&テレビ欄チェックするんですけど、YAHOOテレビ欄に感想の多い番組一覧ってあって、
ソレに放送終了2ヶ月になろうってヤツのが未だにヤタラ投稿されてるもんだから不思議で見てみたんですけど、
評価の星数が 5or1 しかない、最高or最低しかないってナンだろ思って幾つか読んでみたら、
俳優擁護or大絶賛=5、内容疑問視=1 ってカンジでした。

このドラマ自分は観ていません、番宣CMにギモン+設定ちょっと非現実的だなって思ったんで。
傲慢だけど自分が書いてる題材と被るヤツで勉強になりそうなかったら観ないです、ディスりたくなるから、笑
それでも感想5も1も数件なるべく冷静そうなの読んでみたんですけど、自分は観なくて正解だなって感想になりました、
もしこのドラマのファンの人ココにいても感想星5の人達みたいに気を悪くしないで下さいね?
観たくないのも率直な感性だから仕方ないモンなんです、笑

なぜ観なくて正解だったか?っていうと自分は友人とホーキング博士が好きだからです、笑

たぶん該当ドラマの脚本家はホーキング博士を知らないor解ってない人なんだろなって思います、
そして医学や命の期限に対する敬意や現実を理解する意志が弱い、あまりに安易で無知だなと。
知っていたならああいうストーリー&演出は書かない、個々の尊厳を考えたなら。

対等な敬意と安易な同情は似ているようで正反対、どちらが差別で侮蔑なのか?
それを理解しないと障害者を描くことは難しいです、現実リアルでも友人になることすら出来ません、
ソウイウコトって身近から経験していないと難しいのかもしれないんですけど、対等な人間って考えたら理解すぐ出来る事です。

たとえば聾唖の学生がバスに割り込んで当り前の貌する、ってマジであります。
横入りする本人も「自分ら障害者で可哀相だから特別扱いしてね」って特別扱い=差別を望むってコトなんですよね、
そういうの見て「可哀想だから仕方ない」って言う人もいます、それで席を譲ってあげれば親切な善人って言われたりもします。
でも、彼らは聾唖=聴覚と言語障害はあるけれど立ってバスに乗る体力は平均能力があり、横入りNGだと理解する脳もある。
立ってバスに乗る脚力+思考能力はナンの異常もない、健常者と対等で若い元気な体力がある、
それなのに譲ることはホントに「仕方ない」ことなのか?

人間って弱者を同情することで「自分はマシだ」って自己満足するトコある生きモンです、
誰か「可哀想だから仕方ない」相手を作ってソレを援ける自分の姿を美しいものに讃えたい、っていう心理。
相手を弱者に貶めることで自分を強者とする、そういう自己満足が「可哀想だから仕方ない」免罪符にあるんだろなって思います、
ようするに偽善者の正当化ってやつだろなと。

そんな一方で、半身不随でも身なりキチンと自分で整える人もいます。
自由になる片方だけの手で器用に髪をとかして髭剃って服もオシャレです。
パソコンと本に囲まれて静養生活してる人なんですけど、笑って教えてくれました。

「不自由だからこそ自分の力で出来ること一つずつが喜びだよ?どんなに小さなことでも、自力で出来るって事がプライドなんだ、」

その人は病気で不随になったので自由な過去があります、優秀と言われるビジネスマンで世界を歩いてきた人です。
優れた人ほど努力を積んだ時間があります、だからこそ不自由になった絶望は大きい、悔しくないはずがない。
それでも現実の等身大「自力で出来る」プライドに残された身体機能と時間に笑っています。

ひとつの人格として認める、そこには率直な賞賛と叱咤の両方が必ず生まれます。
それは身障者でも難病患者でもサッカー選手でもドッカの社長でも、不細工でも美形でも、誰でも同じ。
そういう「同じ」っていう観点から考えた時、持っている能力や性格や命の期限も冷静な敬意をもって見ることが出来るかなと。
こういう観点は相手に対しても自分自身に対しても欲しいトコです、

で、上に書いた「自分は友人とホーキング博士が好きだから」の件なんですけど、

友人で医者を目指してたヤツがいます、
模試も国立医大の合格判定が常連、でも進学先は文系学部でした。
なんで医学部に行かなかったかと言うと赤緑色盲が発覚したからです。

高校の授業で絵を描いた時に緑と赤を逆に塗って、それで色盲が発覚したそうです。
彼の場合、赤は緑の濃色に見えるために判別が出来ます、だから色盲に周囲も気づきませんでした。
ずっと子供の頃から医者になりたくて努力して、県下一番って進学校に進んで、でも障害は受験前に発覚しました。
赤緑色盲なら受容れてくれる医科大学もあります、けれど彼は色盲が解かってから文系へ転向して志望校も変えました。

「色で見間違えて患者さんを傷つけたら医学の本分に反するだろ?自己満で医者になったら医学と命への冒涜だって想うんだ、別の道でも仁術は出来るし、」

そんなふうに彼は笑って話してくれました、
だけど諦めると決断した夜は朝まで泣いたそうです、小さい頃から努力してきた夢だから。
ずっとプライド懸けて追いかけていた夢を諦めるなら、悔しくて泣きたくて当り前、辛くないはずがない。
それでも本気で医学を志してきたからこそ諦めて、そして新しい道を選んだ彼の有言実行はホントの「仁術」だなって思います、

医学は仁術=命と心を救うこと、って言うんだそうです。

で、文系転向した彼は教員免許を取り、卒論代表を務め、教師になって今けっこう偉くなってます、笑
大学時代から家庭教師をして不登校の子も教えたりしてたんですけど、その生徒サンたちも進学校合格→通学楽しんでるそうです。
そうやって彼は教育の世界で仁術して生きてます、こんな今は彼が夢見た道と違うけど、それでも彼の医学に見つめた世界と繋がってるなと。

なんていう人たちに思うのは障害=免罪符ではなく、個性&能力度合だと客観的に考えられる人はカッコいいなってコトです。

「理論物理学を選んだ点でも私は幸運だった、理論は全て頭の中のことだからである。そのために、私の障害も大きなハンディキャップにはなっていない」

これ↑スティーブン・W・ホーキング博士の言葉から引用です。

この先生の話を初めて聴いたのは子供の頃、宇宙物理学についてのテレビ番組です、
ブラックホールや宇宙の膨張なんかを話してくれたと思うんですけど、面白くて解りやすかったんで好きになりました、
そのとき車椅子に座っておられたので不思議で、なんでかなって思ってたら病気のためだと後で新聞かナンカで知りました。
普通なら発病5年以内に死亡する難病、だけどホーキング博士は途中から病状進行が遅くなり五十年が経っているそうです。
そして博士は今も研究を続けています、その滅びない好奇心+学ぶ謙虚な喜びと感謝は引用した言葉に明快だなって思います、

博士の言う「幸運」は謙虚で感謝いっぱいの言葉なんですよね、
だって病気で自分の選んだ道が歩めなくなったら辛い、で、博士の発病はオックスフォード大在学中です。
学生の頃から天才と言われて、けれど発病で体の自由を喪って、それでも「幸運」だと言った想いは現実への謙虚な等身大です。

体の自由は奪われて、言葉すら自力では伝えられなくて、けれど自分には頭だけで出来る学問がある。
この発想は「自力の現実的な最大限の選択」たぶん博士は体を遣わないとダメな分野だったら選ばなかったろうなと。
こういう真直ぐな視線は生きる天才で、そういう謙虚な喜びが5年の命を半世紀超えさせたコトは世界の意志だろなって思います。

Tyche 

テュケーって言葉があるんですけど、
ローマ神話なら「Fortuna」幸運の女神の名前で運命の廻りってカンジの意味です。
この言葉を西洋古典文学では日本の第一人者である久保正彰先生は「偶然と必然の廻り」って教えてくれました、

人間なら誰もに運命の出逢いがある、それは偶然のようで決められた必然である、

そんな意味なんですけど、この「出逢い」は「人が成すべき事」って感じの意味です、
例えば、久保先生は学界の用事で海外へ行かれた時になんとなく寄った古本屋で一冊の本に出逢いました、
その本から西洋古典文学に新しい事実が見つかって研究論文を書かれたんですけど、そのとき先生は還暦とっくに超えていました。
もう東京大学から定年退官されて新設の大学に赴任されてっていう時です、その尽きない学者の真直ぐな意志がカッコいいんですよね、笑

久保先生の「Tyche」とホーキング博士の「幸運」は似てるなって思います、

なにかが起きる、それが不運か幸運か?
その選択は自身の意志で決めること、そのとき自身の現実的能力=等身大の判断が幸運へと運命を定めていく。
そういう判断は感情論だけでは見誤る、与えられている現実への謙虚な冷静な意志が無かったら自己満足にしかならない。

「自分の能力と進路を見誤れば救える何かも壊すよ、それは命の冒涜だと僕は想う、」

Aesculapious「Mouseion」雅樹のセリフですが上に書いた現実譚から生まれた言葉です。
医者かつ教員×医学生の立場から弟と兄が対話していく「医学とは医者とは何ぞや?」のターンですけど、
平等的差別→個性能力の生かす場所と時間って話をしていますが、あれは友達の話がベースになった台詞です。

「障害を越えて医者になれば美談かもしれない、でも僕は医療の現場にそういうナルシズムは邪魔だって想ってる、ミスが赦されない世界だからね、
緻密な技術と判断力が命を支えられる、だから精神面でも肉体面でも障害者に医者の資格は無いと僕は想ってる、ナルシズムの医者なんて命の冒涜だ、」

「命に待ったは出来ない、その一瞬にしか援けられないよ。でも医者になるまで時間は懸る、治療しても予後のフォローが必要な症例もある。
そのときフォローする責任を最初から放棄することは命へ無責任すぎる、傲慢だよ?治療は一瞬の勝負だけど何十年続くものでもあるよ、」

もし障害者や余命短い学生から医者になりたいと言われたら、なんて答える?
そう現役医学生である兄・雅人からされた問われた雅樹の答えですがヤヤ過激ですけど、笑
この激しさは雅樹の医学に対する希望と葛藤の時間から産まれた生真面目で、弛まない自律の祈りです。

「障害者は医者になれないって言うと差別だって意見もあるよ、でも、医者が命を預かることを現実的に理解するなら差別も当然だと解るはずだ、
肉体の命は現実の重みに生きてる、理想で命は救けられない、だからキレイごとだけの人は医者に成れないよ?命に言訳も待ったも出来ないからね、」

医療過誤、

そんな言葉がありますが医療においてミスは死亡事故に直結します。
些細なミスが原因で死に至る現場です、そこでは自身の持ち場を厳守する緻密さが求められます。

この「緻密であること」に精神障害や身体障害が応えることが出来るのか?

その現実を雅樹は遭難事故から向き合い続けてきました、
そうして雅樹が口にする台詞はリアルの言葉、赤緑色盲の友達の話が原点です。
ふたり呑みながら話していたコト+彼の生き方に考えた現実の等身大たちから吉村雅樹という医師は生まれています。

「医学だけが命を支えているんじゃない、医者だけで人間を救えるんじゃないから人間はね、いろんな能力が必要だから個性も違うんだよ。
医者に不向きだから無能なわけじゃない、医学だけに拘って自分の能力と進路を見誤れば救える何かも壊すよ、それは命の冒涜だと僕は想う、」

「命の期限が短いからこそ、今このとき活かせる事をしてほしいよ?」

こんな台詞たちのベースをくれた友達は、きっと赤緑色盲じゃなかったら名医になったろなって思います。
けれど現実は赤緑色盲の障害が等身大の彼です、その等身大を真直ぐ向きあった果に彼は医者を諦めて教師になりました。
こういうの挫折だと安直に同情するヤツは阿呆です、彼が障害と向きあい泣いて諦めた経験はきっと教師として得難い資質だから、

そうやって考えると彼が高校時代に赤緑色盲を知ったことは彼の「Tyche」かもしれません、
辛いけれど悔しいけれど、だからこそ人に向きあえる彼の等身大は彼の生徒達には幸運だから、笑

偽善(4)・・ブログトーナメント



ドラマの話になったついでに去年と今期で面白いなってヤツは、
泣くなはらちゃん、隠蔽捜査、Dr.DMATの3話あたり以降、銀弐貫、死神くん、
個人的趣味だけどルーズベルトゲームは企業パワーゲーム×野球がベースなんで好きです、笑
弱くても勝てますは野球っていうよりヒューマンドラマですけど先週の話は今書いた「Tyche」と絡むなって観ました、
MOZUは録画を貯めてあります、映画っぽいつくりだと聞いたので一挙ぶっ通しで観ようかなと、笑

なんてカンジですけど挙げたの以外にも観ているし好きなのに書き忘れもあると思います、
わりと忘れっぽいトコもあるので、笑

いま第76話「霜雪6」校了しました、このあと雑談ぽいやつかなと、
明日はAesculapiousの続き+不定期連載の予定です、

深夜に取り急ぎ、




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第76話 霜雪act.6-side story「陽はまた昇る」

2014-05-22 12:10:58 | 陽はまた昇るside story
testimonial 証、罪と継承



第76話 霜雪act.6-side story「陽はまた昇る」

声は、扉の向こうでしか聞こえない。

見つめる画面のファイル名は無音で、けれど事実の在処を示す。
このファイルを開けば自分の推定が正しいと知らされる、そして岐路ひとつ選ぶ。
選ぶ、というよりもう選んでしまったかもしれない、そんな諦観と可笑しさに英二は微笑んだ。

「…ふ、」

笑い短く零れたデスク、重厚な机上にノートパソコンがこちらへ開く。
羅列するファイルたちはアルファベットと数字を組まれて名付けられ記される。
この選ばれた単語と数字の組み合わせは意味すこし考えたなら開封しなくても中身を示す。

“ Fantome 1943 ”

ファイルのひとつ、この名前は畸形連鎖の起点。
この名前を隠したかった、消したかった壊したかった、そう願った人がいる。
その人が愛する家の合鍵は今この懐で体温に馴染む、そして彼の家の書斎には願いが名残る。

―だから本を壊したんですね、馨さん?

Gaston Leroux『Le Fantome de l'Opera』

フランス文学の名著は馨の父親、晉の蔵書だった。
父親の遺蔵書を馨は大切にしていただろう、けれどページの大半を大きく切りとってしまった。
そうして残されたページには出てこない単語、そして切りとられたページには画面の単語が綴られていた。

“ Fantome ”

亡霊、有名無実の存在、過去の幻影、追憶、妄想 

そんな意味のある単語は何を示すのか?それはもう解っている。
この単語を被された二人のファイルはもう見てしまった、そして今その起点を開く。

起点、それは原罪の記録でもある?

そう解かってしまうから開くことが哀しい。
だって記録を読んでしまったら自分はまた秘密ひとつ、大切な人に隠しこむことになる。

―ごめんな周太、

独り微笑んで感染防止グローブはめた指キーボードふれる。
ファイルを開くには数字10桁の要求に応えなくてはいけない、さっきのIDで承認される。
承認されたなら自分は証拠ごと大嫌いな立場を掴むだろう、この現実ごと「2」を押しかけて止めた。

“ 2151194540 ”

同じ数字を今また入力すればファイルは確実に開かれる。
けれど同じ数列で入れるよりも今、あの男のIDで入れてやれば面白い?

「ふ…、」

独りまた笑い零れて扉を見る。
閉じられた空間は廊下の声まだ話す、時間は予定通りあるだろう。
そんな想定に微笑んで両手軽く組ますと脳は11月の記憶と数列を追いかけ始めた。

『私は1945年に入省だ、上に3人もいたことは気に障るがな。だからIDは215119454となっている、英二なら規則性が解かるだろう?』

鷲田克憲 Katsunori Wasita 215119454

このIDにある法則性と祖父の経歴、この2つで求める数列9桁は導き出せる。
けれどパスワード最後10桁目は法則性と経歴情報だけでは解らない、しかも可変性を持っている。

『最後の一桁は任意数字だ、変更も各自のタイミングだが最低でも月一回は入れ替える。選択も変更も本人次第の不規則性でセキュリティを保っている、』

可変性の任意数字はタイミング無制限で選択できる、それは規則性が無い。
けれど「自己都合」ならば各自の法則性は必ずある、その判断基準を考えればいい。

“ 2151194540 ”

この数列は9桁が不変、それなら9桁は解くことが出来る。
それを祖父も解いたから「解かるだろう?」と笑っていた、その解に英二は微笑んだ。

―名前と経歴が規則だ、21と5と1、1945と4、

Katsunori Wasita 1945年入省、上に3人いた。

この情報から数字は2桁、1桁と1桁、4桁、1桁を作る。
解いてしまえば単純な公式であり同じ数値は成り立ち難い。
これに最後一桁「自己都合」を決めているのは祖父の気質だ。

『原点の数字だからだ、あの戦争で最も愚かだった記憶だよ、これの次に腹立たしい4を交互に入れ替えている、変更日も同じ理由で2つだ、』

記憶に残っている数字と日付を2つ選んで祖父は使っている。
それなら、あの男なら数字10桁と変更日に何を選びたがるだろう?

『観碕征治は1942年3月東京帝国大学法学部卒、1942年4月に内務省に入り警保局へ配属されている。高等文官試験は首席合格だ、』

祖父が与えた情報データは9桁を教えてくれる。
最後の一桁はデータだけでは解けない、けれど自分は観碕を知っている。

―1942年の首席なら592119421だ、でもラストの数字は観碕なら、

Seiji Kanzaki 観碕征治 

1942年の首席だった男は最後一桁に何を選ぶ?
可変のタイミングには何を遣いたがるだろう?

選択と可変に観碕なら何を「好む」のか、その解答に英二は微笑んだ。

―観碕なら変えない、全て、

可変性がある、でも観碕なら変えない。
これまで見た観碕の軌跡は「不変」にある、それが50年の束縛も生んだ。
半世紀も拘り続けて離さない、そんな執着心はきっと「変える」など好まないだろう?

あの男ならこの数字しか遣いたがらない、そのプライド見つめて感染防止グローブの指は10桁うちこんだ。

“ 5921194211 ”

『私のIDとパスは全てを開ける、但しミス1回でアウトだ、ガードが閉じられ追跡される。機密に近い者ほどガードも権限も強い、内務省の者は特にな、』

自分のIDを間違うような無能者はいない。
そんな前提で定められた集団が創りあげた壁を推定で破ろうとしている。

―もし間違ったら蒔田さんにも迷惑かかるだろうな、このパソコンに追跡されて、

このIDは何なんだ、この画面は俺も知らないぞ?

そう言った蒔田の眼差しは途惑っても揺れていなかった。
たぶん嘘を吐いていない貌、それなら「機密に近い立場」からは遠いのだろう。
そんな男のパソコンからIDとパスワードを破られる想定は多分していない、そう測るまま英二はそっと微笑んだ。

「…勝負だ?」

かちり、

エンターキーに感染防止グローブの指そっと捺しこます。
この痕跡が万が一の時も蒔田を護るだろう、その痕に微笑んだ前ファイルは開かれた。

「ふ…、」

笑いかけたパソコン画面、開かれた証拠に貌ひとつ見てしまう。
あのプライド高い男が知ったなら?そんな推定にただ可笑しい。

―自分のIDで破るやつなんて居ないって想ってる、気づいても隠すだろうな、

『あれは警保局で全てを知っている男だ、それがどういう意味か英二なら解かるだろう?』

そんなふうに教えてくれた祖父自身、あの男と同類でもあると知っている。
だから祖父が自分に告げた意志は多分あの男にそのまま当て嵌まるだろう?

『機密に近く権限が強い分だけ勝手に使われたなら恥も大きくなる、それが周囲にバレ無くても自尊心が許さんだろう、』

観碕のIDとパスワードでファイルが破られる、それが五十年の執着に絡まるプライドをどんな貌に壊すだろう?

その貌を見たい、けれど見ることは難しいだろう。
それが残念だと想っている自分に笑って小さなデジタルカメラ袖から出し、シャッター押した。

かちり、

かすかなシャッター音にパソコン画面は撮られてゆく。
敢えて背景も入れながらデータを映す、その同時にUSBメモリー挿しこんだ。

―普通なら引っ掛るだろうけど観碕のIDなら、

ファイル管理者本人のIDで開封した、それならデータ取得もフリーだろう?
この推定に操作したままデータ保存されてゆく、そんな向こう廊下の話し声は終わらない。
けれど制限時間はもう迫っている、その想定に左腕の文字盤を眺めながら贈り主へ微笑んだ。

「…ごめんな?」

ごめんな周太?

そう心だけ呼びかけて今と去年の落差を見てしまう。
この腕時計を贈ってくれた一年前は約束をしていた、あの約束を今年は出来ない。

―去年のクリスマスは幸せだったな、今まで一番、

幸せだった、今年も約束したかった。
本当は毎年ずっと一緒に過ごしたい、そう去年に願って約束した。
それでも今年は離れていることが来年も先も約束させてくれる、その可能性を信じていたい。

「よし…」

データ落したUSBとデジタルカメラ仕舞ってファイルを閉じてゆく。
閉めるIDも選ぶ方は決まっている、その数列に微笑んでパソコンの蓋を閉じた。

―あとは脱出だな、

この部屋をどう出るのか?

算段めぐらせながら感染防止グローブを外して肘で冷蔵庫を開く。
置かれた袋入りの缶コーヒー6本を素手でとる、そしてまた肘で扉閉じた。
これなら指紋の痕跡が残らない、そうしてクライミンググローブ嵌めると角の窓に微笑んだ。

「…いけるかな、」

アイガー北壁ヘックマイアールートは高低差1,781mある。
そして庁舎は最後部の高さ83.5m、そこから地上まで降りても二十分の一に満たない。
この高度に考えた通りに経路ひとつ開錠してある、そこに降りるくらいは自分なら可能だろう。

―やっぱり取っ掛かり少ないな、でもワンフロアなら、

見下ろす窓は通りから死角、壁面も星霜の経年に小さなクラックを作っている。
なによりこんな所から降りる者など普通はいない、その予想外が人目も惹かないだろう。
それでも失敗すれば代償は大きすぎる、けれど自分には登攀技術と、それから運もあるだろう?

―蒔田さんも予想外だろな、こんなことは、

誰もが予想していない、だからやる価値はある。
そう決めてきた通り窓を開くと腕にコンビニ袋ひっかけ窓枠を掴み、その手首のクライマーウォッチに微笑んだ。

「ごめんな、」

きっと知られたら怒られる?そんな想い笑って英二はスーツ翻し、窓の外へ出た。



(to be continued)

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雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚99

2014-05-22 01:15:04 | 雑談寓話
雨のち夕方から晴れた日でした、
写真は卯の花、空木・ウツギとも言いますけど山で咲いていました。
この雑談ぽいのも楽しんでもらえたら嬉しいですが、バナー押して下さった方に感謝こめて、



雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚99

連休中日の夕刻@桜木町改札で同僚御曹司クンと待ち合わせて、
エスニックではなくダイニングバーに行ったらまだ空いていて個室に座れた、
夏の17時はまだ明るい、夕景も夜景も早かったけど窓は見晴らし良くて御曹司クンが笑った、

「おー眺め良いなーココ、しかもカップルシートっぽいし、照笑」

なんてカンジにご機嫌で、
ご機嫌貌についイジメたくなってSってみた、笑

「取り調べや密談向きってカンジだけどね?笑」
「う、なにそのハードボイルドっぽい設定、俺なんか悪いことした??凹」
「ふうん?ソンナへこむなんてナンカ心当たりでもあるワケ?笑」
「っ、またからかったろもーーほんとイジワルだSだっ、拗」

とか話しながらもオーダー決めて、
とりあえずの生中グラスが喉に美味しかった、

あーなんか生き返るな?笑

なんて思いながら体調けっこう良くなっていて、
他愛ない話しながら運ばれてきたモン食べ始めたら訊かれた、

「あのさー、付き合ってるヒト大丈夫だった?」

そのこと気にしてくれちゃうんだ?
こんな気遣いしてくれることナンダカ可笑しくて、笑いながら答えた、

「今日終わったと思うよ?自慢の道具にしたかったダケってコトむこうも気づいたろうし、笑」

って言ったら御曹司クン停止した、

「…は?」

目が大きくなってコッチ見てる、
びっくりした、そんな顔が面白くて笑った、

「ズイブンびっくりしてるね、どした?笑」
「え…だって終わったって今言ったけど、え、あ?」

混乱してる、そういうトーン途惑ってグラス置いて、
ポケットから携帯電話を出して開いて見て訊いてきた、

「今日のメール、寝坊してたら電話が来て終わったとこって、別れたって意味だったってことかよ?」

いまごろ気が付いたんだ?笑
まあ二通りの意味でこっちも書いてる、それ解ってもらって笑った、

「だよ?付合うの終了と電話終了って意味、笑」
「えー…、ちょ、え?」

どうしよう?ってカンジの貌になってグラスに口付けて、
呑みこんでも大きいままの目でコッチ見て御曹司クンは言った、

「なあ、別れた直後に俺を呼びだすってナンで?田中さんとかじゃなくってナンで俺なわけ?」

ホントなんでだろね?笑

なんて我ながら不思議にも思ってた、
だけど今この時間が面白くてイジメたくなったからSってみた、

「ちょうどメール着たから?笑」
「えーそれだけの理由?ナンカ俺って便利されてるじゃん、拗」
「便利っていうよりも懐っこい犬っぽいね、呼んだら来るし、笑」
「犬かよーー確かに俺って犬っぽい言われるけどさーーでもヒドイってば、拗×笑」

ヒドイ言いながら拗ねながら、でも御曹司クン笑ってくれた、
いつもながらの拗ね笑いはなんか安心するな想えて、で、続けた、

「ひどいなら帰る?笑」
「…頼んだモンまだ食ってねえし残すのモッタイナイから帰らねえ、拗」
「ふうん、残さず食べるなんて偉いね?笑」
「う、今度はコドモ扱いかよー拗」

ナンテ感じに会話しながら箸動かして、
で、御曹司クンちょっと考える顔して訊いてきた、

「なあ、その付合ってた人ってさ、いつから付合ってた?…クリスマスの前からとか?」

なんか核心な質問だよね?


こんな感じだけどトリアエズUPします、
不定期連載の校正して、また昼ごろ第76話の続き掲載する予定です、

取り急ぎ、




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